009 共同で訓練を始める
村人たちは俺たちが遭難者だと知ると親切にしてくれた。ここはブリコットという名前の村で、テオドの話では住人達はすべて人族とのことだ。
場所によっては獣人の村や魔族の村もあるらしいが、この付近の村はどれも人族の村だそうだ。
遭難者が来たと知らせを受けて、村長が出てきて俺たちの応対をした。村長と言っても、革を縫い合わせた作業着を着た普通のお爺さんだ。
その説明によると、この村の住人は百人くらいで大半がハンターだと言う。魔物から取れる魔石や革を売って生活をしているらしい。魔空船の航路や街道からは大きく外れているため、余所からの訪問者はほとんど来ない。行商人が半年に1回くらいバドゥ(巨象)で生活物資を運んできて、村で取れた魔石や革と物々交換するのだと村長が説明してくれた。
俺たちがこの村に来た経緯をテオドが説明しようとしたら、フィルナ嬢が横から出てきて話を始めた。
「そういう事情で、私たちが乗っていた魔空船は海賊に襲われて沈没してしまったのです。それで、沈んだ船に荷物を取りに戻りたいんだけど、一緒に行ってくれるハンターを出してもらえないかしら? 護衛をお願いしたいのよ。お礼はたっぷりするわ」
フィルナ嬢が村長に聞いているが、村長は首を横に振っている。
「船が沈んだのは魔樹海の中だべ。おまえさまが言ってることは死ねってことと同じだぁ。この村の者は誰も行かねぇだよ」
それを聞いたフィルナ嬢はがっくりと項垂れた。しかし、すぐに頭を上げて食い付きそうな勢いで村長に顔を近づけた。
「それなら、船を出してちょうだい。魔空船で近くの街まで送ってくれたら、たっぷりとお礼をするから。それならいいでしょ?」
相変わらず高飛車な言い方をするお嬢さんだ。きっと大きな商会の令嬢として甘やかされて育ったのだろう。
この村の様子を見たら、それがムリなことくらいひと目で分かるだろうに……。村の中は茅葺の小屋が立ち並んでいるだけで、魔空船などを持っているようには見えないのだ。
案の定、村長は呆れ顔で否定した。
「この村にゃ、船なんぞねぇだよ。それに、行商人も期待せんほうがええよ。行商人は少し前に来たばかりだぁ。だで、次に来るのは半年くらい先だわ。それを待つかえ? だども、連れて行ってもらうのは難しいべな」
「それが本当なら、どうやったら街へ行けるの?」
「おまえさまぁ、脚があるべ。歩くのさぁ。魔樹海は避けて、原野にある小道を辿って西の方角さぁ行けぇ。そんだら7日くらい歩けば街道に当たるっ。そこから南へ10日か20日くらい街道を歩けばブライデン王国へ行けるだよ。だども、街道つっても、ほとんど魔樹海の中を通ることになっから、運が必要になるだよぉ」
それを聞いたフィルナ嬢は意気消沈した。目を伏せた彼女の横顔って、まつ毛が長いな……。
「ところで、村長。この村には宿屋はあるか? 泊まりたいのだが?」
何かを考え始めたフィルナ嬢を横目で見ながらテオドが尋ねた。
「いんや。宿屋なんつう洒落たもんはねぇよ。その代わり、空き家なら何軒かあるだよ。それさ使ってもかまわねぇよ。こっちだぁ」
………………
俺たちは村長に案内されて村外れの小屋の中に入った。入口から入ってすぐのところが土間の台所で、その奥に板間が2部屋あった。人が住んでいないため埃っぽく、鍋釜も寝具も無かった。
「この家さぁ、いつまで使ってくれてもかまわねぇけど、食料や寝床は自分で用意するだよ。おらたちのを分けてやってもいいけど、タダじゃあねぇよ。あと、村ん中で悪さしたら、出てってもらっから」
「分かった。食料や寝床は自分たちで用意するから大丈夫だ。村の近くで狩りをさせてもらうが、それは差し支えないか? それから、これは当面の家賃だ。狩りで余った素材も村に提供しよう」
テオドはそう言いながら村長に大金貨を1枚渡した。俺の〈知識〉から大金貨1枚は1万ダールだと分かった。円に換算すれば20万円くらいになるだろう。
「こんなにぃー。わるいねぇー。狩りは好きなだけやっていいだよー。だども、魔樹海の方へは行っちゃあなんねぇ。この辺りの魔樹海にはスロンエイブが出るだよ。飛礫猿だぁ。群れで襲ってくっから気ぃ付けろぉ」
村長はそう言うと、思わぬ収入にホクホク顔で帰っていった。
「村長も言ってたが、スロンエイブという猿の魔物には注意が必要だ。この近辺のスロンエイブは百頭くらいで群れを作っていて、飛礫の魔法を使ってくるんだ。バリアを張っていてもすぐに破られてボコボコにされる。まぁ、おれたちは魔樹海へは入らないから大丈夫だがな」
テオドは明らかにフィルナ嬢に向かって言ってる。忠告と言うより脅しに近い。フィルナ嬢もそれが分かったのだろう。黙って俯いていた。
それよりもこの家の掃除だが、どうするんだろ? そう考えていると、気を取り直したのかフィルナ嬢が同じことを言いだした。
「こんな汚い家で寝られないよ。先生、どうにかして」
「大丈夫。任せて」
ダリナさんが呪文を唱えると、床の上に大きな木箱が現れた。ロードナイトだけが使える亜空間バッグの魔法だ。ダリナさんはその中から掃除道具を出してきた。それを使ってみんなで部屋の中をきれいにした。
テオドも亜空間バッグから木箱を取り出して、炊事道具や寝袋を出してきた。ロードナイトであれば亜空間バッグの魔法が使えるから、その中に原野や魔樹海の中でも生きていけるように色々なサバイバル用具を保管しているのだとテオドが教えてくれた。
その後はテオドとダリナさんが出してきた非常食をみんなで食べた。俺は清浄魔法で体をきれいにしてもらって、テオドが張り巡らせたバリアに包まれて保温魔法が掛かった寝袋に入った。
フィルナ嬢も同じようにダリナさんに体の汚れを落としてもらい、バリアに包まれて寝袋の中だ。
さっきは彼女に対して感情的になってしまったが、俺はそのことを少し反省した。たぶん彼女は必死なのだろう。ぬくぬくと育った家から遠く離れて、突然に魔物や魔獣が跋扈する土地に放り込まれたのだ。
そうか……、よく考えると俺も同じじゃないか。どっぷりと平和な日常に浸かっていたのに、突然に異世界に召喚されて、遭難してこんな場所に来てしまったからな。俺も心に余裕が無くて、アイラ神やテオドに対して刺々《とげとげ》しくなっていたのだろう。
フィルナ嬢があんなに高飛車になっているのも心の中に何かを抱えて焦っているのかもしれない。俺も同じだ。焦ってる。優羽奈のことを考えると居ても立っても居られないのだ。
優羽奈はどこにいるのだろう……。こんな異世界に放り込まれて、独りぼっちで泣いているんじゃないだろうか……。どうか、生きていてくれ……。
………………
目を開けると朝になっていた。昨夜は色々考えて朝まで寝付けないかと思ったが、いつの間にか眠ってしまったようだ。起きたのは俺が一番最後だった。急いで家の外にある井戸で水を汲んで顔を洗った。テオドが出してきた干し肉と乾パンを食べて朝食を済ませた。
「今日から剣術の訓練を始めるぞ。場所は昨日の草地だ」
「よろしくお願いします」
俺はテオドに向かって軽く頭を下げた。
「なんだ? 今日は殊勝だな」
「昨日はこの世界にムリヤリ連れて来られて、しかも、優羽奈の行方も分からないことに苛立ってたからな。でも、あんたには助けられたし、これからは色々と教えてもらうことになる。いつまでも意固地になってても仕方ないからな」
テオドは俺の言葉にニッと笑った。
「それじゃあ、行くか」
フィルナ嬢のほうを見ると、彼女たちも出かけるらしい。
「あんたたちは、どうするんだ?」
「あなたと同じよ。私もこの村の周辺で訓練するの。ブライデン王国に行くにしても、街道は魔樹海の中を通ってるでしょ。生き残れるかどうかを運任せにするなんてイヤだもの。ダリナ先生の足手まといにならないように、私も自分を鍛えることにしたのよ」
見ると、フィルナ嬢も俺と同じような剣を腰に着けている。ダリナさんから借りたのだろう。
「本気なのか? あんたのようなお嬢さんが……」
「私は本気。いつだって……」
彼女は伏し目がちな顔を上げて俺の目をまっすぐに見つめた。
急に心臓がドキドキし出した。なんで俺がこんな高慢ちきな女のひと言で胸がドキンとしなきゃならないんだ。でも……、可愛いな。
で、結局、フィルナ嬢とダリナさんは俺たちと共同で訓練を始めることになった。しかし、テオドも可愛い娘に弱いな。「一緒に訓練させて」と言うフィルナ嬢の甘え口調に一発オッケーだったし。ま、俺も同じだったが……。




