第8話 チェーンソー
廊下の奥で寄り添う二人。
そこに現れたチェーンソーを持った大柄な男。
廊下にエンジン音がこだまする。
クマダさんも大柄だったが、この男はそれよりずっと大きい。
背丈は2mぐらいか、横幅がっしりしている。
頭に被ったズタ袋に開いた穴から目が見えるが、亡者と同じく濁っている。
これも亡者の仲間なのか?
さやかを背に回し、一応話しかけてみる。
「……こんにちわ、唐突で悪いがそこから一歩でも近づいたら撃つ」
ショットガンを手に取り、話しかけた。
だが、チェーンソー男は無視して近寄ってくる。
すぐに銃口を向け、膝撃ちの姿勢で射撃!
散弾が男の胸で弾ける。
男はよろめき、尻もちをつく。
だが、そのまま何もなかったかのように立ち上がる。
服には黒い血の染みが広がっていた。
強敵か?
ショットガンを連射!
廊下を轟音と衝撃波が揺らす。
4発胸に撃ち込み、倒れたところへさらに2発!
弾の装填をしながら様子を見る。
亡者ならとっくに黒い泥に変わっているところだが……
ハッとしてショットガンを構える。
仰向けに倒れたチェーンソー男の指がピクリと動く。
衣服をボロボロにし、体中から黒い血を流しながらも立ち上がろうとする。
男に照準を合わせ、撃とうとしたところで男の被っていたズタ袋が破け、ハラリと落ちる。
ズタ袋の下から出てきたのは紫色に腫れ上がった水死体のような豚の顔。
背でさやかが息を呑む気配が伝わる。
その豚の顔にショットガンの一撃!
のけぞり、その顔は散弾に引き裂かれ湯剥きしたトマトの様に分厚い皮が剥かれ、中の肉が見えている。
裂かれた傷口から血がこぼれる。
一塊の血がドロリと落ちたと思ったら、顔の裂け目が閉じ、また立ち上がろうとする。
回復した?
再生力持ちということか?
ならば。
ショットガンをアイテムボックスに仕舞い、腰のリボルバーを抜く。
ショットガンではあの巨体の奥深くまで通らなかった。
なら、マグナム弾をおみまいしてやる。
立ち上がった男に対して、顔に2連射!
窓ガラスをビリッ!と揺らす轟音、黒い血飛沫が舞う。
男の頭がハンマーで叩かれたのように後ろにのけ反る。
これはきつかったか、チェーンソーを顔の前に掲げ、盾にして防ごうとしてきた。
ならばと膝に2連射!
轟音が通り過ぎ、当たり前のように骨を砕く。
男の膝が正面から見て、くの字に曲がり、膝が落ちた。
膝をついた衝撃でチェーンソーが胸元まで下りる。
チャンス、顔に2連射!
マグナム弾の重い衝撃を受け、背ごと反り返る。
弾を撃ち尽くし、リロード。
スピードローダーを使えば、慣れれば2秒とかからずに装填できる。
そこから途中リロードをはさみながらの18連射!
当てやすい胸を中心に乱射していく。
まるで工事現場のような騒音、耳がジンジンとする。
男は大きな黒い血溜りの中、仰向けに倒れていた。
手応えはあった。
マグナム弾は体の奥深くまで打ち込まれている。
事実、男は穴だらけになり、中には指がそのまま入るかのような穴まで開いている。
だが、黒い泥へと変わる気配が無い……
「ォォォオオオ……!!」
豚の口から雄叫びを上げながら、上半身が起き上がる。
チェーンソーが高速回転する。
それまでドッドッドッ!というゆっくりとしたエンジン音が、甲高く高速回転したバイクのような音を上げる!
チェーンソーを振るい廊下の壁が乱暴に裂かれる!
男が立ち上がった。
マズイ!
こいつ不死身か!?
左手を見る。
切り札を使うか?
いや、まだわからない……
リボルバーを腰に戻し、ショットガンを用意。
間を置かずに撃つ!
男がのけ反っているうちに後ろのガラス窓に向かって放つ。
砕かれたガラス片が外へと舞っていく。
ショットガンを戻し、さやかを腕に抱える。
「え? え? キョーちゃん?」
そのまま窓ガラスから飛び出した!
一瞬の浮遊感、すぐに重力の手に捕まり、ほぼ垂直に落ちる。
二人分の衝撃が足から腰へと抜けた。
ちょっときついがそんなことを言っている場合ではない。
さやかを下ろす。
「おい! にいさん、そちらのが彼女か?
何で飛び降りてきたんだ?」
クマダさんが気づいて駆け寄ってきた。
「ちょっとヤバイのが出ました」
「ヤバイの? ……げ!」
クマダさんが2階の窓を見上げ、呻きを漏らす。
窓からはこちらを見下ろす紫の豚の顔。
豚の顔が窓辺から離れる。
エンジン音が遠ざかった。
音は階段を下りているようだ。
てっきりそのまま飛び降りて追ってくるかと思ったが?
律儀に階段を使うらしい。
「クマダさん、頼みがある」
「何だ?」
「さやかを連れて学校に戻ってくれ」
「キョーちゃん!?」
「俺はアレをなんとかする」
「俺も手伝うぜ」
「いや、アレは不死身なんだ。どれだけ撃ち込んでも立ち上がってくる」
「なんだそりゃ!?」
「だからアレを学校にまで連れて行くわけにはいかない。
ココでなんとかする」
「キョーちゃん……」
「さやか、学校でクマダさんたちに武器の扱いを教わってくれ。
学校にアイテムコンテナがある。そこから武器は取り出せるから」
「にいさん……、それはいいけどよ。大丈夫なのか?」
「はい、手はあります。それと俺たちの使う銃弾にはウィルスが仕込んであります。
暇があれば周囲に撃ち込んでおいてください。詳しいことはまた後で」
その時、病院の入り口からエンジン音が響いてきた。
「わかった! 嬢ちゃんこっちだ」
「キョーちゃん! 必ず戻ってきてよ!」
二人が学校の方へと走っていく。
それを見送り、俺はこいつの相手だ。
豚顔の怪人はチェーンソーを掲げ、こちらへと走りこんできている。
その豚面に向かってショットガンの一撃!
男がたたらを踏んでいる隙に南に向かって走る。
男が追ってきた。
向かう先はスタート地点、そこで迎え撃つ。
林道を走る。
木々の隙間から、何処から沸いたのか亡者どもが襲い掛かってくる!
こいつらに構っている暇は無いのに!
走りながらショットガンで追い払うが、弾込めをしている隙をつかれ接近された。
ショットガンのストックで打ち払うが、後ろから来た亡者が覆いかぶさってくる。
すかさず肘撃ちで引き剥がすが、背後を振り返ればすぐそこまで大柄な豚顔の怪人が。
怪人がチェーンソーを振り上げる!
肘撃ちで引き剥がした亡者の首根っこを掴み、怪人の足元へ投げ入れる。
足にもつれ、たたらを踏む。
それに怒ったのか。
「ォオオオ!!」
怪人が亡者をチェーンソーで引き裂いた。
周りの亡者がその光景を見てビクリとしている。
ならばと近くの亡者に掴みかかる。
首を掴み、怪人に向かって投げる。
こちらへと駆け寄ろうとしていたタイミングで邪魔をされ、怒り狂った怪人が亡者どもをチェーンソーで攻撃し始めた。
亡者たちが逃げ惑う。
その隙を見て逃げ、距離を開ける。
スタート地点にまで戻ってきた。
底の見えない崖。
吊り橋は落ちたままだ。
ところどころに青い水溜りのようなものが見える。
実際には水溜りではなく、ウィルスだ。
最初に撃ち込んだウィルスが点から直径40cmほどまで成長したようだ。
通信機を操作して、新たな武器の希望を出す。
元となったFPSゲーム、パウダーフィールドに存在していた武器なのでバックアップシステムが反応して、すぐに送り込まれてくるようだ。
遠くに豚顔の怪人が見える。
それが近くに寄るまで考える。
アレが目標か、どうか?
アレは窓から飛び降りてこずに階段を使った。
プログラム的な動きに見える。
と、すればやはり違うか。
なら、ここでは切り札は使えない。
遠めに怪人を見る。
顔や胸に開いた穴から血が流れ続けている。
やっとウィルスの効果が出たか。
銃弾は効かなくてもウィルスはきちんと中へ入り込む。
再生力を阻害しはじめたようだが、アレを銃で撃ち殺すにはどれだけ撃ち込めばいいのやら?
ここで一気に片をつけるか。
豚顔の怪人はもう目の前にまで迫っている。
それを崖の淵に立って待ち構えた。
手の中の金属で出来た球からピンを抜く。
甲高いエンジン音を鳴らしながら、怪人がチェーンソーを振りかぶる!
手の球を上に放り投げながら、後ろへと飛ぶ。
目の前を過ぎるチェーンソーをかわしながら、崖を落ちていく。
浮遊感、落ちていく感覚に金玉がキュッとする。
それを終わらせるため、目の前に垂れ下がった吊り橋を掴む!
吊り橋は真ん中で断たれていた為、残った部分が崖に寄り添うように垂れ下がっていた。
掴んだ吊り橋の板がミシッ…ミシッ…と鳴る。
あまり丈夫そうではなさそうだ。
崖の上では豚顔の怪人がこちらを見下ろし、二マリと笑みを浮かびながら吊り橋のロープを切ろうとしている。
その時、コン!と硬いものが落ちた音が聞こえ、次の瞬間……
地を揺るがす轟音!
崖上を白い爆風が塗りつぶし、それに押された怪人が崖を落ちてきた。
目の前を呆気に取られた豚の顔が通り過ぎる。
エンジン音が遠ざかるが……、突然足を引っ張られた!
足に重りがついたみたいに引っ張られる。
バキッ!と掴まっていた板が折れ、そのまま真下へと体を引きずりこまれ……次の板で胸を打つ!
肋骨に食い込む痛み、肺が圧迫される。
絶対に離すわけにはいかない、両手で胸に抱えるようにしっかりと板を抱く。
下を見れば、やはり豚顔の怪人が右足にぶら下がっていた。
チェーンソーは手を離れ、崖底へと落ちていく。
左足で思い切り蹴りつけるが向こうも必死か、離れない。
板がミシッ…と鳴る。
時間は無い、決断した。
「足の一本ぐらいくれてやる!」
片手で板を掴み、ショットガンを右足のすねに当て、引き金を引く。
身に刺さるダンッ!という破裂音、右膝から下が嵐に揺さぶられる小枝のように曲がり。
骨は砕かれ、肉は穴だらけにちぎられる。
堅く目を瞑り、耐える。
残された肉もブチブチッと音を立て、怪人と共に落ちていく。
残されるは右膝が焼かれたように熱く、神経に針を通されたような痛みが全身を駆け巡り、頭の奥で喪失感が静かに下りてくる。
それらが入り混じって頭がクラクラし、吐き気がする。
今すぐメディカルキットを打ちたくて仕方ないが、それをしている余裕も無さそうだ。
掴まっている板は今にも折れそうで、上の方からピシッ…ピシッ…と何かの繊維が千切れるような音がする。
吊り橋を支える太い杭の根元。
そこのロープが抉られた様に解けている。
手榴弾の影響か!?
痛みを我慢して今すぐよじ登る!
何とか地上までよじ登った時には行き絶え絶えだ。
足から流れ落ちた血が多すぎる。
その割には目の前が真っ赤になる瀕死のエフェクトが掛かっているが。
メディカルキットを打つ。
すぐに目の前がクリアーになり、失われた足もズボンと靴ごと復活した。
おそらくこの薬はリセット薬なのだろう。
初期状態か、ある程度安定した状態にまで無理やり戻すのだ。
このまましばらく横になっていたいが、耳には足を引きずるような音が聞こえてくる。
「……休む暇も無いっていうのか、クソッタレ!」
ショットガンを構え、向かってくる亡者の群れへと乱射した!
明日は休みます。