005 パワーレベリングで
アイラ神は瞳に涙を浮かべて辛そうな表情で俺を見ている。本心で謝罪しているのだろうが、俺がそれで納得できるはずがない。
「優羽奈を捜せよ! 捜し出して俺たちを元の世界に戻してくれよ。それがあんたたちの責任だろ! 勝手に俺たちを召喚しておいて、優羽奈は行方不明っていう説明だけじゃ済まされないだろ!」
もっと冷静に話すべきだと分かっているが、感情の発露が抑えきれない。
「その方法が、無いの……。ユウナさんを探し出す方法も、あなたや召喚されてきた人たちを元の世界に戻す方法も無いのよ……」
「そんなはずはないだろ! あんたの魔法で捜せないのか? それに、召喚ができるんだったら、戻すこともできるんじゃないのか?」
「高度な魔法を使ったとしても、何の手掛かりも無い人を捜し出すことはできないわ。それに、召喚魔法は一方通行なの。召喚することはできても戻すことはできないのよ」
アイラ神の表情は真剣だ。本当のことを言っているのだろう。でも「はい、そうですか」と引き下がるわけにはいかない。
「それじゃ、どうするんだよ!?」
さっきまでの悲しそうな表情は消えて、強い意志を込めた瞳でアイラ神は俺と目を合わせた。
「これからどうするのか。あなたとその話をするためにここへ来てもらったのよ。こんな場所で悪いけど、座ってお話ししましょ」
ここは雑木林に囲まれた原っぱだ。どこに座ろうかと戸惑っていると、アイラ神が何かの呪文を唱えた。するとテーブルと椅子が目の前に現れた。テーブルの隣には簡易ベッドが二つ現れて、寝ている二人はアイラ神の念力魔法でベッドに移された。
アイラ神は椅子に腰掛けて、俺とテオドにも座るように促した。テーブルの上にはいつの間にか陶器のカップとポットが置かれていて、ポットからは湯気が上がっている。
「どうぞ。暖かいお茶を飲めば気持ちが落ち着くわよ」
こっちの世界にもお茶があるんだな。飲んでみると紅茶に似ていた。少し甘みもあるようで、たしかに気持ちが落ち着いてきた。
「じゃあ、話を続けるわね……」
アイラ神が言うには、召喚魔法の終盤あたりで、召喚されてきた人たちの中に行方不明者がいることが分かったのだそうだ。この世界のどこかに漂着しているはずだ。俺の同伴者もその一人だった。しかしアイラ神たちにはその行方不明者がどんな人間かも分からないため捜し出す方法が無い。それで、各国に潜んでいる自分の使徒たちへ異世界人らしき者の手掛かりを得たら連絡するよう手配した。
そして俺に対しては同伴者の捜索をどうするか相談することにした。
相談する前に、まずはアイラ神が俺をあずかり、俺を鍛えて、この世界で俺が独力で同伴者を捜索できるだけの能力を身に付けさせようとした。神族が支援すれば、能力を高めるのはそれほど時間が掛からないそうだ。
そのためにアイラ神が俺をあずかって、アイラ神の拠点であるカイエン共和国へ連れていくことにした。アイラ神の姉が召喚魔法を行ったのはマリエル王国だ。そのマリエルからカイエンまで俺を移動させるために、アイラ神は使徒のテオドを俺の護衛として同伴させて旅をさせた。
旅の最中に異世界人である俺が不自然な行動をしないように、必要な言語や知識を知育魔法を使って俺のソウルに植え付けた。また、旅をしている間はテオドの指示に俺が素直に従うよう暗示魔法で俺のソウルに疑似人格を作り込んだ。カイエンに着いたら、その疑似人格は消去する予定だったが、船が海賊に襲われたときに受けた何かの衝撃で暗示魔法が解けてしまったらしい。そして、今に至るわけだ。
俺がこの世界の言語や様々な知識を有しているのは、そういう事情があったからだと分かった。
「あなたたちを召喚してきた後もね、その後の処置をあたしも色々と手伝ったのよ。だから、あなたやユウナさんを巻き込んでしまったことに対して、あたしは本当に申し訳ない気持ちでいっぱいなの……。そんな訳でね、あなたにはあたしができる精いっぱいのことをしたいと思ってる。ホントよ」
美人が辛そうな顔をしてるのを見ると、こっちも辛くなってくる。
この世界ではワープ魔法というのがある。〈知識〉によると、神族だけがワープ魔法を使って自分の意志で瞬間移動ができるようだ。それならアイラ神が俺を連れてワープしてくれたら、わざわざ旅をしないで済むのにと考えてしまうが、神族と一緒にワープできるのはその使徒だけらしい。俺はアイラ神の使徒ではないから、アイラ神は旅という手間暇がかかる手段を選んだのだ。しかも自分の使徒を俺にずっと付けてくれた。だから、アイラ神がさっき「精いっぱいのことをしたい」と言ったのは彼女の本心なのだと思う。
こんな可愛い顔をした女性に懇願されると、俺はそれを断れそうにない。
アイラ神を信じてみようか……。
「それで、どうするんだ?」
「あたしは、あなたには強くなってほしいと思ってるの。あなたが単独でユウナさんを捜したり魔獣から守ったりできるくらいにね。そのために、本当はあなたが暗示魔法に掛かっている間にあなたを鍛えて、あなたを強くしてからその暗示を解く予定だったのよ。そのほうがあなたの苦労を少しでも軽くできるでしょ。
でも暗示魔法は途中で解けてしまったから予定を変えるしかないわね。これから進む道はあなたが自分で決めるのよ。今、あなたの前には二つの道があるわ。
一つ目の道は、あなたがゼロから自分を鍛えて、この世界でユウナさんを捜したり守ったりできる能力を身に付けて、それからユウナさんを捜すっていう道。
二つ目の道は、ユウナさんの捜索は諦めて、この世界で生きていくのに十分な財産を受け取って安楽に暮らすという道よ。
どっちを選ぶ? あなたが好きに決めていいのよ」
うっ! 俺は一瞬言葉に詰まったが、考えるまでもない。
「俺はこの魔境で自分を鍛えて強くなる。魔境で生きていけるだけの強さを身に付けてから優羽奈を捜す。その道を選ぶから、予定どおり俺の訓練を手伝ってほしい」
アイラ神は俺の返答を聞いてニコッと微笑んだ。
「分かったわ。予定ではカイエンの周辺であなたを鍛えるつもりだったけど、船が沈んでしまったから、当分の間はこの先にある村の周辺で訓練するしかないわね。そのためにテオドを引き続きあなたに付けて、あなたの訓練を指導させることにします。テオドもいいわね?」
「分かりました、アイラ神様」
テオドはアイラ神に従順なようだ。使徒っていうのは神族に命令されたら何でも従うのだろうか? 何が面白くて使徒なんてやってるんだろ? おっと、そんなことを考えている場合じゃないな。
「ユウナさんの捜索はあたしの方で進めるから、ダイル、あなたは当分の間、自分の訓練に集中しなさいね」
「分かった。優羽奈の捜索はよろしく頼む。それで、俺は具体的に何をすればいいんだ? 体を鍛えるのか?」
「体を鍛えることも必要だけど、それよりも、少しでも早くロードナイトになることが肝心よ。ロードナイトになれば高度な魔法を使えるようになれるわ。人族や亜人からは尊敬されるし、妖魔や魔獣にも勝てるようになるのよ」
アイラ神は俺に向かってそう説明して、テオドに視線を移した。
「そういうことで、テオド。頼んだわよ」
「アイラ神様、任せてください。すぐに、ダイルをロードナイトにしてみせますよ」
テオドは自信満々だ。テオドって軽い人なのだろうか?
「ダイル。おまえはおれと一緒に魔獣狩りをして、ラストアタックを取るんだ。魔獣を殺すことができれば、そのソウルでロードオーブを作ることができる。それを装着すればロードナイトになれるぞ」
「えっ? ゴホ、ゴホッ」
テオドが簡単そうに言ったことに、俺は思わず言葉が詰まって声が出ない。魔獣と戦って殺すなんて、俺にそんなことができるわけがないぞ!?
「そんな心配そうな顔をするな。魔獣はおれがボッコボコにして動けなくしてからおまえの目の前に連れてくる。おまえは死にそうな魔獣に最後の一撃を与えてとどめを刺すだけだ。安心しておれに任せろ」
なるほど。ラストアタックというのはとどめを刺すことのようだ。死にそうな魔獣にとどめを刺すだけなら俺でもやれそうだ。
この方法はオンラインRPGでよくあるパワーレベリングと同じようなものだ。強い奴に手伝ってもらって簡単に自分のレベルを上げるってことだ。俺もRPGゲームは好きでいつも遊んでいるが、パワーレベリングには何となく抵抗があった。レベルを早く上げすぎると強い敵を簡単に倒せるようになって、ゲームの楽しみが半減してしまう気がするからだ。
だがそれはゲームの話であって、今は現実の話だ。俺自身が早く強くなること。それが重要だ。パワーレベリングでお願いしよう。どんどん強くなりたいのだ。
俺が「それで頼む」と言おうとしたとき、アイラ神が先に口を開いた。
「でも、テオド。素人のダイルをいきなり魔獣と戦わせるのは危険すぎるわね。あなたが魔獣を瀕死の状態に追い込んだとしても、何の訓練もせずにダイルにラストアタックを取らせるのは無謀よ。瀕死の魔獣でも反撃してくるかもしれないわ」
「おれが付いていれば大丈夫ですよ。腕の一本くらいは飛ばされるかもしれませんが、何事も経験です。時間は掛かりますが、おれが治療してみせますよ」
「お、おい……」
テオドの言葉に自分の顔が引きつっているのが分かった。
大丈夫だろうか? こんなヤツの指導を受けて……。
「テオド! ダイルが怖がってるでしょ。ちゃんと指導してあげて!」
「はい。アイラ神様がそこまで心配されるのであれば、ダイルにはソウルオーブを装着させて、まずは魔物との戦いに慣れるところから始めますよ」
「そうね。そこから始めるのが無難だわね。でも、できるだけ早くダイルをロードナイトにしてあげて。お願いよ」
アイラ神からの依頼にテオドはひと言「承知」と言って頷いた。
その返事で俺の不安が無くなったわけではない。なんとなく大雑把な感じがするテオドに一抹の不安を覚えた。ホントに大丈夫なのか? 不安を解消するために、言うべきことはちゃんと言っておこう。
「俺を指導してくれるのはありがたいが、安全第一で頼む」
「ダイル、おまえは何か勘違いをしている。このウィンキアの世界に安全なんて無いぞ。その勘違いは、おまえが身を以って改めないといけないな。まずはそこから始めるか……」
うっ! これって、自分で墓穴を掘ったか!?
テオドが顔を歪めている。笑ってるのか? くそっ! だんだん腹が立ってきた。それに、俺の名前を……。
「さっきから、ダイル、ダイルって呼んでるが、どうして俺の名前を勝手に変えてるんだ? 俺の名前は大輝だ。ダイルじゃないぞ!」
テオドに向かって怒鳴ったのに、「あら? ごめんなさい」と言って、隣のアイラ神が気の毒そうな顔をして答えてくれた。
「ほら、ダイキと言う名前はその発音がこっちの世界ではちょっとイヤらしいって言うか、違和感があるって言うか、とにかく目立ってしまうのよ。あなたもウィンキア語を理解できるから分かるでしょ? それで、ダイルっていう仮の名前を付けさせてもらったの。この名前、気に入らないの?」
言われてみたら、俺の名前をそのまま発音すると、こっちの世界ではR18に引っ掛かってしまいそうだ。R18があるのかどうか知らないが、自分の名前を呼ばれるたびに、お互いに赤面するのはたしかに嫌だな。
「まぁ、そういうことなら仕方ないな。名前はダイルでかまわない」
アイラ神は俺の言葉に頷きながら「それなら、ダイル。これをどうぞ」と言って、何かを手渡してきた。
「なんだ?」
パチンコ玉のような大きさで銀色の球が俺の手の中にあった。




