SCENE2
雨がしとしとと降っている。
あの朝の狂乱が嘘のように、静まり返った和室。
大石は親族席の末席に座っている。
目は虚ろで、涙さえ枯れ果てている。
魂の半分を、あの病室に置いてきた抜け殻のように。
喪服姿の参列者が焼香をしていく。
母・佐和子が、気丈に振る舞いながらも、ふと崩れ落ちそうになるのを、父・健一が支える。
担任だった真田が、大石の肩に手を置く。
真田「……大石。しっかりな」
大石「……はい」
言葉は、上滑りして消えていく。
深夜2時。
家の中は静まり返っている。
親族たちは疲れ果て、隣の部屋で仮眠をとっている。
六畳の和室。
祭壇の蝋燭の火が、ゆらゆらと揺れている。
線香の香りが充満している。
部屋の中央に置かれた棺。
小窓が開けられ、湊(22)の顔が見えている。
死化粧を施されたその顔は、まるで17歳の頃に戻ったように美しく、ただ深く眠っているようにしか見えない。
その棺のすぐ横に、大石(22)が胡座をかいて座っている。
膝の上には、あの日湊を撮った一眼レフカメラ。
大石「……よう寝るなぁ、お前」
大石の掠れた声だけが、部屋に吸い込まれる。
当然、返事はない。
大石「起きろや。……俺、ずっと起きとるで」
大石、カメラの電源を入れる。
液晶モニターの光が、暗い部屋で青白く光る。
表示されているのは、臨終の瞬間に撮った、湊の笑顔の写真。
大石「ほら、見てみ。……約束の写真や」
大石、モニターを棺の中の湊に見せるように傾ける。
大石「ええ顔してるやろ。……俺、天才かもしらんな」
「遺影の写真も、これにすればよかったのに。おばちゃん、『最後のは二人だけの秘密にしとき』って。……気ぃ遣わせてもうたわ」
大石、カメラを畳の上に置く。
カタリ、と乾いた音が響く。
静寂。
耐えきれないほどの静寂。
大石の手が、恐る恐る棺の中へ伸びる。
湊の頬に触れる。
氷のように冷たい。硬い。
それが「死」の手触りだと、指先が理解してしまう。
大石「……冷たいなぁ。お前、ほんまに寒がりやな」
大石、湊の手を両手で包み込み、温めようと擦る。
何度擦っても、体温は戻らない。
大石「なぁ、湊。……これから俺、どないしたらええ?」
大石の声が震え始める。
大石「『自分の人生生きろ』って……かっこええこと言うて満足か? 残された俺の身にもなれや」
「お前がおらん世界なんか……広すぎて、どこ歩いたらええかわからへんわ」
大石、棺の縁に縋り付き、湊の胸元に顔を埋める。
大石「俺の人生、全部お前にやった言うたやろ……」
「お前がおらな、俺の人生つまらんのじゃ……退屈なんじゃボケ……!」
涙が溢れ出し、湊の死装束を濡らす。
大石は、誰も見ていないからこそ、子供のように顔を歪めて泣く。
大石「なぁ……クビにすなよ……」
嗚咽混じりの声。
大石「勝手に逝って、終わりにすなよ……」
「俺はまだ、お前の『記憶係』やぞ……! まだ覚えとらなあかんこと、いっぱいあるやろ……!」
大石、顔を上げ、湊の静かな寝顔を至近距離で見つめる。
もう二度と開かない瞼。もう二度と自分を呼んでくれない唇。
大石「起きてくれや……頼むから……」
「置いてくなよぉ……! もう一回だけでええ……『陽向』って呼んでくれよぉ……!」
大石の絶叫に近い願いも、冷たい躯には届かない。
蝋燭の火が、ふっと揺らぐ。
まるで湊が「ごめんね」と言ったかのように。
大石「……うぅ……あぁぁ……っ」
大石は、湊の冷たい手を自分の額に強く押し付け、身体を小さく丸めて泣き続ける。
その背中は、あまりにも孤独で、小さかった。
窓の外が、微かに白み始める。
別れの朝が、無情にも近づいていた。
火葬場(翌日)
重厚な扉が閉まる音。
ゴォォォ…… という炉の音が微かに響く。
建物の外。煙突から白い煙が空へ昇っていく。
快晴の空。あの卒業式の日と同じ、突き抜けるような青。
大石は空を見上げ、カメラを構えることすらできず、ただ立ち尽くす。
湊という肉体が、この世から完全に消滅した瞬間。




