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何かが空へ

 今回の業羅は、データベースにない新型ではあったが、結局、僕の得意なオリジナルデトロイトテクノ周辺の曲がぴったりと適合していたようで、その後数曲続けるうちに業羅はすっかりとおとなしくなった。


 そしてさらに数曲——彼らは楽しそうに踊りながら、次第にその姿を無数の太鼓へと分解して行った。それは始まればあっという間の出来事であった。


 空中を漂うその太鼓は、生徒達が手に取りビートにあわせて叩く事で、それは消える。

 その度に少しずつこの場の雰囲気は良くなっていった。


 各自の叩く太鼓の、思い思いのビートが混じり合い、ここには皆が個でありながら、個が皆と結びついているかのような、とても美しいグルーブができ上がっていた。それは激しくもやさしく、流れるように次から次へと続いてゆくグルーヴ——場はクライマックスに向かっている僕には、たぶんこの場にいる誰にも、感じられた。


 最後。


 たぶん次の曲が最後だ。


 もう完全に人間の姿となった三人は、太鼓を持った生徒達に囲まれたまま、ばつの悪そうな顔をしたまま地面に座っていた。


 もう大丈夫だ。


 これで誰かが彼らに手を差し伸べてやれば終わり。

 僕は今日の最後の曲となるドナ・サマーのアイ・フィール・ラブをかけ始める。


 歓声。


 でもまだ誰も三人に手を伸ばさない。

 おいおい、ここまできたんだから誰か頼むよと僕は思う。


 業羅から現実に戻る人間には、誰かが手を差し出してやる必要があるのだった。

 そうでないと彼らはそのまま現実でも夢でもない領域へと落ち込んで二度とこの世には戻って来れなくなるのだった。


 でも、人間に戻ってもあの評判の悪い三馬鹿だ、警戒して、誰も近づいてくれないようだった。

 確かに進んで手を引きたがる奴もいないだろうけど……


 ならば、

 しょうがない、

 ここは僕が降りて……と思っていると、


「大丈夫よ。あれをご覧なさい」とランさん。

「コン子、ミクスさん、シズ子」


 コン子、ミクスさん、シズ子が倒れた3人の前に行き、手を差し伸べているいる所だった。


「昨日あんな目にあったのに」

「あんな目って?」とランさん。


「いや、あの三人に少し絡まれて」

「へえ……でカケル君はその時?」

「行きがかり上僕が助けることになって」


「あらあら、そんな所で、もうフラグ立てる必要なさそうな幼なじみにさらにだめ押ししてるとはね、あなた随分とマメ男なのね」

「……だからコン子とはそう言うんじゃないんですよ。コン子にはその後に無茶するなとこっぴどく怒られましたし」

「あらあら、あの子、本妻ぶりをずいぶんと発揮しているようね、私がメインヒロインの座を取る為には、あの子がやはり最大のライバルになるのかしら」


「……だから本妻とかメインヒロインとか何を言ってるんですかランさんは」

「まあともかく……そんなトラぶった相手の手を引きに行くなんて偉いねあの子は」


「いえ、コン子はそう言う奴なんです。トラブった相手だからこそ、ああやって助けようと思ってるんですよ。トラブったからって見捨てたりしたら余計に心が痛むじゃないですか……そんなのに耐えられるような奴じゃないんです」

「なるほど、幼なじみの心理には随分詳しいようで……じゃあ、あの美人ちゃんが行った理由はさっき保健室で聞いた通りかな」


「ミクスさんでしょ。彼女はこの間の業羅騒ぎの時にイメージに捕われずに物事を行う事の大事さに気づいたみたいですから、今度は自分でやらなきゃと思ったんだと思います。彼女は自分の殻やぶりたいんだと思っているんだと思います」

「なるほどな……でも最後のあの神秘系無感情テンプレ少女みたいなのは?」

「シズコですか……良く分からないけど……多分あの二人に負けたくなかったんじゃないですか」


「負けたくないって……カケル君はあの子ともフラグ立ってるの?」

「……いや、シズコは正直、良く分からないですが……」

「……じゃあ残りの二人は立っていると」


「——ランさん! だから違うって……あれ」


「良かっ……たな……少年。ハーレム……お……う……に、なれ……る」


 ランさんは、言葉とぎれとぎれに僕の胸に倒れかかって来ると、そのまま意識を失い、身体から力ががくんと抜けていった。


 無理をして……


 生徒達が不安にならないようにって痛みに耐えて立っていたのが、緊張の糸が切れ、ついには倒れてしまったのだろう。しかし、僕はランさんの身体を支えながら、校庭で業羅から解放された3人が立ち上がり、すまなさそうな顔で回りに礼をするのを見た。


 全てが終わった。


 業羅からの帰還を祝うように三人の周りの生徒達は持っていた太鼓を叩き、その太鼓は美しく響き合いながら、光に変わって空へと昇っていた。


 そう、これで終わり。


 すぐにこの倒れている三人とランさんを病院につれていって、この騒ぎは一件落着、と思ったのだが……




「あらカケル君、これからが本番な事にまだ気づいていないのかしら、あなたへの用事のこと? ……と言うかあんた私のこと完全に忘れてなかったかい」




 上空に浮かんでいる、全裸だが大事な所は光が仕事している状態の女の人が僕に向かって呼びかけていた。というか光が仕事し過ぎで、顔から下は手と足の先くらいしか見えないんだけど。まあ、これは、全身発光機能をもつ怪人という設定的に、光が仕事せざるをえないのだろうけど……

 そのぶんインパクトも弱まるわけで、


「……あ、すみません。すっかり忘れていました」と僕。


 女の人は、おいおい困るよと言う顔。


「あなたがいた事もすっかり心から抜け落ちていました……」


 女の人は、それは無いよ、といったちょっと悲しそうな顔。


「いや最初は少しは気になっていたんですが、物語の進行上特に重要とも思えないのであえて無視をすることにしてたら、そのうちに完全に忘れてました」


 女の人は、私はいらない子なのとでも思っているような、情けない顔で、こちらの哀れを誘うけど……


「いえ、どうしてもと言うのならこれから絡んでいても良いのですが、いかがしましょうか」


 とだめ押しをすると、女の人は、そんな無理に仲間にいれてもらわなくても良いわよとでも言うような、仲間に入りたいけどプライドが邪魔して自分から輪に入れない意地っ張りな子供のような表情。


「……ああ、それでは、申し訳ないんですが、この区切りが良い所で今日はおしまいにしたいと思いまして……次回は是非またご参加いただければと思いますので……今日の所はこの辺で……」


 よし、このままこの面倒くさそうな女の人とは関わらないで終わりにしてしまおうと、僕は一気に言葉をまくしたてるが……

 

「(おい、ふざけるなよ、高見カケル)」


 背筋がぞおっとして、思わず冷や汗が吹き出すような声だった。

 それは耳からと、心の中、双方から入って来て——双方とも僕をひどくぞっとさせた。


「……お姉さんが、優しくしてあげているうちに、言う事を聞いておいた方が良いんじゃないの、カケル君」


 女の人は、少し優しげな口調にはなったが、まだすごくドスの聞いた声で僕に話買えて来ていた。


 僕は思わず首肯する。


「あら、良い子ね。じゃあ話を続けましょうか」


 僕はまた首肯する。


「じゃあ、なにから説明しましょうかね……まず、あなた、自分の目の前のダンタリオンをみてご覧なさい」

「えっ」


 僕は自分の目の前、手を伸ばせば届く所に、透明な水晶のような直径三十センチくらいの球体が浮かんでいるのに気づいた。そういえばさっき業羅に捕われた三人の心が見えたような気がした時、目の前に球体が光ったような気がしたけれど、それは本当にそこにあるのだった。

 その後はとにかく一生懸命で——あまりに透明で集中して見なければそこにある事が分からない——その球体の事はすっかりと意識から飛んでしまっていたのだけど……


 ダンタリオン?

 女の人がそう言う名前で呼んでいるが、いったい何なのだろうか?


 凄い純度の高い水晶か何かだろうか?

 でも空中に浮かんでるけど?

 何か良く分からない力で空中に浮かんでいるのだろうか?


 どちらにしても確かめてみれば良いと——そう思い——僕は試しに手を伸ばしてみるが、

 ——手がつき抜けて玉の先に突き出てしまった。


「それは触る事なんてできないよ。この世の物じゃないんだからね」


 僕は女の人の行っている意味が分からず、手を伸ばしたままそこに固まる。

 この世の物じゃない?

 じゃあ、あの世の物?

 でもあの世って?

 これは心霊現象かなにかなのか?


「まあ今はそれが何か分からなくても良いわ。でもそれの能力には気づいてもらった方が良いでしょう。そのダンタリオンを通して誰か下の連中の事を見て見なさい。あなたの手と一緒にそれは動くから」


 誰か? 僕は、手を動かして球体の位置を調整し、僕を見上げてる生徒達の先頭にいたコン子に意識を集中してみた。


(何、カケルあれ。なんだかここからじゃ良く聞こえないけど、全裸のお姉さんと親しげに話してるなんて変態だわ。今日、帰る前に一回シメておかないとだめね)


「ひい! なんだこれ、もしかして今のはコン子の心の……」


 今、頭の中に直接コン子の声が聞こえた?


 ……ような気がした?


 いや、まさかとは思うが、確かにコン子の声だったし、下でしゃべった声が聞こえたにしてはあまりに近くでその声がした。


 もしかして本当に頭の中で声がした?


 いや、この目の前の女の人が僕の頭の中に直接話しかける能力を持っているのは知ってるけれど、なんでコン子の声が聞こえるの?


 これはいったいどういうことなのか?


 そう思って、僕は球体から女の人に視線を戻すが、彼女はにやりと笑って、


「まあまだ信用できないなら、別の人も見てみたら……」と。


 まあ確かに、一回だけだと何かの空耳の可能性もあるかなと思い、次はミクスさんに意識を集中してみる。


(カケル君。大丈夫かしら。なんか変な人に絡まれてしまって……)


 これも、ミクスさんの心の声?

 コン子に比べて当たり前の反応でほっとするが……


(……心配だけど、なんか困ってるカケル君って可愛い! もしかしてもうちょっとああ言う姿みたいかなって)


 なんか幾分ヤンデレ成分混じってるのが心にひっかかるような……

 でもこれは本当に心の声なのだろうか。


 念のため、シズコも見てみるか。


(なしてカケルの事コン子もミクスもじっとみでるのだべ。あっ、んだば二人は恋のらいばるだべが? コン子だばカケルのごとすぎでねって言てだのに……あどミクスがいつの間にながよくなってるんだべが……いや、今だば、んだなごとどうでもいいべった、負けられねべった。んだら、おらも見るど。じー……)

(訳注)「なんでカケルをコン子もミクスもじっと見てるのよ。あっ、これは二人は恋のライバルってこと? コン子はカケルの事好きじゃないって言ってたのに……それにミクスもいつの間にカケルと仲良くなっているのよ……いえ、今は、そんなことどうでもいいわ、負けられないわ。だから私も見つめなきゃ。じー……」


 ん?


 シズコ、なんでなまってるの。


 と言うか正直、なまりがひどくて、何言ってるのか今イチ分からないのだけれど……


 何か凄く恥ずかしい心の声を聞いてしまったようで……


 僕はあわてて視線を球体から外す。


「分かったかいカケル君、そのダンタリオンの力を」

「そりゃ、この球体を通すと相手の心が読めると言うのは何となく分かりましたが、いったいこれが、僕と何が関係あるのですか」

「あらあら……気づいているでしょ、自分がそれを出した事に」


「えっ……ああ、あの業羅の心が分かったように思えた時に目の前で光った球体が……」

「そう、それはあなたが出した物よ」


「僕が? なんで? と言うかこれは?」

「君には力があるのよ。こんなダンタリオンなんてほんの手始めに過ぎない様々な力が」

「僕の力? 何をいわれているのかさっぱりわからないんですが」


「分からなくても良いわ。でもあなたは合格したのよ。私達の行った試験にね、カケル君……君はもう準備ができていた」


「準備?」

「そう準備……」


 ——我々、サマー・オブ・ヘイトの仲間として向かえ入れるためのね……


 サマー・オブ・ヘイト?

 聞いた事の無い名前だった。

 業羅関係の事を逐一僕に叩き込んでくれた父さんからも聞いた事の無い名前。


 それは。


「ねえカケル君。あなたはこうは思わない?」

「こう、ってなんですか」


「……間違ってるって」

「間違ってるって何がですか」


「この世界よ」

「この世界?」

「この業羅が出て、暴れまくるこの世界よ。いくら退散させても、退散させても業羅が生み出される——悩みに満ちた人々の集うこの世界よ」


 女は、僕を試すような、表情になる。

 僕は慎重に、


「この世界が、間違っているかどうかは僕にはわかりませんが……そんな世界ならどうだって言うんですか」と答える。


 すると女は、

「終わらしちゃった方が良いとは思わない?」と。


「終わらす? この世界をですか?」

 女は首肯する。


 僕は冷酷で、しかし何処か悲しそうな顔をしたその女の顔を見つめた。

「カケル君、あなたは選ばないといけないわ」

「何をですか」

「私達と一緒にこの世界を変えるか、それともこんなつまらない人間どもを守って一生を終えるかをよ」


「つまらない……何を言ってるんですか、人間どもって、そんな上から目線で、じゃああなたは何者なんですか」

「もちろん、人間を越える物よ。そして……」


 女は一度言葉を止めて、僕を見てにやりと笑った。

 それは、妖艶で、しかし厳粛な微笑み。


 僕は不思議な気分になっていた。まるで、運命の女神に神託でも告げられるかのような、怖れしかし何事かが明らかにされるのを期待する気持ち……


 ——静寂。


 僕は息を呑込んで女の次の言葉を待つ。

 女は言う。


「あなたは私達の……」


 僕はまた息を飲み緊張して、次にの言葉を待った。

 その言葉から僕は逃げたかった。

 しかしその言葉は「またしても」僕に追いついてくる。

 僕は次の言葉を「覚えて」いた。

 僕はその言葉が自分の喉を駆け上がって来ているのに気づいていた。

 僕はそれをなんとか呑込んでしまおうと思った。

 しかしできなかった。

 その言葉は僕の口から放たれようとしていた。


「僕は君たちの……」


 僕の言葉は女の声と一緒にこの静寂に響き渡る。

 それは……


「「……王」」と。


 女の高笑いが、空に響いていた。

 それに向かい、

「違う!」と僕は叫んでいた。「いや、意味が分からないよ……なんで僕はこんな事を言っているんだ。王? 何を言ってるんだ、わけが……」

 女は高笑いを止めて言う、

「高見カケル、今は良いのよ——その意味は、今のあなたは分からなくても良いのよ。しかし……いずれ分かる。お前は我々の仲間として共にこの世界を終わらせる時が来る。人の心も姿も捨てて、我々と共に進み出す時が……」と。


 違う!


 と、また、僕は叫ぼうとしたが、それは声にならなかった。


 僕はうつむいて、コンソールに手をついて。

 込み上げて来る吐き気のような物と戦った。


 いや、僕には分かっていたのだった。

 違わないのだと。

 これは何度も何度も起きた事なのだと。


 僕は思い出していた。

 何度も何度も繰り返したこのシーンを……


 でも、

 今度こそ、

 僕は……

 いや、

 なんだこれ。

 意味が分からないけど……


 僕は……


「では、高見カケル。私は今日はこの辺で帰る事にするのだけれど……最後に置き土産を残して行くことにするわ」


 僕はその言葉に我に返り、頭を上げ、女の姿を見る。


 女に身体を今まで以上の光をまとい、それを徐々に膨張させていた。


「あなたをめちゃくちゃにしてあげる。いい? 私に対する憎しみと恨みで、我を忘れさせてあげるわ。いいこと、私を憎しみ抜きなさい。憎しみ抜いて、四六時中、寝てる間も私の事を考えて、憎しみで心を埋め尽くして、人の心をどこかに押しやってしまいなさい」


 女は光を身体の前面に集中させ、それを校庭の生徒達の方に向けていた。


「何を……まさか……止めろ」

「止めないわよ。あなたの今の仲間達を、一瞬で皆殺しにしてあげる。憎しみで我を忘れさせてあげる。でも、きっと感謝する時が来るわよ、それが第一歩なの。カケル君、あなたがこんなつまらない人間どもの感情に惑わされずに大義をなす日が来る時に——人の心等と言う小さな物に捕われなくなる日には——この日の私を認めてくれる日が来るでしょう。私達の仲間——いえ、王として!」


「おい……やめろ! やめてくれ」と僕は叫ぶ。


 女の光はますます膨らみ発射の準備を整えていた。

 光はますます輝き、

 まさに発射されようとする、

 その瞬間、


「やらせるかぁああ!!」


 叫んだのは、僕ではなく、ランさんだった。

 いつの間にかよろよろと立ち上がり、DJコンソール横の銃座を掴み——女に向かって、パラダイスロフトの持つありったけのバルカン砲を叩き込んでいた。


 ——それは女の動きを一瞬止めた。


 女は一旦その向きを変え、パラダイスロフトの方に向いた。

 そして、


「あんた、まだくたばってなかったの——しぶといわね」と。


 ランさんは渾身の力を振り絞って引き金を引いているようだ。

 しかし、撃ち込まれた銃弾は女にあたる前に、すべて光に触れると蒸発してしまう。


「無駄よ、無駄。そんな物では私は傷つくどころかかゆみさえ感じないわよ。だから……では……カケル君、ジ・エンドよ。今日はこれで終わり。あなたの大切な人達が死に、私に復讐しようと乞い焦がれたあなたとまた会う日を楽しみにしているわ」


 確かに無駄であった。

 女は打ち込まれる銃弾の事などまるで気にしていないかのように、また、ますます光り輝き……その光に狙われた生徒達は猛獣に狙われた小動物ででもあるかのように恐怖に固まる。


 ジ・エンド。


 もう終わりなのか。

 本当に何もなす術はないのか。


 このまま学校の仲間達は殺されてしまうのか。

 僕は何か方法は無いのかと、もう一度僕は女の方を見つめる。


 何か、

 何か無いかと願いながら、


 ——すると、


 女の後方、森の中から、高速で何か銀色の小さな細長いものが飛んで来るのが——その瞬間見えた。


 ランさんの稼いでくれた「一瞬」が作り出した、

 その間に飛んで来た、


 ——それはまるで「覚え」のない物だった。


 いままでのこの場にずっとあった、重苦しい既視感からはずれた、まるで想定外に思えるもの。

 それは世界を変えるもの——


 意味も分からずに、僕の心の中に浮かんだ言葉……

 一筋の希望。

 そう希望だ。


 それは、僕の運命を打ち破る。


 それは空を飛ぶ——小さな一筋の、希望。


 僕の運命を切り裂いて変えてくれる、小さなしかし確実の、僕の捕われた運命を越え、その空を飛ぶ、微かな希望。


 ——何だろうあれは?


 銀色の小さな、それは、何か禍々しい白い霧のような物を纏いながら、どんどんと女の背中に近づいてきていた。

 それは空を、世界を、運命を切り裂きながら飛んでいるように感じられた。


 僕は願う。

 僕はすべての願いを集中して見つめる。

 その物体に。


 その瞬間に。

 そして、僕の願いはその物体とともに、女の背中に向かい飛び続け……


 女はまさに光を生徒達に向かって発射しようとしたその瞬間……


 グサり!


「これで……終わっ……えっ、あれ?」


 背中に銀色の何か、小さく細長い物がささり、女はバランスを崩した。

 何か間抜けなプシューとでも言うような音が聞こえたような気がした。


 女は、刺さった場所から光を吹き出しながら、まるで穴があいた風船が、ぐるぐると回って飛び去って行くかのような様子。

 そして、その勢いのまま、校舎を越えて、その先へ。


 女は、完全に制御をくずし、刺さった瞬間に広がった霧の中につつまれ——その霧を棚引かせ——まるで彗星のような姿で空高く上がり——そして森の中に向かって落下するのだった。


 一瞬後、森の中から激しい爆発音がした。


 大きな火柱が上がり、爆煙が空高く舞った。


 呆然とその森を眺める僕。


 さらに、爆煙は高く上がり、だいぶ離れた校庭の僕らにも爆風が届き、僕はそれによろめく。

 そして、そのまま数十秒。

 爆発が収まり、辺りには静寂。


 そのまま呆然と立ちすくむ僕に……


 ほっとしたような、気が抜けたようなため息が聞こえた。


 ランさんがこっちを見ていた。

 そしてそれを見た、僕もついため息をつき、


 互いに見つめ合うと、

 ——微笑み合うのであった。


 終わったのか?


 何が起きているのかは良く分からなかった。

 最後の、飛んで来た細長い物も含め、わけの分からない事だらけだった。


 あの女の言った事、その目的。

 僕が仲間?


 何故そんな言葉が僕の口から出た?

 その後の既視感は何?


 女の言っていたサマー・オブ・ヘイトって組織は何?

 いや、それよりも、なによりも、


 ……僕が王?


 何を言われているのかさっぱり分からなかった。

 でも今日の出来事は、何か僕の人生を根本から変えてしまいそうな様子だった。

 分からない事だらけであったが、

 ……なにか全て分かっている事でもあるような……既視感。


 そしてその既視感を切り裂いた最後の銀色の希望?


 まったくわけが分からない。


 わけが分からないままなんだけど……


 少なくとも今日の所は、

「終わったのかな?」と続けて僕。

 ランさんは笑いながら、

「そうね」と言うと空を指差す。


 ——ウェブレイドの援軍だった。パラダイスロフトが3台空から急降下して来る所だった。


 着陸する前に中からパワードスーツを着た十数人が飛び出て来て半分は、そのまま地上に降りて生徒達と学校を守る用に取り囲んだ。


 もう半分は森へ向かって飛ぶ——多分あの女の人を捜しているのだろうけど……あの爆発の中で生き残っているとはとても思えないのだけど……しかしもし生き残っていたにしても、


 ともかく、

「これで安心よ……」と言いながらランさんは意識を失いながら、僕にまた倒れ込む。


 いやウェブレイドがこれだけ集まったならあの女の人とはいえども手出しは難しいだろう。つまり、僕らはやっと平穏を、今、取り戻したのだった。僕らはひとまずはこの学校の生徒達を守り抜いたのだった。


 業羅と、そしてあの謎の敵はやっとこの場から消え去ったのだった。


 ——そう思うと、ずっと張りつめていた僕の緊張が解ける。


 倒れかかって来たランさんを支えなければと思いつつ、なんか一気に僕も身体から力が抜けてきて……

 何時の間にか気が遠くなり…


 そして暗闇。


  *


 空中でささった銀色の物体に吹き飛ばされた女は、そのまま数キロ先の森の中に落下した。

 その瞬間、女からは、生徒達を皆殺しにするつもりで貯めていたエネルギーが解放され、二十メートル程のクレーターを作る程の爆発となった。


 もの凄い爆発であった。そこは、周囲数十メートルの木々のなぎ倒された、まるで隕石の落下した後ででもあるかのような惨状だった。


 そして、女はその爆発に巻き込まれたはずだった。

 地面がえぐれ、その周りの木々が消し飛び、燃え尽くしてしまう程のエネルギー。

 そんな中、生き残れる生物がいるとはとても思えなかった。


 そこは物体が、芥子粒になるまで粉砕されてしまうような爆発の中心部であった。


 しかし、

 ——女は生きているようだった。


 体中が焼け、傷だらけになりながらも、彼女は立ち上がり叫んだ。


「何なのよ……何が起きたのよ。ふざけんじゃないわ。誰が邪魔したのよ。——いえ、今はどうでも良いわ……すぐに戻って、あそこの連中は皆殺しにしてやるんだから」


 女は怒りに我を忘れた顔をしていた。

 女は身体を震わせて、その怒りに心を任せていた。

 女は、その怒りによりエネルギーを集中させ——身体が光る——またあの校舎へ帰ろうと、空に飛び立とうとしたのだが……


「何……力が入らない」


 女は、腰が抜けたような様子でまた地面にへたりこんだ。


「もしかして、これ?」


 女は自分の背中に刺さったパンダの飾りのついた銀色のカンザシを抜いた。


「何? こんな物がなぜ?」


 それはカケルの妹の舞のカンザシそのものであった。

 でも、なぜ舞のカンザシが空を飛び女に刺さる?

 そして無敵に見えた女が、そんな物で力が抜けて倒れてしまったのか。


「……私の急所に的確にこんな物を差し込むなんて……誰?」


 女はカンザシを持ったまま、腕を前に突き出して防御の姿勢を取る。


「——そこにいるんでしょでて来なさい」


 まだ炎のくすぶる、クレーターの先の森でガザゴソと言う音がして、中から二人の人物が現れた。一人はカンザシの持ち主、カケルの妹の舞と、もう一人は行方をくらましていたカケルの父のキョウであった。


「……何、お前達! キョウと、カケルの妹か」


 油断の無い表情で舞を見つめながら女は言う。


「ほう、キョウはともかく、妾のことも知っとるようじゃの」とやけに古風な言葉遣いで舞。

「なによ、あたりまえじゃない、それぐらい作戦の前に調べてるわよ——舞だったわね、あんたの名前、『中学三年のか弱き乙女、警戒の必要なし』と資料には書いてあったけど」女は身体を更に、鋭角に、半身の姿勢にして戦闘態勢を取りながら「でも——あなた見たままの人物ではなさそうね」と。


 外見は単なる可愛い中学生にしか見えない舞の目の奥から発するただならぬ雰囲気に、女は、目の前の少女がただ者では無い事に気づいていた。


「もしかして……お前も、キメラなの」


 女はますます警戒し、今にも飛びかからんばかりの姿勢になりながら言う。

 しかし、その女の言葉を聞くと、舞は突然笑い出す。


「ホホホホ、面白い事を言う女よのう、なあキョウよ」


 キョウは俺にふるなと言う顔をする。

 舞はキョウのその困った顔を見てにやりとしながら、


「人間と業羅の不完全な融合体であるキメラなどと比べられて妾は心外じゃわ。この不届きものには、もっとおのれの分とやらを思い知らしめてやらないといけないんじゃないのかの——なあキョウよ」と。

「だから俺に許可や、同意を求めてこないでくれって」とさらに嫌そうにキョウ。


「なんだい……キョウの命令でこの乳女が同人誌のように陵辱されたと言う事実をつくって噂にしてやろうと思ったのじゃがの。のりが悪いなおのれ」

「そんな語尾だけではめられて事実無根の噂流されたくはねえよ」


 完全に女を無視して話し始める二人に、女は一瞬ぼうっとなるが、

 すぐに、

「——おいちょっと待て」と言う。


「なんだ、どんな種類の同人誌みたいにされるのか心配になったのかの」と舞。

「——そんなわけないでしょ。お前ら私を甘く見過ぎじゃないのかい。私の力をふさぐ妙な技はもっているようだけど、もうこれは抜いたので」女は手に光を集中させ、持っていたカンザシを焼き尽くす。「……私の力は戻ってるのよ。もう虚をつかれるような油断はしないわよ」


 女は更に全身を発光させながら、二人を猛獣のような目つきで睨む。

 しかしキョウは全く緊張感の無い目つきで、早く終わってくれないかなとでも言うように、明後日の方向を眺めてならない口笛を吹いていた。


 そして舞は——

 怒りに満ちた目で女の事を睨みつけていた。


「なによ、あんた、そんな目で睨んだって怖くもないわよ」


 女は更に全身を輝かせ、二人に今にも飛びかかろうとしている所だった。

 舞はそんな女に向かって、


「おぬし、もしかして『同人誌』なんて我らの冗談を真に受けたのかえ。本当は、今日は単に妾達の記憶無くして帰してやろうとだけ思っていたのじゃけど……しかし、お前は、今、壊しては行けない物をこわしたのじゃ——どうやら、本気でエロ同人誌みたいな目にあいたいようじゃの」と。


 キョウは、ああエロって言っちゃった、と言った表情。


「あれ、もしかしてこのカンザシ?」

「それは小学校のとき修学旅行に行った兄様からもらった物じゃ。それをおぬしは……」


 女はそれを聞いてぷっと笑いを漏らす。


「何それ——こんな安物。そんな大事な物だったの……あらあらそれは失礼をしたわ。ごめんなさいね、何、誰にでも過失はあるものだから、許してよ」

「ごめんですんだら警察いらぬ。謝罪で恨みが消えるなら、この世に業羅も現れんわい」

「何よ、それ、へんな脅かししたって止まらないわよ。まあぶっちゃけあなたの恨みなんてどうでも良いので……それよりも……カンザシがなくなった事よりも……自分達の心配をしたらどうなの。あんた達の命を……あら?」


 女は自分の言葉にああそうかと言った表情になる。


「そうね、そうだわ、今日はカケル君の同窓生殺して彼を絶望の底に落とそうと思ったのだけれど、考えてみれば肉親二人が死んでも効果がありそうね。あの子私を恨むでしょうね。何よ、それ、良い考えだわ、むしろこっちの方が良かったんじゃと言うくらいの——何、あなた達、こんな良いタイミングで現れてくれてありがとうね」

「ふん、減らず口は妾を殺してからたたくが良い」

「ええ、是非そうさせていただくわ……それじゃ」


 女が動いた。


 舞も動いた。


 キョウがあくびをした。


 ——そしてその一瞬で全てが終わっていた。


 うつぶせに倒れ、女は気を失い、馬乗りになった舞により、その背中に腕をつっこまれている状態だった。


「なんじゃい口程にも無い」


 舞はつまらなそうに呟き、そして、気合いとともに、舞が背中から腕を取り出すと、その手には何かどろどろとした原形質の固まりのような物が握られていた。


「これがこの女のコアかいな、貧相なもんじゃの」

「ああ、お前から見たらなんでもそうだろ。これでもこいつはウェブレイドと互角にやり合うようなやつなんだ。自分の基準で何事も語るんじゃないよ——それより」

「それよりなんじゃい」

「それをどうする気だ」


 舞は手に握った固まりを見て、にやりと冷たい笑みを浮かべながら、

「そうじゃのう、このまま食らうて取り込んでみるか、それとも慰みにれん獄にでも放り込んでみるかいな」と。


 舞はさらに嬉しそうに笑う。

 しかしキョウはクスリともせずに、


「そしたらこの女はどうなる」と。

「もう本当は死んでる女じゃ。このコア無しでは、そのまま生き残ったにしても生きるしかばねじゃろうな」と舞。

「じゃあ、返せ」とキョウ。


「返せってこの女にか……良いが、どういうつもりじゃ、こいつはまた兄様を狙いにくるやもしれんぞ、いやもちろん最初はこいつに間諜を埋め込んでサマー・オブ・ヘイトの中を探ろうとしたのだが……それは別の方法でいいじゃろうて、こいつはどうも思い込みが強くて、扱いずらそうじゃし」とねだるような口調で舞。

 しかし、

「だめだ、こいつにだって生きる権利はある。こいつだって何もかもは本意じゃないんだ」と強い口調でキョウ。


 すると、

「絶対に?」とすねた口調で舞。

「絶対にだ」とキョウ。


「ちぇえ、つまんないの。せっかく久々に……人の命を弄べると思ったのに」

「舞!」


「……はいはい、そう言うのはもう止めましたよ。私はか弱い中学生の舞ちゃんですよ……そうじゃないと……」

「そうじゃないとなんだ?」


「兄様に可愛がってもらえないかもしれんでな」


 ふっ、と困ったような、でも微笑ましいような、そんな笑みをキョウが浮かべる。

 舞は、ふてくされながらも、女の背中に、手に持っていたコア、原形質の固まりのような物を押し戻す。

 そして、次に女の首筋の辺りを撫で、

「さあこれでこの森で私達とあった事は忘れましたよ、それじゃ続けて……」と言いながら、自分の口の中から長いムカデのような虫を取り出してそれを女の耳の中から入れる。


「これで間諜も仕込みおわったぞ、キョウよ。さてどうするかね……」

「……そろそろウェブレイドがここにやって来るだろう、その前に去るぞ」


「いやそうじゃなくてじゃの……」

「なんだ」


「しないのかの、同人誌のような陵……」


 ゴキつと言う音が鳴り——その後、森には、頭にたん瘤をつけた舞と、女を肩に乗せたまま走り去るキョウの姿があった。それは親子の走る姿と言うよりは、まるで、目的の為に一時共闘している仇敵ででもあるかのような、緊張感とよそよそしさにみちた様子であった。


   * 


 舞とキョウが走り去った直ぐ後、ウェブレイドのパワードスーツ部隊は、女の墜落してできたクレーターの場所へ到着した。

 しかし、部隊は、誰もいないその場を次の日の朝まで入念に調べていたが、そこには、結局何も発見できなかった。


 なので部隊は、あの女は爆発で消滅したか——もしくは考えにくいのであるが——すでにウェブレイドが日本の警察の協力のもと張り巡らせていた周囲十キロの監視網をかいくぐって逃亡しただろうと報告した。


 そして、報告がウェブレイド本部で対業羅用ビックデータ解析装置「ウェアハウス」により検討された結果、監視網を突破して女が逃亡できた確率は極めて僅少、よって当日中に、一旦は、女は消滅したと結論され現場の警戒態勢は解除される事となった。

 ただし一日の調査では漏れがある事を懸念して——続けて、イギリスより到着したウェブレイドの分析部隊の科学者達が、日本の自衛隊の協力を受けつつ現場を封鎖し、入念な現場分析を行うことになった。


 それは、現代科学の粋を集めたような、大規模で入念な物であった。

 しかし、それでも結局、何も発見できない。


 またそれ以上の事件が葉羽市に続く兆候も無い。よって、事件から調度一ヶ月たった6月の終わりに、調査の打ち切りとともに、この事件については一旦終了と言う事で正式にウェブレイド内で処理をされたのだった。


 ——もっとも、書類受理の決定をした、ウェブレイドの最高指導者であって、オリジネーターの一人 ラリーは、サインの後に立ち上がると窓辺に向かい呟くのであった。


「何もかも不明ってか? そんなわけないだろ、どうせキョウがからんで何か企んで、俺らがいいようにされてるんだろうが。全く、うちの連中は役立たず——いやあいつになら出し抜かれてもしょうがないんだがな」


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