インターミッション3:ミクスさんとの遭遇
日曜日の夕方。悲観にくれた表情の僕は、葉羽市の商店街をトボトボと言った様子で歩いていた。
まあ、なんとなくこうなってしまうかと予感しないでもないでもなかったが……
昨日は舞と一緒に歩いて帰って来たら、なんだか夕方の結構良い時間になってしまっていて……
そのまま食事してテレビを見ていたら、襲ってくる眠気に、今日はこのまま勉強しても効率上がらないなとまたもや悪魔の囁きに耳を貸し……
——なぜか時はもう日曜の午後、と言うかもう夕方。
誰のせいにもできない、自分の怠惰のせい。
全く試験勉強はできていなかった。
そのくせ、やる気が出ないなら気分転換とまた外に出てしまっていたして——歩き始めてから後悔するが、一度動き始めた足は止まらずに、それならせめて賑やかな方に。
どうせなら楽しげなところに行って、落ち込まないようにと思い……
すると、いつの間にか、近隣で一番栄えている商店街に僕はたどり着いていたわけだが、
「あれ……」
「カケル……さん?」
言葉が疑問系なのは、僕が誰なのか分からなかったなどではさすがになくて、
「こんなところで……」
会った場所が意外だったようだが、
「えっ……ああそうか」
賑やかな街中を歩いていたつもりの僕は、いつの間にか街中を通り抜けていたのだった。
周りをよく見ないで歩いているうちに、いつの間にかついたのは、地域の公民館の前であった。
「私の家はこの近くなんです」
「そういえば……」
誰かから聞いたような気がした。
ミクスさんは商店街近くにあるお屋敷街のお嬢さんだとか。
「地域の催し物が今日ここであって……」
「何? みっちゃん彼氏かい?」
振り向くとミクスさんに声をかけてきたのは杖をついたおばあさんで、
「学校の友達で……」
「あらあら、あなたの年頃の女の子はみんなそう言うのよね。私も五十年も前には……」
と言って始まるおばあさんの、なんだか要点をえない昔話だったが、ミクスさんは少しも嫌な顔をせずに、と言うか本当にうれしそうに、しっかりと聞いている。内容がころころ変わって何を話したいのかよく分からないうえに、言っている冗談とかも古くてよく分からないのだが、
「綺麗だな……」
思わず声に出てしまった僕であった。
おばあさんと話しているときの慈愛に満ちたミクスさんの表情、それは地上に天使が紛れ込んでいるのならば彼女のことだと思わせるような、美しさだった。
*
「でも、私って結構腹黒いかもしれませんよ」
今日は半年に一度だという地域の集会があって、その手伝いで駆り出されていたミクスさんだったそうだ。
ミクスさんは、体がうまく動かないおじいさんやおばあさんや泣き叫ぶ赤ん坊の世話や、つまらなくて会場を走り回る子供の相手などを一生懸命にやっていた。
そんなミクスさんへの感謝の言葉を公民館から出てくる人たちが次から次へと言う。
僕は、それをみて、ミクスさんは本当にみんなに愛されている良い子だなって心から尊敬したのだったが。
「腹黒いから……打算的だから、演じちゃうんです。良い子を」
そういえば、この間保健室に一緒にランさんを連れて行った時もミクスさんはそんなことをいってたなと僕は思い出す。
「地域の皆さんは昔からの顔見知りなので学校よりは打ち解けていられるのだけれど……」
ミクスさんと話していた流れで集会の後片付けを手伝うことになって、一緒に、スタックされた椅子を倉庫に運びながら僕は言う。
「そうかな。別に学校でも普通にしていると思うけどなミクスさん」
確かに物静かなイメージあるけれど。
「普通に見えるように演技してるんです」
そうは言うけど、別に不自然な感じはしないけどな。
よっぽど演技うまいとかなら別だけど。
「でも人気あるじゃないミクスさん……野郎連中の軽率な行動は置いといてさ」
この間で告白してきた男子が六十人超えてたけど、もしかして今日現在では七十人超えたと言われてもおかしくないミクスさん。でもそんなモテモテだからって別に女子に嫌われてるわけでも、告白してふられた男子たちも別に恨んでいるようにも見えない。
なんというか、人徳だと思うけどな。
それをミクスさんは演技だというけど……
「終わりましたね。今日は手伝ってもらってありがとうございました」
「いや、このくらい、なんでもないよ」
「何かお礼を……」
と言ってもキャスターついた椅子や机を押していくの手伝ったくらいで、時間も十数分くらいのものだし、お礼と言われるとさすがにおおげさなのだが、
「でも……」
とても困ったような顔をしているミクスさんは、心底僕に申し訳ないと言ったような様子で、
「じゃあこうしよう」
「……?」
「僕からの貸しにしとこう。なんか僕が片付けとかしなきゃいけない時——また数学の羽土なんかに怒られて校庭のゴミ集めなんかさせられた時に——こっそり手伝ってもらえない?」
「……ふふ……いいですよ。でも……」
「でも?」
「……また怒られるの確定なんですね」
「いや……」
少し意地悪そうに笑うミスクさん。
あれ?
その姿、確かに「さっき」までの天使のような表情とはちょっと違って、生々しく、でもそれはとても魅力的で、
「勘弁してよ。僕だって好きでやってるわけでは」
「でも……おかげでカケルさんと一緒に過ごすことができるのは——良いことかもしませんね」
と言われて僕の心はいっきにぎゅっととなる。
「ふふ」
同様が顔に出たのを見て面白そうに僕を見つめるミクスさん。
その目力に足元がふらふらになって、頭がぼうっとなって、なんだか僕も思い余って告白して玉砕した六十人だか七十人だかの仲間入りをしてしまうかと言う気分になるが、
「さあ、兄さんそろそろ帰りましょ!」
「はい……?」
振り向けば、いつの間にか片付けの手伝いをしていたらしい妹の舞が、周りの人たちから感謝の礼に会釈を返しながら言う。
えっ? 今までいるの全然気づかなかったけど。
「あ……そうだね」
僕ら兄妹は、ミクスさんに最後の挨拶をすると公民館を後にするのであった。
*
そして、公民館を出たところで、今日の会合に参加していたらしいおばさんに話しかけられる。
「あなたすごいわね」
「はい?」
「未来ちゃんよ。あの子とあんな近づいていたひとは家族以外にみたことないわ」
未来はミクスさんの本名で、一年の時にクラスに未来と言う名前が二人いたので、呼び分ける為にミクに栖原の「す」をつけてスミクと呼ばれていたのが、いつのまにかひっくり返って僕らはミクスと呼ぶようになったのだった。
「あの子本当に良い子なんだけど、どうしても人との間に壁みたいなのを作っちゃうのよね。私たちはもっとずけずけと色々言って欲しいんだけど……」
おばさんは、そう言うと、にっこりと笑って、僕の肩を叩きながらさらに言う。
「だから、あなたからももっと心開くようにいってくださいよ——彼氏さん!」
僕が思わず顔を赤くしてしまったのを見て、がははと言った感じで笑い出すおばさん。
それを見て、逃げるように歩き出してしまう僕。
僕は、ミクスさんの彼氏なわけでもないのに、動揺して、妙にあせってしまい、だから、
「この女子綺麗でもキャラ薄そうだから、戦いにはあまりからまないかと思ったら、こいつも油断ならぬようじゃな。妾、ますます気をつけることにしようぞ」
とかまたまた頭の中に聞こえてきた、妹の声で語られる謎の偉そうな物言いについては、同じように、あまり深く考えずに無視をしたのだった。
そして、やはり——僕が、その声の意味を知るのは、何体もの業羅との戦いを経た後、これからだいぶ先のこととなるのだった。
*
ちなみに……
その夜も勉強をする気が起きず、結局、一夜漬けで迎えた試験の結末は聞かないこと。
最後に、無我の境地の果てに試験中に居眠りをして——罰で校庭の掃除をさせられた僕をこっそり手伝ってくれているミクスさんの笑顔だけが僕の救いであった……とだけ言っておこう。