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一、青天の霹靂2

 浅い眠りから覚めても、そこは薄暗い地下牢の中だった。翌日の見張り番はあのヤンキーみたいなマクザで、彼曰く此処は落ちてきた咎人を一時的に入れておく場所らしく、今日中に国王や宰相、国王を守る軍隊の隊長らが会議をして異界人の処遇を決めるらしい。だが今は諸事情で国王が不在の為、会議が長引いているのだとか。


「オバサンは建築の肉体労働か水魚達便所の糞掃除かもな。若くねぇから娼館でも働けねぇし」


 事あるごとに私を嗤う彼だが、声色も発言も中学生の思春期のような言い方なので、彼の発言は私からすれば反抗期特有の面倒くさい絡みにしか聞こえない。というか、息子の事が気になり過ぎてそれどころではないというのが本音である。


(あの子、ちゃんと食べているのかしら……。成人したって言っても、夜更かしばっかりしたら体壊しちゃうから、しっかり寝てほしいんだけれど)


 巣立ったと言っても息子は息子。女手一つで育てたという事もあって可愛さは格別だ。


「オイ、聞いてンのかババァ!」

「あーハイハイ聞いてるわよ。労働? 上等じゃあないのやってやるわよ」


 こちとら寝る間も惜しんで昼間は工場勤務、夜は道路の交通整備やコンビニバイト、更に内職までやってきたのだ。今更仕事内容で文句を言う事もない。というか、永住する気なんて私にはサラサラない。


「ねぇ、此処から元の世界に戻る事ってないの?」

「あるわけねぇだろ。向こうでは死んだ事になってからこっちに来るんだからよ。っていうか敬語を使えよ罪人がぁ!」


 鉄格子の隙間からヒレの部分を槍で突かれて、私の鱗から血が出る。鱗が黒なのでわかりづらいが、痛いものは痛い。それでも何度も刺されるうちにもう慣れてしまった。子供が癇癪を起こして暴れるようなものだと放っておいたのだ。

 ……ん? 今さらっと大事な事言わなかった?


「死んだ事になってる……?」


 となると、私はお風呂で溺死したと言う事になるの? 水死体って、めちゃくちゃ膨れて別人みたいになるんだよね? その悲惨な姿で綾人に引き取られる? やだよそれ絶対! それにまだ、やり残した事めちゃくちゃあるし!


(第一、私の身体って感じしないし)


 痛みも感触も確かにあるが、どうもしっくりと来ないのは元々が人間だからだろうか。魚特有の締まった身体にびっしり生えた鱗はランプの光で黒光りし、なんだかパリコレモデルが着るようなドレスになっているのに、全く移動に問題ない。移動するのは、普通に立つようにヒレを動かせば立てるし、歩く(立ち泳ぎしているといった方が正しいかも)のも普通にできるがどうも慣れない。どうもすることができないので暫く壁に寄りかかってぼーっとする。ここは水の中なのに呼吸ができるのは、私の身体が鼻呼吸ではなくエラ呼吸に変化したのか。それに水の中でランプが点くのも不思議だなあと思っていると、マクザがハッとした様子で姿勢を正した。その後すぐ階段に通じるドアの前が騒がしくなり、ガチャリと音がして扉が開くと同時に、あのおじさん人魚が現れたのだ。


「ギース隊長!」


 マクザが声を上げる。このおじさん人魚はギースというのか。初対面の時も思ったけれどこの貫禄、しかも隊長ってことは結構偉い人?

 そんな疑問を浮かべているとギース隊長は足早に私の牢屋の前に来て、見張り番の彼に鍵を開けるように指示をした。


「え、何言っているんですか! 咎人ですよ危険です!」


 その発言した直後、マクザはギース隊長に首を掴まれガン! と塀に叩きつけられていた。


「ガハッ!」

「言葉を慎め! これは国王陛下のご命令だぞ」


 鋭い目でマクザを一喝するギース隊長。隊長が手を離すと彼はヨロヨロとした様子で鍵を開けて牢屋の扉を開ける。目の前の出来事に驚いて、立ったまま呆然となる私にギース隊長は上背のある身体を屈めて目線を同じにしてくれ、そっと手を伸ばして鎖を取り去った。


「ご同行願います、異界のお方」


 この人魚は最初から冷たいわけではなかったが、今の対応の変化に私は戸惑った。え、なんでこんな仰々しいの? 私もう殺されるの?

 私の思う事が表情で伝わったのか、隊長は穏やかな笑みを浮かべて首を振った。


「貴女様の身の安全は保証します。国王陛下がお待ちです、どうか私と来ていただけませんか?」

「は、はぁ……」


 目を見開いてこちらを見るマクザを通り過ぎて、私は階段を上っていった。


 階段を上ると、最初にこの地に落とされた場所とは違う、明らかに格式ある城のような建物に案内された。西洋の城というより、どちらかといえば沖縄の首里城のような赤い建物の中に入るとそこは戦国時代に建てられた城に良く似ていて、長い廊下が印象的であった。その廊下を進む際少し槍で突かれた所が痛むが、急いでいるようなギース隊長の態度に私は何も言わずそのまま進んだ。


(尚後ろにつくマクザの表情が暗いのでその辺も考慮してあげた)


 昔の武将達が会議をするような広い和室に入ると、そこには少し、いやかなり見慣れた人物がいた。


「あっ! 待っていたよー! いやーごめんね遅くなっちゃって! 隣国に呼ばれていたから時間がかかっちゃってさー!」


 チョコチョコチョコ! とまるで子供が駆け寄るように近づいてきた人物は日本に住んでいた私にはめちゃくちゃ、本当にめちゃくちゃ見慣れたキャラクターだった。だって、この二頭身の身体に澄んだ水のような綺麗な水色の鱗、真ん丸な目とアヒルのような口は、どう見ても……。


「……ハ◯ギョドン……?」


 サン◯オに出てくる、半魚人のキャラクター。息子が幼い頃幼稚園でハンカチ持っている子いたな。私も子供の頃持っていたけれど。それが今、金の刺繍が入った煌びやかな白いマントを羽織って目の前にいる。しかも、バイキ◯マンでお馴染みの声優の声で喋っている。え、何この国。創り上げたのもしかしてオタク?

 マクザと話した時よりももっと呆然となる私に、ハ〇ギョドンは「あれ、僕の名前聞いたの? 惜しい、僕はドン・ギョ国王だよ! 宜しくね!」とにこやかに短い手を差し出した。ちなみに、横にタコのサ◯リちゃんはいなかったが、隣に同じ白色と刺繍が施されたドレスを身にまとった金魚のように尾が赤く、しかし鱗全体は桜色という色のコントラストが美しい鱗をした女性っぽい人魚がいて、こちらもハンギョ〇ンによく似たかわいらしい人魚だった。もしかして、キ〇ギョちゃん?


「そう言えば名前聞いてなかったね! 何と言うんだい?」

「あ、すみません、斎藤ちづるといいます。斎藤が性で、ちづるが名前になります」


 おずおずと手を差し出すとドン・ギョ国王は私の手握ろうとしたが手首の傷を見て「あれ、怪我してるじゃない!」と言って手首を優しく握った。そして手を離すと、傷は嘘のように消えていて。


「わっ凄い!」

「オイ、国王陛下の前であるぞ!」

「マクザ、発言するな!」


 ギース隊長が一喝する。

 でも、この国王陛下……発言めちゃくちゃ軽くない? なんか国王陛下というより、近所に住む気の良いおじさんみたいな感じ。それにこのフォルム。子供の頃から見過ぎていて親しみあるしなんならぬいぐるみにやるようにもふもふしたいし、威厳とか限りなくゼロに近いよ。この人が国王陛下で、この国は大丈夫なのだろうか……。

 私は色々疑問に思うも、傷を治してくれた事は嬉しかったので「ありがとうございます」と御礼を言った。


「というか、君の力があれば治癒なんて一瞬で出来るよ?」

「え、どういう意味ですか?」

「その説明もあるけど、とりあえず……」


 ドン・ギョ国王は、ギース隊長とマクザ、サラシをくれたふたりの人魚などあの場所にいた者がいる中でガバッと頭を下げた。


「国王陛下!」


 私みたいなのに頭を下げる国王を見て、周りの人魚達が驚愕に叫んだ。


「ごめんなさい! 君の鱗の色は間違いなんです!」

「えっ間違い?」

「……あのね、話すと長くなるんだけれど」


 国王は丁寧に、一つずつ説明してくれた。

 数年に一度の異界人が落ちる際、鱗の色を決めるのは実はドン・ギョ国王の奥さん、王妃らしい。その王妃は特殊な力(魔力と言った方がわかりやすいかも)で異界人に的確な色の鱗を付けて人魚としてカンシーラ王国に送る。鱗というか、身体を魚に変化させるのはこの水域で生きていくために必要不可欠の処置ということ。そして異界人が落ちるのは、神様の采配だからどうにも出来ないけど、選別だけは代々王妃が行えるらしい。そして今回私が落ちる際色を選ぼうとした時、国王との間に生まれた赤ちゃんが王妃の腕の中からにょきりと手を伸ばして違う色を選択してしまい、結果私の鱗を黒にしてしまったのだ。そうして罪人と同じ黒になった私は、先例に則ってこの地に落とされたそうな。


「そんな漫画みたいな事ある?」


 説明を聞いて第一声がこれだった。

 だって、此処に来て最初からずっとこんな感じじゃない。キャラクターだって既存感ありまくりだし。やっぱり誰か夢だと言って。そして目覚めさせて。


「いやー本当に僕も王妃から聞いて焦っちゃって! すぐにチヅル姫の元へ行きたかったんだけど、王妃共々隣国との会合が長引いちゃってね。チヅル姫、本当に申し訳ない。王妃が今横の部屋で準備しているから、出来次第チヅル姫を本来の鱗の色に戻すよ!」

「王妃のキギョンと申します。本当に、この度は取り返しのつかないことをしてしまって……」

「あの、チヅルでいいですよ。もう姫って歳でもないし……。戻す戻さないも大事なんですが、私ってもう元の世界だと死んだ事になっているんですか?」


 恐る恐る、私は聞いた。


「……うん、チヅル姫……チヅル様は元の世界だと過労で浴室にて溺死って事になってしまっている。仮にまだ息があったとしても、此処から元の世界に戻った者はいないんだ。だから、この地で生きていくしかないと思う」

「そんな……本当に……」


 申し訳なさそうに話す国王だが、私の心は未だかつてないほどどん底に突き落とされ、頭が真っ白になりペタンとその場に尻もちをついた。

 突然この地に落とされ、もう二度と息子に会えない。


「綾人……」


 ポロポロと、目から止めどなく溢れる涙。頼れる親や知人もおらず、二人で生きてきた最愛の我が息子との突然の別れに私は暫く泣き続けていたが、それを責める者は誰ひとりいなかった。涙が止まらない私に、王妃が私の前に音もなく歩み寄ると、両手を広げて口から何か呪文のようなものを告げた。

 周りが息をのむ音が鮮明に聞こえる。

 なんだろうと私が涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔を上げると、鱗に覆われた手の甲が白く見えた。鱗のない掌で顔を拭っておなかに視線を落とすと、なんと私の鱗は黒からあっという間に真珠のようなパールホワイトに変化したのだ。


「わっ、なにこれ!」

「貴女の事をお調べしたら、善い行いがかつてないほど膨大で、(わたくし)は迷わずこの色にしようとしたのです。私が息子を手に抱えていたのが悪いのですが、よりにもよってこの国の最下層である黒にしてしまうとは……。このような事態になり、誠に申し訳ありません。しかし、貴女の命の終末は我々ではどうする事も出来ないのです。全ては神が決め、我々は落ちるそのお身体をこの国に適合させるのが役目。ご了承、ください。今後の生活は私が全て保証致します。最上級であるその鱗と私に並ぶお力を持つ貴女に、決して不自由などさせませんわ」

 国王と似た身体つきの王妃は至極申し訳なさそうに謝罪し、腰を折って私に謝罪してくれた。ふたりとも小柄だから、私が座った状態でやっと目線が合うくらいだ。

 そこまでハッキリ言われると、逆に私の頭の心はモヤが取れていくような気持ちになった。伊達に年は取ってない、諦めるのも一つの手だ。それに、綾人だって私が死んだのはショックだろうけど、幸い短大も出て就職先もしっかりしている。なんとかなるだろう。

「わかりました。まだ私になにができるかわかりませんが、この地での生活、頑張ります」

 段々と元気が湧いてきた私は立ち上がって、お辞儀をした。

 改めて身体を見る。

 変化したパールホワイトの鱗は、真珠のように滑らかな光沢があり、光の加減で輝きが変化する美しいものだった。周りにいる人魚達にこの色の鱗を持つ者がいない為余計に新鮮に見えるし、変化したこの鱗に皆目が釘付けになっている。


(パールホワイトって、珍しいのかな? 王妃も最上級っていうくらいだから、数が少ないのかも)


「皆の者聞きなさい。この者は罪人などではなく、この国を御守りしてくださる特別な力を持ったお方です! 以後言動に気をつけるように!」


 王妃が力強く言うと、ギース隊長含む周りの人魚達がザ・軍隊の返事をした。統率力半端ない。そしておじさんが一番声でかい。ていうか、さっきから出てくる「力」ってなに?


「して、その傷は……」


 王妃が見る先には、ヒレに残るいくつもの刺し跡。マクザに突かれた傷だ。


「王妃様、近寄る無礼をお許しください」


 ギース隊長が近づいて、私の目の前でかかんだ。


「槍で突かれたような傷だ。貴女様はずっと地下牢にいたのですよね?」

「あー、ハイ……」


 うお、威厳ありまくりのギース隊長に様付けで呼ばれちゃったよ。

 どうしよう、ここでマクザにされたというのは簡単だけど、めちゃくちゃ怒られるんだろうな。そう思ってチラリとマクザの方を見てしまったのがいけなかった。その視線を見過ごさなかったギース隊長が、顔面蒼白で立ちすくむマクザの首元を掴んで、勢いよく地面に叩きつけたのだ。


「マクザ、貴様チヅル様を傷つけたな?」


 物凄い力で押さえつけられたマクザの首はミシミシと音を立てて、彼は「が、アッ!」と声を出し悶絶するが必死に弁明しようとした。


「ぐ、も、申し訳、ありません! そんな御方だとは知ら、ず……!」

「手荒く扱うなと言っただろう! お前の身体を串刺しにして、その鱗に囚人番号を刻んでやろうか!」

「ひっ!」


 鬼の形相で押さえつけ、更に手に持った槍でマクザの足元……ヒレ部分に槍をグッと突きつけるギース隊長。ツツ……と先端から出血しマクザは許しを請うが、隊長の手は緩まない。

 す、すご……。偏見かもしれないけれどまさにザ・軍隊って感じ。隊長から見れば、私は巻き込まれた異界人だし、こんな鱗の色だからそりゃあキレるのもわかるけれど、あのままじゃあ彼が死にそうだわ。


「あの、隊長さん。手を離してください……私怒ってないですから」

「ですが……」


 抑えつけた状態でギース隊長は顔を上げる。マクザは自分の部下だから、余計にこうして制裁を加えなければと思っているんだろう。


「いいんです。なんていうか、子供が癇癪起こして悪戯したって感じでしたから。もう血も止まってますし、気にしてません」


 母親やっていたらわかる、あんな暴言は男子ならあるよ。綾人も思春期は良くイライラしてたしなー。

 軽い雰囲気にしようと私がそう言って笑うと、王妃は目に涙を溜めては「やはりチヅル様は器の大きな御方だわ!」と感激し、横にいた国王も深く頷いていた。


「チヅル様、寛大な御心感謝いたします」


 ギース隊長は、頭を大きく下げて述べた。ウェーブがかったオレンジ色の肩まである髪がサラリと揺れる。

 あの、本当に呼び捨てでいいですから……。


 その後、私は国王と王妃と今後について話し合う為他の人魚達を外に出して部屋で話し合った。因みに「力」というのは癒しの力……つまり治癒力のことで、鱗の色が薄いほど強力になっているんだって。私は早速、王妃に教えて貰った呪文を傷ついた箇所に手を当てて唱えてみると、なんと私の傷は綺麗さっぱり消えた! 凄い、これ魔法じゃん便利だわー! この呪文、顔のシミにも効果ないかな?

「癒しの力には身体に持つ気……チャクラを使いますから、あまり頻繁に使うとお身体を壊すことになります」

「チャクラ、かあ。私は今どれくらいあるかわかりますか?」

「チヅル様は生前に大変徳を積んだ御方なので、チャクラの量は膨大です。ですが今はまだ体内のチャクラがコントロールされておらず少しの量しか出せません。それも私と共に訓練して出せるようにしていきましょう。そして、厚かましいお願いなのですが、国王と私、そしてチヅル様に我が国カンシーラを御守りして欲しいのです」

「御守り? 戦争か何か起こるんですか?」

「今すぐにではありませんが、何か不吉な予感がするのです。チヅル様には専用の屋敷を建設し、食事も衣類も不自由させません。チヅル様の要望は全て聞き入れますので、お願い致します」


 国王共々、深く頭を下げられ私は焦った。よく考えたらこんなの、日本の天皇陛下と皇后様に頭を下げられているようなものじゃないの。いや、私全然そんな大した事してないし徳積んだ覚えがないんだけど! 必死に子育てと仕事しかしてないから! 


「あ、頭を上げてください! どのみち私はもう帰れないですし、衣食住をお約束してくれるのであれば私としても願ったり叶ったりです。強制労働とかじゃないのは有難いですし」

「強制労働など以ての外です! 貴女様は自由にしていて構わないのですよ」


 若干青くなった王妃の顔に「じょ、冗談ですよ〜」と笑ったが、二人の目は真剣だった。

 かくして私は、このカンシーラ王国で暮らすこととなった。子育てが終わって、プレミアムビールを飲む暇のないまま一生縁がないと思っていたメルヘンでファンタジーな世界に飛び込んでしまったのだった。


「てか私、結構なおばさんよ?」



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