六話 ギルドでの騒動
ギルドに入ると、まずは受付らしいカウンターに向かった。
(あの人に聞いたらわかるかな?)
思い切ってカウンターにいた美人で茶色い長い髪を肩から流したお姉さんに話しかけてみた。
「あの、登録したいんですけど」
「はい、どこに所属するかはお決まりですか?」
お姉さんは、初対面の僕にも笑顔で接してくれたので僕は安心できた。(いや、それが仕事なんだろうけど)
「いえ、一応無所属で登録だけ……」
「わかりました。では、書類を作成いたしますのでこちらへどうぞ」
お姉さんに促されるまま、僕は別のカウンターに座った。
「では、こちらの書類に必要事項をご記入ください。太線で囲まれているところですね」
「え?」
(そ、そういえば僕は字の読み書きができないじゃないか!)
書いてある(らしい)文字は全てグニャグニャとした訳の分からない物に見えた。
「あの、失礼ですが文字は?」
「……書けません」
何だか恥ずかしくなって俯いてしまった。
「かまいませんよ。そういう方も多いので、大丈夫です。では、代筆いたしますので質問にお答えください。……あ、申し遅れました。私、今回担当させていただきます、ミリア・アースキンと申します」
お姉さん……ミリアさんがそう言ってくれたので、素直に甘えることにした。
名前や、使う武器や、得意な魔法などの冒険者には必要そうなことを主に聞かれた。
「スリーサイズを上からお願いします」
「え?」
「防具を作成するときに必要ですよ?」
「いえ、あの、僕は男なんですけど」
「え?」
「え?」
……ま、まあこんなことがあっても順調に僕は答えて行った。
「では最後に、お歳はいくつですか?」
「16です」
「そうですか……」
僕の年齢を聞くと、ミリアさんは黙り込んでしまった。
「あの……?」
「申し訳ありません。法律で16~18歳の方は登録には身元保証人というのが必要なのです。ギルドの最低登録可能年齢から成人するまでの間ですね……どなたかお知り合いに既に登録されている方はいらっしゃらないですか?」
「えっ?」
それを聞いて僕は困ってしまった。
この世界に来たばかりの僕には、そんな人いない。
「……いませんか、では残念ですが今回は……」
「リリアナ」
僕はあることを思い出した。
村に行く途中のことだ。
(そうそう、登録の時にお前の身元のことでひと悶着あるかもしれん。その時は私の名を使え)
リリアナからそういわれていたのを思い出したのだ。
「リリアナ・スーウェルが、僕の身元保証人です」
「…………え?」
怪訝な顔で、ミリアさんはそう聞き返してきた。
「それは本当ですか?」
「え? は、はい」
「そうですか」
何やら難しい顔で考え込んでしまっている。
「……失礼ですが、ご本人は今ご一緒ですか?」
「え~っと、今は居ないです。けど、登録した後ここで待つように言われました」
「それは今日ですか?」
「はい」
そういうと、ミリアさんは立ち上がって
「では、その方がいらしたらまたお尋ねください。書類は保存しておきますので」
そう言い残してもと居たカウンターに戻ってしまった。
(やっぱり、若すぎる人とか怪しい人を入れるわけにはいかないのかな)
それ以上どうしようもなく、僕はそこを離れてテーブルの一つに腰かけた。
大荷物を抱えたまま立っていたら、邪魔になると思ったからだ。
(リリアナ、早く来ないかな~)
そういえばまだお昼を食べていなかった。
この村で調達するつもりだったのか、リリアナは荷物に一か月と今日の朝の分までの食料を入れていた。
つまり、今はないわけで。
ぐ~~
(おなか減ったな……)
すきっ腹を抱えたまま、僕はリリアナを待った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
夜になってしまった。
(リリアナ……)
だんだんと、ギルドには仕事を終えたらしい人が増えて行った。
知らない場所の、知らない建物で、おなかもすいて、一人ぼっちで、何だか僕は心細くなってしまった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ミリアさん、依頼終わったぜ」
「お疲れ様でした、グラディスさん」
一人の男がカウンターにいた。
緑色の髪を短く乱雑に切り、大きな両手剣を背負った男。
ロズベリアを拠点とするギルド迷宮森の案内人の新鋭グラディス・マクネドルだった。
「毎回大変ですね」
「いや何、この村には俺たちみたいな者が必要なんだ。それに、故郷の村を守るのは当然だしな」
彼は16歳でギルドに加盟して、たった4年でDランクまで成り上がった所謂期待の新人だった。
「それに、いつか成り上がって、あの人とコンビを組むんだ! このくらい当然だって!」
「はいはい、そうですか」
彼がこう語るのはもはや口癖と化しているので、ミリアも軽くスルーする。
「……ところでよ、あそこでしょぼくれてるのは何だ? 黒髪黒眼な上に見たことねぇ顔だが」
彼はそう言って、うなだれている黒髪の少年―――もちろんカエデだ―――を指さした。
「あの子ですか? 今日登録しに来たんですけど、16歳で……」
「ああ、歳が届かなかったのか」
冒険者という職業は、人々の憧れになる場合が多い。早く自分も冒険者になりたいという血気にはやる若者が年齢の規定を知らずに登録できないというのは、割とよくある話だった。
「いえ、身元保証人はいるらしいんですけどそれが……」
「なんだよ、教えてくれよ」
ミリアは迷っていた。
いかに期待の新人とは言え、こんなことをホイホイ教えても良いのだろうか。
しかし教えなければ聞き出すまでしつこいかもしれないし、そうしたら受け付けの業務に支障が出る。
「……誰にも言わないで下さいよ?」
そう前置きして、彼女はグラディスに耳打ちをした。
「その保証人というのがですね……リリアナ・スーウェルだっていうんですよ」
「リ、リリアナ・ウーウェムゴッ!?」
思わず大声で叫びそうになったのを、あわてて口をふさいで阻止したのはミリアだった。
「……リ、リリアナって、スーウェルさんのことか?」
「そう言いました、あの子は本人がここに来るっていうので待ってるんですけど、来なくて……」
「そっか……? 嘘をついて、引くに引けなくなってるだけじゃねぇか?」
「そうかもしれませんね……あ、そろそろどいてもらってもいいですか?」
見ると、グラディスの後ろには長蛇の列ができていた。
「お、おう。すまねぇ」
彼は受付を離れた。
「……んにしても、ふざけやがって」
彼は、怒りを覚えていた。
恩のある人の名を勝手に利用している輩に。
憧れの人のコンビを、勝手に名乗る輩に。
自分の母親や、この村があの人のおかげでどれだけ発展したかも知らないで。
悪いことに、彼はDランクとは言えまだ若輩者で、血気にあふれ、故郷や村や恩人を守らんとする正義感や、ある種の使命感も持っていた。
彼は肩をいからせ、ずんずんと近づいて行った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「おい、お前」
リリアナが来なくてしょぼくれていると、不意に野太い声がかけられた。
「え……!?」
声の主を見ようとすると、いきなり胸ぐらをつかまれた。
「おい、お前。この村の恩人を利用するとかいい度胸してるな?」
何故かはわからないけど、僕をつかんだ人は怒りに顔をゆがませていた。
「恩人……?」
「スーウェルさんのことだ。お前なんかが利用していい人じゃないんだぞおい?」
男の人がそう言った途端、ギルド中からとげとげしい視線を浴びた。
「グ、グラディスさん! そんなことしちゃ……」
「うるさい! 黙っててくれ!」
ミリアさんが止めに入ってくれようとしたけど、男の人……グラディスさんに怒鳴られてひるんでしまった。
「ちょ、ちょっと……」
さして苦しくはないが、この剣呑なのはいけないと僕はつかんでいる腕を離そうとした。
なるべくなら穏便に済ませたいのだ、これからここに一泊するし。
「……!? 力はあるらしいな。けどよ……!」
グラディスさんは一度腕を離し、今度は右手でつかんできた。
今度はつかまれるだけじゃない、持ち上げられてしまう。
「いいか、よく覚えとけ。この村の恩人を利用しようとするようなやつはな……」
つかんだ腕を、より高く持ち上げる。
「女だろうと痛い目にあうってことをな!」
出来る限り穏便に対処しようと思ったけど、対応が遅れてしまった。
ダメージはないだろうが、この速さで頭から叩きつけられたらさすがに衝撃が来ると思う。
(うわ……っ!)
次に来る衝撃を覚悟して、僕は目をつむった。
ボムンッ!
「わぷっ」
予想に反して、柔らかい感触が僕を包んだ。
不思議に思って見ると、視界にきらきらした物が映った。
「雲……?」
それは、キラキラの粒を混ぜたような雲だった。
「な、何だこりゃ」
突然のことで、グラディスさんも、ギルド中の人もあっけにとられている。
その雲が消えたのも、突然のことだった。
「うわっ」
慌てて着地する。
「カエデ? そこで何をされている?」
少女の声が響いた。
僕をこの世界に呼んだ少女の声。
「リリアナ……」
リリアナが、ギルドの入り口に立っていた。
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