第10話 校舎の銃撃戦
日が落ちかけた夕暮れ。
大地が赤く染まる中、地から伸びた影の様に亡者の群れが佇む。
西の正面玄関前は亡者の影で黒く染まり、地平線の向こうまで黒く染まってしまったかと錯覚してしまうほどだった。
風に乗り、亡者の呻き声が嵐の時の風鳴りのように一帯を覆いつくす。
夕日は半分地に隠れ、陰がさらに伸び、地面を黒く染めるのは。
さながら、ここから先は死者の時間だと主張しているかのようだった。
牛鬼が低く唸る。
グォォォ……という遠吠えと共に亡者の軍団が動き出した。
その数は間違いなく千以上、3千程は居ると見え、それが亡者特有のぎこちない動きで一斉に駆け寄ってきた!
ザッザッ!と無数の足音が響き、その振動が地鳴りとなって伝わってくる。
「武器を取れ! すぐに2,3階で迎撃だ、急げ!」
アラキさんが大声で支持を出す。
クマダさんとナナコさんがアイテムコンテナから武器を取り出し、リレーのバトンを渡すように銃を次々と手渡していく。
受け取った男女の別問わず、西側の教室へと駆け出す。
武器は十分にある。
この5時間でウィルスの侵食も大幅に進捗し、弾の補充速度は5.0/s。
ハンドガン150丁にショットガン75丁、弾薬は9mm弾2万5千発にショットシェル1万2千発がある。
西側の教室ではすでに20人ほど窓からショットガンやハンドガンをそれぞれ撃ち始め、教室内に硝煙のにおいが漂っている。
俺もそれに続いてショットガンを撃ち続けるが……これでは焼け石に水といったところか。
3000の亡者の群れに対して火力が少なすぎる。
押し返すことができず、ぐいぐいと迫って来ていた。
校舎には213名、武器も全員分あるがそれを行き渡らせる時間が無い。
少しでも時間を稼がなければ……
アイテムボックスから手榴弾を取り出す。
弾薬は万単位で補充されたが、これはたったの90個しか補充されてない虎の子だ。
俺の手から手榴弾がばらばらっと落ち続け、床に小山を作る。
「これを投げつけて時間を稼ぐ手伝ってくれ!」
周りに呼びかければ、すぐに集まり拾っていく。
見覚えのある顔が多い。
昼間に屋上で撃ち方のレクチャーをした子たちだ。
「これ投げりゃいいんすね」
「ああ、ピンを抜いたらすぐ投げてくれ」
試しに俺から投げてみる。
亡者の群れはもう目前、20m手前まで迫っていた。
ピンを抜き、亡者たちの先頭に向けて放る。
地面に落ち、すぐに亡者たちの足元に隠れ見えなくなるが、5秒後。
大きくドッ!!と破裂音が響き、土煙が上がった。
手榴弾の落ちた位置から半径5mほどが空白地帯となり、その辺りに居た亡者たちは吹き飛んだようだ。
その威力に教室内でおお!すげぇ!と歓声が沸き、他の皆も次々と投げ続ける。
大きな太鼓を力いっぱい叩いた様な低く、空気を振るわせる音が次々と鳴り響く!
相次ぐ爆発が亡者の群れに虫食いの穴を作っていく。
一部、1階のバリケードに取り付いてきたのもいるが、それごとまとめて手榴弾で吹き飛ばす。
バリケードも傷ついてしまったが、中に入られるよりかはマシだ。
亡者は消えるまでにタイムラグがある。
あんな数に押し入られたらどれだけ銃を連射したところで押し切れられてしまうだろう。
とにかく、そうはさせまいと手元にある手榴弾をひたすら投げ続ける。
爆風と破片の礫が校舎の正面前に壁を作る。
校庭を地を揺るがす轟音と鋭い破片の混じった爆風がなぎ払い、亡者、地面、木と見境無くズタズタに吹き飛ばしていく!
亡者もさすがにこのままではマズイと思ったか、退いた。
こちらも手榴弾を使い切ってしまったが、ようやく準備ができた。
校舎の2階、3階、屋上までずらりと武器を構えた生存者たちが並ぶ。
第2ラウンドの始まりだ。
校庭を手榴弾の巻き上げた土煙が覆っている。
校舎の窓や屋上の手すりに張り付いた200余名が、引き金に手を掛けながら、固唾を飲み土煙を見つめた。
土煙に黒い影が映りこむ!
「一斉射撃! 撃てー!」
アラキさんが声を張り上げる。
連続した破裂音、大量の爆竹が鳴ったように音を立て校舎の窓ガラスを震わせた。
銃弾の雨が校庭へと降り注ぎ、亡者たちを打つ!
銃を初めて撃つ人が多く、そのほとんどは外れているがその火線は圧巻だ。
数千の亡者どもを寄せ付けない力がある。
俺一人で戦おうとしていたら、この火力は出せなかっただろう。
生存者たちのこれまでの苛立ちと怒りが亡者の群れを圧倒していく。
手榴弾で倒せたのは1割ほどだったが、これだけの火力をぶつけられるなら残りもいけると思った時。
戦況が動く。
ついに牛鬼が動いた。
家を2つくっつけたほどの大きさのある牛鬼ドスン!……ドスン!……と地響きを立てながら迫ってくる!
さらに背には大量の亡者を乗せて?!
「マズイ! あいつら直接教室に乗り込んでくるつもりだぞ!」
牛鬼の高さは頭頂部で7mほど。
これは3階の窓へと悠々と飛び移れる高さだ。
「あのデカブツを先に沈めろ!」
アラキさんが声を張り上げ、火力が集中する!
牛鬼ののっぺりとした陶器のような肌に鉛玉が食い込み、ヒビ割っていく。
だがヒビからは黒い血が流れるがすぐに止まり、ヒビも修復されていく。
既視感。
チェーンソー男と一緒でこいつも不死身設定か?
とことん攻略させる気の無いクソゲーだな!
なら、こっちもインチキを使わしてもらう。
教室を飛び出る。
「にいさん、何処へ?」
クマダさんがすぐに問いかけてくる。
「屋上へ!」
アレを使うにはまず周りをしっかりと認識しないといけない。
屋上でも多くの人が撃ち続けているが、牛鬼はそれをものともせず一歩、一歩と校舎へと近づいてくる。
その背に乗る亡者どもも心なしか笑っているように見えた。
「キョーちゃん?」
さやかも屋上組だったようだ。
「さやかたちは亡者を撃ってくれ。あのデカブツは俺がなんとかする」
指示を出し、屋上の給水タンクの上に飛び上がる。
改めて牛鬼を見る。
その動きには知性や人間臭さを感じられない。
やはりコイツでもない。
なら、左手は使えない。
左目の力を少し解放するか。
俺の左手と左目は包帯のような呪符で封印されている。
その内、左目の呪符をずらす。
呪符の隙間からルビーのような強く透き通った赤い光がこぼれた。
まず、見るのは校舎の周りの無数の青い水溜り。
ウィルスが繁殖した痕だ。
そしてここからでは見えないが、俺がスタート地点に撃ち込んだウィルスたちも頭の中で意識する。
そして……
「集え」
命令を聞き、水溜りがスライムのように形を変え、校庭へと集まってきた。
それらは牛鬼の足元に巨大な池を作ると、青く光り……
「沈めろ」
底なし沼に足を踏み入れたかのように牛鬼が沈んでいく!
ぶもぉぉ……と牛鬼がクモの八本足をじたばたさせ足掻くが。
無駄だ。
水が青く光り、沈み込む速度が上がる。
亡者たちも巻き添えにしながら牛鬼を飲み込んだ。
この世界のあちこちに撃ち込んで繁殖させたウィルス。
それを左目の力で集め活性化させ、牛鬼へと浸食させたのだ。
効果はデータそのものの破壊。
代償として使った分のウィルスを消費してしまうが。
牛鬼さえいなくなれば、」残る亡者が2千いようと問題ない。
鉄と火薬で押し潰す。
200の銃口が一斉に火を噴いた!




