第3話 ウィルスを撃ち込む
林の隙間から青白い肌をした、動く死体のような男が顔を出す。
目が合うと男はニタリと笑い、こちらへと駆け出してきた。
動きはあまり速くない。
早歩き程度だが、目や口、耳元からどす黒い血を流した男が迫ってくるのは怖気が走る。
反射的に銃を構えた。
親指でロックを外し、赤いレーザーポイントが男の胸に灯る。
引き金を引く。
ダンッ!と空気を叩く轟音、鼓膜が震える。
反動で銃身が上に跳ね上がろうとするのを抑えようと右手に力が入る。
死体のような男は胸でマグナム弾を受け、ひっくり返った!
背から黒い血が水溜りの様に広がると男の全身が黒い泥のように変化し、表面を泡立たせながら地面へと吸い込まれ消えていく。
「一撃か……」
教授に作ってもらった装備はかなりの威力を持っているようだ。
元が戦争系のFPSゲームを参考にしたアバターなので、ステータスは見ることが出来ず、武器の名前ぐらいしかわからないが。
手に持った武器はM686、.357マグナム弾を発射するリボルバーガンだ。
アイテムのチェックをする。
教授から送られてくるアイテムは全てアイテムボックスという仮想空間に送られ、出し入れ自由だ。
今持っているアイテムは、と……
■ハンドガン
・M686マグナムリボルバー
・ベレッタM92F
■弾薬 《補充速度 1秒間に1発》
・.357マグナム弾 62発
・9mm弾 40発
■アイテム
・メディカルキット 6個
新たにベレッタも手に入れた。
ベレッタは自動拳銃だ、リボルバーに比べ弾倉の詰め替えが簡単で容量も大きい特徴がある。
威力ではマグナム弾に負けるだろうが、使いやすそうだ。
弾もアイテムボックスに直接送られて来ていて、弾の数が見る間に増えていく。
弾切れで困ることは無さそうだな。
メディカルキットは回復アイテムだろう。
プッシュタイプの注射器で、背のボタンを押すことで針が飛び出て、中の薬剤を注入するタイプのようだ。
「おっと、忘れてた」
足元や男の出てきた林の辺りに残った弾丸を撃ち込んでいく。
リロードと念じれば、使ってない方の手に弾薬が現れる。
マグナム弾はスピードローダーという簡単にリボルバーへ弾薬を詰め替えられる道具に差し込まれた状態で出てきた。
M686のシリンダーをスイングアウトさせて、中の空薬きょうを排出。
そこにスピードローダーを差し込み、背のツマミを回すとロックが外れ、弾がシリンダーの中にストンと落ちる。
シリンダーを戻し、さらに周りに向けて撃ち込む。
これは何をやっているかというとウィルスをばら撒いているのだ。
弾の中には極小サイズのウィルスが仕込んであり、それを周りに撃ち込んでいく事でこの空間を侵食し。
教授に依る、外部からのハッキングを手助けしているのだ。
ただし、あくまでここはゲーム空間。
ここをいくら侵食してもメインシステムまで乗っ取れるわけではない。
その足がかりにはなるが。
メインシステムを乗っ取るには管理ユーザー権限を見つけ出し、そこに直接ウィルスを打ち込まなければならない。
それが目標となる。
俺の目的はさやかを助け出すことだが、助けてもこのゲームを終わらせないことには現実世界に帰れないからな。
30発ほど周りに撃ち込み、前に進むことにする。
打ち込んだ場所は青い光が小さく点滅しており、それが徐々に大きくなっているように感じた。
侵食の具合が広がれば、それだけ俺の受けるバックアップも大きくなるそうだから、暇があれば打ち込んでおかないとな。
銃を胸元に引き寄せながら、駆け足で林道を進んでいく。
木は幹が痩せていて、葉は黒っぽい緑でなんとも陰気な感じだ。
少し進むと先の方から喧騒が聞こえてくる。
誰かが争っているような……?
足を速める。
「うぉぉ! 離せぇ!」
大柄なおじさんにさっきの死体のような男達が群がっている!
敵の数は3体。
おじさんともつれ合っているので撃つことが出来ない。
空に向けて1発放つ!
マグナム弾の咆哮が薄暗い林道に響き渡り、4人ともこちらを向く。
襲われていたおじさんが目を丸くしてこちらを見ている。
群がっていた死体共も2体こちらへと向かってきた。
おじさんから十分離れたところで連射!
1発は頭部に当たり、頭が弾け飛ぶ。
残りは?と見れば、おじさんが力ずくで蹴り飛ばし、剥がした。
離れた所に一撃!
3体とも黒い泥となり消え、代わりに硝煙の臭いが残った。
「助かったぜ。すげぇ装備だな、あんた。
何処で手に入れたんだ?」
おじさんが礼を言ってくるが、その姿が痛々しい。
ところどころ噛まれ、服に血が滲んでいた。
「ちょっと待ってろ」
メディカルキットをアイテムボックスから取り出す。
「え? 今、何処から取り出したんだ?」
「回復アイテムだ。多分、効くと思うんだが使ってみるか?」
「そんなアイテムあったのか……。頼む、このままだと病化するかもしれねぇ」
病化というのが何かわからないが、メディカルキットをおじさんの腕に当て、ボタンを押し込む。
プシュッ!という音と共に薬剤が浸透していく。
「おお! 痛みが無くなったぞ。ありがとうな、にいさん」
そう言って、礼を言ってくるのだが俺の目は別のところを見ていた。
ケガが消えていくのと同時に服も破れたところが再生したのだ。
コレ、ただの治療薬じゃないのか?
「ああ、それよりもどこか、他におかしい部分もないか見てくれ」
「ん? そうだな、他に痛いところも無ぇし……。
ステータスを見てみるか……って、ええ? 経験値が無くなってやがる!?」
おじさんが手を動かしたかと思うと、目の前に透明な板が現れる。
それを俺も覗き見させてもらうが、確かに経験値欄が【 0/100 】になっているな。
俺は別ゲームを基にしたアバターだから、こういったステータスは無いのでおもしろいな。
おじさんのレベルは……1か。
なんかマズイことしちゃったかもな……
「すまない、薬の副作用かもしれない」
「いや、助けてもらったんだ。礼を言うのはこっちってもんよ。
ありがとな、にいさん。経験値はまた稼ぐさ」
「だが、レベルまで下がってしまったのはすまない」
「ん? 俺は元々レベル1だよ。亡者共を倒せばレベルが上がるって聞いて挑戦してみたんだ」
「そうだったのか」
「ところで、にいさんは何処でそんな装備を見つけたんだ?」
「俺は外からやってきた。ハッキングして中に忍び込んだんだ。
凪原さやかというショートカットの女の子を知らないか?」
「外から!? よくわかんねぇけど、その名前には聞き覚えが無い。悪いな。」
「そうか……」
「なぁ……、頼みがあるんだがいいか?」
「何だ?」
「この先の校舎に立て篭っているやつらがいるんだ。
俺なんかはセーフティポイントから次のセーフティポイントへと走り回れるからいいんだが。
それが出来ない子供や女達が校舎の入り口を塞いで立て篭ってるんだ。
そいつらを助けてやってくれないか?」
「なるほど……」
「入り口は塞いであるんだが、どんどん亡者共が増えてきやがって破られそうなんだよ……。
なんとかならないかと、武器を探したりレベル上げをやってみようとしてみたんだが……」
「わかった、コレを使ってくれ」
おじさんにベレッタM92Fを渡す。
弾薬は……9mm弾の在庫がすでに300発を越えている。
とりあえず半分……いや、全部渡すか。
15発入りの弾倉が20個出る。
「え!? いいのか?」
「ああ、これからすぐに蹴散らしに行こう!」
子供や女性たちが立て篭もっているなら、そこにさやかが居る可能性も高い。
迷う必要は無い。
敵は見つけ次第、撃つ!
明日、月曜日は休みます。