序章
不定期連載となります。
重めのお話ですが、ハッピーエンドをお約束します。どうぞよろしくおねがいします。
シャン、シャン、シャン――。
澄んだ鈴の音が近づいてくる。
アヤネは静かに閉ざしていた瞼を上げた。
彼女を囲うように立つ四本のヒノキの柱。その間には幾重にも白い紗がかかっている。一枚では向こうが透けて見えるほど繊細でうすい布だが、何枚も重なって今はぼんやりとろうそくの灯りが透けて見えるばかり。
何気なく顔を伏せると、結い上げた髪に差した簪が耳に心地よい音を奏でた。
漆黒のアヤネの髪を飾るその簪も、彼女の着ている金と銀と黒の糸で細やかな刺繍が施された着物も純白だ。
彼女の周囲には白い花びらが散らされていた。
甘くて涼やかな香りを放っている。
アヤネがそこに座った時、緊張がほぐれるようにと慣れた様子の年配の女性がまいてくれたものだ。確かに良い香りだと思うが、鈴の音が大きくなるにつれて早くなっていくアヤネの胸の鼓動を収めてはくれない。
両手を握っては開いて、深呼吸をして、心の中で真言を唱えてみた。
いつもなら落ち着くはずの心はそれでも静まってくれない。
シャン、シャン、シャン――。
何故ならば鈴が鳴るたびに心臓が止まりそうな気がするのだ。
すぐ近くまでやってきた鈴の音が、アヤネの座る部屋と紗の中に反響しているよう。
こんなに緊張して、胸がドキドキしているのは、生まれて初めてのことだった。
鈴の音が止まった。
知らず、ゴクリと息をのんでいた。紗の向こうで閉ざされていた戸が、静かに両側に開いていく。
ろうそくの頼りない灯りに慣れていた目にもやさしい、柔らかな金色の月光が入ってくる。
開いていく戸の向こうに、人影を認めてアヤネの胸が一際大きく高鳴る。
自分は変な顔をしていないだろうか、着つけてくれた女たちがそろって言ったように、本当にこの真っ白い――婚礼衣装は似合っているのだろうか。だって、彼がそう思ってくれなかったら何の価値もない。
特別な衣装を着ているのは彼も同じなのだろう。
月明かりを背にした逆光の中にいても、紗を透かしていつもより色鮮やかな装束が見えた。
「――アヤネ」
重なる薄い紗をかき分けた彼と、対面する。
服装を整え、男を増した様子の月牙と花嫁姿のアヤネはしばらく見つめ合った。
「……きれいだ」
ささやいた声に色気がにじんでいる。カッと頬に熱が上る。桃色に染まる彼女の頬にちいさな口づけをして、月牙は純白の花嫁を抱き上げた。
「行くぞ、みんなにアヤネを見せびらかさないと」
筋肉に覆われた広い胸とたくましい腕に体を預けて、アヤネは微笑んだ。
「この式のあと、わたしは……」
ん、と外に向かいながら月牙が頷く。
「ああ、式が終われば俺と……」
二人は笑顔を交わした。
花嫁が婿を待つために建てられた宮から出てきた二人を、盛大な拍手と野次が出迎えた。
次回から重くて暗めのお話になります。序章の二人に至るまでの子供時代から書いていきます。