008 助けたのは大商会の我儘お嬢様
テオドから魔力の補充用にソウルオーブを何個か買っておけとか、魔力の補充には金が必要だとか言われて俺は困ってしまった。
「金が必要と言われても、俺は金なんかないぞ?」
「心配ないわ。これを使いなさい」
見ると、俺の手に銀色に光るソウルオーブが2個乗っている。どっちも新品だ。
「その中の1個は魔力の補充用に使えばいいわ。もう1個のオーブはお金が必要になったときの換金用に新品のまま取っておきなさい」
「ありがとう、助かる」
「それと、これも」
アイラ神が俺に手渡してきたのは剣とナイフ、そして帯剣ベルトだ。重い。剣を鞘から抜いてみると刃渡り60センチくらいの両刃の直剣だった。切っ先も鋭い。ナイフの方は刃渡りが10センチくらいだ。
「街の武器屋で売っていた普通の片手剣よ。今のあなたには、その剣でも重く感じるでしょ?」
たしかに……。俺は素直に頷いた。
「その剣を自分の腕と同じくらいに素早く巧みに動かせるよう訓練するのよ。それと、ナイフの方はいつも護身用に身に着けておきなさい。いざというときに役に立つから」
俺はテオドを真似て帯剣ベルトを腰に巻いて剣を鞘に入れた。左腰がズシリと重くなった。ナイフも鞘に入れて腰に装着した。
訓練したら、この剣やナイフを自分の体のように使いこなせるのだろうか。俺は不安が顔に出ないように奥歯を噛みしめた。
「それじゃ、あたしは帰るから。テオド、また何かあったら遠慮なく呼ぶのよ。いいわね?」
「承知しました、アイラ神様。それと、そのベッドとテーブルは一緒に持って帰ってくださいよ」
「ええ、分かってる。それと、この娘たちのことも頼んだわよ。マイダール商会はダールム共和国の大商会で、カイエン共和国の大事な取引先なのだから」
ベッドから眠っている女性たち二人の体がゆっくりと降ろされて草の上に寝かされた。アイラ神が念力魔法を使ったようだ。
その後、アイラ神は俺の方を見て手を振りながら消えた。ワープ魔法だ。ベッドやテーブルも消えていたから、アイラ神が異空間倉庫に格納したのだろう。〈知識〉によると神族だけが使える異空間倉庫という魔法があるらしい。
テオドが眠り解除の魔法を唱えると眠っていた二人が目を覚ました。若い女の方はまだボンヤリした顔をしているが、護衛の女の方は反応が速かった。若い女の手を取ると、何やら呟いた。魔法でバリアを張ったのだ。
「あなたたちは誰なの?」
護衛の女は鋭い目つきで周りを見回しながら聞いてきた。ロードナイトと言ってもピンキリがあると思うが、この女は経験が豊富なのだろう。低い声で落ち着いている。
テオドが二人にこれまでの経緯を話した。テオドがアイラ神の関係者でロードナイトであること。テオドから連絡を受けたアイラ神が飛行魔法を使って我々四人をここまで運んでくれたこと。ここに自分たちを降ろした後、アイラ神はワープ魔法で帰ったというようなことだ。
テオドは俺のことも簡単に紹介した。
「この男もアイラ神様の関係者で、おれと一緒に旅をしている。普通の人族だが、これから原野や魔樹海で生きていけるように、おれがこいつを指導して訓練することになっている」
テオドが視線で俺に何か言うように促した。
「ええと、ダイ……、ダイルだ。よろしく」
思わず大輝という名前を口にしそうになる。ダイルという名前に馴染むには少し時間が掛かりそうだ。
「アイラ神様とテオドさんがあたしたちを救ってくれたことは分かりました。礼を言うべきですが、その前に教えていただきたい。なぜ、あたしたちを助けたのですか?」
「尤もな質問だな。船が海賊に襲われたときに、偶然、おたくの商会の番頭さんからマイダール家の一族が乗船していることを聞いたんだ。アイラ神様に連絡を取ったところ、マイダール商会はカイエンにとって大事な取引相手になるから助けようということになった。それで、アイラ神様が自らワープ魔法を使って駆け付けてくれたんだ」
「番頭と言うと……、あなたはマコルさんを知っているのですね? 彼はどうなりました?」
「分からない……。マコルさんの近くで火砲が爆発して、彼は胸に傷を負って倒れていた。俺がキュア魔法で治療を始めたが、海賊どもが船に乗り込んで来て治療を中断してしまった。おそらく死んでしまっただろうな」
「そうですか……。マコルさんはあたしたちと一緒にカイエンで店を開くことになっていました。とても優秀で優しい人なのに、こんなことになってしまうなんて……。マコルさんはマイダール商会を大きくした功労者なのです」
護衛の女は悲しそうな目で少し顔を伏せた。
あの番頭は一見ヤギ顔の年寄りにしか見えなかったが、人は見掛けによらないものだ。
俺がそんなことを考えている間も護衛の女とテオドの会話は続いている。
「ところで、あたしたちを魔法で眠らせた理由は?」
「あんたたちを眠らせたことは謝るしかないが、アイラ神様は自分の身内にしか顔を見せない。それで、わるいが眠ってもらった」
「なるほど、分かりました。お礼を言わないといけないですね。ありがとうございます」
護衛の女は両手を組んで軽く頭を下げた後、若い女のほうに顔を向けた。
「フィルナ、あたしたちは本当に助けられたようです。あなたからも、お礼を言ったほうがいいわ」
若い女は少し強張った顔で頷いた。船の沈没に巻き込まれたせいで、衣服だけでなく髪や顔も汚れている。が、よく見るとすごい美人だ。
「助けてくれてありがとう。私はフィルナ。こちらは私の家庭教師のダリナ先生。先生は私の護衛も兼ねているの。ロードナイトで、とっても優秀よ。船が沈没したときは先生が守ってくれたから生き残れたのよ。魔樹海の中でも先生がいれば、私を守って生き残れたはずなの。だから……、あななたちの助けは、はっきり言って余計なお世話だった。と言うか迷惑だったわ」
なんてことを言うんだ! 可愛い顔をしてるのに、身勝手なことをズケズケ言う女だな!
テオドが助けたのは大商会のお嬢様らしいが、我儘な女は嫌いだ。
「勝手なことを言うなよ! 助けてもらったくせに」
若い女の言い方に腹が立って、俺は思わず怒鳴ってしまった。フィルナと名乗った女は、睨みつける俺を見て少し目を泳がせた。が、意を決したようにテオドに視線を戻して話を続けた。
「言い過ぎたことは謝るわ。ごめんなさい。アイラ神様やテオドさんたちには感謝しないといけないことは分かってます。でも……、私たちの大切なものがあの船に残っているの。中身は言えないけれど、本当に大切なものなのよ。だから、私たちはそれを取りに戻るわ」
「それは無謀だ。たしかに、ダリナさん一人なら魔樹海で生き残れるかもしれない。しかし素人のあんたが一緒ではムリだ。それに、あんたが行こうとしているのは沈んだばかりの船だ。今ごろ、強い魔物や魔獣が寄って来てるぞ。あいつらにとっては絶好のエサだからな」
「テオドさんの言うとおりよ。フィルナ、あなたを連れて魔樹海の船に戻るのは死にに行くようなものだわ。ですからフィルナ、あなたはここに残りなさい。船に行くのは、あたし一人で行きます」
「いえ、それはダメよ。先生も知っているでしょ? 船の中のあの倉庫は私が行かないと開かないのよ」
その後も二人は相談し合っていたが、どうするか決まらないようだ。
「もうすぐ夜が来る。とりあえず村へ行って、落ち着ける場所を確保しよう」
テオドの提案で俺たちは村に向かって歩き始めた。
「ねぇ、先生。こんな汚れたままの姿を人に見られるのはイヤだわ。清浄の魔法で汚れを落としてほしいの」
「いえ、今はまだダメ。少しの間、我慢しなさい。あたしたちは船が沈んで運よく助かった遭難者なのよ。それが身ぎれいな姿で現れたら、村人たちが不審がるわよ」
なるほど、さすがだな。ダリナさんの言葉にフィルナ嬢もシブシブ納得したようだ。
やがて、村の入口が見えてきた。




