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君の感じるものを愛している?

 朝、それはいつも一大事だ。前の夜、明日には何が起きるのだろうかと、色々考えて、結局また夜更かししてしまった朝となればなおさら。


 舞が何回か起こしに来てくれたのに、もうっちょと、もうちょっとと起きるのを先延ばしにしたあげく、朝飯を抜けばもう十分、顔尾洗わなければもう三分とさらにじりじりと時間が経過して……


 結局自転車全力疾走なら間に合うと言うギリギリの時間に家を出てしまうことになったのだった。そして、後悔しながら全力で坂を上って、予鈴のなる中、自転車置き場に自転車を放り込んで校庭を駆け出すと……


 ——げげ、賀場だ。

 

 僕の前にいたのは、ぼうっとした表情でふらふらと校庭を歩く、三馬鹿だった。


「お……おはようございます」


 何も言わないで通り過ぎるのも因縁をつけられそうだし、さわやかなあいさつだけしてさっさと通り過ぎようとしたら、三人は立ち止まり、僕の事をじっと見つめる。


 やば、かえってムッとされちゃったか。

 どうしよう、コン子との約束もあるし、走って逃げるか。

 でも前をまたふさがれちゃってるし、あんまり遠回りして逃げるともう遅刻してしまうし。


 ——僕は愛想笑いをしながら、頭をかく。


 さて……


 しかし……


 賀場は僕の事をそのまま見つめているが、なんだろこの三人?

 目に光がない。

 瞳に全く意志がない。

 僕には全く無関心そうな様子のまま通り過ぎて行く三人。


 何だ?


 どうしたんだろ?


 何にでも因縁をつけるあの三馬鹿があんな無気力な様子で?

 僕はそれを不思議に思い少し何か背筋に嫌な予感が走る。


 しかし、

「おい、カケルなにグズグズしてるんだよ」

 僕を追い抜きがてらのススムの声。

 と、周りは朝の予鈴が鳴り終わりそうな校庭を走って校舎へと急ぐ人々の流れ。


 僕もそれを見て焦って流れに乗って走り出し、いつの間にか三人の様子のおかしさをそのあま忘れてしまうのだったが……


   *


 でも?


   *


 ——あれもしかしてと……ランさんの言っていた様子のおかしい奴ってあの三人は当てはまらないのだろうかと気付いたのは午前の最後の授業の途中だった。様子がおかしいと言えば、確かに普段おかしい奴らがおとなしいと言うのも「おかしい」じゃないかと思い至たのだった。


 迷惑な連中が、おとなしくなっているのも「おかしい」なのだよな?


 いや、違うかもしれないけど言っておいた方が良いのかな?


 念のためと言う事で……


 でも、そうすると、どうやってランさんに連絡つけたらいいのだろうか。よく考えたら僕はランさんのメールアドレスも電話番号も知らない。と言うか、「教えてくれ』とか言うのなら連絡先くらい教えておいてほしいのだが。


 ……とか考えながら、ふと窓の外を見ると、


 ——僕は椅子からずり落ちそうになった。


 そこにはなんと探し人がいた。

 校庭に、こっちを見ながら自慢げに親指をたてているランさんの姿があったのだった。

 目が合うとランさんはひどく自慢げににっこりとしながらウインクをした。

 僕は何事なのかと呆然と校庭を見たままになるが、


 しかし、


「こら高見カケル! 何処見ている!」と教壇から怒鳴り声。


 ああ、まずいまずい。鬼の羽土の授業の途中だった。


 僕は、

「すみません」と言いながら、

 あわてて前を見てぺこりと礼をする。


 羽土先生は、もう少し怒鳴り足りなそうだったが、僕がだめ押して会釈すると、まあ良いかと言った表情となって授業再開。

 ——でも、窓に小さくカンと音がする。


 あれ、誰か小石でも投げた?

 僕はまた外を見る。


 ランさんが、少し機嫌悪くなったように見えるが、無理に笑いながらこっちに向かって手を振っている。

 僕は、とりあえず無視するのも悪いので手を振り返すと、

 羽土のぎろりと睨む視線。


 また僕は前を向く。

 でも、すると、再び窓ガラスに小石の当たる音。


 ちらりと横目で外を見ると、完全に怒った顔でランさんが、こっちに向かって拳を振り上げている。無視するなと言うことだよなたぶん。いやこっちも賀場達のこと伝えたいので、そっちへ行く用もあるのだけど、授業がもう十分ちょっと残っているし……


 ——っと、やっぱり羽土先生が僕を見ているぞ。


 今日は完全に目を付けられた様だ。昨日の居眠りの件もあるし、また罰掃除でもやらされたらたまらない。板書していても時々振り返って僕を見ている。


 こうなるとこの授業中はじっと前を見てるしかないが……


 とはいえ向こうも、ランさんの方も怒り出してないか気になって……


 ——また校庭をちら見。


 ランさんはなんか身体をくねらせながらグラビアモデルみたいなポーズを取っている。色仕掛けで関心を引こうと言うのだろうか。誰もいない校庭でやってると妙にシュールな光景だが……


 おっとまた羽土の視線。


 僕は、横を向いていたのは教科書の位置を直してしたんだ、と言うフリで、また前を向く。


 すると、

「おい、高見。ちょっとこの問題解いて見ろ」と羽土。


 やばい。窓の外が気になって問題の解き方全く聞いていなかった。

 黒板の前でじっと固まる僕。


「なんだ今日も校庭の掃除がやりたいみたいだな。授業ちゃんと聞いてたらこんなのすぐに解けるはずなんだが。また居眠りでもしていたのかお前」


「いやー」


 困った、このままだと二日連続罰掃除という不名誉と言うか鬱陶しいと言うか、また賀場達にあったらめんどくさいというか、あんまり面白くない状況に陥りそうで非常にいやなのだが……


 ——で、窓ガラスにまたコツンと小石の当たる音。


 ちらりと横を見ると、どこからか取り出したボールをジャグリングしながらバク転したりの、曲芸師みたいな事をしてる。


 ……いやもう関心を引かなくても大丈夫だから。分かっているから。


 でもこの問題を解けずに黒板の前にただ突っ立っている状況では、そっちに行くどころか、このまま授業終わっても居残りで説教を受けかねない様子なんだが。


 さてどうすれば?


 僕は心底困って、黒板にチョークをつけたまま固まっているが、

 その時、


(ほらそこ……aと2aを代入して)と声?


 あれ……今誰かしゃべった?


(そして係数を比較して)


 僕は声の主を捜して周りをきょろきょろするが、

「こら高見、よそ見しないでまじめに考えろ」と羽土先生に怒鳴られる。


(さあ、そこで通分しなしさい。答えはもうすぐよ。そしてあの女の所に早く行きなさい)


 あれ、問題がいつの間にか、解けてきている。


 なんで……声……そうか聞こえて来た声だ。


 その通りにしたら問題が解けてしまった?


 でも周りにそんな声を出している人なんていなかったし、本当に僕にまで聞こえるような大きさのそんな声を出した人がいたなら、隣にいた羽土が一瞬で気づいて注意していただろう。


 声は……頭の中に直接聞こえて来たのだった。


 間違いなかった。


 声は頭の中で直接に聞こえていた。


(さあ後は右辺を左辺に移して引き算するだけよ。さっさと終わらしてしまいなさい)


 僕は頭の中の声の言われるままに手を動かす。


 それは、何かまずい事、うっかりしたがってはいけない事と、僕の本能は伝えて来るのだが——何故かあらがうことのできないまま——言われがままに手が勝手に動くのだった。


 そして最後の記号と数字を書き込んで振り返ると、

「あれ、お前正解だな」とびっくりしたような顔で羽土。


 そして、僕を疑ったよぅな目で睨む羽土。

 きっと、何かトリックでも有るのか、僕が何かカンニングでもしていないか探しているのだろう。いや、その通りなのだが、頭の中の声の事なんて羽土に分かるわけも無く……僕は何とも申し訳ない表情に鳴るが……


 羽土がもう一度僕を睨む。


 照れ笑いでゴマかす僕。僕の目はきっと激しく泳いでいるだろうけど……


 さらにもう一度睨む羽土……


 僕は、どう反応して良いか分からずに、ともかく首肯する。


 睨む羽土。


 ——そんな事を二三回続け、


「まあ、しょうがない、お前が予習してくるわけもなく、よそ見しててどうやって問題を解いたのか分からないが……ちゃんと正解したんで、今日は沙汰なしとするか……」と羽土。


 僕はほっとしてため息をつく。自分の力で解いたわけでは無いので微妙に気分が悪いし、何か良く分からないのだけれど、考えるのは後にしよう。

 まずは校庭で待っているランさんの所に行かないと。

 と——僕は思った。


 早く賀場達の事を伝えたいというのもあるけれど、このまま昼休みになってランさんが目立ちすぎて、コン子が気づいてちょっかい出し始めたら、またややこしい……

 なんとかこのまま教室を抜けて、校庭へ行くには……?


 ……そうだ!


 僕は思いつき、手を挙げて、

「先生」と。


「なんだ」

「お腹が痛いんですが」と。


 は?


 と言う疑いの表情を羽土は一瞬浮かべるが、その口ごもる。


 その一瞬の隙をついて僕は、

「すみませんそれでは……」と言いながら教室から飛び出していっのだった。

 

 その後はただ一目散に走った。

 階段を三段飛ばしで下りて、廊下の角を靴をドリフトで滑らしながら曲がる。

 内履きのまま玄関から飛び出す。

 そして校庭を全力で走り……


 やっと来たという表情でこちらに手を振っているランさんの元についた僕は、

「……ランさん、実は気になる連中が……」と言い掛けるのだが、

「良かった、間に合った」と言うランさんは、

 僕の腕の中に倒れ込んでしまうのだった。

「へ?」


 そして……


「カケルさん、その人……?」と呼びかける声に振り返れば、


 そこには体操着姿のミクスさんが立っていたのだった。


   *


 保健室のベットに額に濡れタオルを乗せて横になっているランさんの姿を見ながら、

「……ただ寝てるだけなのか。よかった……」と僕。


 突然僕に倒れかかったランさんを、調度通りかかった体育の授業返りのミスクさんと二人で保健室につれて来たのがついさっきの事。その後、保険の先生の見立てでは、酷く疲労はしているが寝ているだけだろうとなって、ほっとする僕ら。そして、先生が昼食に行く間この人を見ててもらって良いかとそのまま先生に言われて、ミクスさんと二人きり(寝てるランさんもいるけれど)になったのがたった今の事だった。


 もうランさんも大丈夫だとすると、それならこの後はミクスさんの昼休み奪ってしまって迷惑をかけれないなと思い、

「ここからは僕一人で見てるよ」と僕は言う。

 でもミクスさんは、

「もし何かあって保険の先生呼びに行く事になったらその間にランさんを見てる人が必要でしょう」と。


「……でも」

「あれ? 私って……もしかして迷惑ですか?」

「そんな事は絶対に無い! 無い!」と、つい大声になりながら僕。


 ミクスさんはきょとんとした顔。

 不要に力強く否定してしまって何か変だったかな、少し恥ずかしくなってうつむいてしまうと、

「良かった。私がいるとかえって邪魔なのかと思って心配しちゃった」とミクスさん。


「邪魔? なんで」

「だってこんなウェブレイドのスターと二人っきりになるチャンスなんて滅多に無いじゃないですか……私なんかいたらもったいなくないかもって」

「チャンス……」


 ……ああ、コン子はランさんが僕の家に押し掛けて来た事をミクスさんに話してないんだ。

 まあ、それは良かった、その説明から始めたらややこしいし、興味を持っちゃって、コン子に聞いて、一昨夜のラッキースケベ系の話が話が漏れたらヤバいもんな。

 コン子になら明るく折檻されるだけで僕の(心の)痛手は大したことは無いが、ミクスさんに冷たい目で軽蔑されたらとか思うと、心は薄ら寒い恐怖に閉められて……

 でもコン子がまだ話していないと言う事は僕に気を使ってるのだろうから、あえてミクスさんの方から聞き出そうとしなければ話はしないだろうし……


 ともかく、とりあえず大丈夫かなって……


 ——僕は安心の嘆息をする。


 しかし、それを僕が困っているとミクスさんは勘違いしたのか、

「……やっぱり迷惑なら」と腰を浮かせ、

 僕はミクスさんの肩に軽く手をかけながら、

「そんな事ないよ僕は実はミクスさんといる方が嬉しいわけで……こちらこそ迷惑でなければまだいてもらった方が良いわけで」と。


「えっ」とびくりしたような口調でミクスさん。

「あっ……いや」と僕。


 いや嬉しいのは本当だけど、今の言い方じゃまるで告白でもしてるかのようで、そう思うと、少し心臓の鼓動が早くなってしまっている僕。


 でも、

「……そんな、気を使わなくても」とミクスさん。


 あれ疑われてる?


 僕が嘘をついてると思われてる?


 いや、嬉しいのは、

「……本当だから」と僕。


 顔を少し赤めるミクスさん。

 あれ、本気で告白と勘違いされて……

 いや勘違い?

 その言葉に自分の中でもひっかかりがあって……


 なにかもやもやとした気持ちが心の中に沸き立って、何か自分でもわけの分からない事を口走りそうになってしまいそうなのを必死で抑えるが、


「うれしいです」と言うミクスさんの言葉に、

「……え?」と虚をつかれてぽかんとした顔で僕。

「あの……」と僕の目を見つめてミクスさん。

「はい」と背筋を伸ばして僕。


「私って、引っ込み思案で人と親しくできなくて、話も面白くないし、いつも一緒にいる人を退屈させてばかりで……嘘でも、一緒にいてうれしいなんて言ってもらえると」

「嘘って……まさか、絶対、嘘じゃないって」

「……はい?」

 まだ疑問系……

「大丈夫だって。一年の時のクラスの男子だってみんなミクスさんと話したがってたよ。というかミクスさんモテまくりだったじゃない。可愛いし、性格も良いし……噂では他のクラスから乗り込んで来た連中も会わせて六十人に告白されたって聞いたけど」

「違います」


「えっ、これコン子がミクスさんから聞いたと言う確かな情報なんだけど」

「——先週二人に告白されたので六十二人です」

「……」


「でも駄目なんです、いくら告白されても、ちやほやされても」

「なんで」

「本当の私の事見てくれているわけじゃないんです。みんな偽の私を見て話を合わせてくれてるだけなんです。と言うよりも……」

「と言うよりも?」

「……自分が人にあわせて、偽の私を演じちゃうのが、自分がとても嫌いなんです」


 沈黙。

 僕は何か心の中に、後悔の感情に似た、すごく重い固まりがあるのに気づいた。

 僕もミクスさんの事を本当に分かってさっきの言葉を出したのだろうかとそんな事が気になっていた。


 一緒にいると嬉しい。

 こんな可愛くておしとやかな女の子を前にしたならば、普通の高校男子なら絶対そう思うだろうし、僕も実際そう思うのだが、それって実はとても残酷な事をしていないだろうかと僕は思ってしまう。


 一年のときコン子を通して(奴のおせっかいもあって)それなりの交流はあったミクスさんだけど、彼女の事を良くも知りもしないで、外見で勝手に判断して今も「嬉しい」とか言っていなかっただろうか。


 もし自分が彼女の立場ならどう思うだろうか。


 本当の自分も知らないどころか、顔さえ前にあわせたか分からない男どもが、評判に引かれてやってきて外見だけ見て次から次へと告白されて、誰もが表面だけを通り過ぎてゆく……

 僕もコン子に乗せられて気になる人をミクスさんだと言ってしまったとき、そんな外見やイメージで話してしまっていなかっただろうか。


 それならば……


「ごめんなさい」


 僕の思考はミクスさんの言葉で遮られる。


「ごめんなさい?」と僕。

「こんな変なこと話してしまって……でもなぜかカケルさんには言っても良いような気がして……この間の休みの日の……」

「業羅が出た時の事?」

「そうです。あの後業羅から解放されたオジサンに誰も近づかなかったじゃないですか。もう安全なはずなのに。その前の暴れまくる業羅のイメージを怖がって、誰も近づこうとはしなかったのだと思います。でも……」

「でも?」

「カケルさんは手を差し伸ばしました。イメージになんか捕われず、目の前の物をそのままに、本当のその人を見ていてくれる……そんな目をしているように私には思えました」

「……」

「なので、そんなカケルさんになら……いえ、ごめんなさい、変な話聞かせて」


 最後の言葉の後、ミクスさんは恥ずかしそうに頬を赤らめ、下を向く。

 そして、僕がなんて言ったら良いか迷っているうちに、ミスクさんは立ちあがり、歩き出す。


 僕は、それを引き止めようと、立ち上がるが、

「あの、よく考えたら午後の授業に体操着で出るわけにはいかないので、そろそろ着替えないと」とミクスさん。


 保健室の時計を見ると昼休みも残り十分ちょっと、確かにそろそろ着替えないと間に合わないな、となると引き止めるのもおかしいが……


「あの……」と僕。

「はい?」とドアの所で振り返りながらミクスさん。


「君の事、僕はちゃんと分かっているとはまだ言わないけど、分かりたいのは……一緒にいて嬉しいのは本当だから」と。


 すると……


「はい!」


 満面の笑みを浮かべ、とても明るい声でミクスさんは廊下に去って行った。


 あれ、なんか良い感じ、でも……


「おい、そこのハーレムラノベ主人公」

「はい?」


 振り返ると、そこには目をぱっちり開けたランさんがにやにやした顔をしながら、こちらを眺めていた。


「何時から起きてたんですか」と僕。

「……目の前であんな話始められたら途中で目を開けれないよね」とランさん。

「……はい」と恥ずかしそうに小声で僕。「ずっと聞いてたんですか」

「そうよねえ、私が史上最高の大スターだって言ってくれた所からしっかり聞いていたわよ」


「そこまで言ってませんって」


 僕は鼻高々のランさんに冷静に突っ込みをいれる。


「まあ史上最高のスターに私がなるのはこれからだから、今の所は君の意見を聞いておくとして、しかしだねえ少年」

「なんですか」

「ヘタレのくせに安易な恋愛フラグ立ては危険だぞ。君に修羅場をくぐり抜ける器量があるとはとても思えないぞ……まあ私はあのツンデレ幼なじみより今の子の方が良いと思うけどね」


 僕は顔を少し赤くして、

「フラグだなんて……そんなのでは」と。

「そうかな、良い雰囲気だったと思うけどな……でも」

 ランさんは乱れた服の胸の辺りを直しながら、ベットから起きると僕の方まで歩いて来ると、突然抱きつきながら、

「……メインヒロインはわ・た・し! そこを忘れちゃだめね」と。


「ランさん……」


「私は修羅場オーケーだから、なぜなら勝つのはいつも私だから」

「何言ってるんですか、ランさん」


 ランさんは僕の反応をみてクスッと笑う。

 僕は、ぐっと押し付けられた胸の感触と、ふわっと昇って来た良い匂いにクラっとなってしまう。

 ランさんはさらにぐっと顔を近づけて、僕の目をじっと見ながら、悪戯な表情で唇を少し尖らせると……

 僕は思わず固まって、唇は、僕の唇にますます近づいてきて……


 僕は思わず目を瞑ってしまい、すると、生暖かい物が僕の唇に降れ……

 んっ?


「ランさん!」

 ランさんは僕の唇に自分の額に乗せられていた濡れタオルを手にもって僕の唇におしつけていた。

「キスだと思った? 残念濡れタオルでした……でも私の顔に乗っていて暖かくなったタオルだから結構価値あると思わない?」


「ランさん!」

「……まあキスは、して欲しければ、こんな何時人が入って来るか分からない学校でなければいくらでもしてあげるけど」


「別にしてくれなくてもいいですよ」

「あらそう? 唇近づけた時、結構乗り気のように見えたけど」と、


 面白くてたまらないと言う感じで、身体をくるっと一回転させながらランさん。


 このペースに乗せられてたまるかと、

「……それだけ元気あれば、もう大丈夫でしょう。僕はもう教室戻っても良いでしょうか」と僕。


「あら?」と僕が冷静に対処してるのを意外そうな表情でランさん。

「もうすぐ午後の授業が始まるのでそろそろ教室行かないと行けないんです」とキリッとした表情で僕。


「なるほど、確かに一眠りしたらすっきりしたので、——私はもう大丈夫なので——学生の本分を邪魔する気はないのだけど……」

「『ないのだけど』なんですか?」


「でもそれは、午後の授業がちゃんと始まったらかしらね……」と、一瞬で真剣な表情に変わったランさんが言う。


 意味が分からずきょとんとする僕。

 ランさんは窓の外、校庭を指差す。

 振り返る僕。


 そして……


 その瞬間、校庭でもの凄い怒号と共に、爆発が起きる。


「なにが起きて……?」


 僕は、爆風でひびの入った窓に駆け寄り、するとそこに、校庭で醜く顔を歪めながら、こっちに向かって何か言葉にならない叫びを浴びせている、あの賀場達三馬鹿の姿をそこに見るのだった。


 彼らの身体がふくらみ、破裂して、怒鳴り声のような音が周囲に鳴り響いた。


 破裂した身体の中からは、太鼓のようなものが次から次へと沸き出して、それをネバネバしたゼリーのような物がつなぎ止め、変形し、身体が次第にでき上がって行った。


 現れたのは3人の巨人。


 体中にできた口から怒号は発しながら、脳天にできた一つ目で校舎にむかってガンを付けている。その体から時々飛び出して来る、ゼリーのような物が触れた地面は、彼らの叫び声のような音を立てながら爆発をした。


 もはや彼ら三人は人間ではない。


 そう、


 今、


 賀場達三人は、


 業羅への変形を始めた所だったのであった。


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