二話・〝祭〟直前
紅の扇が舞う。ひらりひらりと艶やかな蝶のように、風に舞う花びらのように。
母のシヅネの舞う姿は美しい。シヅネは娘のアヤネから見ても誰よりキレイな人だが、舞を始めると格別に人を惹きつける。
体重をまるで感じさせない、しなやかな足運び。美しくそろえた白い指先、流し目。シヅネの動きに合わせて流れる黒髪までもが、計算しつくされたように洗練されて、見る者の心をつかんで彼女が舞い終わるまで離さない。
シヅネの舞が終わると、ほう、と〝祭〟の準備をしていた者たちが感嘆のため息をついた。
広場の中心でシヅネが舞の練習を始めたときから、彼らの手は止まってしまっていた。
その場の誰よりも先に、アヤネは大好きな母に駆け寄った。
「かあさん、きれい! すごい!」
紅に白い桜の散る扇を閉じ、シズネは着物の懐に仕舞った。
「ありがとう、アヤネ」
柔らかな娘の髪をなでる。声をあげて笑うアヤネを見ると、改めて愛おしさがこみあげた。
少し前まで赤ちゃんだった気がするのに、アヤネはもう4歳だ。ふっくらとした頬や短い手足が年相応であどけないけれど、顔つきに少女らしさが現れている。
〝祭〟は今夜行われる。
黒いしめ縄やたくさんの派手な色の提灯が飾られるなど、村の中心にある広場の様子がすっかり〝祭〟のために整い、今は村人たちが最後の準備をしている。シヅネはアヤネを連れて、今夜に披露する舞の練習をする、という理由をつけて広場の様子を見に来た。
どこかに準備不足や誤りがないかと期待していたのだが、村長が厳格な人物であるためか、非の打ち所がない。
悔しいが、〝祭〟は滞りなく行われるだろう。
村を出る事が出来なかったシヅネは舞手として〝祭〟に出ることになった。
それをシヅネは受け入れた。
手を繋いで、母娘が暮らす土間と板の間しかない小さな家に向かう。
〝祭〟の準備で忙しい村人たちの視線が彼女たちから切れたのを見計らい、シヅネは立ち止まり、アヤネの前にしゃがんだ。幼いアヤネと視線を合わせて、小さなかわいい両手を、包み込んで握った。
「アヤネ、母さんと約束して」
「なあに?」
ふわ、と小首をかしげるアヤネ。
一方でシヅネは真剣そのもので、思いつめた雰囲気すらあった。
「今夜の〝祭〟が始まったら、絶対に家からでないこと」
「え……」
アヤネの顔が曇った。