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君がくれた出逢い(1)




 雪が降りそうな日。分厚い雲に隠れた太陽は、その姿どころか光さえ失っているようだ。

 柔らかい暖かさはあるものの、静かな空気はこれからのイベントを盛り上げるだろうと花奈かなは予想していた。


 ホワイトクリスマス。

 だが、そのようなイベントに興味はない。

 イルミネーションよりも、星の瞬きの方が綺麗だ。高価なアクセサリーよりも、優しさが欲しい。豪華な料理を口にするなら、大切な人がいて欲しい。

 考えながら、花奈は夜が近いことをそこから見える街の様子で判断した。


 花奈は小高い丘の上に座っていた。風に吹かれてショートボブの髪がなびく。午前中に高校で行事があったため、制服にベージュのコートを羽織っただけの恰好。


 そこは学校や市街地からも遠いために、花奈だけが知っている場所。普段、入り口は閉じているのだが、土地の所有者が祖父だからと、勝手に入っていた。

 丘の上に一本。立派な桜の木があったが、今は季節はずれで花はない。


「そんなに楽しいかな、クリスマス」

「楽しいよ」


 あるはずのない人の声に驚き、花奈は振り返った。誰だと聞く前に、爽やかに微笑まれて言葉を失う。


「あ。おれ? 咲也さくや。同じ高校、同じ一年。知らない?」

「うん、知らない」


 はっきり言わないでよ、と咲也は笑う。

 よく見ればなかなか恰好いい人だった。校則違反をしたことのない花奈には、茶髪が少し気になる。

 歯を見せて笑う姿は子供っぽくて、可愛らしいとさえ思ってしまう。


「惚れた?」

「誰が」

「花奈ちゃんが」

「誰に」

「おれに!」

「帰れ!」


 思わず叫んでしまった花奈。それでもヘラヘラ笑っている咲也を無視して、疑問を口にした。


「なんで知ってるの?」

「なにを?」

「名前」

「誰の?」

「わたしの!!」


 このやり取り疲れるなとため息をつくと、咲也はペロッと舌を出して謝った。そして遠慮なく花奈の横に座った。


「知ってるよ。だって、同じクラスじゃん」

「そう、だっけ」


 クラスメイトの顔を思い浮かべるが、その中に彼はいない。派手な咲也を知らないとは思えない。

 どこの誰だと不審に思いながら顔を覗けば、はぐらかすようにそっぽを向いた。


「ごめん。同じクラスなのは嘘じゃない。ただ、不登校でさ」

「じゃあ、尚更。なんでわたしのこと、知ってたの?」


 それには答えなかった。だから、不登校の理由も聞けなくて疑問だけが残る。


「なにが悲しいの?」


 不意に咲也が聞いてきた。


「もしかして虐め?」

「ない」

「じゃあ、失恋?」

「違う」

「大切なものを失った?」


 咲也は冗談のつもりで言ったのだ。

 その証拠に笑ってる。楽しそうに笑っていて、花奈の中で抑えていた感情が溢れ出した。

 涙となって出てきたそれは止まらない。震える唇から出てきたのは、思った以上に低い声だった。


「人のことからかって、そんなに楽しい?」

「花奈ちゃん?」

「ふざけないでよ!!」


 立ち上がり、泣いてる姿を見られまいと空を見上げた。ついに降り出した雪が、花奈の涙を撫でていった。


「ごめん」

「犬が死んだの。大切なペットが、家族がっ」


 彼の息を呑む雰囲気を感じて、花奈はますます腹が立った。


「不登校のあなたにはわからないでしょうけど。部活のクリスマスパーティなんかに付き合わされて、大事でもない行事に……関係がギクシャクするのが嫌だから、無理やり参加したクリスマスパーティのせいでっ」

「花奈ちゃん」

「わたし、看取れなかった……ジャックはわたしを待っていたかもしれないのに。最期の時に、いてあげられなかった」


 さっき会ったばかりの男に何を話しているのだろうと思うが、言葉が止まらなかった。


「ジャックのいない日はなかったの。わたしが物心ついた時には一緒にいたんだから!」

「悪かった」

「あなたになにがわかるの! ずっとあった温もりがなかったのよ。玄関に首を向けたままで」


 思い出すと、今度は悲しくて涙が流れていく。頬を伝う涙が制服を濡らす。


「本当はもっと一緒にいたかったのよ。ジャックはもっと遊びたいって思ってた……きっと、きっと」


 ついに花奈は泣き崩れてしまう。咲也はそんな花奈に何をするでもなく、黙っていた。

 長い沈黙だった。ただ、花奈の泣く声だけが聞こえていた。


 どれくらいの時が経ったのだろうかと、花奈が顔を上げてみればすっかり辺りは暗くなっていた。街灯に明かりがつき、雪がキラキラと輝いていた。

 ようやく落ち着いた花奈は、もういなくなったのではないかと思うほど静かにしている咲也を振り返る。


 咲也は立ち上がって、桜の木にもたれて泣いていた。驚いて言おうとしていた言葉を忘れていた。


「なんで、あなたが泣いてるの?」

「だって花奈ちゃんが泣いてるから」


 つられて泣くなんて、なんて純粋な心を持った人なのか。花奈はとても信じられなかった。


「ごめん」

「謝ってばかり」

「違うんだよ。おれ、花奈ちゃんに……ジャックに恩返ししたかったから」

「え?」


 そう言って咲也は花奈の手を取って早足で歩き出した。引きずられるように花奈は咲也の後姿を追う。


「ちょっと、なんなの?」

「ごめん」

「謝るだけじゃ、わかんないから!」



 ***



 住宅街に入ったところで、咲也はやっと普通に歩き始めた。ただ、手は繋いだままだ。

 どこへ行くのか、何がしたいのかを問うが、彼は口を開かなかった。花奈は質問するのを諦めた。


 住宅街を少し外れたところに、小さな空き地がある。あまりに小さくて家を建てるのは難しい。

 春には花が咲き、夏は日陰になるから休むのに最適。秋にはどこからかやってきた枯葉が彩り、冬に雪が降れば最高の遊び場だ。ジャックのお気に入りの場所。


 何も言わずに彼は、そこで散歩を始めた。こんなに寒い中で咲いていたタンポポを見つけてはしゃいでみたり、空から降ってくる雪を見て笑ったり、白くなってきた葉っぱを触って喜んでいる。


 花奈がどうしたものかと困っていると、咲也はまた手を繋いできた。


「次、行こう」

「次?」


 公園に行ってははしゃぎ、商店街で美味しそうなお惣菜に惹かれ、温かい魚のフライにかぶりついて子供のように笑顔になる。


 いつの間にか花奈も嬉しくなっていて、ジャックを忘れたわけではないけれどとても楽しい時間だと思った。


「こうやってよく、散歩した」

「ん?」

「花奈ちゃんが好きなのは商店街で、おれが……いや。ジャックが好きなのはあの空き地」

「なんで? なんで、知ってるの」

「なんでかな。そう、つまりさ……」


 咲也は困ったように笑って、ぽつりぽつりと丁寧に言葉を紡いでいく。

 とても悲しくて、とても寂しくて、辛いことを彼は花奈に話してくれた。




長くなってしまったので、2話に分けました。

後半は次ページです。

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