プロローグ
荷を担ぎ直し、少年は顔を上げた。
日は十分に高い。これなら日没までに着けそうだった。
ザックザックと足元で砂が鳴る。自らの足跡が彫られていく様を見、今までの長い道程を見、少年はまた足を動かした。前へ、前へ。
乾いた風が冷気を帯びて少年を脅かそうとする。しかし眉も動かさず歩き続ける。むしろ口元には笑みが浮かんでいて、随分と楽しそうだ。
まあ、どこか寂しげな笑みでもあったが。
「…なんだよ、随分と荒れてんなぁ」
顎を引き、片頬を上げた。バサバサとマントが風を受けてはためく。荒廃した都の前で、彼は一瞬目を閉じた。胃の腑から苦いものが込み上げてくる。
「折角オレが帰ってきたってのに。アイツ、真逆くたばっちまったわけじゃないだろうな」
幼い頃封印したはずの記憶が、蓋を開けろとじたばたする。出せ、思い出せ、あの最低の日を。
アイツと出逢った人生最悪の日を。
場所は移り変わり、こちらは深い森の中だった。光は薄く弱く届き、かろうじて足元を照らしている。曇り空のような光量だが、木々を抜ければ快晴であった。
少年は俯いた。足元の蔓や苔や木の根なんかを見つめ、そろそろと歩を進める。
足取りは重い。少し気を抜けば、蹴つまずいてそのまま動かなくなりそうだ。その姿は弱った幽鬼のよう。視線だけが鋭く攻撃的で、漏れ出る荒れた雰囲気に、森の動物たちは息も出来なかった。結果彼の周りに生き物の気配はない。
「……ッ」
腕を抑え、堪らず座り込んだ。白かったシャツは大きく裂けて血で固まっている。乾ききり茶色に変色していた。
少年の額にじわりと汗が滲む。時間の感覚が狂う深い森で、時計を持たぬ彼は焦っていた。
早く、早くしないと。
(早く傷を洗って…何か食べ物…ゆっくり眠れる場所…安心出来るところへ、)
しかし。
「そんなもの、どこにあるというんだ」
当てのない逃避行は彼を蝕み続ける。肉体が壊れるか、精神が先か。ーーそれとも夜か。
太陽は傾いていく。
二人の少年は歩き続ける。
衰亡した都へ、行く当てもなく森の中で。
待ち受けるのは、生か死か。朝か夜か。白か黒か。
デヌミシャル王国の長い歴史が眠りについたとき、二人は出逢い、背を預ける。
これは、そんな二人の物語。