腰の低い(?)婿入り予定の婚約者
「はい、紅茶だよ」
「ありがとう」
「はい、砂糖は一つでよかったよね」
「う、うん」
「はい、膝掛けはいるかな?」
「あのね、グスタフ…」
「なあに、アンナ?」
婚約者であるグスタフは、いい笑顔でこちらを向いた。
その笑顔をされると、私の方が間違っている気がするのはなんでだろうか…。
「そんなに甲斐甲斐しく私の世話をしなくていいわ」
「えっ、なんで!?」
心底驚いた顔をしているけど、『なんで』はこちらのセリフである。
だって、あなたねぇ…!
「それって使用人のやることでしょ!あなた、私の婚約者よね? 私、従者を雇ったつもりはないのだけれどっ!?」
毎回、これである。
どうしてか私の世話をしたがり、そこら辺使用人よりもずっと勤勉な働きを見せるから、困っているのだ。
「だって、僕はただの入り婿予定の人間だし…、アンナの役に立ちたいし…」
なぜかしゅんとしてグスタフは、そのまま俯いてしまった。
今日我が家を訪ねてきてから、まだ一度も座っていないグスタフが立ったまま項垂れているので、これでは私がいじめているみたいだ…。
チラリと部屋の中にいた本物の使用人を見ると、『お嬢様、いじめてはダメですよ』みたいな目を向けられていた。
違うよね!?
私がおかしいみたいになっているけど、あなたたちもグスタフの奇行を止めてくれてもいいじゃないの…!?
「何をそんなに恐れているか知らないけど、うちみたいな弱小貴族の入り婿に来てくれるだけで十分助かっているわよ…」
そうなのだ、グスタフは縁戚の中から選ばれたとはいえ、私に相手がいるだけすごいことというか。
うちの父は、欲もなければ意地もない上に、貴族という責務から常に逃げたい変わり者だから、「アンナは女の子だし、家を継がなくてもいいよ? どこかの親戚を養子にしちゃえばいいのだし」なんて平気で言う人なので、むしろ私が家を継げるようになっただけでもグスタフのおかげだというのに。
……だというのに、当の本人はこんなんだし。
「そもそも、父様はグスタフを我が家の養子する気満々だったのに」
「僕なんかが恐れ多いよっ…!」
「ねえ、ずっと気になっていたことがあるのだけれど、グスタフは何にそんなに怯えているの? 私、そんなに怖いかしら…」
「えっ!アンナは怖くないよ!うんと可愛くて、一緒にいるのはとっても安心するよ!?」
「じゃあ、なんで…」
「だって、入り婿ってあれでしょ…? 少しでも変なことをすると見限られちゃうんでしょ? 僕、アンナに捨てられたくないよ…」
さっきよりもわかりやすくしゅんとするから、侍女と従者の視線が『あーあ…』に変わったのがわかった。
いや、だからね!? グスタフわかったから、顔を上げてちょうだいよ!!
というか、変なことをして見限られるというなら、今のあなたもよっぽど変よ…!?
あなた、一応こちらが招いた客なのだから、いい加減座ってくれないかしらっ!?
「……それ、どこから得た知識なの? なんで私が見限る前提なのよ、あなたの方が私のことを嫌になる可能性だってあるじゃないのよ」
「そんなこと世界がひっくり返ってもあるわけないじゃないか」
「なんでそこは自信満々なのよ…、あなたってよくわからないわ…」
ふうう、と息を吐いて、なぜかグスタフが意気揚々と淹れてくれた紅茶に手をつける。
一回落ち着きたい気持ちで飲んだけれど、思った以上に美味しくてホッとしてしまう。
「前よりも紅茶を淹れるの上手になってるし…」
「本当っ?よかった〜!」
「グスタフも一緒に飲みましょう、ほら座って?」
「僕はアンナのそばにいられればそれでいいから」
やっぱり笑顔でそう言うので、なんだかなぁ…と苦笑いしてしまう。
「ねえ、グスタフ」
「なあに、アンナ」
「私、別に便利な夫は欲しくないのよ」
「え……」
とてもショックを受けたような顔をするグスタフに、『お嬢様、そんなこと言ってやらんでも…』みたいな空気が一瞬で部屋の中を漂ったので、うぐっ…と負けそうになる。
もう、なによ〜〜〜っ…!!みんなして、グスタフのこと気に入りすぎよ!
わかってるわよ、早く結婚してグスタフに来てほしいオーラ満載だものね、この家の全員!
私に相手が見つかっただけでなくて、将来仕える相手が傍若無人で不遜な男じゃなくて、分け隔てなく優しいグスタフだということで安心しきっているのはわかっているけど、もう少し私の味方になってくれてもいいじゃないの〜〜っ…!
私だって、グスタフでよかったと思っているわよ!
もしかしたら、横柄が服を着て歩いているような存在の従兄が婿に来るかもと恐れていた日々から解放してくれたグスタフには、とても感謝しているわよ…っ!
でもさっ、ここまできたら、ちょっとくらい欲が湧くというもので…!
「……ただ、私と対等に家を守ってくれる夫がいてくれたら嬉しいな、って。それだけなのよ」
別に持ち上げてほしいわけでもないし、他人行儀にされたいわけでもない。
グスタフは会話を惜しまない人だから、きっと一緒に同じ方向を向けると思うの。
それを夢見るのは、欲張りだというの?
「……僕は、アンナに釣り合う男になりたいだけなんだ」
「釣り合っているから、親戚の中であなたが選ばれたんでしょうよ」
「僕、自分が何かミスをしてしまった時を想像すると、とても怖いんだ…」
婚約してから、ずっと不思議だった。
子どもの頃に何度か会ったことはあって、その時はこんなふうではなかった。
すごく私に気を遣って、先回りして、ペットかのように私の機嫌を伺っている。
私と婚約してから態度が変わったものだから、本当は私との婚約が不満なのかなとか思ったけれど、そういうわけでもないみたいだし…。
「どうしてそう思うの? グスタフは私よりも優秀だし、どちらかというとミスして呆れられるのは私のような…?」
「だって、君の従兄殿は謹慎をくらったどころか、国外追放されたじゃないか…」
「え? 従兄?」
「……そう」
「あー、あの人はとうとうやらかしたものね…」
うちに婿に来るかもしれない候補に一応名前だけはあった従兄は、賭博に手を出して、勝手に家の骨董品を売り払ってお金にし、またさらに負けて次は土地を担保しようとしたところを当主様に見つかって、それこそ見限られて勘当された。
国外追放は、もう顔も見たくないという親戚一同の声で決まった。
それこそグスタフのご両親も賛同していたはずだし、それと何が関係しているというのだろうか。
「あの人が、本当はアンナの夫になる予定だったんだよね…?」
「我が家より本家に近いから、向こうのお家にどうしてもと言われたら断れないだろうなというくらいで、本命ではなかったわよ?」
あの父様でさえ、「あの子がうちに来るくらいなら、爵位を返上して家潰しちゃう…?」って、笑えていない顔で笑っていたくらいだし。
「あんなふうに振る舞って、僕も国外追放されたらと思うと、怖くて仕方ないんだ…!」
「ええっ、基準があれなのっ!?」
思わず声が裏返ったが、グスタフの真剣な顔に冗談で言っているわけではなさそうだ。
「…いや、それこそおかしいじゃないの!そもそも、あなたなにもやらかしていないじゃない…!あの従兄は、昔から素行不良だった積み重ねでああなったわけで…」
「アンナにあんな冷たい目で見られたら、僕耐えられないよ!」
「え…?」
「アンナはいつも優しいのに、親戚会議の時すっごく怖い顔して、『奴隷にでも売ってしまわれては?』って言ったんだよ…!? あのアンナがだよ? 子どもの頃から、天使のように優しかったアンナがだよ? 僕、いつか幻滅されるんじゃないかって…!」
早口になりながら、潤んだ目をしたグスタフはオロオロし始めた。
それから、両手で顔を覆って、肩を震わしている。
なんかよくわからないけど、やっぱり私のことを恐れているじゃないの…!
あー、もう、『お嬢様、グスタフ様に逃げられたらどうするんですか』って目で見ないで、わかってるってば!
「……あの人は、侍女に手を出した女の敵でもあったから、ああ言っただけで。グスタフに対してそんなこと思うわけがないじゃないの」
「それに僕、婿入りした友人に、ちゃんと心得を教わったんだ!」
なんとかキリッとさせた顔で、私を見てくるから嫌な予感しかしない。
「なにがあろうとも、奥さんを優先させて敬わないと、すぐに役立たず認定をされて口も聞いてもらえなくなるって!」
そいつがどいつだか紹介してもらってもいい? 「余計な知識、吹き込まないでもらえます?」って言っていい? ねえ、平手打ちくらいしていい? だんだん疲れてきたわ…。
「…その友人はもう何ヶ月も目も合わせてもらえないって言ってたから、僕はそうなりたくなくて」
「その人、何したらそうなったのよ…」
「どうも浮気したらしいんだ…」
「それ、入り婿関係ないわよねっ? ただの浮気が原因なのを、都合よくすり替えただけよねっ!?」
「それに、『入り婿入門書』にも書いてあったもん!」
「そんな碌でもない書物は、今すぐに捨ててしまいなさい!」
「入り婿は、奥さんを女王のように慕って」
「女王陛下に対して不敬だから、今すぐやめてね…?」
「ちょっとでも浮気したら、性器を切られることになって」
「入り婿じゃなくても、浮気がダメなんじゃない…?」
「それで気に入らなかったら、奴隷市に売られちゃうんだ」
「おかしい!ねじ曲がってる!私、人を奴隷市に売り飛ばす趣味はないわよっ!その本に、夫を奴隷市に売る方法でも書いてあったの!? ねえ、やっぱりおかしいって…!」
「僕、ずっとアンナに必要とされてたいよぉ〜……」
「なんで泣くのよ〜〜〜」
ポロポロ涙を零して、でも泣かないように頑張っているグスタフを見て、そういえば子どもの頃は泣き虫だったかもと思い出した。
それこそ、親戚の集まりの時にあの従兄にちょっかいを出されて泣いていたこともあったっけ。
それもあってか人の痛みのわかる優しいグスタフは、同世代の親戚から人気だった。
他の女性の親戚からは、羨ましがられたくらいだし。
……なのに、本人こんなんだし。
「もう、大丈夫だってば」
私は突っ立ったままのグスタフの手を引いて、自分の腕の中に連れてきた。
そのままグスタフを屈ませて、その頭を抱えてそっと撫でた。
「あなたはあのふざけた従兄でもないし、友人とも違うから。大丈夫よ」
「こんな僕でも、アンナはいい…? 僕、必要…?」
「当たり前でしょう、だから婚約したんじゃないの」
「僕、見限られないように頑張るから…、僕の努力を見ててくれる…?」
「見てるわよ、どうせ努力するなら婚約者らしく振る舞う方を頑張ってほしいわ」
「……わかった。アンナの世話を僕が全部やって、僕なしじゃ生活できないようにすればいいと思って頑張ってたけど、程々にするね」
「………」
努力の方向性がおかしいことだけはわかったけれど、グスタフはグスタフなりに頑張っていることはわかったので、ひとまずよしとしよう。
よしよしと頭を撫でていると、私の肩に頬擦りしてきたので、こういうところが憎めないんだよな…と結局私も使用人と同様、グスタフには甘いんだと自覚する。
「私はグスタフがいいから、これからもよろしくね」
「……うんっ!僕、頑張るね!」
そんなこんなで次に会った時には、やっと私の前の席に座ってくれたので、私はこっそりガッツポーズをした。
このまま、グスタフがどこにでもいる『普通』の婚約者になってくれますようにと願うだけだ。
…………あと、これ以上怯えられないようにも、気をつけようと思う。
了
お読みくださりありがとうございました!!
269日目。
(ただ浮気しない入り婿の話が読みたくて書き始めたのに、様子のおかしい入り婿(予定)が出来上がってしまった…、おかしいなぁ。)




