一話 チート能力とその上をいく魔女さん
……なにここ?
えー……っと? ふわっておえってしたらいきなり木の板にたたきつけられてるよ?
「おお、成功した」
女の子の声がする。
何とか手をついてみると節くれた木の杖を持った、絹糸みたいな金色の髪に紅玉みたいな綺麗な紅色の目をした女の子がいた。
『息をのむ』という体験をしたのは、初めてだった。
そのくらいに彼女はかわいらしい顔立ちをしていた。
ぷっくりとしていて桜色がうっすらと見える頬に、サクランボのような唇。ほっそりとしたあまり凹凸のない体を、今はローブが覆っている。
まるで職人が魂を込めて作った西洋人形のような、あるいは霧の奥に住む妖精さんのようなそんな幻想的な容姿だった。
「せ……成功? ……」
「うむ、私の作った異世界人召喚魔法だ」
足元を見ると、チョークでひかれたような難しい円形の図形があった。
「何……これ……」
「知りたいか? 異世界人。ならば教えてやろう。この魔法陣は神金剛を特殊な製法で粉にして魔力レベル6の魔石を混ぜた粘土と混ぜて作成したチョークを用いてディンの魔導書にある転移魔法とエルミヤの写本に記述されている時限の壁についての論理を私独自の解釈で……」
「ちょ! す、ストップ!」
何やら難しい説明をされてもわからないので僕は女の子の声を遮った。
「なんだね?」
「要するに何! 僕どうなってるの!?」
「要するにお前は異世界に召喚されたのだ」
「なんで!?」
「私の実験の対象となってしまったのだな」
「どうして!?」
「さあ? 異世界に召喚されても良い者は魔法陣自体が選択するように設定しているからな。お前の身内にかつて異世界に召喚されたことのある者はいたか?」
「いるわけないでしょ!」
「そうか? ……まあいい。いずれにせよ、お前は召喚されたのだ」
「そんな……」
なんて身勝手な……。
「帰れないのかな……」
絶望してそう呟くと、女の子が得意そうに言った。
「元の世界に帰る方法か? あれは理論だけ完成しているのが現状だな」
「え? 帰る方法あるの?」
びっくりした。こういう展開だと、帰る方法がないのがお約束な気がするのだが。
「当たり前だ。私が召喚だけしてあとは知らぬふりをするような魔女だとでも言いたいのかお前は」
ぶっちゃけそう思ってた……とは言わないほうがいいような気がする。
「でも、理論だけって?」
「召喚魔法と送還魔法はちがう。たとえるなら、手元に物を引き寄せるのと、遠くに物を投げるのはちがうのと同じだな。ゆえに、理論も使用する道具や魔法陣も違う」
「ふーん……え、じゃあ……?」
「今すぐ返すことはできん」
「そんな!」
「言ったろう? 理論だけはできていると。実行しようにも道具がないし、失敗を避けるために何度か実験もせねばならんのだ」
「うう~」
そんな…………すぐに帰れないなんて……。
「まあ、安心しろ。私はその辺にいる魔女とは違う。お前が本意か不本意かは別として、実験に協力してもらった礼くらいはいくつか用意してある。それも、すでに与えた」
「え?」
「ついてこい。教えてやる」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
僕が召喚されたのは森の中にある女の子……もとい魔女さんの家だったらしかった。
連れてこられたのは、その森の中に生えている巨木の一つ。
樹齢のことはよくわからないが、たぶん大人が六人か七人いてやっと囲めるくらいの大きさだと思う。
「うむ。これならちょうどよい」
そう魔女さんは独り言ちると、
「異世界人。ちょっとこれを殴ってみろ」
いきなりそう言った。
「殴る?」
「素手でだ」
「ちょ、ちょっと!?」
「さあ、早く」
「いや、ケガしちゃうよ!」
「しない、してもすぐに治してやるから」
さあ、さあ、と魔女さんは僕をせかした。
「でもなぁ……」
そんなことできるわけがないと思い、巨木を押す。
グラ……
巨木が揺れたような気がした。
「え?」
慌てて手を引っ込める。
グラ……
今度はこちら側に揺れてくる。
「わかったろう? お前には今この巨木を揺らすほどの剛力を持っている。さあ、殴ってみろ」
「う~ん……」
まだ半信半疑だったけど
「どうにでもなれ!」
さっきよりは怖くなかった。
ボゴオ!
力任せに打ち出された僕の拳は巨木にあたって振りぬかれた
「へ?」
ギギギギギギギギギギギギギギ
風穴の開いた巨木はそのまま僕のほうに倒れてくる。
「う、うわああああああああ!?」
怖くなった僕はとっさにうずくまり、両手を頭の上で交差してかばう。
ドスウウウウウウウウウウウウウウン!!!!!!!!!!
よくよく考えたらこの対応は間違いだ。
僕は倒れてくる巨木の重さで潰されてしまう。
それに気づいたのは巨木が倒れきった後だった。
「…………あれ?……」
不思議なことに、僕は生きていたのだ。
「ふむ、どうやら強化には成功しているらしいな」
魔女さんがそうつぶやいた。
「強化?」
「うむ、お前に与えた礼の一つだ。並の人間をはるかに超える身体性能。今のはその恩恵によるものだな」
「そうなんだ……あれ? でもいいの?」
「何がだ?」
「僕がどんな人かも知らないでそれをあげて……僕が君に反乱したり、乱暴したりしたらどうしようかは考えなかったの?」
「何だ、するのか?」
「いや、しないけど……」
「世の中上には上がある。例えば」
そういうと彼女は一瞬にして僕の目の前に現れて。
「わっ!?」
ボゴッ
僕の顎をかすめるように杖で打った。
意識が遠のいていく。
「私のようにな? しばらく寝ていろ……」
僕は地面に倒れ伏した。