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良き生活

 コン子と僕の自転車競争は、坂道の途中でぼろ自転車のブレーキが悲鳴を上げた僕のギブアップであっさりとコン子の勝ちに終わり、勝者の権利だと言われて、次の日曜に好きな物おごってやると言う約束をさせられてしまう僕。そんな競争じゃなかったはずだけどと言う抗議の言葉は無視されたまま、後は、ゆっくりと自転車を進める僕ら。


 そして、家まで帰って来た僕らは、玄関の前で別れそれぞれの家へ帰るはずだったんだけど……


 あれ?


「コン子、なんでついて来るの」


 コン子は自分の家に入らないで、僕に着いて来たのだった。


「監視よ、監視」

「監視?」


「まだいるんでしょあのお姉さん」

「ランさんの事?」


 コン子は首肯する。


「どうかな……父さんが帰ってこないのは分かったようだったし、僕への用事も終わったみたいだから、もういる理由がないから帰ったかもしれないけど」

「カケルへ用事! 何?」


 ギロっと睨むコン子。


「いや、用事って大したことじゃなく、僕は試されたけど、失格だったというか……やましいことは何もないから」

 疑い深くさらにきつく睨みながら、

「試されたねえ? 何をかしらね……」とコン子。


「とにかく、全然大丈夫だから。やましくも、いやらしくも無いんだから」


「いやらしい?」

「……いや、いやらしくないというか、そんな事かすりもしてなくて、本当に、本当なんだから」

「本当? じゃあ、何を私が疑ったって思ってるのかな」


 コン子は更に僕の目をじろじろと見るが、僕がこまっておろおろしてるのを見て、ぷっと吹き出して笑う。


「……まあ大丈夫かな。嘘をついてるときのカケルの目じゃ無いようね」

「そんなの分かるの?」

「もちろん。先週ベットの下には何も無いと言った時の真実もね」


 僕は何も答えずに黙ってしまう。

 思ったよりも僕はコン子に対して不利な状態に置かれているのではないだろうか。

 僕の行動の全てはコン子にバレバレなのではないか。

 もしかして、あれもとかこれもとか思うと、色々と背筋が寒くなるのだが。

 でも……


「……そもそも心配していないけどね」と言うコン子の声で僕は考えを中断する。


 心配?


「何の?」と僕。

「カケルは、あのお姉さんに手を出すどころか、迫られたって逃げ出すくらいの、ヘタレだって知ってるから……何か間違いが起きたとは考えてないわ。どうせ業羅がらみの何かでしょ。あなたのお父さんを訪ねて来た人だもの」


 僕は首肯し、

「じゃあ、僕を信用してくれるんなら、ついてこなくても……」と。


 しかし、

「いえ! ついて行かせてもらうわ」と指をびしっと僕に突きつけながらコン子。


「なんで」

「ヘタレでもカケルは男よ。自分からは行けなくても、今日はもしかして一線を越えて迫って来るあのビッチ女には抵抗はできないのよ。男とはそう言う物よ」


「なんだ大丈夫だよ、ほっといてくれよ」

「だめよ。ここでカケルに変な虫でもつかれたら亡くなったカケルのお母さんとした約束が……」


「その話は……」

「……私は『コン子ちゃんこんなカケルですが将来頼みますね』と言われたのよ。カケルにちゃんとしたお嫁さんを見つけるまでは、私はずっとあんなビッチどもからカケルを守らなければならないんだからね」


 おいおい、将来頼むって、それどう考えてもお前自身が頼まれてるぞ。

 だれかお嫁さんを見つけてくれと言うことじゃないんだぞ。

 と僕は心の中で言う。

 しかし、そんな言葉を口に出せるわけも無く……


「——コン子その話は……」

「……だいたいあれは……カケルのお母さんのことで——悪いのは全部私なんだから、だから私がちゃんとしないと……」


「——おい止めろって!」と僕。


 僕のいきなりの強い口調にびっくりしたのか、

「あ、ごめん。調子のっちゃった」とコン子。


 僕は、この話をしたくない事を、コン子は思い出してすまなそうな顔になる。

 僕が、ある理由から母の死の話をしたくない事をコン子は知りすぎる程に知っているから、彼女は思い出して、更に反省してか、僕に向かって小さな礼をした。


 いやコン子は悪くない。

 僕がいつまでもくよくよしているのが悪いんだけれど……


 ともかく。

 今はそう言う話をしてるのではなく、

「いや、ランさんはからかってやっているだけだし……」と話題を元に戻して僕。

 すると、

「やってる?! 何を!」たちまちテンションの戻ったコン子。


「……だから、学校でもお前に話させられたじゃないか、僕がどぎまぎしてるの見ておもしろがってるだけで、一線なんてそんな……」

「ノー! カケルのようなヘタレ童貞の考える一線とああいうビッチの一線は違うのよ。ああ言うビッチにはアレなんてスポーツみたいなもんなのよ。一汗流して、ああすっきりした、また明日もなんてもんなのよ」


「へえ……」

「そうよ。甘く見ない方が良いのよ。カケルみたいな弱い動物なんて油断したとたんにパクッと食べられちゃうのよ。弱肉強食よ。この世は。分かってるの、からかわれてるだけだとか言ってると、いつのまにかアレを……」


「……ちょっとまでコン子」

「何よ……?」


「アレって何?」

 僕は少し黒い笑みを浮かべながら反撃。

 コン子は少し頬を赤くして、

「アレって言ったら、そりゃ……」と。


 今が僕の唯一の勝機、チャンスだった。

 ほぼ百パーセント、いつもコン子に言われっぱなしの僕だけど、唯一反抗できるのが、こうやってコン子が調子にのってエロ系の話に踏み込んで来た時なのだった。

 本当は恥ずかしがってるのに、僕に対して常に優位でいるのが習慣になっているために、エロでもなんでも僕より経験豊富なふりをしていないと落ち着かないようなのだ。


 そこに僕の付け入る唯一の隙があった。

 僕は追求を続ける。


「まさか自分で言えないような事言ってたんじゃないよね」

「なによ、そんな訳ないでしょ」


「じゃああれって何だよ」

「あれっていったらあれでしょ」


「あれじゃわからないよ、ヘタレな僕にも分かるように教えてよ」

「そんなのもわからないの、想像以上のヘタレね」


「と言っても教えてもらわないと、ヘタレなんだから」

「なによ……」


 コン子は顔を真っ赤にして困ったような表情。

 よし、コン子をやり込めてるぞ。

 僕は久々に勝利の予感を感じていた。

 もうちょっとだもうちょっとで彼女はギブアップをする。

 頑張れ僕。

 こういう展開になった時だけが、コン子に対して僕が唯一つけいる隙があるのだ……

 しかし……


「お兄ちゃん顔真っ赤よ」


 いつの間にか僕らの横に来ていた浴衣姿の、妹の舞が、髪に差したパンダのカンザシをいじりながら、僕の顔を見て言う。


「コン子さんも真っ赤……二人して何してるの」


 そう、実は僕もこっち系の話は恥ずかしくて言えないタイプなのだが、コン子に対して唯一対抗できる機会なので、自らを犠牲にして、相打ちを目指しているのだった。なので僕も実はもう限界間近なのであった。


 しかも、それを横で妹に見られていたとなると……

 なんか馬鹿なエロカップルが二人でちちくりあっていたようにも見え……

 そう思うと……


 コン子も僕も恥ずかしがって下を向いていると、

「……二人とも家に入る?」と言うこの場で一番大人な妹の声に救われるのであった。


   *


 リビングで、妹の入れたほうじ茶を飲みながら、コン子が言う。


「あのお姉さん今日は外に出て行ったの?」


 舞は首肯して、

「ランさんは、一度、私が帰ってきてすぐのあたりに戻ってきたのだけど、ついさっきまた出て行っちゃいました。何か緊急事態が起きたみたいで、入った電話には『見つかった! すぐ応援にいくわ』とか話してたけど……ともかく、今日はもしかしたら戻らないかもしれないけど気にしないでと言ってました」と。

「今日は戻らない? 明日はまた来る気かしら?」と、ランさんが家の中にいないので少し気分を直していたが、まだ少しトゲのある口調でコン子。


「ランさん、もう用事は済んだはずだから、その用事終わればそのままイギリスのウェブレイド本部に帰るんじゃないの?」と僕。

「私もそうかと思って出るときにきいてみたの。『もう帰るのですか』って。でも、この家にまだ用事あるから、また戻って来るって」


「用事? 業羅の騒ぎは終わったんだし、父さんは帰ってこないことは納得したみたいだし、僕の分の話も終わったし、もう用事なんてないんじゃないの……それにそもそも緊急事態ってなんなんだろう」

「それは、詳しくは言えないけど、大丈夫だから、私達は安心していなさいって」


「そんな風に大丈夫といわれて本当に大丈夫とはとても思えないけど……」

「詳しくは話せないって」


 詳しくは話せないって言ったって、ウェブレイドが緊急事態って言ったら業羅がらみくらいしか考えられないのだけど、まさかまだ業羅がでるのだろうか?

 いやまだ事前に業羅がでるかどうか調べる技術は無いはずだけど……昨日の業羅がらみでまだ調べることがあるのだろうか?

 でもそれならこんな夕方から調べないでも明日の昼にすれば良いと思うのだが?

 なにか急がないといけない調査でもあるのだろうか? でもそれなら昨日、僕の家になんかこないで先に調べてしまえば良さそうなのだが。


 ともかく……


「なにか急に事情が変わった事があるみたい。で、唯一私たちに御願いするのは、『もし周りでなんか変わった事があったら教えて』って」と舞。

「変わった事?」と僕。

「誰かの様子が急におかしくなったとか、いなくなった人がいるとか……」

「おかしくなった人ね……」


 僕は周りを見渡して、コン子と目があって、そのまままギロリと睨まれる。

 ああ、こいつのハイテンションなのは前からだから「急に」じゃないなと心の中でつぶやくと……


「気に入らないわね!」とコン子。


 その言葉のタイミングに、もしかして心の中を読まれたのかとドキリとしながら、

「いやさすがにおまえを疑ってないから」と僕、


 すると、

 眉毛をつり上げながらも冷静な声で、

「疑う?」と。

「いやいや、なんでも……」


 もう一度、コン子は、僕をぎろりとにらみ、何か言いかけたが、少し考えて、喉元まででた言葉を呑込んだ風な表情となって、

「まあ、話がなかなか進まないから——私の何を疑ったのかは置いといて……なんか気に入らないと思わないの? カケルは?」と。

 置いといてくれてありがとうと思いながら、

「気に入らない? 何を?」と僕。


「ずいぶんと秘密だらけじゃないの、何か危険があるのなら、それをそのまま伝えてくれたら良いじゃない。何をこそこそやってるのかしら。ウェブレイドって業羅から人類を守る正義の味方なんでしょ——隠れて何かしなきゃならない事なんてあるのかしら。と言うか、逆に、隠れてやらなきゃ行けない事するようなところが本当の正義の味方なのかしら?」

「……そうかな? 何か知らせるとパニックになるような事があるんじゃないかな。そのために情報を全部は伝えないとか」

「そうね……そう言うのもあるかもしれないけど……」


 コン子はまだ疑問が一杯の顔つき。

 それを見て、僕は、実は、鋭いと思っていた。

 ウェブレイドを完全に信用するな。利用はしても取り込まれるな。それがウェブレイドを抜けた父さんが僕にしつこく言っている事だったのだ。

 ——もっとも、ウェブレイドに何か秘密があるにしても、あのランさんが悪巧みをしてるとはとても思えないのだけれど……僕は警戒しなければならない。

 いくらランさんやその他のウェブレイドの人達が良い人に見えても、その組織は疑ってかからないと行けない——僕は簡単に心を許しては行けない。

 いや確かにあまりに典型的正義の味方している、裏が無い——いや見えない——その組織は何か、その見えない部分、空白に隠しているように、思えてならないのだった。


 ……とか考えて、


 いつのまにか僕の顔は険しくなるのであるが、

 そんな僕の目の前で手を振りながら、

「お兄ちゃん」と舞が声をかけてくる。

 僕は、はっとして、

「……ああ、悪い。考え事してた」と、表情を戻しながら言う。


 すると、

「でね、あとね、ランさんが言うには、今の緊急事態の他に、事情が変わった事がもう一つあるって」と続けて舞。


「もう一つ?」と僕は聞き返す。

「ランさんがもう一度この家に来る理由の事だと思う。それはやっぱりお兄ちゃんが関係してる話みたいで……」


「僕?」と自分を指差しながら僕。

「ランさんは兄さんにこう言って欲しいと言ってたわ……」


『私の目はごまかせないわよ』


   *

 

 ランさんがいない事で拍子抜けでもしたのか、お茶を一杯飲んだだけでコン子はおとなしく家に帰って行った。まあ明日また様子を見に来ると言っていたが、その時まではランさんをなんとか追い出して、平穏な日常を取り戻したいと僕は切に願う。


 しかし、そう願うのなら、そのために、彼女が納得する為に——僕にはまずやっておかなければならないことがある。なので、「それ」をやりに、僕は地下室に行き、ターンテーブルの前に立つ。


 僕が置いたのとは別の位置にカートリッジが置かれ、その下には口紅で「本当の力見せてね」と書いたメモがある。 

 気づいたのかな、ランさん。

 やっぱり、気づいたんだろうな。

 そう思いながら、僕は、昨日シズコから受け取った紙袋を開け、その中から小さなモーターを取り出す。

 そしてため息をつく。


 ウェブレイドの謎の行動とランさんの再来訪、どっちがどうなっても——どちらにしても——明日はまたにぎやかな日になりそうだった。


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