インターミション4:舞の日常
「うひぃひひひひひひひ。ふへぇええええええええええええええええええ。ふぅううほほほほほほほほほっほ。みゅくくくくくくく、うふふふっふうふうふうふ……ひひひひゅうううううはははははは。くくくくくぅうううううううへへへ。ジュルルルルル……へへへへへへ。へへっへっへっへっへっへっへっへっへっへっへっへっへっへっへっへっへ。たまらんな——ふふふふふ。ぐぅふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ。はぁああああああああああああああああああああああ……兄様の寝顔は、どこまでみても飽きないな。ジュルルルルル……うっくくくくく。きゅくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくく。ぐぁあ、ぐぅえっぷ。んんんん。ふふふふ。むふふふふ。むふふふふ。むふふふふ。むふふふふ。むふふふふ。ふん! ふん! ジュルルルルル……ああ! ああ! あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
まだカケルが妹の舞が毎朝、位相をずらして隠れて寝顔を覗きに来ているのに気づく少し前のこと。
今日も今日とて、天井に張り付いて、兄の寝顔をみながらエクス(シス)タシーの妹様であった。
「う、うううん……」
寝ながら、うなされているカケルであった。
この鬼気迫る状況をみたら、それもさもありなんと思うが、
「おお……兄様が起きてしまいそうだ。名残惜しいが今日はここまでとしようか」
この日は、もうスッキリしたのか、カケルが起きそうになったらすっぱり部屋を去る舞であった。
このしばらく後、うっかり長居して、普通の人間には見えないように隠れていたはずのその姿を見つけられてコックローチ殺虫剤をかけられる運命が待っている彼女であるが——この時はまだそれを知らない。
今は、幸せの絶頂の舞であった。
「ぐふふふふふふふふ……」
幸せというか、もう少し危ない感じの絶頂であるが、それは言わない約束である。
何と言っても、カケルの最愛の妹——舞なのであった。
兄が起きて現れるまでには清楚で奥ゆかしい大和撫子の仮面を被る彼女なのであった。
しかし、兄の寝室からダイニングキッチンに向かい、
「おお、お前もう起きてたのか」
「ああ、響お主何をしておる!」
父親(仮)が現れたらあっさり仮面を脱ぎ捨てる舞であった、
「何をって……朝食ができてたから食べてるだけだが?」
今は朝の六時半いつもは夜更かしで朝寝坊のカケルと舞の父親、響にしては随分と早起きに思えたが、
「朝食? お主、夜通し起きていて、それを食べたら寝るつもりじゃろう!」
「それでも朝食は朝食。朝に食べるから朝食で間違いないだろう?」
やはり、響は、朝方まで飲みに行ってついさっき帰ってきただけのようだ。
「うぬぬぬ。お主は朝食を愚弄するのか。朝は、夜にしっかりと寝た良き者にのみあるのじゃ。そのような者にこそ朝食を食べる権利があるのじゃ」
「ほう? 夜の闇から生まれたような者がよく言うわ」
「うぐぐぐ、仮にも……というか本当に仮じゃが、自分の娘という設定となっている妾にその言い草。お主は親の愛情というものはないのか」
「無いね。正体知ってるし」
「ぬぬぬ! まあ、お主はしょうがない。それを兄様に言うたならお主は今後、何度転生してもナメクジにしかなれないと思え」
「まあ、言っても何も良いこと無いから——言わないけどな。でも、ナメクジも悪く無いんじゃないか? 火の鳥では文明築いてたぞ」
「うぐぐ、今世では神様はその話書いて無いんじゃぞ。響よ。それは禁忌に触れる発言じゃぞ」
「おお、わりいわりい。ついうっかりしちゃったが、まあ他にだれも聞いてないからセーフだろ。でもそうきくと火の鳥未来編、もう一度読みたいな。どっか古代遺跡に間違って残ってないかな? 今度イスラエルにでも行った時に……」
「響……」
今までのおちゃらけた様子は一瞬で影を潜め、アルコーンの本性を垣間見せるような底知れぬ凄みを見せる舞であった。
「ははは……冗談、冗談。本気にすんなよ。俺だって、この世界が壊れちゃうような禁忌に触れることを望んでいるわけじゃないさ。でも……」
「でも?」
「お前ら、俺の子<ら>を助けなきゃいけないんだったら世界とも引き換えにするけどな……」
とあっさりと言い放つ響であった。
娘(仮)の正体を知っている。それは、異な者であると知っている。愛情などないと嘯きながら、それでも舞は娘だと言う響であった。
すると、
「お主はまったく……」
実は少し感動して、顔がついつい少し涙ぐんでいたのだが、それを見せるのも癪なので響には背中を見せて、呆れたような口調で言う舞であった。
——この時、舞は思っていたのだった。本当に良かった。この家に来て本当に良かったと。
偽神として、ただ世界を運命に任せ虚無に戻す。そんな永遠を過ごしていた自分が、こんな喜びを知る。そんな時が来るなんて……彼女にはそれこそがこの無限の世界の中での唯一の奇跡にも思えたのだった。
だから、いや……だが、
「はい……お茶!」
「あちち!」
素直になれなくて、照れ隠しに熱々のお茶を出す舞であった。
「ふん! 少しその変な菌のわいてそうな頭を熱湯消毒すれば良いのじゃ」
「……まあ、そんな頭でもまだまだお前らを守る方法を考えなくちゃならないんでね。ふうふう冷まししながら飲ませてもらうよ」
しかし、舞の真意はわかって嬉しそうにちゃかす響。
「はん? 好きにするが良いのじゃ」
ちょっとギスギスした感じの父娘(仮)のやりとりではあったが、その中にも確かな信頼と愛情を感じられる二人であった。
ふっと微笑みあい、今朝もこんな感じで微妙な距離でありながら、気のおけない、親密ではあるが、親子というよりは戦友ででもあるかのようなそんな様子なのであった。
なんとなく楽しげで、穏やかな朝。このあと家族が巻き込まれるであろう運命を知る二人には、この何気ない日常が本当に貴重で、奇跡のようなものであると知るのだった。
なので、二人は楽しげに目線を交わし、
「まあ、ともかくごちそうさま。今日も美味しかったよ。お前の手下どもの料理……」
で、朝食を食べ終わった響は満腹になったしこれから寝るかと椅子から立ち上がるのだが、
「んっ……待つのじゃ響よ!」
なんだか中腰の間抜けな体勢になったあたりで、何かに気づいたと言った様子の口調の舞に呼び止められる。
「んっ(ぎくっ!)?」
「よく見たら……と言うか今までお主の話術にごまかされて気がつかずにおったが——無いように見えるが……」
「はあ(ぎくっ!)? 何が? かな?」
「妾が使い魔どもに作らせた兄様の料理、なんだかほとんど無いように見えるが?」
「あるだろ、ほら目玉焼きに、トースト……は起きたらトースターに入れるからまだただのパンだけどな」
「それはお主の分の朝食で……妾が使い魔に命じた満漢全席はどうしたのじゃ?」
「はは、おいおい。いくら食べ盛りの高校生だっていっても、朝から満漢全席はないぞ……うわ!」
「だからって、朝帰りの中年野郎が寝る前に食べるものでもあるまい?」
「そ……そうだな」
いままで虚に隠れていたのだが、実体化された、舞の使い魔たちががっしりと響の体をつかみ逃げれないように押さえている。
そのまるで小さな業羅のような奇体な怪物たちにしっかりと腕を掴まれながら響はちょっと焦ったような表情で言う。
「じゃあ、消えた料理はどこに行ったというのじゃ?」
「………………」
「もしや、お主の腹の中というわけじゃあるまいな? それなら……」
「………………」
「お主の腹を割いて、それを取り出さねばならなくなるが……」
「……いや、ちょっと待った。舞、いや舞さん、いやいや舞様……話せば、話せばわかる!」
「ほう、何がわかるのかな? 返答によっては、そんな戯言などもう語れぬように、お主の舌も料理に使ってみるのも一興だが……」
「待って、待って……まあもうしないから。明日からは朝のビールのつまみにちょっと貰うだけにするから」
「はん? 明日から? お主、自分に明日があると思っておるのかえ?」
「待って、待って!」
なんだか絶対絶命の響であった。
まあ、正直この楽しい高見家は毎日こんな調子なんだが。
そして響は毎日こんな絶対絶命となるのだが、そんな時、
「あれ、もう二人とも朝食とったの?」
救世主のように現れるのは悪夢に目が覚めてダイニングにやってきたカケルであった。
すると、
「兄さん! うわっ……消えろ!」
「ん? 消えろ?」
舞があわてて、実体化させた使い魔たちを虚に戻し、
「消えるのは兄さんじゃなくて使い魔……じゃなくて——おい響逃げるかじゃなくて……父さん……」
「じゃあ、舞ごちそうさま! 俺はこの後に少し散歩しとくわ!」
「あれ、父さん? 寝るんじゃ無いの?」
「はは、うっかり寝たらそのまま(永久に)起きれなくなりそうだからな……ほとぼり冷ます——じゃなくて腹ごなしに散歩してくるわ!」
「父さん……?」
なんだか父親の焦りようを不審に思うカケルであったが、いつもの響といえば響なので、あまり深く考えることはせずに、それよりも、
「うわっ! 今日も、もう朝食作ってくれているんだ。うまそう!」
目の前に料理があれば腹がごろごろとなる、食べ盛りの男子高校生であった。
「ああ、目玉焼きだけで……トーストすぐつくるけど」
「うん! いや、目玉焼き! これが良いんだよ! ザ・朝食! これで朝から満漢全席だなんていったら腹がもたれるでしょ。これがいいんだよ!」
と言いながら、目玉焼きを見つめるカケル。
「満漢全席……もたれる……そうかな」
「うん、さすが舞だよ! 自慢の妹だ。こんな美味しそうな目玉焼き作れる女子なんて、世界中探しても二人といないよ」
「ぐへへ……そうかな」
なんだかカケルに褒められて顔が一気にだらしなくにやける舞であった。
そして、パンが香ばしく焼ける匂いを嗅ぎながら、なんだか結局は響が満漢全席を食べてくれたことが功を奏したことに、なんだか彼奴の今日の狼藉も許してやるかと思う舞であった。
もちろん、明日は満漢全席がだめならフランス料理フルコースで行くかと——ことの本質を全く理解しないままのおバカ妹であったが……それも明日朝帰りの響が全部食べてしまうかと思えば……なんだか微妙なバランスでうまく回ってるとも言える高見家なのであった。
そして、そんな奇跡のような一家団欒は——やはり奇跡であることを知るのに、これからそれほどの時間を要するわけでは無い。しかしまだそのことを知らず、妹の注ぐ紅茶を飲みながら、嬉しそうに微笑むカケル。そして、それを嬉しそうに、しかしその貴重さを、失う時を恐れて、少し憂いをもって見つめる舞なのであった。