三話・約束
「でも……」
口ごもってうつむくアヤネの顔を、シヅネは下から覗き込んだ。
困って不安そうな娘の顔に母の胸が痛むが、娘を思うからこそ譲れないことだった。
「約束。今日の夜の間、外にでない。いいね?」
念を押せば、アヤネはためらいがちに頷いた。
「ありがとうね、アヤネ」
ちいさな娘の頭を撫でると、アヤネは一瞬くすぐったそうに笑ったが、すぐに顔をそらした。
苦笑したシヅネは立ち上がるついでにアヤネを抱き上げた。
大人しく腕の中に納まったアヤネが、無言のままシズネの着物にしがみつく。
「わたし、おまつり、はじめてなのに」
ポツリ、と小さな口からこぼれた言葉に、胸の奥が締まる思いがした。
娘を、腕を軽く揺すって抱え直す。ふわり、とアヤネの髪からはお日さまのにおいがした。
「お母さんのワガママを許して頂戴ね」
「……おとなはわがままいわないもん」
「それが、言うのよ、本当はね。小さな子どもの前では格好悪いからあんまり言わないだけ」
「ふうん」
娘と言葉を交わしながら、ひとつ、ふたつと自分たちに村人たちの視線が戻ってきているのを感じる。
何気ない風をできるだけ出しながら早足で家に向かう。
だが、機嫌がなおりはじめたはずのアヤネの顔が、不意に曇る。
シヅネの足が止まった。
「……アヤネ?」
そっと揺すって促す。顔を上げたアヤネは不安そうで、水面に移る月のように、瞳が震えていた。
アヤネはギュッと大きな目をつむり、シヅネの肩に顔をうずめた。
「かあさん、おまつりがおわったら、かえってくるよね」
シヅネは息を忘れた。
そして、娘が幼いながらにナニカを感じ取ったのだと理解して、泣きたくなった。
「……もちろん。絶対、アヤネをひとりにしない」
若い母親は決意と願いを込めて、笑顔とともに娘に言った。