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インターミッション1:コン子来襲

1と2の間の小話です。コン子とカケルの日常をどうぞごらんください。話中にでてくるリル・ルイスのフレンチキスと言う曲は……家族や女友達と一緒にいる時に聞くと引かれそうな曲なので後注意を。

 それは、僕が、業羅との戦いで運び込まれた病院から退院して、数日たった夜のことだった。夕食が終わって風呂に入ってから、寝る前のひと仕事と、僕は、地下室におりるとターンテーブルの修理を始めるのだった。


 まだ入院中のランさんとの約束を果たすため、僕はそれを始めたのだった。


 ランさんにまともなターンテーブルで僕のプレイを聞いてもらう。前に聴いてもらった時はモーターが壊れたターンテーブルで散々なプレイしかできなかったので、ちゃんと動くときにもう一度聴いてもらうと言う約束——その準備であった。


 とは言え、ランさんの怪我は相当にひどく、退院までにはまだ二、三週はかかるのではと言うことであったので修理は今日絶対にしなければならないというわけではないが、


「ああ、めんどくさいけどやるしかないかな——こういうのはやれるときにやっておかないとね」


 と、なんとなく言い訳がましく聞こえるだろう口調で言いながら、僕はターンテーブルの分解を始めるのだった。今晩はもう——父さんはどこかに飲みに行っちゃったし、妹の舞は自室で勉強しているはずだ。だから、誰かが聞いているわけでもないだろうに、僕は誰かに説明するように言うのだが……


 その誰かというのは——実は自分自身のことであった。


 自分自身に言い訳するように僕は言うのであった。


 なぜなら——僕には、本当は修理よりも先にしなければならないことがあるはずではあった。


 それは勉強——テスト勉強であった。


 実は僕の高校は再来週が中間試験で、先週から五日も意識不明になっていた僕のテスト勉強がだいぶ遅れていて、本当なら金曜の夜の今日とかはまとめて勉強を進めたいな、なんて僕はさっきまで思っていたのだった。


 あくまでも思っていただけだったが……


 思って、始めようとはしてみたのだが……


 ——どうにも、どうしても、どうせ直前でなければ試験の勉強する気の起きない僕であった。

 

 夕食が終わって、風呂上がりに机の前に座ったのは良いのだが、そのまま参考書を開いたまま、目の前に文字は見えるのに頭には何も入ってこない。あっと言う間に、無の境地に至る僕なのであった。


 自分的には勉強しているはずなのに、それが何も心に残らないままに虚無に消えていく無常を感じていたのだった。


 そして、その無に耽溺して——というかそれ以上何もする気が起きずにただ無為な時間を過ごす僕であった。


 そうやって一時間もたてば……。


 こりゃ、今日は勉強に気分が乗らないので別のことをやったほうが良いかな?


 ——有意義かな?


 なんて僕は思うのだった。


 まあ……


 別のことの方が有意義と言うのの本当の意味を——を正直に言えば——逃避したい……逃げる理由が欲しい……となるのだったが……


 それなら、例えばめんどくさくてやるのを延び延びにしてたターンテーブルの修理なんか——どうかな?


 ランさんとの約束もあるし。


 そうだね!


 それやんなきゃいけないね!


 そう思うと、なんだか勉強は後まわしでも良いような気がしてきて……


 ——僕は自分の部屋を出て、地下の音楽室に向かうのだった。


   *

 

 僕は、自分の今の行動の後ろめたさを知るならば、かえって、無意味に一生懸命にターンテーブル修理には無駄に集中してしまうのだった。


 そして、そんな根をつめて作業すれば——あっという間に時間が経って……


 なんだか深夜というのはまだ早いが夕方でも無い——時計はもう十時を回っていた。


 そして、僕は思う。


 ああなんだか今日は充実したぞと。


 と、そんなやりとげた感とともに僕の今日一日は終わる。


 なんだかキリ良いのでこのまま寝てしまおうかなんて、僕は思うわけだった。


 まあ、今日の充実感がいくらあったって——勉強してないなら勉強は一ミリも進まないのだけれど。


 ……進まないのだけれど!

 

「まあ、いいか……週末にまとめてやろう。今から無理やりやっても効率悪いだろうし」


 と、ダメな奴が考えそうな先送り論で自分を納得させると、僕は、歯を磨く前に麦茶でも飲むかと一階にあがるのだった。


 すると、その時だった。


 ——ピンポン!


 こんな夜中の呼び鈴の音に僕は玄関に向かい、

 

「なんだろ、はて? こんな時間に宅配かな?」


 と一応声に出して言ってみるのだが……


 なわきゃないな——コン子だろう。


 そんなセルフ、ボケツッコミを心の中で行いながら、僕はインターホンのカメラに映るコン子に向かって、


「今、開けるよ」


 と言うのだった。


 で……


「まだ起きてたのね。ずっと一階もカケルの部屋も暗いからもう寝たのかと思ってたわ……」


 おせっかいと言うかもはやストーカーの匂いの感じられる、斜向かいの家に住む幼馴染に、僕が一階に上がって明かりをつけたらしきを見てやってきたとつげられるのだが……


 で、何しに来たの?


 ——と聞く間も与えずに、コン子は、勝手知ったる我が家のようにキッチンまで行くと、冷蔵庫から麦茶を出してコップにいれるとその場で立ったままグビグビと飲み干すのだった。


 そして、


「風呂上がりでちょうど喉渇いてたのよね」


 とコン子は無邪気に言うが、


「はい? それで僕の家まで来るの?」


 という問いかけは、たぶんさしたる理由もなく習慣でやって来ただろうこいつの機嫌を無意味に悪くするかもなと、喉元近くまで上がって来たその言葉を僕はぐっと飲み込むのだった。


 なんとなくで男子高校生の家に夜に来ちゃってることの意味を問いただしたら——その意味をちゃんと考えてしまったら——こいつパニクると思うんだよね。


 だから無言の僕に、


「カケルも飲む?」


 と言って、自分が今飲んだばかりのコップに麦茶を注ぎ僕に差し出されても——


 へっ? 間接キスじゃんこれ? とか思っても……


 そのまま飲んでしまう僕なのであった。


 なんと言うか、こいつと僕の関係って、こう言うこと——子供の頃から自然にしてたけど客観的に見るとこれって? と言うのをどちらからもあえて問わないことで成立している微妙な関係なんだなと改めて思う。


 でも——飲んでしまって——やっぱりドキドキしてしまう僕は、


「——何してたの? 勉強?」


 そんな……間接キス程度で——キョドッてる自分の様子を見せるのが恥ずかしくて、コン子に向かって背中を向けながら、


「べ、べ、勉強ちゃうわ」


 なんか別のことを言ってしまいそうな口調で否定するのだが、


「じゃあ何なのかな?」


「いや……」


 とか言って僕背中に体を少し押し付けながら顔を前に回して僕を見上げる幼馴染の、


「風呂上がり……」


 のいい匂いを嗅いでなんか理性が少し飛びそうになる僕なのだが、


「風呂上がり? カケルは風呂入ってたの? ずっと? でもそんな感じしないけど」


 クンクンと鼻を近づけて僕の匂いを嗅ぎ出されると、んん——


「——じゃなくて地下室でターンテーブルの修理を……」


 ひょいと体を引きながら思春期の暴走から自分を守ろうと、


「——見てみるかい?」


 逃げるように地下室に向かうのだった。


  *


「うわ、ここ久しぶりね!」


 相変わらずに無邪気な様子のコン子であった。


 地下室に置かれたソファーにうつ伏せになり、お尻のラインがくっきり見えるホットパンツ姿を僕に見せつけながら、それになんの危険も感じていなそうであった。


 いくら幼馴染とは言っても——思春期の男子のところに、こんな時間にやってきてなんかまずいとは思わないのだろうか?


「ふーん、ふん、ふん……」


 思ってないだろうな……


 謎の鼻歌歌いながら上機嫌のコン子であった。ソファーの上をゴロゴロと転がりながら、警戒心を無くした無防備な家猫みたいな様子でダラーっとしたその姿をさらしている。


 それを、なんだか本当に猫みたいとか思いながら僕はその姿を眺めてしまうのだった。


 でもコン子は猫じゃない。


 防音の効いた密室に同級生の女子と二人なのだった。


 幼馴染で、相手は僕のことを家族みたいにしか思っていないだろうけど——でも憎からずとは考えているはずで。


 そして、僕は……


 そんな子とこんな閉ざされた部屋に流れで連れてきてしまい、……僕は心臓がバクバクいってしまっているのを感じる。


 勝手に一人で心が盛り上がってしまっていて、相手はまるで気にもかけていないと思うのだけど、無言でぐっとつばを飲み込んで、


「ああ、そうそうターンテーブル治ったんだっけ?」


「そっ、そうだね。でも、まだ試して見てないからかけてみるか」


 コン子の言葉にはっと我に返った僕は、慌ててブースに行って裏のラックからレコードを選ぶ。


 うっかり手に獲ったのはリル・ルイスのフレンチキス……うわわ、これはないない!


 慌ててそのレコードを戻した僕は、次のレコードを探し、


「あれ? これ聴いたことあるかな?」


 かけたのはホワット・アバウト・ラブ。


 Mr.フィンガースの哀愁漂うハウスチューン。


 実はこれって僕とコン子の思い出の曲だ。


 いや今の反応見ると、一方的に僕だけ覚えていたっぽいけれど。


 まだ幼稚園の頃、DJの真似事を始めた僕が、父さん以外の人に初めて人に聴いてもらったプレイの——最初の曲だった。


 もちろんその時に聴いてもらった相手というのはこのコン子で、今日と同じようにソファーでゴロゴロしていた彼女は、DJなんて何なのかの意味もわからずに、その後もかかった曲が暗いとか、つまらないとかさんざん言って来て、でも、


「カケルがなんか頑張ってみようとしてるのは応援する」


 と言ってくれたのだった。


 僕はその時のことを良く覚えていた。


 その時——僕が曲のつなぎどころかちゃんとレコードもかけるのがあやしいような状態でプレイを続けるうちに、


「あれ?」


 今日みたいにコン子はいつの間にか寝てしまっていたのだった。


「ほんと何しに来たんだ今日は……」


 特に理由もなくやって来たと思ったらただ寝るだけのコン子に、僕は半ば呆れながらも、安心しきって無防備な寝顔をさらすその姿を見ながら言う。


「やっぱり……だよな」


 相手が眠っていても声に出せないその言葉を心の中だけで唱えると、何が楽しいのかにっこりと微笑みながら寝返りをうって上を向くコン子に近づいて、


「僕だって男なんだぞ。家族みたいに思ってるかもしれないけど——こんな安心して……そんななめられちゃうと」


 冗談半分でぐっと顔を近づければ——冗談のつもりだったその勢いは止まらない。


 僕は一度動き出した衝動を、自分では止めることができずに、ぐっと顔と顔が近づいて、


「いいか…これ初めてじゃないんだし」


 僕の心の悪魔の囁くそのままを僕は声にしてしまうのだった。


 顔——近く唇。


 それは危うく、触れそうになるのだが……


 しかし?


「お兄さん、コン子さん来てるの?」


 妹の舞の声に慌てて体を起こして、


「ああ! 違う! 違う!」


 僕は、振り返り焦って言うのだった。


「違う? 何が? コン子さんそこにいるけど?」


「いや違わないけどーー違うんだ!」


 僕の、支離滅裂の、妙に力の入った言葉にも、


「ふふ、なんだか兄さんおかしい。なんでもいいけどコン子さん風邪引かないように毛布持ってきてあげる」


 余計な詮索をせずに相変わらずの天使の微笑みを返してくれる舞に、僕は何とも言えないふわっとした良い気持ちになって、


「頼むよ、やっぱり舞いは優しいな」


 さりゆく世界一の妹の後ろ姿にニヤニヤとしてしまうのだった。


 だから、なぜか心の中に聞こえてきた、


「あの幼馴染めはいつか殺すーーじゃな。やはり、あやつは、もっとも危険な女子(おなご)じゃて。さらなる注意が必要じゃな。妾も、ますます気をつけることにしようぞ」


 とか言う妹の声で語られる謎の偉そうな物言いについては、あまり深く考えずに無視をしたのだった。


 だから……


 僕が、その声の意味を知るのは、何体もの業羅との戦いを経た後、これからだいぶ先のこととなるのだった。


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