表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゆりちゃんと浅野くん  作者: 侑日
3/8

両片想いGraduation

 あー あーあ。怠いなあ。


 乗り気のしない卒業式予行練習を終えて。まだ身を固くして、膨らみさえも見せない蕾を無数に付けた枝垂れ桜を窓の外に眺めながら、ガリガリと頭を掻いた。

 これで、三度目になる。あの人を送り出すのは。

 どうしてうちの高校の卒業式は桜の開花を待ってやらないんだろう。きっと薄紅色がほんの少し開いたぐらいで送りだした方がお互いの気持ち的にも良いし、そうしたら、僅かにでも時間に猶予ができると思うんだけど。

 そんなことをグダグダ言ったって仕方ないとは重々承知だけど。

 わかってる上でも悶々とするのはたぶん、今までとは同じ「卒業」でも、意味合いが違ってくるから。先輩と後輩という、ある種非対等な関係が取り払われる反面、同じ場所に所属している環境っていう要因で距離感を保つことができなくなる。学年が一つずれているのだから当然のことだし、小中の卒業だって同じといえば同じはずなのだけれど。高校のその先は違うような気がして。あの人のその卒業を受け入れきれていないから。

 女々しいなあ。こんなキャラだっけ、俺。


 あーもー、いーや。どうせ先輩の制服姿は明日で見納めになるだろうし、適当に理由つけて拝みに行こう。


 ◆


「失礼しまーす。冬河先輩は……ああ、居た居た」

「んー? おお、浅野くん。どしたの?」

「特に何も無いです。暇だったんで」

「わたしを暇つぶしに使うのやめよう?」

「いつものことじゃないですか」


 ああそんな、あからさまにむくれなくても。


 屈折して柔らかく射し込む日の光が会室のソファーを照らす。一階の奥まった場所に配置された生徒会室からは、学校で一番幹の太い桜を見上げることができた。日当たり良好で景色も一段と良いこの場所は、昔から生徒の羨望の的だったらしい。

 かつて、生徒会の特権を欲しいままにした天才型かつ面倒くさがりな改革会長と、日向に焦がれてソファーを独占した会長の幼馴染がいたとか。やんちゃなサボり常習犯がこの桜を昼寝に使ってて、午睡明けに枝から飛び降りたらその先に女子生徒がいて激突したとか――。

 この会室と桜には、語り継がれる幾つもの恋物語があって、それがまた生徒たちを引き寄せる。


 ま、うちの生徒会は活動的で実力重視。近辺の高校と違って高三が生徒会長を務める伝統もあってか、生徒からの支持と同時に成績だったりなんだりが必要条件だ。かと言って、必要十分条件にはなり得ない。狭き門だ。それも昔っからのことらしい。

 ヒュー、ちょー優秀。俺も、先輩も。


 っつーか、めっずらし。ポーニーテールしてるや。かーわい。


「しいて言うなら、」

「……ぁんですか」

「セーラー服姿を目に焼き付けておこうかなって」

「もう少しまともな理由は無かったのかな浅野くん」


 一通り生徒会で過ごした二年をナルシっぽく回想してからのこのやり取り。やっぱこの人との会話は楽しいなあ。


 君は頭良いのになんかこう、うん、残念だよね。普段はもっと頭の回転速いじゃないの、どうしてこういう時に微妙な回答が出て来るの、もったいない。素直っていうか率直っていうかほんとに。今回だって、生徒会室の掃除を手伝いに来たとか、明日の送辞と答辞の練習しましょうとかいろいろあったじゃない? わたしでも思いつくんだよ? 君だったらそれくらいぱぱっと浮かぶだろうに、敢えて態とそうやって答えたんでしょ……。頭が良い人はバカの振りができるっていうけど君は本当にそのパターンだよね! 才能の無駄遣いだよ! 勿体無いよ! 神さまって本当に不公平だよね! その賢さわたしにも分けてほしかったよ、ずるい!!

 ――……とか、思ってるんだろうなあ。


「ジャージなんすね」

「掃除中だったからね」

「目的が達成できなかった」

「残念だったね!」


 なんだその顔。先輩も先輩で大概阿呆だと思いますよ俺。今に始まったことじゃないけど。昔から表情コロコロ変えるよね。あたふたして危なっかしいけど、そういう人懐っこいところに支持が集まるよね、先輩は。ずるいとか言ってるけどそれもやっぱり天性だよ。会長業をやり遂げたんだし。俺みたいな実力行使じゃなくてできるってのはそっちの方がすごいんじゃない?

 くっそ、その顔腹立つわーw

 ちょっとむかついたから旋毛押しておこうと思う。


 ◆


「浅野くんはさ、何で会長に立候補したの?」


 結わいていた髪飾りを解くと長い髪をバサバサと肩に散らした。窓枠から桜を覗き込んで、卒業する前に聞いておきたかったのだと、そう言った。


「あー。何でですかね」

「え?」

「俺、会長って柄じゃないし、正直ちょっとめんどいし」

「本当に何で立候補したの……」

「……。気分で」

「おい、何だその間は」

「ま、気にしないでください」

「えー」

「「えー」じゃないの」

「浅野くんのけちー」

「はいはい」


 不服申し立てを! って感じだな。


 いや、まあ。気分で立候補するほど呑気じゃない。当選した後には山のように積み上がったタスクが待っているのはこの一年、先輩の横でずっと見てきたし、好き好んで会長職に手を出すわけがない。さっきも言ったけど、面倒くさいし。

 でも、譲れないんだよなあ。今年だけは。


「浅野くん、何かわからないことある?」

「特には」

「……うん」

「どうしたんです?」

「出来の良い後輩を持つと先輩は暇だな、って」


 この一年、ずっと一緒に仕事をしてきた。授業以外の大抵の時間は、文字通り”ずっと“。生徒会所属の期間を含めれば丸二年。会長も副会長も書記も役職以外の委員も、誰もがお互いの仕事を把握しているし、それを徹底させるほどにうちの会は一緒にいる時間が長い。生徒会を志願したのは、それが理由だった。

 高三になれば基本は引退。会に残るには会長を継ぐ以外に方法はない。冬河ゆりあという生徒の居た場所を、自分が在校中に明け渡すつもりはない。

 面倒だけど、意地だ。


 自分で言ってて何だけど。

 俺、気持ち悪いな。ストーカーまっしぐらじゃん。


「冬河先輩は何で生徒会に入ったんですか? すっごい今更ですけど」

「わたしは、うーん……き、気付いたらなってた……」


 さいですか。

 順当に会長まで成ったのに。

 よくやり遂げたもんだ。


 ◆


「ゆりちゃんが卒業ねえ……フッ」

「ちょっと! 何でそこで笑うの! ってかゆりちゃんって久しぶりに呼ばれた!」

「照れてるの?」

「違うよ!?」

「へえ、違うの? ”ゆりちゃん“?」

「やめ、やめて! 懐かしい! 恥ずかしい!」


 照れてるじゃん。

 でもほんと久しぶりに呼んだなー。

 呼んだ俺もちょっと違和感あるもん。いつ以来だろ、覚えてないかも。

 いつになったらお互いもとの呼び名に戻るのだろうか。まだ先な気がする。


「先輩、先輩」


 何か欲しいものはありませんか?


「? どうしたの? 急に」

「卒業祝い的な?」

「あー……うーんん……特には」

「ないんすか」

「ないんすよお」


 困った。

 最後くらいまともに後輩らしくちゃんと送りだそうと思っていたのだけれど。今までとは違う、「卒業」に対して自分なりにけじめをつけようと考えていたのだけれど。

 何もねーのかよ。


 欲しいものがないとか。


「先輩って、つまんない人っすね」

「なっ、そんな言い方しなくても!」

「先輩って、ちょーつまんないですね」

「二回も言わないでよ悲しくなってくるからああ!」


 冗談はさておき。本当に何もないのだろうか。


 腰掛けたソファーに日が斜めに射し込む。校舎裏を生徒が駆け抜けるたびに、桜の枝から伸びた影の形が幅広く引き伸ばされた。

 今日はもう、会室には誰も来ない。予行練習前に明日の準備は終わらせたし、解散命令が会長から出されている。期末試験を控えた一年二年生を思ってのことなのか、それとも、一人で最後の会室で物思いに耽りたかったのか。どっちもなんだろうけど、後者だったら俺、ものすごく邪魔ものだよね。たぶんそんなこと思ってないと思うけどさ。


「あ!」

「何かありました?」

「うん!」

「それは良かったです。何が欲しいですか?」

「浅野くん」

「はい」

「それ」

「?」


 第二ボタンください。


「……え?」

「あれ、駄目だった? 先約いた?」

「いや、いないし、別に良いんですけど……先輩、それちゃんと意味わかって言ってます?」


 は? え? 本気? 「馬鹿にしてんだろ!」とか怒ってるけどゆりちゃんならその可能性拭いきれないからね? っていうか、何言ってんの? 本気?(二回目) あーもー何それ予想してなかったよ不意打ち過ぎるんだけど! 何、俺のこと好きだったの? え、本当に意味わかって言ってる?(二回目) っつーか先約なんているわけないじゃん、心外なんだけど。鈍感かよ。口には出してなかったけど俺、自分で気持ち悪いって思うくらいにはゆりちゃんのこと好きだったんだけど、伝わってなかってこと? あ、いやでも伝わってたから第二ボタンとか言い出したのか。うん? あ、わかんなくなってきた。ちょっとどうすればいいのこれ意味わかんないんだけど。俺が意味わかんないんだけど(二回目)。意味わかんないんだけど!(三回目) っつーか落ち着け俺ええええ!!


 はあ。


 大丈夫、顔には出てない。ちょっと予期せぬ事実に思考回路がシャットダウンしかけただけ。大丈夫、ちゃんと今再起動できてるたぶん。


「本当に、それで良いんですか?」

「あの、恥ずかしいので、確認しないでいただけませんか……」

「フッ、かーわい」

「!?」

「取り消し、効かないですからね?」

「う、うん……」


 ◆


「普通、卒業する相手に強請るものな気がするんですけどね、第二ボタンって」

「だって、それ以外思いつかなかったんだもん……」


 何それ。デレ期か。正直か。

 これは思ってた以上に好いてくれてたってことで良いんだよね?


 膨れた右頬に左下を向いた目。言いたいことを我慢してるときとか、不機嫌って程じゃないけど理不尽を訴えてるときとかのサイン。あと、照れ隠しの。


 やっぱ、敵わないなあ。


「先輩」

「ん」

「これからも、よろしくお願いします」

「! えへへ、こちらこそ!」


 さようなら、片想い。初めまして、両想い

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ