人生の弦
僕——高見カケルは眠かった。学校でもの凄い睡魔に襲われながらの午前中をやっと乗り切ったところだった。
昨日の夜はランさんにつきあわされて大騒ぎで、殆ど寝ていなかったのだ。
いや……あんな酒癖悪いとは知らなかった。
父さんの酒を、かまわないからと勝手に飲み出して、飲み尽くすと、僕にコンビに追加の酒を買いに行くのに付き合わせて……
帰って来たらせっかく本場の日本にきたのだからとアニソンのカラオケ始めてるし……
それにも飽きると、そのまま僕にからみ酒で説教を始めて……
結局寝たのはもう明るくなってからで……
やっと寝れたかと思ったら目覚ましが鳴って寝た気がぜんぜんしないのに直ぐ起きなければならなかったのだった。
そして、気持ち良さそうにソファーで眠るランさんはそのままにして家を出て、遅刻ぎりぎりで学校に来て、昏睡寸前の状態で午前の授業をじっと耐え、やっと昼休。
今日は食事も、気晴らしで屋上行くのも無しで、とにかく寝るんだと僕は思った。
ともかく、
——睡眠、睡眠……
僕はチャイムが鳴り始めたら、それが終わるのも待てずに顔を机に突っ伏した。
瞬く間に睡魔が襲って来て、僕はそのまま心地良い夢の中に入りそうになった。
しかし、そんな入眠を邪魔するかのように肩が叩かれて、寝ぼけ眼で僕は顔を上げる。
目の前にいたのはコン子だった。
「カケルはなんで今日はそんな疲れてるわけ?」
いや、そう思うなら、放っておいてよと思いつつ、
「いやちょっとね」と僕。
「ちょっとって何よ」
「いや、ちょっとって何よって何で」
どうもこのままだと、不毛な押し問答になりそうなので、僕は少し妥協することにした。
「お客さんが来てね」
「へえ……」
「父さんを訪ねて来たんだけど、父さんがいなくってね、なのでしょうがないので兄妹でもてなしてたら遅くなって……」
「へえ……」
なんかコン子の声には刺があった。
嫌な予感をしながら、
「……と言うわけなので、昼休みは寝ていたいわけ」と僕。
そして、このまま寝逃げしてしまおうと、僕はまた顔を机に突っ伏す。
しかし、
「へえ……寝てたいわけって……セクシーな金髪のお姉さんが訪ねて来たから興奮して寝れなかったわけじゃないわけ?」とコン子。
「えっ」こいつもしかして見てたのかと思って「だったらどうなわけ?」と探りを入れる僕。
「『だったら』じゃなくて、そうなのかと言うのが知りたいのよ」
「……いや」
「『お客様』がだれだったのかは知ってるわよ」
「……」
「私のママに言われて、作り過ぎたコロッケをカケルの家に持って行いったんだけど……」
コン子の家は僕の家の通りのはす向かいであった
なので普段から家族ぐるみで親しくしていたのだが、、女手が中学生の妹だけの家事力不足を慮ってか、コン子のお母さんが料理を作り過ぎるたびにうちにお裾分けもってこらせるのだった。
どうも昨日もそう言う事があったようだ。
そしてその時に、
「あれはウェブレイドのMCのランよね……」
僕は首肯する。
コン子はランさんに鉢合わせしたらしい。
「訪ねて来たのはカケルのパパにと言うこと?」
僕はまた首肯する。
「でもカケルのパパはいなくなっていた……」
なんでそれを、と言う表情の浮かんだ僕に向かって、
「私がカケルの家に着いた時、カケルのパパがちょうど出て行くとこだったのよ……声かけたら……はっと言う顔して逃げるようにいなくなったわ」と。「あれは、いつもの、めんどくさいのから逃げるときの顔ね」
ああ、つまり、コン子のお母さんが再婚候補の写真持って来るのから逃げるときの顔と言う事だな、と思いつつ、
「で、コン子は僕の家に行って……」と。
「そう、私がコロッケを持って家に入ったら、舞ちゃんが入って行けっていってね……そのあと少し話したの」
何を……?
「……お客様も残念ね、カケルのパパは出て行ったらしばらく帰ってこないかも、と、は伝えてあげたんだけど……しばらくの程度を良く理解してくれなくて、そのまま待たせてもらうっていいだしてね……」
で?
「帰るのに相当時間がかかるかもって言ったんだけど、あのお姉さんはカケルの方にも用があるみたいなのよね、なのでカケルの方が帰って来るならそれで良いと」
用事? ああ確かに、ランさんは僕にも用事があって、でもそれは……まああまりコン子に言う事じゃないわけで……
「でも、こんなのに何の用事があるのかと思って……」
こんなのって僕かいな……そんな言い方は無いんじゃないかと思いつつ、下手に話に突っ込めないので黙っている僕をぎろりと睨みながら、
「気になって『カケルくんになんの用事なんですか』って聞いてみたわけ、すると……」と続けてコン子。
で?
「……するとね、
『あなたは一昨日の業羅の出現の時カケルくんと一緒にいた子よね』とランさん。
『はい……?』
『ずいぶん仲が良さそうだったけどあなたカケルくんの彼女?』
『はあ?』
……私は思いっきり否定したわ」
ちょっとまて、彼女なのは否定してもよいが、そんな嫌そうに言わないでくれ。
昨日はあの時に一緒のとこ見られても関係無い、かっこいいと言ってくれたんじゃなかったのか。
「……まああの時一緒にいた所見られたのは、昨日言ったように何にも後ろめたいところ無いわけだけど……なんか少しむっと来たのよね……ランさんの口調とか雰囲気に……何故か分からないけど……何か試されてるみたいな。
で、ちょとイラっと来ながら、
『でも、何で、彼女かどうかは何か問題なんですか』と私。
すると、
『そりゃ大問題で……』とランさん。
『問題って何ですか』
『なぜって、そうだったら少しまずいっていうか』
『何がですか』
『……そうか、あなたが彼女じゃないんなら言ってもよいかな……私は……』
『はい?』
『カケル君と……』
『カケルと?』
『結婚の約束をしております』」
「はああ?」
僕は力一杯の叫び声をその場であげた。
*
あの二人今頃どうなってるのかな。
私——ランは、カケル君とあの娘、コン子ちゃんだっけ、の通っている高校の校庭から校舎を見上げながら、そんな事を考えていた。
どうもからかってみたくなるのよね、カケル君ももちろんだけど、あのコン子ちゃんと言う娘も。
楽しそうで……
高校生活がうらやましいなって。
あの時代荒れてた私にはそんなの無かったから。
多少ひがみが入ってたかな……ちょっとやり過ぎの気はしているんだけど、
でも、反応が面白いあの二人はついかまいたくなるのよね……
おもしろいなあ。
ああ、今からでもこういうふわふわした高校生活やれないかなあ……
とか私は思いながら、校庭のベンチに座り、午後の授業の始まりのチャイムの音を聞く。
窓を通して見る校舎の中では、今まで楽しそうに窓際で話していた生徒達の表情が変わって、いっせいに机に座る。
おっとそうだった、生徒達の本分は昼休みにだべる事でなく、勉強する事なのね。
でも、それなら、勉強なんていまさらやりたくないので、このままでも良いかと私は思い直す。
……ならば、私の本分の方に意識を戻して、
「で、何か分かった?」と。
すると、ベンチの後ろの草むらに潜んだまま姿は見せないで、
「はい」とリップちゃん。
「……朝に本部から連絡を貰った、この街にちょっかいを出そうとしているかもしれない組織と言うのは、やっぱり奴らかしら?」と私。
「確信はもてませんが……その一味らしき人物が昨日この街に入ったかもしれないと日本支部の情報員から報告をもらっています。私もそれらしき人物の痕跡を追ってますが——居場所の確定まではもう少し時間がかかりますが——この街に入った事は間違いなさそうです」
「なるほど……それじゃあ、まだ続くのかしら」
「……業羅がこの街に現れるかと言う事ですか」
「そうよ」
「……たぶん」
私はため息をつく。
「困ったものね。それじゃなくてもウェブレイドはてんてこ舞いなのに、それ以上に面倒をかけてくれて、いくら人がいても足りはしないわ」
「……なので少年に接触したのですか」
「少年? カケル君のこと?」
「DJキョウの子供と聞いてますが、彼を見定めに行ったのではと私は思っていたのですが……」
「私達のチームにカケル君を入れようと私が思ってたって……」
「違いますか……少年を使ってキョウが何か企んでいると聞いてますが……」
「特別な教育をしていると言う噂の事?」
「そうです」
「そうね……」私は昨日の事を思い出し、「……キョウの考えている事が何なのか本当の所は分からないけど、でも結論から先に言うと、まだまだね」と言う。
「まだまだですか」
「そうよ、まだまだね……あれじゃ死ぬわ」
「死にますか?」
「そうね彼はまだ全然ね……いやちょっと期待して行ったのだけど……」
と、私は、昨日、無理矢理カケル君にDJをさせて見たときの事を思い出す。
*
昨日の夜……
「実はあなたにも用事があるんだけど……カケルくん」と私。
「ぼ……僕ですか!?」とカケルくん。
「そうあなたよ——あなたのプレイを聞いてみたいの」
「プレイってDJの事ですか」
「そうよ……あら他にどんなプレイをしてくれるのかしら」
カケルくんは少し顔を赤らめて、目をそらす。
いいよ思春期男子。
からかうと面白いが、でも今日の目的は別なので……
「ともかく私のもう一つの目的はそれなの。私はあなたのDJを聞いてみたいの」
「なんで僕の?」
「あら……ウェブレイドに隠してもだめよ……もう調べはついてるのよね。あなたがキョウが育てている秘密兵器だってことは……」
「秘密兵器?」
「違うかしら?」
「違うも何も……何の事だか」
「あなたはキョウからDJの特訓を受けている、イエス、ノーどっち?」
「特訓って……確かに教えてもらってますが」
「じゃあイエスね」
「でも何か特別なものでは……」
「それは私が判断するわ」
「でも、なんで……」
「まあ、いいから、いいから……」
と私はカケル君を無理矢理押して席を立たせると、地下のオーディオルームに案内させる。
舞ちゃんはあの部屋はうるさいからとついてこない。
そして、
「あらさすが本格的ね」と、
私は地下室に入って一言。
扉も空調も完全防音の部屋に、適度な反射がおきるようにうまく斜めに配置された板。
コンクリートで作った頑丈そうなDJブースの上にはターンテーブル……あれSL1200の完動品なんてまだあるのかしら、モニタースピーカーはマスターブラスター?
これもちゃんと動くのかしら?
で、ミキサーはウーレイ!
壁一面のレコードも、なんかプレミア物ばっかり見たいだし……なんかマニア垂涎の品ばかりじゃない。
なに、ここにあるのあわせたら、いったいいくらになるのかしら……
とか、私が興奮してきょろきょろとしていたら、
「……直ぐ始めますか?」とカケル君。
少しあきれたような顔。
あら、つい物欲しそうな顔になってのかなって、あれ、カケル君真剣な顔になってる……
「何か取って行かれる前に」
ギク、心読まれてる。
なに、心配しなくても大丈夫よ。
不良時代の私じゃないんだから。
今はウェブレイドのラン……
まあ正義の味方なんだから。
まちがっても……
「ええ!」
「あれ、ランさんどうしました」
「そのレコード!」
カケル君が手に持ってるレコードをみて私は叫ぶ。
「ああ、デリク・メイのストリングス・オブ・ライフのトランスマット版のレコードですけど、初版じゃないのでそんなプレミアついてるわけじゃないですよ……」
「でも今相当高値よそれ。世界中で何枚残ってるのか、で、それを今からかけるの……というかレコードでやるの?」
「DJをですか? コンソールでやらないのかという疑問でよね」
「そうよ。今時ターンテーブルでプレイする機会なんて無いでしょ。ウェブレイドでもそんなの誰もいないわ。業羅にレコードで向かってたのなんてキョウ達の時代の頃じゃないの……彼らだって最後には対業羅に最適化されたコンソールでミックスをしていたわ」
「でも父さんに言われたんです」
「キョウに? 何?」
「ヴァイナル(レコード)でちゃんとできるようになるまではお前は現場には出せないって……コンソールでしかやれない状態だと応用が利かないって」
現場?
やっぱりキョウはカケル君を対業羅に出す気なのだろうか。
すると噂どうりに、キョウは彼に何か特別な教育をしてるとすると……
それは何の為なんだろうか?
私は、興味深く、カケル君の動きをじっと見つめていた。
キョウが彼に何を託しているのか見逃すまいと。
いったいキョウはカケル君に何をさせようとしているのか? 何を心配しているのか?
キョウは今の対業羅DJ達に何か足りない物があると思っているのではないか。
それは何なのか? なぜ心配しているのか?
それがカケル君のプレイから分からないかと——
私は彼の一挙手一投足に注目する。
今の業羅には完全にウェヴレイドで対処できているのに。
キョウはそれでは駄目なのだと思っているかも知れないのだ。
もしかして業羅はなにか変わりつつあって……
キョウは怖れていることがあって?
……とかとか、私はいろいろ考えを巡らせるのだけど、
「じゃあ、始めますよ」とのカケル君で、
いったん考えるのを止める。
余計にいろいろ考えるより、これから実際に聴くのが一番いいんだ。
「えっ、ああ良いわよ」と言い、
身構える。
一瞬の静寂。
息を飲み。
相変わらずの無音。
しかし——いつの間にか始まる。
音が出る。
ピアノのフレーズ。
カケル君は やはり手も持ったレコード、ストリングス・オブ・ライフをかけたようだ。
この曲、テクノの大古典で、幾多のパーティで何度聞いたのか分からないくらい聞いている曲だけど、何度聞いても新しい発見のある、マスターピース。
天に登るようなピアノから始まってオーケストラのサンプリング、ビートが入り始める時には何度聞いても、その度に、違った感情が浮かび、沸き立つ心……
不思議ね。
DJってただ曲を選んでかけているだけで、その人にしかだせない何ものかがそこ降り立つ。
あれ、カケルくん、いいよ君。
曲をかけ始めただけで分かる、質感。
なんだろこの不思議に暖かい感じ。
レコードを回してヴォリュームとイコライザーをいじっているだけなのに、彼から感じるこの暖かさ。
でも暖かさ?
それがキョウが彼に託している物だと言うの。
あの凶暴な業羅に暖かさ?
業羅に対して必要なのは、その狂気をダンスのエネルギーに変えさせるための強烈な興奮だと言うのに、それでは……
私はカケル君が次のレコードを選ぶのをじっと見つめている。
とても楽しみながら、しかしこの子がもし業羅に対したときの事を不安に思いながら。
優しすぎるんじゃないのかな、業羅と対するには、この子は。
業羅を人間に戻すには人間を越えた所に意識をおく必要がある。
彼らに引っ張られては行けない、あれこれってキョウの言葉じゃなかったかしら……
それが分かってるはずのキョウがカケル君にそんな教育をするのかしら。
こんな相手に全部さらけ出すような雰囲気で、暖かい音を……
とか思ってると、あれ、いつのまにか次の曲が混ざり始めて……
DJローランドのジャガーね。
いいね、この曲も好きよ。
ああ、ビートとビートが混じり合い、次の曲が始まる。
滑らかに、次第にベースが入れ替わる……わお、うまいわね。
ちょっとふら付きかけたきもするのだけれど、つなぎも十分及第点だわ。
いつの間にか次の曲に完全に入れ替わって、でもビートはずっとキープされている。
暖かい雰囲気もそのままに。
うん楽しい、これなら、行けるわ。
そのまま何曲かビートはつながり続ける。
グルーヴがうねり続ける。
楽しい。
キョウの特別な特訓と言うのが何なのか分からないけど、彼には才能があるような気がする……
すくなくとも私を、人間を、踊らせる才能は!
——でも業羅をも踊らせてゆく才能は?
これは私の知っている対業羅のプレイではない。
でも何かある。
この感触。
確かに今のウェヴレイドDJに欠けている何か。
業羅に届けなければならない何か?
とか考えながら……
カケルくんのプレイをずっと聴いてるうちに、さらに何曲かが流れ、
私はいつの間にか思わず踊り出していた。
楽しくて。
業羅へのことはおいといても、自分になんかピンと来る物があったから……
もうカケル君をこのままさらって行ってウェブレイドにそのまま入れてしまおうかとか考えていたのだけど……
あれれ?
*
「で、カケルさんは使い物にならないと」
と、あいかわらず草むらの中から、リップちゃん。
「……才能は感じるんだけど、まだまだめね。最後に一度リズム乱れたら、もうぐちゃぐちゃ。つなぎでしくじって、直そうといじったピッチが逆に動かしちゃって、さらにおかしくなって、収拾がつかなくなって、音が止まって、ぺこりとお辞儀をして『ごめんなさい』って」
「一度の失敗で判断するのは早計じゃないですか」
「そうかもしれないけど、業羅の場合はその一回の失敗が命取りになるの。家でのプレイ程度で、失敗であたふたして修復不能になるようじゃやっぱりまだまだだし、それに彼の音がまだあまりに無防備すぎるのも気になるのよね。人を信じ過ぎていると言うか、全てをさらけ出し過ぎている音だわ。そして……」
「そして?」
「キョウがまだカケル君の事を外に出さないんだとしたら、彼なりに考えがあると思うのよ。それを待った方が良いと思うの」
「なるほど、ランさんがそう思うならそうじゃないでしょうか」
リップちゃんの少し不満げな言葉に私は軽く首肯する。
彼女は、私の諦めが良過ぎると思っているのかもしれない。
でも、私はカケル君のことを諦めたわけでなく、
「また何年かしたらここにやってくる機会もあるでしょうよ。その時にまた判断だわ」
「はい」
まだ時期尚早と判断しただけだった。
それに、
「でも……何年か後にはカケル君どんな青年になってるのかしらね。結構な美少年だから数年後にはきっともっとかっこ良い男になっていて……色々経験積んでて……そしたらもうちょっとさそいに乗ってくれて……」
「誘い?」
リップちゃんの言葉に少しトゲがあった。
「……冗談、冗談。大した事やってないわよ。いかにも童貞の青少年へのサービスと言うか、ぽろりもあるよというか……」
「ぽろり?」
「ああ……日本人は酔ったらなんでも許してくれると言うじゃない……いきおいで押し倒したら逃げられて……だから何もしてないって」
「……」
リップちゃんの沈黙。
「……すみません」と私。
「ウェブレイドもセクハラをした隊員は訴えられたら誰も守ってくれませんので……ましてや日本で十八歳以下だと法律もたいへんきつい物だと聞いてますが……私はランさんとはもっと長く一緒に働きたいと思いますので……」
「……はい自重します」
「分かればよろしいのですが……ランさん」
「何」
「まだ酒臭いですよ」
と言うと、リップちゃんの気配が消える。
彼女はもう次の調査に向かったようだ。
いつも彼女はこうだ——風の様。
現れたかと思うといつの間にか消える。
——風、
風ねえ……そういやいつのまにか良い風が吹いている。
私はベンチから立ち上がり、深呼吸をして、自分の息にやっぱり少し飲み過ぎたかな、と自戒してそのまま校庭を去る。
ああ、気持ちよい風。
よしこれで気分は一新。
で、
さてこれからどうしようかな。
キョウは私がいる間はやってきそうも無いので、もうカケル君の家に戻る意味もないのだけど……
少し気になる事があるのよね。
飲み始める前に、私がカケル君にまだまだね見たいな事を言った時に、舞ちゃんが、
「お姉さん見る目無いのね」と言ったこと。
その言葉は、何か心当たりがあるけど思い出せない、もやもやとした感情を私に引き起こす。
それはなになのか今考えてもまるで分からないのだけど、でもあそこに戻れば何か思いつくのではと言うような、根拠も無い確信もあり……
なので私はもう一度あの家に戻り、その確信をはっきりさせようと思ってるのだった。