彼の正義が嘘だということを私は知っている
R15と残酷な表現は薄いです。
彼は勇者で人々の救世主。
私は彼を小さい頃から見続けていた。彼が次は何をするかとか、好きなものは何なのかとか、嫌いなものとか。私は知っていた。
それは私が彼の幼なじみだからだ。何でも話せる兄妹のように彼と育ったから。
だけど、私はそんな彼に一つだけ言えなかったことがあった。
「おい、マオ。俺はこの村を出て行くことに決めた」
金髪碧眼の彼は私の家のドアを開け放ち、私の姿を見た瞬間にそう言い放った。
あぁ、ついにこの時がきたのか。そんな考えが私の中を占める。この時なんて無くなればいいのにと、何度も願ったのに願いは叶わない。
心の中を悟られないように、私は困ったように首を傾げた。
「どうして?」
「マオも知っているだろう?世界は暗黒で満ちている。それも全て魔王の仕業らしい」
向かい側の椅子に座り、彼は熱心に世界のことを話してくる。
要約するとこうだ。
この村は世界の端のその果てにある村であって、世界はまだ広い。この村では誰も見たことない素晴らしい景色が広がっている。
その世界を彼は見てみたかった。
だけど、世界は段々と魔王を筆頭にした魔族や魔物に穢されていっている。
透き通るほどの綺麗な水は黒く淀んで、鮮やかな花は枯れる。輝かしい太陽は闇に飲まれ、光をなくす。
彼はただ呆然と世界が終わる瞬間を見てられなくなった。自分が出来ることを探そうと、彼は思ったのだ。
「大変だよ?何かを成し遂げようとするのは…」
「分かっている。だけど、お前は俺がしようとすることに対して反対しないんだな」
「…当たり前だよ。アルファードがしたいなら、私に止める権利はないよ」
本音を言うと、今すぐ止めて、この村から一生出ないでと言いたい。だけど、彼は勇者になる男だ。結局は村を出て行ってしまうことは分かっている。
それなのに、どうやって止めろと言うのだろうか。
「私が行かないで言ったら、行かないでくれるの?」
「……それは」
「ほら、やっぱり行くんでしょ?なら、どうやって止めればいいの?私にはあなたを止めることが出来ない」
「マオ…」
向かい側から手が伸び、私の頬にその手を添えた。人より幾分か体温が低い私には、彼の手は温かくて気持ちがいい。
手のひらのぬくもりをもっと感じるようにすり寄れば、彼は目を一瞬だけ見開いたがすぐに優しい笑みを浮かべた。
「俺は数日後には村を出る」
「…うん」
「だから、だから…」
縋るように青い瞳が私を見つめる。
一時、お互いに見つめ合ったが、彼はこの先に続く言葉を飲み込み、頬から手を離した。
「…何でもない」
「…アルファード?」
「この先の言葉は俺が何かを成し遂げた時に言わせてくれ」
真剣な表情に私は頷くことしか出来なかった。
何事もなかったように彼はにっこりと笑う。
「ちょっと今から隣街まで行ってくるな」
「こんな時間に‥?」
「あぁ、どうしても今日欲しいものがあってな」
この村から隣街まで馬で一時間はかかる。今から行けば、日が暮れたころにしか帰ってはこれないだろう。
「気を付けて…」
「あぁ、行ってくる」
「うん」
彼は私の頭に手をポンと置いて、再度「行ってくる」と言った。
上を見上げながら、聞こえるか聞こえないかギリギリの小さい声で「行ってらっしゃい」と呟けば、声を出しながら彼は笑った。
「お前も気を付けろよな?」
コクリと頷く。
それを確認してから彼は家を出た。
彼が出て行ってからもうすぐ二時間が経つ。
すっかりと日は暮れ、夜は暗い。それに今日は新月。魔物が一番力をつける時だ。
私はふと気配を感じ、窓の方へと誘われるように近付く。備え付けてあったカーテンがひらりと風に揺れる。
「……時間なの?」
私の声に反応するようにカーテンは強くなびいた。
カーテンの向こう側に暗い、外よりも暗い影ができる。その影がカーテンを揺らすかのように風が吹いた。
めくりあがったカーテンの向こう側には何もない。ただ、闇が広がっているだけだ。
私は特に驚きもせず、後ろを振り向いた。部屋の中は灯りをともしているので明るいはずなのだが、今は外と同じくらい暗かった。
暗いはずなのに、私の目にはいつも通りに全てのものがはっきりと見えていた。 慣れ親しんだ部屋に一つだけある違和感の存在もはっきりと認識している。
「お迎えにあがりました」
長い綺麗な銀色の髪をうっとうしそうに耳にかけ、綺麗な礼をする見た目は20代後半ぐらいの美しすぎる男性。
そう、違和感の存在はこの男だ。男がこの部屋の中で異様なのだ。
「時間なんだ。もう、いかないといけないんだ…」
「そうです。なにせ、貴女は…」
男は次の言葉を言う前に、ゆっくりと息を吸った。
「魔王なのだから」
魔王。人間という弱者が造り上げた世界を壊そうとする者のトップ。
魔物や魔族は魔王の下に付き、世界を穢していった。
人と魔族が戦うことになった最大の元凶ーー魔王。その魔王として産まれてきたのが、私だ。
「さぁ、帰りましょう。本来、我らが居なければならないところに…貴女の家に」
男はそっと手を差し伸べた。その手を取るのに私は随時と迷った。
だけど、迷ったって仕方ない。結局はこの手を取る以外の選択肢なんて、存在しないのだから。
「お願いがあるの」
「私に叶えられるものならば、なんなりと」
「あなたにしか頼めない」
「はい」
一呼吸置いて、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「この村を消してほしい」
一瞬だけ男は驚いた表情を見せたが、すぐにいつもの無表情へと変わる。
深々と礼をして「御意に」とだけ言い放った。
勇者になる彼が帰ってくるまで、後少し。
私が七歳から十年間、育ってきた村は燃える炎に包まれていた。普段は人々の笑い声で賑わう村は、人々の悲鳴や木が燃える音、魔物が人を食らう残酷までの音が混じり合っている。
村を燃やす炎を操っているのは、この世の者とは思えないほど綺麗な男。
男は魔族だ。しかも、上級貴族のクラスのだ。
基本、魔族の階級は魔王を筆頭に、上中下の貴族が続き、その下に人から魔族になった者達が居る。力も上にいくほど強くなるものだ。
だが、魔王は違う。魔王が魔族の中で一番強かったのは初代の魔王だけだ。幾度も産まれる度に力は段々と弱まっていった。
ついに何の力も持たない魔王が産まれた。それが私だ。
私は人の世を穢せる力なんて持っていない。魔族と人の気配や雰囲気を感じやすいだけで、人と全く何も変わらない。
そんな私がなぜ魔王なのかが分からないが、魔族は分かるらしい。誰が魔王なのか、直感的に分かるらしい。
今、村を燃やし、人を魔物に襲わせている男は私が産まれてきた時からずっと私の側に居る。魔王、と言って私の側に居た。
「魔王様、あらかた片付きましたので帰りましょう」
「…そう、だね」
男は帰ることに重点を置いている。私が長く、人の世に居ることが気に食わないのだろう。
よく私が人として十年間暮らしていたことを許してくれたものだ。実際には、何度も迎えに来ていたのだが。
「さぁ、帰りましょう」
「うん」
差し伸べられた手を今度は迷いなく取る。
「マオッ!」
聞き覚えのある声が鼓膜を震えさせた。
ピクッと体が反応したことに男は気付き、手に力が込められる。
狼狽えるな、と自分自身に言い聞かせるために小さく息を吐いた。
「マオ…何が起きてるんだ?」
「魔物が村を襲ったの。もう、生き残りは居ない。あなたも見てきたんでしょ?」
「‥っっ」
ゆっくりと言葉を紡ぎながら振り返ったら、彼が悲惨な表情で拳を握り締めていた。
その表情に心が揺れたが、手を繋がられてる男の体温の冷たさに現実だと思い知らされた。
「マオ…お前が無事で…」
「触れるな」
彼が私に触れようとした瞬間、男は彼の手を掴み上げ、体ごと地面へと叩きつけられた。
「ごめん、アルファード。もう、終わりにしよう」
「…まお?」
「私はマオって言う名前ではないよ。だって、私は…」
出来るだけ非道に笑うんだ、冷酷ににっこりと笑って、彼に見せ付ける。
「私は魔王だから」
彼の表情は消え去り、ただ信じられないといった感じで首を振る。
そんな彼を見なかったふりして、男を見上げる。男はただ美しい笑みを浮かべたまま、私を見つめていた。
「行きましょう、魔王様」
無言で頷くと、男はマントで自身と私を包み込んだ。
次の瞬間には、もうここは燃える村ではなく、漆黒という言葉が似合う城の中に居た。
最後に見えた彼の泣きそうな顔が忘れられなかった。
私が人の世に初めて来たところは、あの村の近くにある森の中の神秘な泉だ。世界で一番、神秘なところだったので一度でいいから来てみたかったからだ。
その願いが叶ったのが七歳の時。そして、その泉で彼ーーアルファードと出会った。
泉と同じくらい神秘な雰囲気を醸し出している彼を一目見ただけで分かった。彼が将来、魔族の天敵となることが。
魔王が産まれると人の世で勇者と呼ばれる者が産まれる。その勇者になるのが彼だということが分かった。
彼は嘘偽りのない笑みで私に接してくれた。迷子だと思ったらしい。
『名前は何て言うの?』
出来るだけ優しく問いかけてくれるのは私とさほど年の差が離れてない彼だった。私は彼の優しさに嘘を付いた。とっさの考えだった。
魔族には人のように呼ぶ名がない。なので私は、マオウという名のウを抜かして、マオという名を名乗った。
それから私は両親がいない、育てる人もいないということになり、あの村で暮らすことになったんだ。十年間という期限付きで。
「魔王様、どうかなされたのですか?」
「ううん、少し昔を思い出して」
「そうですか。私も昔を思い出すことはありますよ」
「あなたが‥?」
意外と思ったら悪いが、男は過去なんぞ下らないと言いそうだったので、正直に驚いた。
私の考えが読めたのだろう、男は困ったように笑い、肩をすくめた。
男がそんな気の抜いた行動をするのは決まって私と二人きりの時だけだ。そんな男の態度に私は安心を覚えてしまい、気を許している。
「よく思い出すのですよ。貴女と初めて逢った時のことを」
「私と‥?」
「はい、まだ小さい赤子でした。お前がお守りする存在だ、と言われて見てみれば力も無ければ威厳もない」
「……赤ちゃんだから仕方ないと思うけど」
「それに、まさか次の魔王が女だったとは」
それすらも仕方ないと思う。私もまさか自分が魔王だと分かって産まれてくるわけではない。
上目で睨めば、男はにこやかに笑った。
「だけど、貴女を私の手でお守りしたいと心から思ったのですよ?」
「…うん、ありがとう」
「私は何があっても貴女をお守りいたします」
スッと私の手を取り、男は跪いて手の甲に唇を寄せる。何度かその行為はされているが、何度されても慣れることはない。
恥ずかしくて、手を引っ込めようとするが男の力が強すぎて離れない。
「必ず、必ずお守りいたしますから…」
必死な表情で男は呟く。その悲惨に満ちた表情で罪悪感を感じ、何も抵抗出来ない。
男はきっと気付いてる。私が彼に殺されたいと願っていることに。
「申し訳ありません、魔王様。お許しを…」
男は私の腕を引っ張り、自分の方へと抱き寄せた。逃げられないようにがっちりと私を抱き締める。
「……貴女は必ず、私がお守りいたします」
男の胸元に顔を埋めているため、顔は見えないが男は泣きそうな声色で言葉を紡いでいた。
何をそんなに悲しむ必要があるのだろうか。男の行動を不思議に思うことがある。
魔族というものは、冷酷非情といった言葉が似合うのに対して、男にその言葉は似合わない。ひどい話だ。男は魔族の中で一番強いというのに、魔族の中で一番人間らしい。
そんなに必死になって飾りの魔王なんて守らなくてもいいのに。
「ばか…」
小さく呟いた言葉は、きっと男には届いている。だけど、男は何も言わずに私を抱き締める力を強めた。
魔王城は人の世にある。もちろん、魔界にもあるがわざわざ人の世を穢そうとしているのに魔界に帰る訳がない。
魔王城で過ごしてから数ヶ月が経過していた。もう既に勇者ご一行は魔王城に潜入している。
勇者達数人で魔族や魔物があらかた片付けられた。
先代までの勇者は魔王を第一としていて、弊害とならない魔族や魔物は倒してなかった。なにせ、魔王が倒されれば魔界に帰っていってたからだ。だが今回は違う。魔族と魔物というものは容赦なく目に付いたもの全てを倒しているらしい。
もう、魔族で残っているのは数少ない。
私は廊下にあるベランダに出て夜空を見上げた。
しばらくすると、そこに一つの影が近付いてきた。
「魔王様、こんなところに居たのですか。風邪を引いてしまいます」
「魔王が風邪って、どうかと思うけど」
「貴女は弱いのですから、少しは自覚してください」
ふわりと肩にローブがかけられる。
さっきまで肌寒かったのにローブをかけただけで、かなり温かくなった。きっと男がローブに術でもかけておいたのだろう。男は炎の魔術が得意だから。
「ありがとう、凄く温かい」
「貴女に風邪を引かれたら、私はどうしていいか分からないですのでね」
肩をすくめ「私達は風邪を引かないので対処法が分からないのですよ」と付け加えるように言った。
気を抜いているかのように見える男だが、いつも以上に周りを警戒している。ピリピリと緊張感が伝わってきた。
「こういう時って玉座で待っといたらいいのかな?」
出来るだけ明るく振る舞おうとしたら、凄く疲れた感じでため息を吐かれた。
「貴女っていう人は…」
二度めのため息を吐かれる。
「貴女は本当にしょうがない人だ。本当に守りがいのある」
「それって」
真剣な表情をして男は私を抱き締めた。ぱさりと肩にかけられたローブは落ちたが、寒くはない。
「貴女が玉座に行くのは勝手ですが、死ぬことを許した覚えはありません。いくら我等が劣勢だろうと、貴女は守ります」
玉座に居れば必ず勇者は来る。魔王を殺すために勇者は来る。
見え透いた私の願いを男は叶えない。
男には世話になった。だから、生き残って欲しかった。だけど、男は既に決めていた。私と一緒に居ることを。
「私と一緒に死ぬ気なの?」
「死にませんよ。私は自慢ではないのですが、魔族の中で一番強いのですよ」
「……知ってる」
知ってるから、そんな泣きそうな声色で話さないで、そんな悲しそうな表情で私を見ないでほしい。
死なないとか、言ってほしくなかった。
「嘘吐き」
ぼそりと呟いた言葉は男にはもう聞こえない。
なぜなら、玉座で待っていた私達の前に現れる勇者達。
久々に見た彼は昔から馴染み深い彼ではなかった。目元まで深く被ったフードをして、殺意や狂気がにじみ出ていた。
彼が勇者とはよく言ったものだ。昔の彼なら神秘な雰囲気を醸し出している勇者で合っているのに、今の彼は私よりもずっと魔王らしい雰囲気を醸し出している。
そんな彼は言葉を発することなく、真っ直ぐと私ではなく男に斬りかかっていく。突然のことに彼の仲間も若干だけ反応に遅れた。
男の対応は見事なものだった。突然斬りつけられたのに、それを見事に受け止め、反撃に出る。
しばらくは、互角だったと思う。だけど、男は一人で勇者達は数人居る。男と彼が互角だとしても、彼には仲間が居る。力の差は開く。
私は目の前で繰り広げられる攻防戦をただ見ていることしか出来ない。私には力がない。いや、それ以前に私は男から術をかけられていた。私が戦い中に飛び出さないように玉座に縛り付ける術がかけられていた。
何も出来ない私を嘲笑うかのように、男が崩れ落ちた。
魔族は人よりも長寿命で魔力もあり丈夫でもある。だが、弱点は人と同じところ。
弱点である心臓に刺さるのは、勇者の聖剣。崩れ落ちた男から、その剣を彼は抜き取る。
その瞬間に術の効力がなくなり、玉座から男のもとに駆け寄った。途中で勇者一行の彼以外が私に武器を向けたが、それを彼は制した。
私がたどり着いた時には既に男は灰になっていた。魔族は人間界で死ぬと灰になる。その言い伝え通りに男は灰になった。
私は灰を握り締め、小さく呟いた。嘘吐き、と。
「気は済んだか?」
聞き覚えのある声にゾクッと鳥肌が立つ。記憶にある彼の声よりも幾分か低いが、紛れもない彼の声だ。
「ある、ふぁーど?」
「あぁ、アルファードだ。再会を喜びたいことだが、ここには部外者が居るからなぁ?」
彼は残酷に笑みを浮かべ、戸惑いを表している仲間に向き合った。
「勇者、どういうことなんだ?魔王と知り合いだったのか!?」
「うるさい」
彼に詰め寄った男性は一瞬の内に首から上が飛ばされた。血飛沫が辺りを赤黒く染める。
えっ、と驚いている内に次から次へと仲間を赤黒く染め上げていく彼。うっすらと笑みを浮かべた姿は勇者の姿なんかではない。
派手に血を撒き散らしたてたため、私の体にもかなりの血の量が付着している。
最後の一人を殺した彼は剣をしまい、フードを取り、私に合わせるようにしゃがんだ。
「汚してしまったな」
「あっ…」
彼は優しく私の頬に付いた血を手で拭う。
昔と何にも変わらない彼の仕草に自然と涙が溢れた。なぜかは知らない。だけど、涙が溢れた。
「泣くな。すまない、遅くなったよな?これでも頑張ったんだ」
「…っ」
「お前をこの手で抱くために」
彼は私を抱き締めた。強く強く抱き締める。
温かい彼の体温は男とは違う。私がずっと求めていた体温は彼の温かい体温だ。
「なんで…なんで、私を殺さないの?」
「お前を殺す?何で俺がそんなことをしないといけない?」
「だって、私は‥!」
「魔王だから?そんなの今になっては誰も知らないことだ。俺とお前以外、誰も知らない」
真っ直ぐと彼は見つめてくる。
未だにその言葉の意味を理解してない私に彼は声をたてて軽く笑った。
「馬鹿だなぁ、マオは。何のために俺がアイツらを殺したと思ってるんだよ」
目に映るのは、彼の仲間だった人達の死体。
「俺はお前と一緒に居るために魔族を殺し、仲間だった者も手にかけた。お前が力が無いということは知っている。お前は人にとって害はない」
まぁ、あったとしても問題ではない。そう言い放った彼の瞳は狂気をはらんでいた。
彼は何のために殺した?全ては私と一緒に居るために殺した。
魔族を全て殺せば、人の世が穢されることはない。仲間を殺せば、私が魔王だと知る人物は居なくなる。
全ては、彼が考えたシナリオ通りに事が進んでいる。
「なんで…」
「なんでって、それを聞くのか?答えは一つしかないだろ?」
彼は昔と変わらない優しい笑みを浮かべた。
「お前を愛しているからだ」
そう言って彼は私の唇を強引に奪った。
「やっ、やだ」
「やだ、と言っても止める訳ないだろ?ずっと好きだったんだ。ずっとお前に言いたかった」
彼は何度も「愛している」と囁き、私の唇に己のそれを何度も合わせる。
一旦、気が済んだ彼は唇を離す。
「あの時、言っただろ?俺が何かを成し遂げた時には言うって」
頷くだけで返事をする。
「俺はお前を愛しているんだ。魔王とか勇者とか、そんなの俺には関係ない。ずっと一緒に居てもらう」
拒否は許さないといったような彼の声色。私はそんな彼に逆らうことは出来なかった。
震える体で小さく頷けば、彼は優しく微笑む。そっと私の頬を一撫でして、彼は私の首に何かを付ける。
金と青の首飾りだ。まるで彼自身を表しているかのような首飾りだった。
「あの日、隣街で買ったんだ」
「私に‥?」
「あぁ、あの日はお前と出逢って、丁度十年だったからな」
首飾りをそっと撫でると、彼は私を強く抱き寄せた。
「好きだ、好きなんだ。お前だけをずっと想っていた」
「……アルファード」
「もう、絶対に離さない。例え、お前が魔王だとバレても俺が守ってやるから」
彼は抱き締める腕に力を込め、腕の中に私を縛り付けた。
彼は勇者で人々の救世主、私は魔王に捕らわれた哀れな幼なじみ。
それが人々に言い伝わる私達だ。
実際の彼は人々を救ったのは私をこの腕の中に縛り付けるため。偽りの正義を掲げ、魔王討伐の勇者と名を馳せた。
実際の私は勇者に殺される運命だったのに、その勇者から囚われた哀れな魔王。
「ずっと俺の側に居てくれ、ずっと俺だけを見てくれればいいんだ」
狂気を孕んだ彼の瞳に私は囚われる。
そこに昔の彼の面影なんて残っていない。
今なら言える。私は彼とあの時、出逢わなければ良かったんだ。そうすればきっと、こんな形の終わり方にはならなかったのに。
「お前以外はもう、いらない」
お読みくださって、ありがとうございます。