七話 喧嘩を売られました
リリアナが首をかしげてこちらを見ている。
「リリアナぁ……おそいよぉ」
「間の抜けた声を出すな。薬を売ったり挨拶をしたりで少し手間取ったのだ」
僕は自分で立ち上がり、リリアナのところに歩み寄った。
「ま、待てよ! おい!」
すると、グラディスさんが僕に言った。
「お、お前、スーウェルさんとどういう関係なんだ!?」
そういえば、明らかにグラディスさんのほうが年上に見えるのになんでリリアナのことをさん付けで呼んでいるんだろう?
「どうって……?」
困ったので視線で助けを求めた。
「……私の連れだ」
そっけなくリリアナは答えた。
「つ、連れって……おいお前! なんでお前みたいな妙な女がスーウェルさんと一緒にいるんだ!」
「何でって……」
まさかバカ正直に召喚されましたなんて言えない。
「ていうか、僕は男だよ!」
何だか勘違いを利用しているような気がするけど、話をそらすにはちょうどよかった。
「お、男ぉ!?」
途端に、ギルドの中が騒めいた。
「ば、馬鹿な。あれで男だと!?」
「男の娘でスーウェルさんの連れって、いよいよもって何者だ!?」
「やべぇ、逆に萌えてきた!」
なんか不審な叫びも聞こえたような。
「はっ、ち、違う違う! なんでお前がスーウェルさんと知り合いなんだって話だ!」
グラディスさんは僕に向かっていった。
「その方はな! 若干十六歳ながらありとあらゆる超難度魔法を使いこなし、明金の魔法使いと呼ばれる天才魔法使いだ! 普段は迷いの森の奥に住んでいらしてるが、たまにこの村にいい薬をおろしに来てくれる方なんだ!」
「へぇ~」
「反応薄っ!」
そうは言われても、僕はリリアナのことやこの世界のことはあまりよく知らない。
だからリリアナがすごい魔法使いだったとしても、比べる基準が分からないのだ。
「リリアナって、すごい魔法使いだったの?」
「あいつらが勝手にすごいといっているだけだ。確かにほかに比べれば高い能力を持っているがな」
う~ん、これは肯定として受け取っていいのかな?
「そういえば恩人って言われてたけど?」
「この村は、私が薬を卸すようになってから発展しだして、ここを拠点にするギルドもできたくらいだからな」
へぇ~、なら恩人って言われてもうなずけるね。
「でも、リリアナはここを離れるんだよね? 大丈夫なの?」
「心配ない。私が売っていた薬は迷いの森にある素材で作れる。私がいなくても素材は冒険者が採ってくるし、問題なくこの村は発展するだろう」
「そんなっ!」
悲鳴を上げたのはグラディスさんだった。
「スーウェルさんがいなくなったらこの村はつぶれてしまいます!」
「いや、さっき言ったろう。私がいなくても薬は問題なく作れる」
「でも、この村にはスーウェルさんが必要なんです! お願いします! いかないでください!」
必死でグラディスさんが訴える。
そのうち他の人たちも口々に訴えだした。
「いかないでください!」
「スーウェルさんがいなくなったらこの村はおしまいです!」
「お願いします!」
みんなだいぶ必死だった。
「全く、どう蹴ったものかな」
リリアナはそれを見たというのにだいぶ物騒なことを言っていた。
「実は遅れた理由も似たようなものでな……村長に泣かれ土下座され大変だった。考えてもみろ、老いた村長が少女に土下座などいっそ笑えてくるぞ」
「そっちは何とかなったの?」
「何とかなったから今ここにいるんだろう」
「こっちはどうにかならない?」
「さあな、無視して行こうか」
「みなさん!」
そんな中、よくとおる声が響いた。
ギルド中の人々の声を貫くように響いた声。
ミリアさんの物だった。
「受付嬢か」
「知ってるの?」
「あいつは国から派遣された者だから、この場では中立だな。利用できるぞ」
聞けば、創立して間もないギルドには、国から彼女のような職員が派遣されるらしい。
しかも給料は少なめでいい(給料の七割を国が負担してくれるらしい)ので、重宝されているそうだ。
「そうだ! ミリアちゃん! あんたからも何とか言ってくれよ!」
そうだそうだと、声が上がる。
「いいえ、私はギルドの受付ですが、国から派遣された身なのでそれはできません。さらにスーウェルさんは冒険者ですらない以上、私がこのギルドの職員であったとしてもできません」
「そんな……」
口々に失望の声が上がる。
「で、でも、特産品の薬はどうしたら!?」
そう叫ぶ人もいたが
「あ、大丈夫だ。村長に薬のレシピは教えておいた。原料は自分で獲って来い」
リリアナがあっさりとそういい、いよいよ引き止める理由がなくなる。
ていうかリリアナしか作ってないのに特産品とか言っていいのかな。
「納得はしたか? ならもう行くぞ。カエデ、ついてこい」
リリアナは背を向けて、ギルドから出ていこうとする。
僕もそれに続こうとした。
「ま、待て!」
それを止めたのは、グラディスさんの呼び声だった。
「なんだ」
うざったそうに、リリアナが振り向く。
「い、いや、スーウェルさんじゃねえ、そっちのそいつだ!」
「カエデです」
僕はグラディスさんの名前を知っているし、あっちが知らないのは不便そうなので名乗っておいた。
「カエデとやら! お前にスーウェルさんを守れるだけの力があるのか!?」
「むっ」
守れるだけの力。
確かにそれは僕が欲しい物だ。
でも今は持っていない。少なくとも、リリアナよりは弱いと思う。
だからって僕も男だし遠回しでも弱いと言われるのは癪だった。
「私はこいつに守られる立場ではない。むしろ守る立場だ、お前がとやかくいうことじゃない」
リリアナがそう冷たくあしらう。
「大体どうやってそれを証明する? できもしないことを要求することは、ケチをつける事と同意義だぞ」
トドメといわんばかりにそう言った。
「……そうだ」
「?」
「カエデ! お前、俺と勝負しろ! 俺に勝ったら認めてやる!」
「「はぁ?」」
リリアナとハモった。
「認める……?」
「そうだ! お前がスーウェルさんの連れに相応しいかは決闘して俺に勝ったら認めてやる!」
「いや、お前に認める権限はないだろ」
にべもなく切り捨てたのはリリアナだった。
「大体お前は何様だ? さっきから聞いていればカエデにケチばかりつけおって、いい加減にしないと怒るぞ」
珍しく苛立ったような声を出している。
確かに、リリアナのいうことは間違ってない。
でも僕は
「……満足する?」
「は?」
「君に勝ったら、認めてくれる?」
「おい、カエデ」
僕のことを弱いって言ったグラディスさんの鼻を明かしてやりたいし、森でどのくらい強くなったか知りたかったのでこの決闘を受けることにした。
「ああ! 認めてやるよ!」
「うん、わかった」
「カエデ、受ける必要はないぞ。なにを勝手なことをしている」
「どうせ一泊するんでしょ? ならいいじゃない」
「……分かった、勝手にしろ。私は応援には来ないぞ」
「決まりだな! なら今から広場に……」
グ~~~
間抜けな音がした。
「ご、ごめん。今日お昼も食べてないんだ、明日でいい?」