パニック
学校のプールの底が二つに割れ水が一気に流れ落ちると、その中からジャッキアップされて現れたのは、パラダイスロフトであった。
僕とランさんは保健室の窓からその様子を眺めている。
「ははは、どうよこれ。こんなこともあろうかと徹夜で工事してたのよ」
ランさんが勝ち誇ったように叫ぶ。
「これの為に一晩?」と僕。
「そう凄いでしょう。ウェブレイドの技術力と、日本の政治家へのコネクションを使った土建業系への恐喝を元に、一晩でこれを作り上げたのよ。でその工事現場監督をしていたのが私ってわけ」
ランさんが自慢げな言葉を話す間にも、パラダイスロフトは変形を続けていた。
スピーカーが張り出して、ミラーボールが飛び出して、重低音が聞こえ始める。
「それで、疲労困憊して寝てしまったと言う事ですか」
「そう、頑張ったでしょう私。褒めてくれる?」
「……」
「……何で分かったかはちょっと言えないけど、今日業羅が現れるのはここだって見当をつけてたのよね。なので、あらかじめ、現れた時にすぐに対処できるようにちょっと仕掛けをしておいたと言うわけよ」
「……ランさんが何でもできるのは分かりましたが」
「『分かりましたが』なによ?」
「こんな派手な仕掛けつくる必要あったんですかね」
僕はブースが展開されている間完全体へ変態中の業羅を押さえ込んでいるパワードスーツの二人を見ながら言う。超音速で飛んで来れるこのパラダイスロフトなんだから、水のなかから出て来る妙なギミックで登場する時間あったら上空で待機していて急行下でもして来た方が早かったのでは。
どっちにしても準備ができるまでの間は、業羅もすぐに完全体になるわけでないので、あのパワードスーツの二人が押さえ込んでくれるのだし。
でも、
「いいのよ、派手な方が……だって面白いじゃない!」とランさん。
「はあ……」
「いえ、こういうのって馬鹿にならないのよ——見て」
ランさんの指差す方を見れば、校舎の窓から乗り出した生徒達はこの派手なパラダイスロフトの登場を見て大盛り上がり。
「ほら、こういうノリって大切なのよね。業羅と戦うには君たち生徒にもノッてもらわないと行けないのだからね」
確かに——歓声が上がっていた。
校内は大盛り上がりだった。
こんな事に金をかけるのはコストパフォーマンス的にどうなのかと言う疑問は残るのだが——結果は大成功だった。
生徒達はいきなりマックスの盛り上がりとなったのだった。
スピーカーの展開を終えたフライングブースに向かって大歓声を上げている。
流れ始めたビートに業羅の動きはとまり、昼でもまぶしいフラッシュライトが瞬く中、フライイングブースの上のフードが開く。
そして、
中から出て来たDJは——
「アームか……」
「あら、カケル君不満そうね」
「いえ……」
アームは先日やってきたエイトに勝るとも劣らないトップDJではあるのだが、どうにもあまりに型通りすぎて、正直、ちょっと、自分は苦手なタイプだった。父さんにも、実は、お前が参考にしちゃ行けないタイプって言われて何度もビデオ見せられていたので悪印象がついていると言うのもあるのだけど。
でも、
「……彼はエイトみたいな派手な所は無いけれど、確実よ。業羅をしっかりと分析して確実に踊らせて行くタイプ。今日は学び舎に現れる業羅を向かい撃つのだから、教科書どおりきっちり対処できる男を用意したわ」とランさん。
別に学校だから教科書的な人連れてこなくても問いと思うが、——まあ確かに、セオリー通りに盛り上げて、確実に短時間で業羅を踊らせるタイプがアームで、僕も自分の学び舎が被害が少ないうちに事態が収束するのは望む所だ。
でもどうもランさんの顔は、なにかごまかしているように見え、この人に似合わない妙に理屈っぽい理由も怪しく感じられ、
「……で本当の所は」と僕。
明らかにごまかすようなならない口笛を吹きながら視線をずらすランさん。
なので、
「ウェブレイドに、一昨日の夜、酔っぱらって裸で抱きついて来た事をばらしますよ」と僕。
「いやーん、カケル君。ちょっとしたおふざけじゃ無いの。異国に来て緊張しちゃったお姉さんがちょっとはめ外しちゃったような——て言うか、お酒飲んだらこの国では何でも許されるって聞いてて誤解したと言うか——」
「ランさん……」
「はい?」
「セクハラはやられた方がどう思うかで、そうなのかそうでないかが決まるんです。おまけにこの国では成人による十八歳以下に対する淫らな行いには厳粛な罰則が存在します」
「……」
「ランさん僕本気ですよ……」
「……」
「じゃあ、ウェブレイドに電話しますか」
僕がスマホを取り出すと、ランさんはあわてて僕の手を抑えながら、
「まあまあ、ここはよしなに」と。
「で?」と僕。
ランさんはしょうがないなと言う顔つきになって、
「本当の理由はね……一晩プールの底のブースに潜んで待っててくれるのはアームしかいなかったと言う事なのよね」と。
「はあ?」
「今回は、私達、いつ業羅が現れても良いようにDJがブースの中にずっと潜んでいて待機する作戦にしたんだけど、そんなのに付き合ってくれるのはどんな狭いとこでもポータブル端末とギャルゲー与えておけば文句も言わないアームくらいしかいなくて……」
「……」
正直、今、アームさんに少し親近感でたが、でもそんな人で大丈夫なのか。
「あら心配そうな顔に、なったわね。大丈夫よ。なんだかんだでアームはとびっきりの腕利きにはまちがいないし、それに今日のMCは誰だと思う——」
そう言ってランさんは自分を指差してにっこり笑う。
そして、窓を開けて、
「リップちゃん!」と校庭のパワードスーツの少女の方に声をかける。
パワードスーツの少女はこちらを向き了解と言った風に腕を頭の上で振る。
「カケル君」と、ランさんは、窓に足をかけながら振り返って僕に話しかける。
「はい」
「私達も奴らの狙いが本当に何なのかは掴んでいない、でも、少なくとも、重要な鍵を握るのは……」
ランさんは僕の事を指差し、
「あなたよ!」と。
「僕? なんで」
「ともかく、まずは私の戦い見ておいでなさい。思いっきり盛り上がって踊って私をサポートなさい。そしてもし事態が君に関わる事になったとしたら……後は君の思った通りに動きなさい」悪戯っぽく笑うランさん。「君にはその力がある事を私は信じているわよ」
「ランさん、やっぱりあなたは気づいて……」
僕が最後にかけようとした言葉も途中で、ランさんは、そのまま三階の窓から飛び降りた。
それは、美しく、手を伸ばし、まるで自分は空を飛べると確信しているがごとく、自信満々での姿であった。しかし、当然、重力に引かれその身は、地面に向かって落ちてゆくのだが、間一髪の所でパワードスーツの少女が追いついて、ランさんを抱きかかえる。
そして、二人は空を飛びパラダイスロフトの頂点のDJブースへ到着し——ブースの中に立つやいなやランさんはすぐにマイクを掴み、
「さあ、みんなお待たせ! この街にまたまたの登場のランよ。今日はさっさとすましちゃうわよ。盛り上がって行くわよ」と言うのだった。
ランさんがMCを始めた瞬間に、飛び交う電子音とスクラッチ音。
ビートにあわせてエフェクトが完璧なタイミングで入る。
アームのプレイの始まりだった。
——またスクラッチ。
生徒達はそれに向かって大歓声をあげる。
そしてまたスクラッチ。
また歓声。
——これが生のアームか。
と僕は彼のプレイの始まりに感心していた。
なるほど、うまいなこの人。
スクラッチでのリズムの切れ、エフェクトの的確さ。
確かにこれならエイトに勝るとも劣らない。
彼には、ウェブレイドの中でもトップDJと言われるだけの実力は確かにある。
でも、やはり、僕が好きなタイプではないと言うのもこの生で聴いてまた確信を新たにする。
なんか、完璧過ぎでライブ感が無いと言うか……
まるでスタジオで録音されたミックスを聞いているようで……
それが、その完璧さが、なにかこれでは駄目だと言う胸騒ぎを誘う。
この完璧に見えるプレイは、一つ歯車がずれたのならば崩壊してしまうような、そんな危うい物なのではないのだろうかと思えてしまい——僕の不安はおさまらない。
僕は校内の盛り上がる歓声の中、一人、保健室の窓枠をぐっと握りながら手に汗をかく。
でも大丈夫だよな。ウェブレイドは今や業羅の生態は完全に分析しているのだし。
大丈夫。
でも、
——なんだろうこの不安。
これは単なる不安ではない。未来への恐怖ではない。
なんだろう、——僕はこの不安を「覚えて」いる。
まるで前に同じ体験をしたか事があるかのような……。
デジャヴュ?
そんな不安を持ちながら外を見る僕の目の前では、
——アームが、バックスピンのあと、スクラッチ。
その後ジャグリングでビートがつながり——ついに四つ打ちのスタート……
そして次に、
「さあアーム、飛ばすわよ……みんなも、盛り上げてね」とランさん。
校舎からさらに大きな歓声。
あれ?
覚えている——覚えている?
なんとなく、この光景を前に見た事があるような気がする。
そう、薄もやのかかったような、ぼんやりとした目の前の光景。
記憶の中の光景のような。
見える=思い出す。
そう、気の早い連中が校庭にもう飛び出て踊り始めて……
でもどうも業羅の動きがおかしくて……
——あの三馬鹿が変貌した業羅は、動きを一応は止めながらも、怒号を上げる。
それはなにか苦しんでいるように見えた。
多分、業羅達は、音を楽しんでいない。
止まっているのは、きっと、ただこの状況に戸惑っているだけだ。
彼らは今踊ろうとはしていない。
今のところは、時々業羅からちょろちょろと流れる爆発するゼリーのようなものは、全部パワードスーツの二人が処理しているが、彼らが本気で暴れ出したら……
DJは、二曲目の派手なエレクトロハウスに曲をつなぐ。
この曲?
どうも業羅に合っていない、ような気がする/事を覚えている?
ともかく、どうしたんだろ、多分ブース内では、アームが最新のデータベースに照合して、業羅に合う曲を探しているはずなのだが……
そしてそれならば、業羅の怒りはそろそろ収まっていないといけないのだが……
*
私、ランは、高校の生徒達に動揺を悟られないように、精一杯の笑顔を浮かべ。手を振りながらながら、こっそりとアームに耳打ちをする。
「何やってるのよ。業羅が全然ノッて来て無いじゃないの。分析どうなってるのよ」
「いや、ラン……それが」
アームは冷や汗をかいていた。
彼の見ているモニターを私も見る。
#過去に適合タイプ無し
「なによこれ。新種の業羅だってわけ? そんなのこの十年以上、それこそキョウ達の現役時代以来現れていないのに、なぜここで現れるわけ?」
もしかしてあのキメラ女が連れて来た? そんなものいったい何処から手に入れた?
それに「やつら」がそんなのをもしかして隠し持っていたとして、なぜこんな時にそれを使い出すのだろうかと……
いやそんなことは今はどうでも良い。
今は……
私は、アームに向かって、
「何とかなるの」と言う。
アームは首を振りながら、
「……過去のパターンに今回の業羅はいっさい合致しない。正直どう言ったジャンルが奴らに合うのかさえもさっぱり分からない状況だ……ここは奴らの反応を探りながら曲を決めてゆくしか無いが……」
「あんたアドリブ苦手だもんね」と私。
申し訳なさそうに頷きながらアームは、
「やるだけやってみる」と。
なんてこと、まずいわよ、今日は業羅が三体もいて、全部暴れ出したらリップちゃんとマットくんでも周りに被害がでないように抑えておくのは難しいし、それにもしかしてあの女が現れたら、と思っていると……
「あらら、みじめな人間諸君、どうしたのかしら、ご自慢のウェブエイドは、私の業羅を踊らせる事ができないようね」
でた!
あの憎たらしい爆乳女がいつの間にか、私の真っ正面、業羅の頭上に浮かび、まるでスピーカーでも使っているかのような大声で話始めていた。
私は負けずに、
「なによ、そこでせいぜいほざいてなさい。次の曲でもう業羅を人間に戻してあげるわ」と言い返す。
「あらら、強がりを。そちらのDJさんは冷や汗かきっぱないじゃないの。きっと私のこの業羅の分析が全くできていないんじゃないかしら」
アームがうつむく。
おいこら、少しは大丈夫そうな様子で強がっておいてよ。
なぜなら……
観客が動揺しはじめているじゃないか……
業羅が音の飽きたかのように吠え始め、その叫び声が空気を揺らし、校庭の地面を爆破するかのように吹き飛ばす。
校庭にいち早く出て来た勇気ある子達の中にも動揺が……
女の子からは不安そうな小さな悲鳴もあがっている。
彼らが否定的な感情を持ってしまったら、彼らがノッてくれなかったら業羅の中の人間も「帰って」きてはくれないのだけれど……
でもどうするか……
業羅がグルーヴから逃れ、暴れ始めたらこの学校にいる生徒達の安全はリップちゃんとマットくんだけでは守る事はできない。
安全を重視するのならばもう生徒達を避難させるべきなんだけれど。
今から避難させても、完全体になっている業羅になら、たちまち追いつかれて襲われてしまうのならば避難の意味がないし……
でも少しでも誰か助かるのならやってみる価値があるのかもしれないし……
と、迷ってる私を見て、
アームは覚悟を決めたように、親指を突き上げる。
そうね、もう一曲だけアームを信じてみましょう、最高のアンセムをぶつけてみましょう。
それでだめなら——どっちにしても、もう何をしてもだめ。
三体の業羅をパラダイスロフトの武装とパワードスーツ二人で抑えるのは無理なのだから、我々は次の曲にかけるしかないのだから……
——私はアームに無言で目で合図をする。
そう、それじゃ、トラックナンバーET101、エレクトライバル、行くわよ。
で、私はマイクを持ち直し歌う準備をしながら、校庭に集まった生徒達を眺めるのだけれど……
あれ、カケル君!
君、そんな前で何を?
*
僕、高見カケルは、このままじゃまずい、そう思うと思わず身体が動き始めていた。
目の前にかかった薄もやのようなヴェール——まるで昔の事を思い出している時のような光景だ——は身体が動き出すとさあっと晴れて行った。
今、目の前にあるのはリアルだった。
そのリアルが……
「まずいよ」と僕はつぶやいた。
僕は、保健室から駆け出すと、また三段飛ばしで階段を下り、内履きのまま校庭に飛び出した。
校庭には少し不安げな表情になった生徒達がまだ精一杯の声援をパラダイスロフトにむかって送っている。
その前ではパワードスーツの二人が空を飛び回って業羅から飛んで来るゼリーのような固まりを迎撃している。
僕はその前にまで走って行った。一定の距離をとって睨み合うフライングブースと業羅の間に割って入っていたのだった。
いや、自分に何ができるわけではない。今、業羅に向かっているのは世界最高のプロ二人だ。父さんに現場に出る許可ももらえない半人前の僕がここに来た所で何ができるわけでもないかも知れない。
でも……
動かずにはいられなかった。
いや動くしか無かった。
僕を挑発する者があった。
声だった。
頭の中に直接鳴り響く声。
それは保健室で呆然と校庭を見下ろす僕に語りかけて来た。
(あれ、君はそんなところで立ち止まって、仲間が死んでゆくののに何もできやしないんだ)
「なんだお前は、午前の数学の時の……」
(そうよ、助かったでしょう。おかげであのランとか言ううっとうしい女も復活して、私に挑んでくることができて、こうやってちゃんと敗北の味を知る事ができるようになる分けだし——私の方もあなたには感謝してるわよ。あの連中は一度思い知らせないと駄目だとおもっていたのだから)
「敗北? ウェブレイドはまだ負けたわけじゃないだろ」
(あらあら、このままじゃ業羅は止まらないって、あなたが直感で一番分かってるんじゃなくて。あなたの心と会話している私にはその感情がダイレクトに感じられるのだけど)
僕は反論しようとした言葉につまる。確かに、今この場には、業羅と僕らの間にはまったくグルーヴができていない。
このままでは、次の曲でノリそこねたならば、業羅は暴れ始め、校庭に出た生徒達はその暴虐の中に巻き込まれてしまう。
(さあ、それでもいいのかしら、ウェブレイドに任せて、あの子達が死んだりしちゃってもよいのかしら)
「何……!」
僕は振り返り、校庭に、集まり、このパーティをを盛り上げようとしている、連中の中に、知り合いの姿を見る。
コン子!
ミクスさん!
ススム!
シズコまで!
業羅から時々発せられる怒号により起きる爆発はパワードスーツの二人が今の所守ってくれているけれど……
(ねえ、カケル君。私がなんでこんな事やっていると思う)
「知るか! ただ暴れて面白がっているだけなんじゃないのか」
(あらあら、分かってないわね。暴れたいだけならもっと、人の多い東京とかに行ってばかばか人殺しているんだけど……なにせこの業羅は新型でまだ誰も対処方法知らないんだからね)
「じゃあなぜなんだ。僕の学校をなぜ選んだんだ」
(あら、学校を選んだんじゃないわよ)
「学校でないならなんだ!」
「それはもちろん、カケル君あなたを選んだのよ!」
今度の声は、頭の中にではなく、僕の耳に直接聞こえた。
それを言ったのは、業羅の頭上に浮かぶ、禍々しくも美しい、光を纏う女だった。
女はますます光り輝き、身につけた服を燃やし尽くし、全裸のままさらにその纏う光を強くして、それは前に伸びパラダイスロフトを狙う。
しかし、その瞬間、パワードスーツの二人が飛び上がり、パラダイスロフトと女の間に入って、シールドを展開した。
女の放つ光は二人のシールドに阻まれていた。
その様子は互角。
双方とも、引く事も押す事もできない拮抗状態であった。
この間になんとかしないと。
もちろんブースの中の二人もそう思っている。
今、曲は先日業羅にとどめをさした、アンセム、エレクトライバルに変わる。
ここで最高の曲をもってきたのだ。
これで決めないと行けないと言う決意がその表情に感じられる。
彼はフェーダーを絶妙に動かしながら、最高に滑らかなミックスで曲をスタートさせる。ビートが強くなり、ハイハットの音が強く、弱くそして強く、共鳴する電子音、そして……
ランさんが歌い出す。
この目の前の危機等まるで気にしないと言った風に、皆の期待と注目を浴びてもまるで動じない、ステージ度胸満天のランさんがゆっくりと歌い始める。
これでさすがの新型業羅の動きも止まり、少しリズムにのり始めたと思えたが……
「あらら、最後のあがきね、でもそんないつも同じ曲じゃ飽きちゃうわよね」とつまらなそうに女。「ねえ、そう思うわよねえ、私の馬鹿ちゃん達」
女の言葉で業羅三体が動き始めた。
女の身体に向かって、その手を伸ばし、女に向かって光を浴びせ始めていた。
まるで女に向かってエネルギーを供給するかのように。
まさに、その通りの事が起こっているのか、女の光はますます強くなり、二人がかりのシールドに裂け目が入り……
「ランさん!」
僕は、光に包まれ、爆発音が聞こえたフライングブースに向かって思わず駆け寄っていた。
爆発は、パラダイスロフトの咄嗟に展開したシールドで、だいぶ弱まってはいたようだった。
——まだ音は出続けているし、ランさんは立ち続けている。
でも、アームの姿が見えないのだけど……
いや、血だらけのアームが立ち上がり、プレイを続けようとコンソールの前に行くが……
また倒れ……
手を伸ばしたランさんもよろめく……
もしかして、二人とも怪我を……
どうしたらいいんだ。
「さて、カケル君、どうする」
上空から女が叫ぶ。それは頭の中にではなく、リアルで僕に聴こえてきたのだった。
「DJは瀬死、MCもふらふら、この曲が終わったら、もう次の曲をかける者はいないわ。そうしたら、私の業羅達はここを破壊し尽くすわよ。高校生だからって容赦かけて貰えるとは思わないでよね。残虐に、一人残らず殺し尽くすつもりだから。三体も業羅いるんだから、このちっぽけな高校だけじゃ全然足らないわ。隣のあなたの妹のいる中学校も破壊しようかしら。それでも足りなければ街に降りて行って……」
「やめろ!」
僕は思わず叫んでいた。
しかし、
「やめろと言われても、やめるわけには行かないのよね、言ったでしょ、カケル君、私が用があるのはあなただと」と女。
「僕に何が用があると言うんだ」
「あら、決まってるじゃない。あなにできる事なんて一つしか無いじゃない」
「一つ?」
「分かってるわよね、君のできるたった一つの事」
僕にも分かっていた。
僕に今できるたった一つの事で、今僕がしなければならない事。
それは……
「さあ、カケル君。あのブースに上がって、君が私の業羅達を楽しく踊らせてごらんなさい」と女。
言われるまでもない。
その声も終わらない間に、
決心した僕は走り出したのだった。