インターミッション2:シズ子と過去
インターミッション、次はシズ子の話です。本編ではまだ活躍しきらない彼女ですが、属性はインストールされているようですね。この後本編でもますます活躍する予定ですが、まずはこんな小話をどうぞ。
文中で「……んでねべった」というセリフが出てきますが、これは東北(秋田あたり)の方言で「そうじゃない」と言う意味ですが、主人公とシズ子があったのは……? このへんはまた今度で。
では、ご一読よろしくお願いします。
土曜日の午後、郊外の国道に向かって自転車を走らせながら、僕は昨日の夜からの自分の行動を思い出し、反省していた。
昨晩は、地下室で眠ったコン子が起きるのを、リビングのソファーで待っていたら——結局、自分が寝てしまっていた僕だった。
いくら斜向かいの家とは言え、あいつが家に帰る時には送ってやらないとな、とか思っていたのだが、いつの間にか眠ってしまっていた僕は……朝のスズメのチュンチュンいう音で起きたのだった。
そして、まだ地下室で寝ていたコン子を起こして、一緒にあいつが作ってくれた朝食を食べて、帰るの見送って部屋に戻ったら——満腹のまま二度寝して……午前遅くまで寝てしまったのだった。
——これが昨日からの僕の行動だった。
見事に(幼馴染と少し交流した以外)眠るしかしていない怠惰な自分であった。
しかも、こう言うのは勢いがついてしまうと、なかなか止まらない。
勉強の勢いはさっぱりつかないのに、サボる勢いはブレーキの壊れたダンプカー並みの僕であった。
机に座ってすでに小一時間。何もできず何もやれる気配もない。
このままここにいることこそ時間の無駄になりそうだった。
なら、
「外に出て気分転換するか」
と思って僕は外に出たのだった。
——ちょうど用事もある。
昨日交換したターンテーブルのモーターのお金を僕はまだ払っていなかったのだ。それを買った郊外の国道沿いのジャンク屋に僕はお金を払いに行こうと思ったのだった。
正確に言うならば、買いに行く途中に業羅騒ぎに巻き込まれて、その次の日に、同じ高校に通うその店の店主の娘、シズ子がモーターを学校に持ってくれたのだが——お金は店に持ってきて欲しいと言われたのだった。
で、その後も——別の業羅の騒ぎに巻き込まれて、まだ、支払いに行けてなかった僕であったが……やっぱり、いつまでも借りのままは良くないし、そろそろ店に行った方が良いよな——と気分転換も兼ねてその店まで行くことにしたのだった。
——そのジャンク屋は、僕の家からは少し離れているけど、自転車で二十分ほどの距離であった。
山間の盆地である、我が葉羽市ではあるけれど、僕の家と店の途中には、目立って大きな起伏もなく、春の爽やかな気候の中での快適なサイクリングはとても心地よく……
ああ、気分がリフレッシュされて気持ち良いな! と思いながら、僕は自転車を走らせているのだった。
ああ、これでスッキリして——きっと家に帰ったら試験勉強をやる気がおきるだろ!
そんな風に思いながら僕は無心にペダルを漕ぐのだった。
僕は自分で自分自身に言い聞かせるのだった。
——ああ、これはしょうがないことなんだ。
——いつまでもお金をツケっぱなしというわけにはいかないだろ。
——それに、こうやって気分転換したほうが効率もよくなって……
——結果的には勉強が進む。
——きっとそうに違いない。
と。
僕は、自分で自分の言っていることが嘘だと知りながら、心の表面に浮かぶ言葉を疑わずに、その嘘の薄い殻を破ることなく、ただ空虚な言葉を重ねるのだった。
でも……
うん、やばいな。
気分転換はもう十分してたよな……
とかふと思えば——バリバリ音が出てる。
パリッ!
ヒビの入る音。
自分の罪の意識がのしかかり、心の表面を覆った殻が割れてしまいそうになっているのだった。
やっぱりごまかしきれない自分の罪の自覚に、そんな薄い殻なんて割れてしまいそうになったのだった。
なので——なんだか罪の意識にかられて、やっぱり勉強しに家に戻るかとか、そんなことを考え始めてしまった、そんな時、
「あれ、着いちゃった』
いつも間にか僕は目的地に到着していたのだった。
*
「カケルよく来た」
着いたジャンク屋ではシズ子が店番をしていた。
と言うかさっき出る前に連絡したからわざわざ出てきてくれたのかもしれないけど。
なので、
「せっかくの土曜日に悪いね」
僕はすまなさそうに言うが、
「悪い? 何が?」
意味がわからないと言った様子のシズ子であった。
「いろいろやる事あるだろ……勉強とか」
「それならもう終わった。朝の気持ち良く頭も働く時に勉強をするこれ常識。カケルもそうする」
そうする? 相変わらず問いかけなの確認なのかわからないシズ子の言い方だったが、
「僕もそうしたいところだけど……いろいろあってね」
「いろいろ、それら仕方ない。私はカケルを肯定する」
「そ、そうか……」
相変わらずの僕のことはダダ甘やかしのシズ子だった。
正直、この無表情であまりに僕のことを褒めるもんだから、この子は僕のことを何か陥れようと企んでいるのではないかと最初は疑ったのであった。
だけど、
「ともかくカケル来てくれて嬉しい。ゆっくりする」
不器用な感じながら、一生懸命僕に向かって話しかけてくるその様子は、何度も聞いてるうちに、様々な感情や思いを込めていっているものだと分かってきてたのだった。
僕を陥れようなんてとんでもない。嘘もごまかしもなく一心で僕に接しようとしている姿がその微妙な表情の違いから、僕にも分かるようになってきたのだった。
その感情の起伏も。
ちなみに今はかなり機嫌が良いようだ。
「お茶でも出す。そこに座る」
と言いながら店の奥にあるソファーを右手で指し示すのだが、その時に左手で髪をかき上げる。これは彼女が嬉しがってると起きの仕草だった。
これを知ったのはいつのことだったろう。
確か……
僕は自分の中学時代に思いを巡らせるのだが、
「カケルがここに初めて来た時のことを思い出す」
たまたまシズ子も同じことを考えていたようだった。
「父さんと一緒に来たときだよね」
「そう」
レジの後ろの冷蔵庫からペットボトルのお茶を出して持ってきながらシズ子が言う。
「あのときはびっくりした。運命だった」
「運命?」
「………………………………」
無表情で固まるシズ子。口を少しアヒル口にしているがーーこういう時の彼女は恥ずかしがっているのだった。
ならば、これ以上は追いかけないでおいて、
「僕もびっくりしたよ」
「びっくりした? 私? 運命?」
「運命? そうだな。そうかもな?」
僕はあの時のことを思い出すのだった。
*
「いらっしゃい」
僕と父さんは、店の奥に座る女の子の声で出迎えられる。
今から三年前のことだった。
店主がいなかったその日、たまたまシズコが店番をしていたようだった。
そんなシズコに父さんは話しかけるのだった。
「あれ、エンちゃんは今日いないの?」
「父は急用でバンガロール。代わりに私いる」
「あれ? もしかして君、エンちゃんの娘さん?」
頷くシズ子。
ちなみにエンちゃんというのはシズ子の父親で、どうもうちの父さんの古くからの知り合いとのことだった。
父さんは、演道という苗字を略してエンちゃんといっているようなのだが、それならその娘のシズコも苗字が同じなのでエンちゃんではないのかと、僕は思うが。シズ子は特に気にならないようだった。
「私で十分。製品は用意した」
「うちのマスターブラスター調子悪くてね本当はエンちゃんにうちに来て見てもらいたいんだけど」
「パパは多忙。すぐには無理」
「そうだよね。今は起業家様だものね」
「大丈夫。聞いた症状から言って、このコンデンサーが時々断の原因」
シズ子は父さんに電気部品を渡す。
「うわ! 俺もこれかなって思ってたんだが——エンちゃんから聞いたのかい?」
「違う。このくらい私でも予想がつく。症状は単純。パパに聞くまでもない」
「——さすが、エンちゃんの娘だわ! 中学校でこれかい!」
シズ子は、父さんが感心してびっくりした声をあげても、何もリアクションもせずに無表情なままで、
「取り替えは大丈夫? なんなら私が取り替えに行っても良い。パパにそう言われている」
「いや、これくらいは俺がやるよ……でも、取り替えも大丈夫って——そりゃすごいや。なんだか将来有望だな。今度、そのうちに息子のサウンドシステムとか調整してあげてよ……」
「息子?」
と、なんだかハッとしたような表情で言うシズ子の前に、
「こいつ。カケル——挨拶しな」
僕は父さんに押しだされて言う。
「初めまして……」
しかし、
「……んでねべった!」
「はい?」
この後には見たこともないくらいに真っ赤になったシズ子が下を向いて何かよく分からない言葉を言う。
そのリアクションの意味がわからずに僕がぽかんとしていると、父さんが言う。
「おい、カケル——お前随分失礼な奴だな。この子とはお前随分前に会ってるじゃないか」
「えっ……」
僕は記憶をたどる。
中学校、小学校、幼稚園?
いつだろ?
こんな綺麗な子と会ったのは?
あれ、確か……
もしかして……
小学校二年の時、東京に旅行したことがあって——そうだ母さんの法事で実家に行った時だ。そうしたら、近くに住む女の子が訪ねてきて。
僕は、父さんの知り合いの娘だという、人懐っこいその子と仲良くなって毎日遊んで——二週間くらいした滞在したその時の最後、別れを惜しんで泣き出したその子に父さんが、
「なんだこんなのと別れるのが惜しいのか? それじゃそのうちこいつを君にあげるよ」
と冗談めかして言ったのだった。
そうしたら、
「あげる? 結婚させるって言うこと? カケルのお嫁さんなれる?」
「そうだな、どうせ誰も結婚してくれないだろうから——こいつもらってくれよ」
「わかった、私カケルと婚約する!」
「そうだな——はは、これでカケルも将来安心だ。よかったなカケル! はははは」
と……
「ああ!」
僕は思い出して思わず大声をあげてしまったのだった。
「あの時の、子がこんな綺麗になって、まあ……子供の頃の冗談の通りカケルをもらってくれなんて言わないが、仲良く……」
「問題ない」
「へ?」
「私はずっと待っていた。カケル籍入れる」
「まあ、待って待って、あんな約束に縛られなくても君は自由に……まあそれに男は十八歳まで籍入れられないし」
「約束大事。私はカケルのもの。十八歳問題ない。それまで待つ。でも内縁の妻という手もある」
「……………………」
なんだかかなり焦ったような表情の父さんの顔。
「そうだな、まあそういうのって、ある意味そんな感じで、例えば……そうだよね。おじさんにはよく分からないな。こういう時は……そうだな……まあ後は若いもの同士で……」
「おい、逃げるなクソ親父!」
*
運命?
シズ子の家族は小学校の時会って以来、いろいろ引っ越したりしながら、僕が始めてあの店を訪れた半年前くらいにこの街にやってきてとの事だった。
この街にやってきたのがたまたまならば、運命だが。
そうなのだろうか——運命でなく必然?
僕は心に浮かんだ必然という言葉の意味を解釈しかねていたのだが、
「カケル? 何思う?」
「いや、ちょっとね……」
シズ子の声で僕は回想から呼び戻される。
あの時は、結婚とかの話はうやむやにして、シズ子もその後は特に言ってくる事もないけれど——実際どう思ってるんだろ。僕のこと?
多分再開した時は、幼い日の思い出に盛り上がって結婚とか言ってしまったのだろうけど、その後に高校で一緒になって以来の僕の間抜けな日常を見て、きっと幻滅して僕への思いなんて吹き飛んでしまったのではと思うのだが……
「かまわねど」
「んっ?」
ボツリと小さな声でつぶやかれた、聞き取りづらい言葉に僕がもう一度言って欲しいような顔つきになると、シズコは三年前に勝るとも劣らないくらいに顔を真っ赤にして、
「けっこ……」
となんとも不穏な言葉を言いかけるのだが、
「兄さん! たまたま近く寄ったから来てみたけれど! シズ子さんもいたんだね! こんにちわ!」
なぜか、タイミング良くやってきた舞に、元気に乱入されて言いかけた言葉を飲み込んだシズ子はそのまま恥ずかしそうに下を向くのであった。
*
そして……その後はあまり話もせずにモーターの代金を渡して、僕と舞は家に帰る事になる。
店の外に出た僕ら兄妹に、見送りで手をふるシズ子。それに、こんな遠くまで歩いてきたらしい舞と一緒に、自転車を押して歩き始めた僕も手を振り返すと——なんだか無表情の中にもやさしさが溢れているシズ子の顔に、僕は少しぼうっとなってしまい、
「こいつは色ものだからと安心しておったら、意外と油断ならぬ女子じゃて。こいつも、さらなる注意が必要じゃな。妾、ますます気をつけることにしようぞ」
とかまた頭の中に聞こえてきた、妹の声で語られる謎の偉そうな物言いについては、あまり深く考えずに無視をしたのだった。
やはり——僕が、その声の意味を知るのは、何体もの業羅との戦いを経た後、これからだいぶ先のこととなるのだった。