カオスミュージカル小説 『24時間 寄付金を募るあの番組!』
午後六時。
巨大テレビ局のスタジオに、まばゆい照明が灯った。
中央には、黄金色の巨大募金箱。
その上には電光掲示板。
【現在の寄付金 0円】
司会者の男が、満面の笑みでカメラを見つめる。
「さあ! 今年も始まりました!」
観客が拍手する。
パチパチパチパチパチ。
いや。
違う。
観客席の下に設置された機械が、強制的に拍手音を鳴らしていた。
「24時間――!」
司会者が両腕を広げる。
「寄付金を募るあの番組――ッ!」
ドォォォォン!
紙吹雪。
花火。
レーザー光線。
百人のダンサーが飛び出してきた。
そして突然、全員が満面の笑顔で歌い始める。
♪ お金のために 走ります!
♪ お金のために 歌います!
♪ お金のために 踊ります!
♪ お金のために 泣きます!
♪ 善意! 感動! 視聴率!
♪ 三つ合わせて
「チャ・リ・ティィィィィィー!」
観客席から歓声。
巨大募金箱が、
ガタッ。
と揺れた。
誰も気づかなかった。
「最初の企画はこちら!」
司会者が叫ぶ。
「百キロチャリティーマラソン!」
スタジオ中央に、一人の芸人が連れてこられた。
名前は山田。
四十八歳。
最近テレビ出演が減っていた。
番組スタッフが笑顔で肩を叩く。
「山田さん、走ればまた人気出ますよ」
「でも俺、膝が……」
「感動になります」
「医者から長距離はやめろって」
「感動になります」
「いや、だから……」
「感動になります」
スタッフの笑顔は一ミリも動かなかった。
山田の背中にゼッケンが貼られる。
【愛は地球を救うのか?】
「位置について!」
「ちょっと待って!」
「スタート!」
パァン!
山田は走り出した。
スタジオを出る。
道路を走る。
カメラ車が追いかける。
スタッフが横から叫ぶ。
「山田さん! 苦しそうな顔ください!」
「本当に苦しいんだよ!」
「最高です!」
「水!」
「あと五分我慢してください!」
「なんで!?」
「CM明けに水を飲んだ方が感動するので!」
テレビ画面の隅で寄付金額が増える。
【26,418,220円】
チャリン。
チャリン。
チャリン。
巨大募金箱の内部から音がする。
しかし誰も知らなかった。
硬貨が落ちるたび、
箱の内側に、
一本ずつ歯が生えていることを。
午後八時。
「続いては!」
司会者が涙声を作る。
「奇跡の挑戦です!」
車椅子を利用する青年、直樹が登場した。
直樹は事前の打ち合わせで何度も言っていた。
「僕は普通に会社で働いてるんです」
「はいはい」
「趣味はゲームで」
「なるほどなるほど」
「別に毎日、人生に絶望しているわけじゃなくて」
「分かります分かります」
ところが本番。
ナレーションが流れた。
『彼は幼いころから運命と闘ってきた』
「え?」
直樹が顔を上げる。
悲しいピアノ曲。
『何度も涙を流した』
「いや、そんなに泣いてないけど」
『しかし彼は諦めなかった!』
「ゲーム大会の話は?」
『彼の夢は――』
直樹がスタッフを見る。
「俺の夢って何?」
スタッフが小声で答えた。
「今から巨大ドミノを完成させることです」
「今日初めて聞いたよ!」
目の前に三万個のドミノ。
赤。
青。
黄色。
そして金色。
「制限時間は六時間!」
「なんで!?」
「成功すれば感動!」
「失敗したら?」
「もっと感動!」
音楽スタート。
♪ できる!
♪ できる!
♪ きっとできる!
♪ できなかったら!
♪ それも使える!
「最後の一行おかしいだろ!」
直樹は叫んだ。
しかし観客は拍手。
スタッフは涙。
司会者も涙。
ワイプの芸能人も涙。
泣いていないのは直樹本人だけだった。
するとディレクターが飛んできた。
「直樹さん!」
「何?」
「泣いてください!」
「なんで俺が!?」
「視聴者が待っています!」
「何を待ってるんだよ!」
「あなたの涙です!」
直樹はぞっとした。
ディレクターの目の中に、
小さな数字が浮かんでいた。
【視聴率 18.7%】
深夜零時。
スタジオではミュージカルが始まった。
百人の出演者。
二百人のダンサー。
三百人のスタッフ。
全員が金色の衣装。
中央に巨大募金箱。
♪ 泣け!
♪ 泣け!
♪ もっと泣け!
♪ 涙は数字に変わるから!
♪ 笑え!
♪ 笑え!
♪ もっと笑え!
♪ 笑顔はスポンサーが好きだから!
司会者が踊る。
プロデューサーも踊る。
スポンサー企業のマスコットまで踊る。
そして舞台奥から、
巨大な電卓がせり上がってきた。
「計算のお時間でぇぇぇぇす!」
電卓が歌い始める。
♪ 会場費!
「一億!」
♪ 中継費!
「五千万!」
♪ 出演費!
「秘密!」
♪ 設備費!
「秘密!」
♪ 制作費!
「もっと秘密!」
♪ そして寄付は――!
「みなさまの善意でぇぇぇす!」
ジャジャーン!
観客が笑う。
拍手する。
泣く。
誰も歌詞の意味を考えない。
そのとき。
募金箱から、
「ゲップ」
という音がした。
一瞬、音楽が止まった。
「……今、何か聞こえませんでした?」
新人ADが尋ねる。
プロデューサーは笑った。
「聞こえない」
「でも募金箱が……」
「聞こえない」
「動いてません?」
「数字だけ見ろ」
電光掲示板。
【寄付金 151,221,090円】
プロデューサーの瞳孔が開いた。
「もっとだ」
午前三時。
眠そうな視聴者を逃がさないため、
番組はさらに刺激を強くした。
「緊急企画!」
「余命!」
「家族!」
「再会!」
「奇跡!」
「涙!」
ディレクターたちが走る。
「もっと重いエピソードないのか!」
「この家族どうです!?」
「弱い!」
「こちらは?」
「病歴は?」
「三年です!」
「弱い!」
「十年!」
「採用!」
資料が飛び交う。
人生が紙一枚になる。
病気。
事故。
障害。
貧困。
別離。
死別。
スタッフはそれぞれに赤い数字を書いていった。
【感動度 72】
【涙期待値 81】
【SNS拡散率 64】
新人ADは青ざめた。
「これ……人間ですよね?」
プロデューサーが振り返る。
「何言ってる」
「でも……」
「素材だよ」
その瞬間。
スタジオの照明が全部消えた。
暗闇。
静寂。
そして、
チャリン。
どこかで硬貨が落ちる音。
チャリン。
チャリン。
チャリン。
暗闇の中央。
募金箱が、
ゆっくり開いた。
上下に並ぶ、
数千本の歯。
「寄付……」
低い声が響いた。
「もっと……寄付……」
新人ADが悲鳴を上げた。
「募金箱が喋った!」
プロデューサーの顔が輝いた。
「カメラ回せ!」
「逃げないんですか!?」
「こんな画、二度と撮れないぞ!」
募金箱は巨大化した。
三メートル。
五メートル。
十メートル。
スタジオの天井を突き破る。
「感動を……」
バリバリ。
「悲劇を……」
バキバキ。
「涙を……」
出演者が逃げ惑う。
しかし自動カメラは追い続ける。
放送は止まらない。
司会者が叫ぶ。
「大変なことになっております!」
ディレクターがカンペを出す。
【笑顔!】
司会者は瞬時に笑顔になる。
「しかし! 私たちは負けません!」
募金箱の触手が伸びる。
「うわあああ!」
カンペ。
【感動的に!】
「それでも私はぁぁぁ!」
触手が司会者を宙づりにする。
「愛を信じまぁぁぁす!」
寄付金が跳ね上がる。
【218,674,902円】
プロデューサーが絶叫する。
「数字が伸びてる!」
「放送止めましょう!」
「馬鹿野郎!」
「でも怪物が!」
「怪物が出て視聴率取れてんだぞ!」
視聴率。
【34.6%】
「延長だ!」
午前六時。
マラソン中の山田にも異変が起きていた。
「あと何キロ……?」
スタッフが答える。
「分かりません」
「は?」
「道が変わってます」
道路が、
無限に続いていた。
同じコンビニ。
同じ信号。
同じ応援団。
何度走っても同じ場所に戻ってくる。
沿道の人々は全員同じ顔だった。
「頑張れー!」
「頑張れー!」
「頑張れー!」
口だけが動いている。
「もう無理だ……」
山田が立ち止まる。
すると空から声。
『走ってください』
「誰だ?」
『寄付金が止まっています』
「知らねえよ!」
『あなたが止まると善意が止まります』
「俺のせいにするな!」
『走ってください』
「嫌だ!」
突然、道路の後ろから巨大な募金箱が現れた。
ガチガチガチガチ!
無数の歯を鳴らしながら追いかけてくる。
「うわあああああ!」
山田は全力で走り出した。
テレビでは感動的な音楽。
『限界を超えて走り続ける山田さん!』
「違う! 追われてるんだ!」
『その姿に日本中が涙!』
「助けろ!」
【寄付金 247,000,000円】
正午。
ドミノ企画。
直樹は最後の一個を握っていた。
「やっと……終わる」
三万個。
六時間どころか十五時間。
何度も倒れた。
何度もやり直した。
スタッフはそのたび言った。
「むしろおいしいです!」
直樹は最後の一個を置いた。
「完成だ」
スタッフ大歓声。
司会者号泣。
芸能人号泣。
観客号泣。
「それでは!」
「奇跡のドミノ!」
「スタート!」
最初の一枚が倒れる。
パタン。
パタン。
パタン。
色鮮やかなドミノが次々と倒れていく。
やがて文字が浮かび上がる。
カンペが出る。
【全員で応援!】
観客、
「うおおおおおお!」
しかし、
さらにドミノは続いた。
「え?」
誰も置いた覚えのない黒いドミノが倒れ始める。
パタン。
パタン。
パタン。
そして新しい文字を作った。
スタジオが静まり返る。
さらに倒れる。
【視聴率】
さらに。
【スポンサー】
さらに。
【経費】
さらに。
【演出】
さらに カンペが出る。
【全員で涙】
最後に、 巨大な文字。
【目標 金額を達成!】
直樹が呟いた。
「……俺たちが?」
募金箱が笑った。
「そうだ」
午後五時五十分。
番組終了まで、
あと十分。
寄付金。
【299,999,999円】
あと一円。
スタジオは完全に地獄と化していた。
床から募金箱の触手。
天井から札束。
巨大な電卓が狂ったように計算している。
♪ 制作費!
♪ 宣伝費!
♪ 人件費!
♪ 設備費!
♪ 中継費!
♪ 会場費!
♪ 全部まとめて!
「経費ィィィィ!」
出演者たちは踊らされている。
司会者も。
芸能人も。
スタッフも。
観客も。
巨大募金箱の触手に糸をつけられ、
マリオネットのように踊る。
♪ 泣いて!
♪ 笑って!
♪ 走って!
♪ 歌って!
♪ さあ!
♪ 感動してください!
山田がスタジオに飛び込んできた。
「ゴォォォォール!」
紙吹雪。
爆発。
大歓声。
山田は床に倒れる。
「救急車……」
スタッフが囁く。
「CM後で」
「今呼べよ!」
直樹が車椅子で中央に出てきた。
「もうやめろ!」
音楽が止まった。
「俺たちは募金を集めるための道具じゃない!」
司会者が固まる。
「人生を勝手に悲劇にするな!」
プロデューサーが叫ぶ。
「マイク切れ!」
「俺は俺だ!」
直樹の声がスタジオ中に響く。
「誰かの人生を見世物にしなきゃ集まらない善意なら、一度考え直せ!」
沈黙。
募金箱が震えた。
「黙れ……」
「嫌だ」
「感動しろ……」
「嫌だ」
「泣け……」
「嫌だ!」
「寄付しろォォォォォォ!」
募金箱が大口を開ける。
その瞬間。
観客席にいた一人の少女が立ち上がった。
募金箱へ歩いていく。
手には十円玉。
チャリン。
【300,000,009円】
募金箱が止まる。
「……?」
少女は言った。
「私、お小遣いから出した」
「……」
「でも、誰かが泣いてるからじゃないよ」
募金箱の表面に亀裂が入る。
「困ってる人に届けばいいと思っただけ」
バキッ。
募金箱が割れる。
中から、
大量の請求書が噴き出した。
会場費。
照明費。
美術費。
中継費。
宣伝費。
出演関連費。
その他。
その他。
その他。
その他。
「うわあああ!」
プロデューサーが請求書の波に飲み込まれる。
「これは必要経費だぁぁぁ!」
巨大電卓が歌う。
♪ 必要!
♪ 必要!
♪ 全部必要!
♪ だから残りは――
画面に巨大な数字。
【寄付金総額 300,000,009円】
次。
【番組関連費用 150,000,000円】
沈黙。
司会者がカメラを見る。
額から汗。
「……えー」
カンペが出る。
【全員 笑顔で】
司会者は笑う。
「今年も、たくさんの善意が集まりました!」
出演者たちは全員振り返る。
「そこ笑うところ!?」
午後六時。
「それでは皆さん!」
司会者が叫ぶ。
「また来年!」
全員が歌い出す。
♪ 愛は地球を救うのか!
「知りません!」
♪ 本当に届いているのか!
「分かりません!」
♪ それでも番組は続きます!
「なぜなら――!」
巨大募金箱の破片が、
ゆっくり動き始めた。
破片同士が集まる。
肉のように融合する。
再び箱の形になる。
去年より大きい。
今年より大きい。
電光掲示板に文字。
【来年の目標】
【寄付金 5億円】
募金箱が笑う。
「来年は……」
ギギギギギ。
「もっと泣かせよう」
プロデューサーが請求書の山から顔を出した。
そして、
満面の笑み。
「いいですね!」
ジャーン!
全員がポーズを決める。
地獄のように明るい音楽が流れる。
♪ 走れ!
♪ 泣け!
♪ 歌え!
♪ 踊れ!
♪ 人生全部!
♪ コンテンツだ!
♪ 悲劇も!
♪ 奇跡も!
♪ 涙も!
♪ ぜーんぶ数字に変えましょう!
カメラがゆっくり引いていく。
スタジオ。
テレビ局。
日本列島。
無数の家のテレビ画面で、
同じ笑顔が映っている。
最後に、
真っ黒な画面へ、
白い文字が浮かんだ。
【今年もたくさんの善意をありがとうございました】
その下に、
小さな文字。
【※番組制作には各種費用が発生しています】
さらにその下。
虫眼鏡でも読めないほど小さな文字。
【※感動には演出が含まれる場合があります】
そして暗闇の中から、
あの声
「来年も……」
「あなたの多額の募金を……お待ちしております」
カオスミュージカル小説 『24時間 寄付金を募るあの番組!』
完結




