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ゆりちゃんと浅野くん  作者: 侑日
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桜の頬紅

 セーラー服に憧れた。ママの出身校だった。

 これが、わたしの言い分。


 私立の中高一貫校、中の上くらいの偏差値。進学率もまあまあ。

 それが、ママの言い分。


 でも、どれだけ言い訳を並べ立てて統合しても、「病院の沿線にある学校だから」っていうのが、わたしとママの本音だった。


 ◆


 憧れたセーラー服に袖を通すのも、今日で一年と一日目。今日から中学二年生だ。入学式の日、スカーフの結び方がわからなくてママに結んでもらったのが、つい昨日のようでもあり、ずっと昔の懐かしい記憶のようでもあって、不思議。たった一年だけど、時が経ったんだなあ、なんて、改めて思う。

 寄りかかった桜の木から覗く生徒会室。高等部に上がって生徒会に入ると、いつでも窓からこの木が見れるんだよね。


「いいなあ。でもなあ……」


 窓の奥で忙しなく動き回る、顔つきも体つきも随分と大人に見える先輩たちの姿。俯いて見返す自分の弱くて小さな身体。尽きない憧れに、突き付けられる現実。

 昔に比べたらだいぶ身体は強くなった。走れるようにもなったし、授業も朝から全部しっかり出られるようになった。ちゃんと学校に通えるようになったら仲の良い友だちもできた。

 人間って本当に欲張りだなあ。何もできないときは唯一、元気に普通に生活できればそれで良いと思っていたはずなのに。いざ状況が変わると違うものに手を伸ばしたくなる。所謂「普通の生活」には、この我が儘な望みも含まれるだろうか。もしそうであってくれたなら、少しはわたしも赦されるかな。


「ゆりあちゃん何してるのー?」

「生徒会室見てたんでしょ! かっこいいよね!」

「あ、まいちゃん、あゆちゃん」

「桜すごいよ!」

「これ可愛いでしょー、作ったの!」

「すごーい!」

「まい、あゆこ! ゆりあも! こっちおいでよー!」

「すずちゃん! うん、行くー!」


 校舎裏だというのに日当たりのよいこの道は小さな桜並木のようで。吹き抜ける風と一緒に駆けると、ぶわっと花弁が舞った。くるっと回るとスカートが広がってパラソルのよう。桜と桜の合間を縫って、四つのパラソルが開いては閉じ、また開く。花弁が足に沿って浮き上がってはみんなが喜びの声を上げた。


「ほんとだー、すごいね! あっ、見て見て! 綺麗!」

「わあ!」


 散ってくる花弁をキャッチしようとジャンプしたり、拾った花弁に糸を通して冠を作ったり。みんながみんな、桜に魅せられてはしゃいでいる。わたしたちの視線を奪ったのは、校舎の窪みに風が吹き込んで、溜まった花弁が巻き上げられてできた渦。


「あはは、髪の毛ボサボサ!」

「頭に花弁乗ってるよー!」

「制服の中にも入っちゃった! 取ってー!」


 へえ、顔色良い。元気そーですね。


「え……?」


 みんなで全身にくっついた花弁を剥がしあっていると、不意に、風の吹いた方から声がして。振り返ると学ランを着た男の子三人組みが立っていた。彼らの手には一枚のプリントと筆記用具、それから学校のフロアガイド。持ち物からして校内オリエンテーリングか。ってことは一年生?


「……? え! も、もしかして!」

「お久しぶりです」


 だあれ? 友だちー? 一緒にいた子たちのザワザワ(こっちも、向こうも)の中、わたしは確かにこの目でその姿を認めた。

 少し背が伸びたのかな。日に当たると色素が抜けたように見える髪はそのまま。でも少し長くなった気もする。声は、ちょっと嗄れてる……?


「ゆう……あ、浅野くん?」

「どうもです、冬河先輩」


 一年ぶりに相対した彼の姿は、どこもかしこも小さな変化を起こしていて。「優馬くん」と、そう呼ぶにはどこかそぐわないような気がしてしまって。自分の口から出て来る呼び名はとても幼いように感じて。その目つきは昔から周りの子よりも大人びて見えたけれど、時間が経ったら一層その度合いを増したようで。

 咄嗟に口を突いて出たのは「浅野くん」。察してくれたのか、中学に入ってからはそう呼ぶと決めていたのか。わからないけれど。返ってきたのは「冬河先輩」だった。

 ああ、照れくさい。


 ◆


「これからまた帰り道一緒だね!」

「俺、部活やるからたぶん別」

「冷たい!」

「ま、部活ない日なら」

「いーもん、寂しくなんかないもん、友だちいるもん、友だちと帰るもん」

「めっちゃ拗ねてんじゃん」

「拗ねてない!」


 お互いがお互いに、「友だちです」と紹介して。小学校が同じだったこと、帰り道が一緒だったこと、わたしの小学校の卒業式以来一年ぶりに会ったこと。そんな情報を付け加えた。「久しぶりなら二人で話しておいでよ」と、何故かにやにやしながら送り出してくれたので、生徒会室前にある桜の木に二人で背中を預けた。

 相変わらずというか、浅野くんのペースは独特で振り回されてる感満載だけれど。でも、このやり取りが心地好かった。


「迎えに行きますよ」

「え?」

「放課後、教室に。HR終わったらすぐ」

「……! う、うん!」


 それから、火曜日は一緒に帰る日になった。


 わたしはとても感謝した。この桜の木に。たくさんの散った花弁に混じれば、熱の集まったこの頬も隠せるんじゃないかなって。

 いつかは、寄りかかるんじゃなくてこの木を特等席から眺めながら。こうやって一緒に話せる日が来るといいな。

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