007 これってもはやチート
一瞬、ここはリアルっぽいゲームの中かと思ったが、どう考えても現実世界だ。頬に感じる冷たい風も踏みしめたときの草地の感触も、ここが現実世界であることを示している。アイラ神からは甘い香りが漂ってくるし……。
おっと、今はメニューの確認を続けよう。
「難易度設定」の〈ハード〉を選ぶと、相反する属性の魔法には使用制限が掛かるようになるらしい。例えば〈火〉属性を取ったら〈水〉属性の魔法は制限が掛かって大半が使えなくなるとかだ。また魔法を上手く使うためには、魔法毎にその技能を磨かなければならないようだ。使いたい魔法の技能が低いと、魔法の発動を失敗したり、威力が落ちたりするということだろう。ハードモードではソウルオーブへのスキル登録が成功する確率が極めて低いようだ。これはかなり大変そうだ。
一方の〈イージー〉を選ぶと、属性による使用制限は掛らず、単に魔力が上がっていけば高度な魔法でも使えるようになるらしい。また、スキルのアシスト機能についてもメリットがあるとか、比較的簡単にスキル登録ができるとかヘルプには書いてあった。ほかにもイージーモードのメリットが書いてあったが、難しい話はよく分からないから今はスルーしよう。
それと〈ハード〉の場合は、バリア魔法を使うと魔力の半分が自動的にバリアに回されるらしい。だから、攻撃魔法に使えるのは魔力の半分になるようだ。
それに対して〈イージー〉の場合は、魔力をバリアやそれ以外の魔法でどのように配分するかは自由に設定できるらしい。だから、強い敵と遭遇して負けそうな場合はバリアを厚くするとかできるわけだ。
さらに驚いたことに、ヘルプには次のような注釈が書かれていた。
「このウィンキアで生まれたソウルを持つ者はハードモードに自動設定されます。ただし、神族とその使徒はイージーモードに自動設定されます」
このヘルプが本当だとすると、この世界の人族や亜人たちがソウルオーブを装着すると必ずハードモードになるということだ。
なに、これ? このウィンキアの人族や亜人たちは命が懸かっているのにハードモードで戦わされてるってことだ。どうしてそんなことになってるんだろ?
アイラ神にその疑問をぶつけると、彼女はちょっと考えて「これで分かったわ」と自分だけ納得したように呟いた。
「なぁ、俺にも説明してくれよ」
「ソウルオーブを発明したのは天の神様だってこと、知ってるわよね? これはあたしの推測だけど、天の神様はソウルオーブが魔族に渡ったときの防御策を設けたのよ。魔族だってソウルオーブを装着できるの。魔族がソウルオーブを装着したら魔族が不利になるような仕組みを設けたんだと思うわ」
「いや、その推測はちょっと違うんじゃないか? 人族や亜人が装着しても同じように不利な設定になってるぞ?」
「それは、今の人族や亜人がウィンキア生まれのソウルだからよ。天の神様は自分と同じ異世界で生まれたソウルを持つ人族だけが有利になるような仕組みにしたんじゃないかしら」
「なんのために?」
「天の神様はウィンキア生まれの人族や亜人をあまり信用してなかった、ということかな……」
「どういうこと?」
「魔族が人族や亜人に敵意を持っていることは知ってるでしょ? その魔族たちが死んだら、そのソウルは人族や亜人に転生する可能性があるのよ。と言うか、魔族の数は人族よりも圧倒的に多いから、今の人族の大半は魔族の生まれ変わりと考えた方がいいわね」
「ええと、まだよく分からないんだが……」
「天の神様が異世界から連れてきた人族はたぶん数百人くらいだと思うけど、1万年の時が経って、今の人族は百万人くらいに増えてるわ。つまりね、今のウィンキア生まれの人族の大半は魔族の生まれ変わりってことよ。魔族のソウルを持っているということなの」
「なるほど……」
「天の神様はね、寿命の短い人族が世代を経て人口が増えていくことを予想されていて、その大半が魔族からの転生者だと考えておられたようなの。それは人族だけじゃなくてエルフやドワーフ、獣人たちも同じよ。つまり、人族や亜人の大半は魔族由来のソウルを持っていて、大地の神様の影響を受けている可能性があるってことなのよ。だから天の神様はウィンキア生まれの人族や亜人を信じられなかったのね」
「なるほどね。そういう理由で、ウィンキアで生まれたソウルを持つ者はハードモードに自動設定されているってことか。じゃあ、神族と使徒がイージーモードなのは?」
俺の問いかけに、アイラ神は「そうねぇ……」と少し考えてから言葉を続けた。
「神族と使徒は天の神様から生命リフレッシュの恩恵を受けているのよ。だから、20歳前後の容姿のまま歳を取らないし、寿命は数千年以上あるの。天の神様は数千年の間、自分の直属の部下として仕える神族や使徒たちを信用できるとお考えになったのかもしれないわね。それであたしたち神族と使徒を特別にイージーモードにしてくれたのだと思うけど……」
アイラ神はちょっと自信無さそうに答えてくれたが、理屈は通っているようだ。そういう理由で地球生まれのソウルを持つ者が有利になるような仕掛けになっているのか……。それで俺だけにあのメッセージが見えるってわけだ。まぁ、理由はどうでもいいんだけど。
ともかく俺はイージーモードに設定しておこう。これがゲームであれば、スリルがあるハードモードを選ぶと思うが、今はそうはいかない。なにしろ自分と優羽奈の命が懸かっているからな。
「よし。イージーモードに設定した」
「試しに何か魔法を使ってみて」
「分かった」
ソウルオーブの魔力〈10〉で発動できる魔法であれば、俺は何でも使えるはずだ。ええと、火砲魔法のように大きな音がするのはマズイから、これにしよう。
ヘルプを読んで、試し撃ちの魔法を確かめる。なるほど……。でも、命中精度を高める方法って……、これ、カッコ悪いぞ。
俺は近くの地面に向かって人差し指を向けて魔法の名前を念じた。
直径10センチくらいの氷の球が指先から飛び出して地面にめり込んだ。かなり深くまで穴が空いたから、十分に威力はあるようだ。続けて10発ほど連射してみた。魔力バーが一気に半分くらいになった。
「えっ!? 呪文を唱えないで魔法を発動できるの? あたしでさえ、無詠唱はムリなのに……」
アイラ神もテオドも目を丸くしている。
そうか……、俺は心の中で魔法の略称を念じただけだ。しかし、1発撃つ度に魔法名を念じるのは面倒だな。発動に1秒くらい掛かっている。訓練すればもう少し速くなるだろう。まぁ、ちんたら呪文を唱えるよりはずっとマシだが。
ともかく、これってもはやチートと言っていいだろう。
嬉しさが込み上げてきた。
「ダイル、言っておくが、調子に乗るなよ。ソウルオーブの難易度設定のことや無詠唱で魔法を使えることは秘密にしておけ。そうしないと、おまえのことを妬んだり、捕らえて研究しようとするヤツが出てくるかもしれないからな」
「そうね。テオドの言うとおりだわ。あなたは子供のころから必死に訓練して、素早く魔法を使えるようになったことにするのよ。呪文も早口で唱えている振りをしたほうがいいわね」
「分かった。面倒だが仕方ないな」
ワクワク感は急速に萎んでしまった。
俺はその後、バリア魔法や風刃魔法を試してみたりした。で、あっと言う間にオーブ内の魔力が空になってしまった。それを知ったテオドがすぐに魔力を補充してくれた。テオドはハイレベルのロードナイトらしいから、ソウルオーブへの魔力補充は何度でも問題なくできるようだ。
「でも、テオドがいなかったら、どうやってオーブに魔力を補充すればいいんだ?」
「街や村に行けば魔力泉がある。各国の王都に行けば神殿の中に魔力貯蔵所がある。そのどちらでも魔力を補充できるぞ」
魔力泉というキーワードで〈知識〉から情報が流れ込んできた。魔力泉というのは、ウィンキアソウルの魔力が地表に漏れ出している場所のことだ。魔力泉は街や村が管理しているし、魔力貯蔵所は神殿が管理している。原野や魔樹海の中にも天然の魔力泉があって、探知魔法でそれを見つけることができるらしい。だが俺が探知魔法を使うには、もっと自分の魔力を高めなきゃいけないようだ。
俺が知識の確認をしている間もテオドの話が続いている。
「ソウルオーブの魔力切れには注意が必要だ。ソウルオーブにどれだけ魔力が残っているかいつも気にしておけ。それと、魔力の補充用に予備としてソウルオーブを何個か持っておくのは常識だ」
そこでテオドはニヤリと笑って言葉を続けた。
「当然の話だが、ソウルオーブを買ったり、魔力を街や村で補充したりするには金が必要だ。安くはないぞ。しっかり金を稼いでおくんだな」
金かぁ……。アイラ神の好意でソウルオーブを1個ゲットできたし、俺だけチートっぽくメニューや魔法を使えるのは嬉しい。だが、ソウルオーブの購入や魔力の補充に金がかかるのは困る。
この世界でもやっぱり金ってことかぁ……。




