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どうしたものかと思う

 営業という仕事をしているから初対面の人と話しをするのは苦手ではない。しかし今、俺はいつもとかなり勝手が違った状況にどうしたものかと悩んでいた。

 最初は緊張は、時間と共に戸惑いの方が大きくなってくる。そして目の前にはニコニコと穏やかに俺の話を聞く二対の目と、ジッと睨むように窺っている一対の目。

 ここは、恋人であるわかばの実家、煙草(たばこ)家。結婚の承諾を得る為に二人で訪れたのだが一向に目的の言葉までたどり着けず俺は考えあぐねていた。

 俺は娘の結婚相手として条件の悪い男ではないとは思っている。年収は中の上くらいだし、イケメンではないにしても不細工でもない。

 わかばのご両親くらいの年齢の人からもウケは良い方で人当たりは悪くない。

 実際顔を合わせても、拒絶とかはされておらず友好的に歓迎されてはいる。

 わかばの父親である信正(のぶまさ)氏は中肉中背で、総務とかで実直な仕事をしそうな感じ。多弁ではないものの意思をしっかりもった話をする方で、理論する事を楽しむタイプなようだ。

 母親の望さんは小柄で丸みのある感じで優しそうな雰囲気。クリっとした目で俺を興味ありげに見上げてくる様子がわかばと良く似ている。

 弟の平和(ひろかず)くんはわかばによく似た丸みのある輪郭と鼻と唇をしている。目は父親に似てしまったようで細くて一重。その為にお地蔵さんっぽい雰囲気があり、木訥な青年という表現がピッタリな感じ。

 この一家の人間にしては柔らかさがなく、会った時から殆ど口を開かず俺をズッと睨み続けている。

「初めまして。私清酒(せいしゅ)正秀(まさひで)と申します。本日は――」

 挨拶も遮られ『寒かったでしょ、こんな田舎まで車でいらしてくださるなんて、大変だったでのは!』とお母さんに引っ張られるようにリビングに案内されてしまった。

 リビングで一応それぞれの自己紹介を交わす。その後寒い中やってきた俺達への労いの言葉へと続く。

 今年はいつになく寒く、北の方では早くも豪雪となっていて大変そうだといった内容の話題で一時間弱。

 話題は俺の仕事についてへと移っていく。娘と結婚する相手だけに、そこはやはり気になる所なのだろうと、俺もキッチリと説明する事にする。

 俺の話を落ち着いた感じで聞くわかばのお父さん。しきりに感心したように頷いて楽しそうに聞くお母さん。そして黙ってコチラをジッとみているだけの平和くん。会話の隙間隙間に言葉を挟んで会話を必死で盛り上げようとするわかば。

 三時間経過して仕事についての話がやっと終わる。そろそろ本題に入ろうとしたら、お父さんがコーヒー豆の生産や輸入についての話を聞いてきた。

 JAで務めている事もあり、そう言う事も気になったのだろう。それを話していたら、TPP問題やフェアトレード問題へと話は展開していく。話はどんどん逸れていき、結婚についての話題へともっていけない。お昼の一時くらいには到着した筈なのに、外を見るとドップリと日が暮れている。話題は結婚どころか、第三世界についてと掛け離れた所へ飛んでいて、国内に話題が戻ってくる気配すらない。結婚する事の承諾を受けるためにきたはずが、家族問題どころか国際問題の話題へと広がっている。

 穏やかだけど何処か浮世離れした感じで会話を進め対話を楽しむお父さん。はしゃいだような感じでテンション高く会話を盛り上げつつ話題が逸れていくことを助長するお母さんとわかば。不機嫌そうに黙ったままの平和くん。この妙な空間の中で時間だけ過ぎていく事に、若干焦りも感じてきていた。

 今日はコチラのお家に泊まる予定なので時間はタップリある。だがこのまま行けば会話は地球を飛び出し宇宙まで飛び出しかねない。

 夕飯の時間になり、お母さんとわかばは夕食を作る為に席を立ち離れた。男三人となり、よりジックリと話せる空間にはなったように見える。しかし話題があまりにも日常から離れている為に、強引に戻すのもどうかという状態。しかもこう言う挨拶はお母さん、わかばも揃った所でいうべきだろう。


 夕飯の準備も整い、リビングから舞台はダイニングへ移る。刺身にサラダに唐揚げに茶碗蒸しに茸ご飯。揚げ茄子と厚揚げの煮物、酢の物に、巻き寿司、だし巻き玉子。賑やかだけど、居酒屋で無作為に注文されたのような感じの料理が並ぶ。

「清酒さん、一人暮らしだと聞いて、家庭料理的なほうが良いかしらと思って」

 お母さんはニコニコ笑う。わかばがよく料理を作ってくれているので、家庭的な味にそこまで飢えていたわけではない。だが歓迎の意図は強く感じ嬉しかった。俺はお礼を言い席につく。

「清酒くんも呑むだろう?」

 お父さんが、手にしたビール瓶を俺の方に向けてきた。俺は恐縮しつつ断ろうとすると、わかばがその前に慌てたように反応する。

「お父さん! ダメ! お酒は! 飲ませないで! 本当にダメなの!」

 この言い方だと、俺が酒癖が悪いみたいだ。戸惑うお父さんに俺は誤解がないように補足する。

「すいません。私下戸なもので、お酒が呑めないんですよ、すぐ寝てしまうので。

 お父さん達は気になさらず呑んで下さい」

 俺はお父さんの手にあった瓶を取り、逆にお父さんのコップに注ごうとする。

「……お、とうさん……」

 俺の顔をポカンと見つめ返し、そう呟くお父さんに俺はやらかしてしまった事に気付く。

 NGワードをもしかして言ってしまったのかもしれない。世に聞くところ、初めて娘の結婚相手を迎える父親というのはかなりややこしいらしい。

 『娘さんを、ください』という感じで切り出したら

 『ウチの娘はモノじゃねえ!! なんだその言い方は』と激怒される。

 『お父さん』と話しかけたら

 『あんたに、まだお父さんなんて言われる筋合いはない!』と冷たく返されたという話を聞いた事がある。


 その為、今日は極力そういう表現を避けて会話してきたつもりである。しかしわかばの『お父さん』という言葉に、ついつられてしまったようだ。

 もしかして今までの会話のやりとりも、俺に結婚についての話題をさせない為の手だったのかな? という気すらしてくる。

 つまりはまだ認める以前の問題で俺という人間をジックリ監察し吟味している最中だったのかもしれない。


 俺はビールを差し出した格好のまま、二人で固まり見つめあってしまう。


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