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一話・シヅネ

 ねっとりと、蜘蛛くもの糸のように闇が重く体にまとわりつく。


 逃れようともがくほどに手足にからむ闇は質量を増していった。気づけば、シヅネは底のない暗くて冷たい沼にまれようとしていた。


(ああ、月が――……)


 暗い空のかなたにぼんやりと光を放つ星が一つ。

 そんなつもりはなかったけれど、こんなに離れてしまったのか。


 胸が痛くて、にじんだ涙が流れないよう、堪える。泣けない、泣いてはいけない。


 守らなければ。だけど、どうしたらいいの。

 アヤネ、わたくしのかわいい子。


 シズネの足首に太い縄のようなものが巻きつく。グイと引かれてシズネは沼に呑まれた。


 ゴボリ。

 最後の空気が吐き出され、シヅネの中に闇が流れ込む。


◇◇◇◆◆◆◆◆◇◇◇

 

「――ッ!!」


 夜半やはんにシヅネは目を開けた。


 今さっき見たばかりの悪夢のせいで心臓が早鐘はやがねを打っている。本当に窒息ちっそくしかけたように息が荒く、ふるえが止まらない。


 どうしてあんな夢を見たのか、理由は分かっている。


 シヅネとアヤネが身を寄せているこの村に、数日前、漆黒に塗られた矢が放たれた。

 村長の家の屋根に刺さったその矢は〝祭〟の合図だ。

 あれよあれよと村中で準備が進み、〝祭〟は明日の新月の夜に行われる。


 こんなことになるのなら、もっと早くに村を出ていくのだった。


 〝祭〟が行われると聞いて、シヅネは村を出ていこうとした。けれどシヅネが舞の名人だったことと幼いアヤネのことで、村を出ていくことを許されなかった。


 許可を願っても許されないならばひそかに出ていこうともした。だがことごとく見つかった。あんまり見つかるものだから、この数日はシヅネは村人たちに四六時中しろくじちゅう監視されているに違いない。


 他所よそから村に来た母娘の事情を知らなくても、本来閉鎖的な小さな村に住む人々は彼女たちが探られたくない事情を抱えていることくらい予想しているだろう。


 普通に付き合うには気さくで優しい人ばかりだが、今度の〝祭〟は特別だ。何が起きるのか知っている一部の村人なら、他の村人のために、素性の知らない親子を引き留めるくらいする。


 シヅネは隣で眠る小さな娘に体を寄せた。この子を守るために自分一人では力不足だった。


 それが無念で、悔しくて仕方がない。


 涙は流さなかった。けれどのどが固く詰まって、小さく引きつった声がれた。

 熱く潤んだ瞳が窓の格子の隙間に見上げた月は、糸のように細い三日月だった。

  

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