インターミッション5:ランの約束
インターミッションの5話を加えて「1」は完結です。2、3と続くシリーズ、今後もよろしくお願いします。
私——ランは思うわけ。いい加減、病院のベットは飽きた……って。
と言っても大怪我の後、意識もうろうとした状態からやっと回復したのが数日前なのだけど——ウェブレイドに入ってから今まで、こんな休んだことはないのでなんだかすごい自分で自分を持て余している感じがした。
だから、
「痛っ——」
看護師も医者もいない隙に、勝手に立ち上がって動こうとしたのだけど、腹の辺りに激痛が走って動くのをやめる。
「無理か……」
このまましばらく——医者からは一ヶ月くらいと言われたけど——入院して、もう少し回復したらイギリスのウェブレイド本部の治療施設に戻ることになっていたけれど、それまでは無理をしないで寝ていなければならない。それが自分のけがの状況だった。
でも、
「暇だな……」
カケルくんはあの後(http://ncode.syosetu.com/n7311cw/12/)も時々、様子を見に来てくれたのでHな話とか振ってからかって遊んでたけど……退院してもう自宅療養も終わって学校行っているのだと、そんなに頻繁に来ることもできないだろうし——そういやなんだかテストだとかいってたわね? あの子こんな騒ぎの後でちゃんと落ち着いて試験勉強なんてできるのかしら……?
とか……
でも……
実は——心配してもでも私じゃ何にも役に立たないんだけどね!
ほんと若い頃(ってまだ十年もたってないからね!)はめちゃくちゃな生活で勉強なんてね……
学校はいつのまにか行かなくなって、夜遊び三昧。
あの頃はまだ業羅の対処方法が確立してなくて、世間がまだ騒然としてた頃で、全体的に学校どころじゃない雰囲気ではあったけど——まあそんな言い訳不要の不良少女だったわね私。
まあ、やることはやったというか、落ちるところには落ちたというか……あのままだったら?
と言うかあの事件がなければ、私は今ごろは……?
*
私は、その日も場末のクラブでなんだか憂鬱なような、イライラするような朝を迎えていた。
確か、火曜の朝。さっきまでの馬鹿騒ぎの反動ですごい落ち込んで……
終わっても良いかな?
なんて……思っていた。
うん、終わっても良いかなって思ったのは——いや自殺しようとか思ったわけじゃないのよ。
世界が終わっても良いかな? とか。
そうしたらめんどくさくないかななんてね。
終わっても良いわよ世界……
偉そうに、そう口に出して呟いていたかもしれなかったわ。
いや、この平日の朝方にフロアに居残っているろくでなしは、私の他にはフロアの反対側で体を密着させてキスしているイケてない感じのカップルだけで、本当に呟いていたってだれも聞いてなかっただろうけど。
声を出していたか、出していなかったって結構重要な気がする。
それが現実に発せられたのか?
現前されたのか。
私は現実にそんな呪いの言葉を吐いてしまったのか?
それは重要なポイントであると私は思うのだった。
だけど……
それは——どちらだったか覚えてない。
私が、そんなことを言う女だったかどうか。
でも多分……
私が覚えているのは——虚無とともにクラブを出て朝日を浴びた瞬間、目をつぶったら、なんだか背筋にすっと恐ろしい寒気が走ったこと。
そして、なんだか「何か」が自分の中に入ってきたような感覚があって……ああこれは来たのかも。
終わりが。
私は、そんな風に思った。
私にそいつは入ってきて、心の中の襞をめくりながら——探っている。
業羅?
私、業羅になるの?
私はピンときた。
でも……
ああ、それも良い? 別に良いかも。
私は思ったのだった。
できるなら、とびきり凶暴で、醜い業羅にならないかしらって。
それで暴れて、たくさん街を壊して、人を傷つけて、憎まれたい。
対業羅DJがやってくるまで時間がかかればよい。
あの頃はウェブレイドもまだ完全に立ち上がっていないしパラダイスロフトもなかったから——そんなことも結構あったのよね。
だから……
虚無に消えてしまいたい。
業羅として暴れて、この世界から消えていく。
そう願ったのだった。
それは本当に……
——そんな、可能性だって結構現実味があったと思うのよね。
そして、それを私は望んでいたのだった。
その先に何があるのかわからないけど。
無の先に何もないのかもしれないけれど。
ともかく、私の無よりも深い無の中に入り——消えてしまいたい。
そんなことを思えば、背筋のゾクゾクはさらにその冷たさを増し、
「あっ……」
私はなんか快感に思わず声をだしちゃって。
このまま「イっちゃえ」なんて思って、スーッと頭が真っ白になって……
その時……
「ふざけるな!」
しかし、私は、頰の痛みととともに我にかえるのだった。
「人間、自分の弱さに負けることは誰だってある——だが、それはお前がやることをやってからだ!」
私は頬を強く叩かれて——イッてしまいそうになった虚無から戻される。
「い……った。何おじさん? 女の子に暴力。良い趣味してるじゃん」
気づけば——私の頰を叩いたおじさんが目の前にいた。私はそいつに言ったのだった。
でも、
「ふん。これでもまだお前がまだ業羅に堕ちたいのならば、止めないが——自分の目の周りを確かめて見ろ……」
「えっ?」
私は、自分の目の下になんか暖かいものを感じて、指先で確かめた。
すると——何?
私泣いている?
なぜ……
いえ……
わかってる。
「まだ、未練があるなら、諦めるんじゃない——と言うか、お前は諦めていないだろう?」
「……私だって——私だって……でも」
なんだか、自分でも抑えきれない感情の爆発に涙が止まらなくて、
「今日、心底楽しく踊っていたお前には、そんな様子は似合わないぞ。お前は——そんな風に堕ちていく奴じゃない——踊っている時にその人間の本性が出るって言うのが俺の信条でね。なんならここに行って見ろ。探しているものが見つかるかもしれないぞ」
「えっ?」
私はその時に気づいたのだった。私がいつのまにか胸に顔を埋めて泣いてしまっていたのは——響!
こんな場末の小箱にこっそりシークレットで現れた、業羅を初めて人間に戻したDJ!
ここには、何かのついでに寄ったらしくて、ほんの30分ほどの短いプレイだったが、私はその包み込むような暖かく深いDJになんだか満面の笑みで踊っていたのを思い出す。私は、それを思い出して少し頬をゆるめ、すると心が落ち着いて、響の言った言葉がやっと頭に入ってくる。
それは、
「ウゥブレイド?」
私は、響の胸から顔を話し、渡されたフライヤーみたいな紙を見る。
「ああ、ラリーがそんなの始めるんだって——柄にもなく、あいつは正義の味方始めたい見たいで……仲間募集中だ」
オリジネーターの一人、ラリー。響に勝るとも劣らない、対業羅トップDJの一人で、数々のヒットを飛ばしているトラッククリエーターでもあり、その彼がダンスミュージックレーベル経営で得た資金で何かを計画しているとの噂は流れていたが……
「まあ、一度死んだ気になったのなら——何でもできるんじゃないか」
これ——ウェブレイドとか言う組織——がそれらしかった。
「なんでも……私なんて——何にもできない、出来損ないで、可愛くもなくて、何も価値なんて……」
「そうか? 正直そのバカな化粧とって、髪型変えたららずいぶんと綺麗だと思うぞお前。俺が結婚してなくて、もっと若かったらグッときちゃいそうなほどな」
と響は、私が、そのころにやっていたパンクファッションみたいな派手な化粧とモヒカンみたいな髪型——めんどくさい男よけ、威嚇のためのその仮面を、響はあっさりと見抜いて言う。
すると、泣いていたはずの私は、
「バカ!」
カーッと心が熱くなって、どきどきして悪態をつきながら響の胸を叩き、
「ぐっ!」
結構強く叩いたせいで息を詰まらせる響。
「あっ——ごめん」
「いや、これで俺が頰を叩いたのをチャラにしてもらうと助かるな」
首肯する私。
「うん、じゃあこれでおあいこだ。ラリーのところの件はちゃんと考えて見な。お前には才能があるぞ」
「才能?」
「人を楽しくさせる才能だ。フロアで、お前は輝いていたぞ。まわりの人を引き込み楽しくさせる才能。それは天賦のもので、お前はそれを持っていることを保証する。お前は、そこで好きなことをすれば良い。ダンサーでも、スタッフでもDJだってやれるかもしれないし……そうだなあとはMCとか……」
「MC?」
私が?
MCと言う言葉を聞いた、その瞬間、私の心にぱあっーと広がった、可能性——開放感のような感情に私がぼうっとなっていると、
「じゃあな。縁があったら、また会おう」
響はそう言うとその場から立ち去ろうとする。
それを見て、
「待って!」
「なんだ?」
怪訝な顔をした響は振り返り言う。
「さ……ありがとう。私、一生感謝する、さっきのこと。この後もあんたのためなら何でもするから」
気づいたら、お礼も言ってなかったことに気づいて、私は慌ててそう言うが、
「いいさ——それに何でもなんて軽々しく言うなよ。俺がいやらしいこととか要求したらどうする気だ」
「いいよ。何でも。あんた私とシたいの? 良いよ」
「バカ……!」
「こう見えても、私まだなんだよ。こんななりだけど、何度かレイプされそうもキンタマ蹴り上げて逃げてきたし……」
私の言葉に嘆息する響。
「だから、俺には愛する妻と息子が……んっ、そうだな」
しかし、何か思いついたと言うようないたずらっぽい微笑みを顔に浮かべると、
「『そう』? 何?」
「俺も、自分の子供の将来が心配でな。お前保険になってもらえるか?」
と意味不明のことを言うのだった。
なので、
「保険? 何それ?」
私が問い返すと、
「息子はまだ幼いながら、将来有望なかっこいい青年になると思ってるんだが……」
何? 子供の自慢したいだけ? 親バカ? と聞いて私は思ってしまうのだが、
「だかどうにも子供は引っ込み思案だし、人に何でも譲りすぎるからなんだかそういうの遅れてしまいそうで——だからな……もしあいつが二十歳になってもまだ拗らせているようだったら——あいつの童貞を貰ってくれないかな」
「はっ?」
その言葉に呆然としている私を尻目に、
「ははっは! 冗談、冗談! 気にすんなよ! じゃあこんどこそ本当にさようなら」
あっけにとられた私を残して、響は去る。
私は、そのまましばらくして呆然としてたのだけど、車道の真ん中にいて、クラクションにはっとなり、あわてて道端に小走りに移動すると、無意識に握りしめていたウェブレイドのメンバー募集のフライヤーを見てそのまま電車に乗り……
*
「なるほど、MCランの誕生秘話には響めが関わっておったのじゃとはな」
「そうよ。だから響には返しきれない恩があると思っているの……って舞ちゃん!」
私——ランが回想から戻ってハッとなった時、病室にはいつのまにかカケルくんの妹の舞ちゃんがいて、私にお花を渡すのだった。
「い、いい匂いね」
誤魔化すように言う私に、
「今回みんなを救ってくれたランさんへのお礼ということで中学校一同を代表して生徒会長の私が参りました」
と何事もなかったかのようにぺこりと礼をする舞ちゃん。
それに、
「あ……ありがあとう」
なんだかその全てを見透かしたかのような、清楚な雰囲気で上品なんだけど、なんだか猛獣が敵を威嚇しているかのような迫力のある目を見ながら私は少し気圧されながら言うと、
「二十歳か……」
「はい?」
「いえこっちの話で——響め、余計な約束をしおって——これでは妾の計画を早めなければならないではないか——妾の、究極の妹エンド計画をな! それまでの清いささやかな触れ合いの時間を狭めおって——響よ! 奴め! だが……はははっは! この程度で臆する妾ではないわ。余計に張り合いがでるというものよ! 兄様首を洗ってまっておれ! 妾に……」
「………………? 舞ちゃん?」
私は、なんだか、声色ばかりか、顔とかの雰囲気までかわってしまったように見えた舞ちゃんの変な言葉にあっけにとられて、彼女が正気を取り戻すのを呆然と見つめていたのだった。
そう、その時はいったい何事が起きたのかと意味がわからなかった舞ちゃんの変わりよう。
でも……舞ちゃんのこの時の状態の意味を知る——正体を知るのは——意外に早く……
——この病院からウェブレイドに戻されてIPS治療を受けて赴いた、次の任務でのこととなるのだった。