狩る者
この静かな地方都市の人っ子一人歩いていない深夜、リップちゃんと私——ランは、敵をもう一歩で捕まえられる所まで追いつめていた。
河川敷、敵——逃げる女は激しく流れる川岸まで追いつめられていた。私はその女に言う。
「どう、もう逃げられないわよ。観念したら」
すると女は高笑いしながら、
「なに、その台詞……『観念したら』? それって、ぱっとしないモブ野郎の言う典型的な失敗取り逃がしフラグじゃないの」と。
失敗フラグ!
いや、モブ野郎だと!
ふざけるなと思いながら、
「減らず口はそのくらいにしなさい。あなたにもう逃げ道はないわよ」と私。
でも、
あれ、
——確かに、
私の台詞っていかにも敵を逃がしてしまいそうね。
ならもうちょっと別の言い方をするかなと思って、
「あの、できれば投降してほしいんだけど」と婉曲に頼んでみる。
「できればと言われて、従う逃亡者がいるわけないでしょ。あんた馬鹿」
馬鹿とはなんだ、馬鹿とは。
実は、ちょっと気にしてることを言われてまた余計にむかっと来る。
でも追いつめてるのはこちら。
圧倒的に有利なのはこちらなのよと思い、寛大な気持ちで、
「べ、別にあなたを追いかけて来たわけじゃないのよ。でも、なんなら捕まえてあげてもいいのよ」と。
「あれあれ、なにそれ、二十歳とっくに超えた女子にツンデレされても心動かないわね。というか歳考えたら」
「なによ二十歳前じゃないとってあんたロリコンなの。ふざけんじゃ無いわよ。あんたの事なんて本当はどうでもいいんだからね」
「だから、ツンデレはやめてって……」
「へへへ、貴方が他の人に捕まってしまうくらいなら、貴方を殺してしまいたいんだけど」
「ヤンデレも不可」
「……」
「あれ、どうしたの」
「どうせ私なんて何もできないグズで、何やってもうまくいかないで……」と暗い顔で私。
「で?」
ぱっと明るい顔になり、
「でも貴方が捕まってくれたら私の人生にも良いことがあるかと思えるかなって」と私。
「……鬱デレかい?」
首肯する私。
しかし、
「——却下というか、あんた鬱になるほど何か考えて無いでしょ。そんな顔してるわ」と女。
むかーと思いながらも、
「ごめんなさい、なかなか気に入って貰えなくて。私一生懸命やりますから、もしかして捕まって貰えたらうれしいなって……チラっとか」と続けて私。
「で? 捕まって私に何か良い事でもあるわけ」
満面の笑みを浮かべながら、
「私の人事考査が評点アップかな……て、だめ?」と私。
「なんか、しおらしくしても、黒いんだよ、あんたは……あれ黒デレのつもりだった——あんまり面白くないね」と女。
「……」
「で……なんだいネタ切れかい?」
くやしそうに首肯する私。
「まあ良いわよ、頑張ったわね……あんたはお色気キャラかと思ってたらギャグキャラも狙ってるとはとは感心したよ。さっきはモブだなんて言って悪かったわ。もしかしたら、頑張れば、恋愛パートではいつも負け役だけど一定の信者のつくサブヒロインくらいにはなれるかもしれないよ……まあお色気は私に取られそうだからギャグの方を磨く事をお勧めするけれど」
「何よ、そのくどい私のプロファイリング——あんた、このスリーサイズが92/58/85の私からお色気担当の座を取れると思ってるわけ」
「私、99/55/86」
「……」
「どう負けを認める?」
これ見よがしに胸を強調するポーズを取る女。
くそおぉ!
「何よ、でかけりゃ良いと言うもんじゃないわよ。そんな奇乳、でかすぎて一般人には気味がられてエロ同人誌でネタにされるくらいしかあなたの見せ場はないに決まってるのよ」
「あら負け惜しみかしらモブヒロインさん」
「うるさい、ともかくあなたにもう逃げ場はないのよ。おとなしく捕まりなさい」
「あら、『逃げ場がない』なんてそんな言葉は私を捕まえてから言って頂戴」
「うるさい、うるさい、一章からでて来るようなザコ敵にモブいわれる覚えはないわよ!」
叫びながら、
私は、
このふざけた女の口をふさぐため、電気針式スタンガンを発射していた。
しかし、女は、薄笑いを浮かべながら、針を、火薬の爆発で加速された高速で飛ぶそれを、止まっているかのように軽々とよける。
「あらあら、なにこんな程度?」
女は、馬鹿にしたような口調でそう言うと、跳び上がる。
私の頭上を越え高く。このまま私を飛び越えて逃げるつもりだ。
しかし、
「リップちゃん!」と、
私が叫ぶより早く、
パワードスーツを着たリップちゃんはバーニアを吹かして女の行く手をふさぐように飛ぶ。
リップちゃんの腕が光り高圧電流の針が飛ぶ。
強化スーツより発射される、私のガン型の物の何倍も強く早く飛ぶ電気の針。
業羅の動きだって一瞬止められる強烈なやつだ。
さっきとは違ってジャンプの落下途中の途中の女は、その軌跡をかえる事はできない。
腹のど真ん中を狙った針は確実に女に命中して、その意識を奪うはずだった、
——のだが……
女の髪の毛が爆発するかのように前に伸び、スタンガンの針をつかむと強力な力でリップちゃんをひっっぱった。
姿勢を崩し危うく地面に激突しそうになりながらも前転して受け身をとるリップちゃん。
そのままふわりと地面に降り立つ女。
私は、その瞬間、今度は腰から抜いたベレッタを三点バーストで撃つ。あたりどころ悪けりゃ怪我じゃすまないかもしれないのだけれど……
——かまわない!
なぜなら、手加減したらこちらの身が危ないのだ。事実、放たれた銃弾を、女はまたつまらなそうに笑いながらバク転しながらそれを交わし、私の背筋にすっと走る寒気……
来る!
女は、「うおお」と言う叫び声とともに、体の回りに光の球体を作りだし、それが一斉に私に向かって飛んでる。
って、早い。
逃げる動作を取るよりも速く到達する球体の前で棒立ち状態の私。
しかし、体制を直して飛び上がったリップちゃんがぎりぎりで間に合って、
私の前で光を身体で受けて、
——爆発。
リップちゃんの身体の前でものすごい爆風が起き、私は思わず地面に転がるけれど、その圧力を耐えきったリップちゃんは逆に女に向かって、突進する。
「ふん」
女は、リップちゃんのドラッグレーサー並のスピードと重量でつっこんだ突進を片手で受けきると、逆に押し返した。そして、女は、腕の前に光を集中させ、
「——あぶない!」
また爆発。しかし、リップちゃんは右側のバーニアだけを吹かしてうまく回転して女の後ろに回り込み、脇腹にパンチを叩き込む。
転がる女。それに再び電撃の針を打ち込むリップちゃん。女は電撃にのたうち回りながら川の中にはいり、火花をあげ、二三度ぴくりとしながら、そのまま動かなくなる?
——いや。
笑い声が聞こえた。地の底から響くような太い、不気味な笑い声だった。女は笑いながら、その場でにまた立ち上がった。全身を光らせ、電撃で焦げ、破れた服が、光に焼かれ次々に燃えていった。熱く燃え、瞬くまに全裸となり、水の上に立つ女は、周りの水を蒸発させ、雲の上に立っているかのように見えた。
それは——美しかった。
禍々しくも美しい。
完全で、豊満な、しかしその完全さ故に、この世の物ではないようなおそろしさを感じさせる。
その女は天に立ち睥睨する。
神々しくも禍々しい、女は、熱くしかし氷のような冷たさを感じさせる光を纏いながら酷く残酷な目で私達を見て、
「まったく、ただの人間どもがちょろちょろとうるさいのよ……」と。
女は更に光る——その強度を増し、身体が光の繭に包まれて、それは次第に大きくなってゆき、
「もう、めんどくさい。あなた達はこのへんの物と一緒に消えてしまいなさい」と続けて言う。
光が広がって、周り全てを焼き尽くしながら私達の所に達しようとしていた。
リップちゃんが私達の周りに防御フィールドを広げ、その光から私を守ろうとするが、いち早く、光と接触したフィールドは少しずつ光によって消滅させられて、我々はじりじりと後退する。
フィールドに穴があき、漏れた光はリップちゃんの肩の装甲を吹き飛ばした。
もう長くは持たなさそうだった。
いつの間にか後ろも光に囲まれた私達にはもう退路も無い。
あれ、これ本格的にやばそうだな。
私がそう思っていると、
「ランさん」とリップちゃん。
「何」と私。
「お覚悟を」
私は首肯。そして、
「分かってるわよ」と。「でもあきらめるのはまだ早いわよリップちゃん」
いやもう長くは持たなそうなのは私にも分かる。
最後まであきらめずに……それはリップちゃんも同じなのだけど。
しかし、光の一筋が、またフィールドの一部を突破して私達の足下の土を蒸発させながら近づいて来る。
フィールドの内部の気温も堪え難く熱くなって来ていた。
もうすぐだった。
本当にもうちょっとしかフィールドは持ちそうも無かった。
リップちゃんは酷く残念そうな、申し訳なさそうな表情となり、
「すみません、もう持ちません」と。
そして、
私達は更に強い光に包まれ、
その中に取り込まれそうになった時……
——光が突然消えた。
空中で爆発があった。
マット君だった。
彼が女を攻撃したのだった。
光を我々の方向に集中させ後ろががら空きだった女を。
マット君は、その背中に向かって、彼女の攻撃が最も強くなって、もっとも隙ができたその瞬間に、ありったけのミサイルを叩き込んだのだった。
爆風に女は地面に叩き付けられて、何回かバウンドしながら河原を転がる。
しかし女はまだ生きていた。その顔に憤怒の表情を浮かべながら、人間の物とは思えない叫び声を上げていた。三メートル厚のコンクリートを吹き飛ばすミサイルを直撃して、血だらけになりながらもいまだその生を保つ。
こいつは今までに相見えたうちで最強のキメラだった。
マット君にもそれが分かっている。すぐに追い打ちで、もう一発ミサイルを打つ。
爆発!
女の腕が吹き飛んだ。
女の腸が飛び散った。
しかし女はまだ生きていた。
土煙の中立ち上がり言った。
「よくもやってくれたわね」
女はまた身体を光らせながら、しかし今度はその光を自分の内へ内へと吸い込んで行った。
見る見るうちに腹の傷は塞がり、身体の内部から漏れる光が新たな腕を作り出していた。
それを見て、マット君とリップちゃんは同時に迎撃の準備をする。
もう生け捕りにするのはあきらめて、一変の肉塊も残さず殲滅しようと、二人ともレールガンの狙いを向けていた。
すると、
「……あんたらこのままじゃすまさないのだけれど、今日はどうも形勢がわるそうね」と女刃言う。
そして、女は、酷薄に笑い、指を鳴らす。
——女の周りで爆発が起きた。
土煙と水柱が上がり、女の姿も、周りの何もかも混ぜこぜになり、そのまま空高く登ってゆき、そして、しばらくして全てが晴れ渡ったその場所には……
——誰もいない。
「自爆したのでしょうか」とリップちゃん。
私は首を振り、
「あの曝煙に紛れて逃げたんじゃないかな」と。
「そうだと思います」とマット君。「レーダーは爆破とともに西の方角に音速を超えて飛び去った物体を捕らえています……今はもう見失っていますが、たぶんあの山の何処かに潜んでいるのでしょう」
「あの山?」
私はマット君の指差す方向をみた。
それはカケル君の高校のある山であった。
私は、いやな予感がした。
なぜあの女、キメラがこの街に現れたのか。
それが私達と同じように、キョウとカケル君に関連しているのならば。
もしかしてニュースで流れたカケル君の映像を見て、この街にやって来たのならば……
明日の戦場はカケル君の高校となるのかもしれなった。