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投資家奇譚   作者: d.f
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第ニ話

やってきた女の子はピンクと黒のチェックのスーツに、毛先をくるっと巻いたショートの金髪で、ジュリちゃんという名前だった。シャンパンで乾杯し、あいさつもそこそこに、

「今度ご飯行こうよ」と誘ってみた。すんなりOKしてくれたので、何を食べに行こうかと話していると、またその子もボーイから呼び出しがかかったので、僕はジュリちゃんを指名した。

「ちょっと待っててね、すぐ戻ってくるから」と紙のコースターをシャンパンのグラスの上に乗っけて、彼女は歩いて行った。

隣に目をやると、さっき、「過度なおさわりはおやめください」とボーイから注意を受けていた田原がソファーの背もたれにぐったりと寄りかかりながら、充血した眼でこっちを見ていた。

高校時代は自称「台東区の氷川きよし」だった田原は、黙っているとクリッとした大きな目が涼やかなのだが、羊を思わせるくせの強い前髪が脂で額にへばりつき、酒と肌荒れで顔を赤くしたそのときの姿はどう見てもただのくたびれたサラリーマンだった。

「なかなか楽しいもんだね!」と僕は明るく言った。

ジュリちゃんと新しい女の子がやってくると、

「バッファローゲーム!」と両手の人差し指で頭に角を生やし、田原は果敢にアタック。また同じおさわりの姿勢でその子と話し出した。

僕はその日、指名したジュリちゃんと連絡先を交換し、赤坂見附のKという老舗レストランに食事に行く約束をした。シャンパンを二本空け、三時間近くいた勘定は二十万円ほどだった。

夜中の一時に外に出た時には風が身を切るような寒さで、とにかくもう一軒どこかに入ろうということになった。田原がさっき名刺をもらっていた客引きに電話をして、二時までやっている店に連れて行ってもらった。

最初のお店の系列店だったらしいそのお店は、明らかに女の子のレベルが劣っていて、僕らは三十分くらいですぐに出た。

店を出ると、さっきの客引きが待っていて、

「メールありがとうございます!」と言ってきた。

「???」

となっていた僕らだが、どうやら田原が最初のお店でメアドを交換した女の子に、

「さっきはありがとう。また会いたい」とメールを送ったつもりが、客引きに送っていたらしい。田原は最後まで笑わしてくれる男だ!と僕らは大笑いしてタクシーでそれぞれ帰路についた。

 ジュリちゃんとはその後何回か同伴をしたが、嗜好がギャルっぽく、職歴八年のプロのキャバ嬢だった彼女とは縮まらない距離を感じ、僕の足はSから遠のいた。しかし、キャバクラでのマナーを一通り学習し、ひとりで臆することなくお店に入れるようになった僕は、いろいろな店に出入りするようになった。六本木だけでなく、上野のいくつかの形態の店をまわったり、銀座でも飲むようになった。

二月は百万円、三月は二百万円ほどカードの請求が来るようになっていたが、二月から空売りのポジションを取っていた僕の資産は三月末には千五百万円に増えていた。キャバクラに入ってから出るまでの二時間の間に相場が大きく動き、飲みながら四百万円稼いだときもあった。僕は通っているお店の女の子には自分が投資家とは明かさなかったが、もう来る気もないお店の女の子には含み益を見せて驚かせることもあった。僕は絶対的な自信を取り戻した。

そのとき、僕には彼女もいた。田原の主催する婚活パーティで知り合った女性で、歳は僕よりひとつ上の二十七。中堅の証券会社で営業をしていた。黒髪の長髪は前髪が長く、地味な印象だったが、大学のときに半年ほど付き合った子に似ていた。

僕は彼女を演劇に連れて行ったり、銀座の割烹で食事したりした。僕はそのときには度重なる同伴のおかげで六本木、恵比寿、銀座あたりのレストランにはけっこう詳しかったので、彼女をimpressするのは容易だった。

「優雅ですね」。いつも彼女はそう言った。僕は個人でIT系のクリエーターかなんかをやっていて、株にもちょいと手を出しているということになっていた。

しかし、僕の方はというと、彼女と話しているとdepressedなことが多かった。というのは、食事の間中彼女は、

「うちの支店長は体重が百キロ近くあるのに、最近になってようやく血圧を気にしだして、自転車で私たちの分のお弁当も買い出しに行ってくれるんです。それでわたしがからあげ弁当を食べてると、うらやましそうな顔をして自分はざるそば食べてるんです。だから一口あげましょうか?て聞いてあげるんです」

「それじゃ嫌がらせじゃないですか」てな感じで自分の勤務している北関東にある支店の話をあれこれするのだが、それがおもしろくない。同じような話が多すぎるし、なによりお客さんがからんでくると腹が立ってくることさえあった。たとえばこうだ。

「わたし、うちの支店の女性社員のなかでは営業成績がトップなんです。最近大口のお客さんも任せてもらえるようになったんですけど、そのうちの一人のお客さんが変な人で、いつも夕飯に行こうって誘ってくるんです。支店長に絶対行っちゃダメって止められてるんで行きませんけど」

ここまではいい。むしろ興味深い。

「お客さんに勧める銘柄は、支店長と営業マネージャーの人が決めるんです。もちろん本社からも情報提供はあるんですけど、ネットの掲示板とか大手の証券会社のレポートから判断したり、あとは支店長が外資の証券会社に友達がいるらしくて、その人から個人的に情報仕入れてきたりもするみたいです。わたしもチャート見たりして、この銘柄絶対来ますよ!て言うんです。お客さんに勧められるわけじゃないんですけど。でもこの前、わたしの言った銘柄、支店長の推奨銘柄よりもパフォーマンスよかったんですよ!だから、あーあ、て言ってやったんです」

「信用取引?それはわたしは営業できないんです。男性の営業の人でも限られた人しかやってないし……。信用取引って危険じゃないですか」

本人に悪気がないだけタチが悪い。僕はこういう話を聞いていると、他人事ながら、空恐ろしい気がした。僕には末端の社員から外部に流されるまで使い古された情報が有益なものとは思えなかったし、外資系証券会社の売り買い推奨というのは、自社の取引を有利に進めるために顧客や市場を誘導する目的で出されることがあると聞いたことがあったからだ。それに、ジム・ロジャーズが著書の中で、相場が上昇トレンドにあるときに大儲けしたことで自分に才能があると思い込んだ連中が、ひとたび恐慌が起きた時に皆ウォールストリートを去って行ったと書いてましたよ、と忠告してやりたくなったが、彼女はジム・ロジャーズという名前すら知らないんだろうなと思い、止めておいた。いまはアベノミクスでみんなが浮かれているかいいようなものの、上げ相場のあとには下げ相場が来るのは当然のことで、そんなときに信用取引を扱えずに買いの注文しか受けられない彼女は自分の営業成績を維持するためにどんな営業をかけるんだろうと考えたりもした。

デートをするようになって三週間目のある金曜日、僕は映画を観た後に彼女をホテルに連れて行った。彼女ははじめ、

「終電が……」とか言っていたけれど、汐留の高層ビルにある夜景の綺麗なバーでゆっくり飲んでいつの間にか終電を逃していたというexcuseを一緒に作ってやれば、彼女がホテルについてくるのはわかっていた。

レインボーブリッジと浜離宮が見える窓辺に彼女を誘い、付き合って二回目のキスをした。彼女を愛撫し、服を脱がせようとする僕に、

「結婚してくれるんですか?」と彼女は言った。僕は結婚なんてもちろん考えていなかった。

「わたし、遊ばれるのは嫌なんです」と彼女。婚活パーティで知り合ったという時点で、ある程度予想できる事態ではあった。

「まだ付き合いを深めて行かないとそれはわからないでしょ」と僕は食い下がったが、彼女はキスは許しても身体は触らせようとしない。結局、その晩僕らはベッドの端と端で別々に寝て、彼女は早朝ひとりで部屋から出て行った。こうして僕は初体験をまた逃した。

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