016 テオドが無茶苦茶カッコよく見えた
テオドは魔樹からふわりと下りて、藪の中に着地した。すぐに振り向いて魔樹の方に体を向けた。何かの魔法を使ったのだろう。ダメージは無いようだ。
テオドがいるのは腰くらいまである藪の中だ。あれでは動きにくいだろうと思っていると、テオドの体が藪の上に浮かび上がった。俺の〈知識〉から、あれは浮上走行の魔法だと分かった。この魔法は、術者が藪や低木に邪魔されずにその上に浮上して、あたかも地面の上にいるかのように走ったり跳んだりできるのだ。誰もができる魔法ではない。風魔法が使えて〈100〉以上の魔力が必要だ。
数秒後に魔樹海の下草の中から猿が何頭か走り出てきた。全身が黒っぽい毛に覆われていて身長は2メートルくらい。手足が長く、2足歩行だ。頭に2本の角が生えていて、縦長の顔で目がギョロっとしている。ちょっと見ただけなら猿と言うよりも毛むくじゃらの鬼のようだ。
こいつらがスロンエイブ(飛礫猿)か……。次々と魔樹海から走り出てきて、全部で十頭くらいになった。そして一番後から一際大きな猿が出てきた。背丈は4メートルを超えているようだ。姿は周りの猿たちと似ているが、その存在感と迫力は他の猿たちとは比べ物にならない。あれがスロンエイブロードだろうか。
飛礫猿たちの武器は飛礫だ。魔力を使って、こぶし大のゴツゴツした石を生成して飛ばしてくる。そんなのが体に当たったら一発でノックアウトだ。当たり所が悪ければ即死だろう。バリアを張っていても、俺が張っているような魔力〈10〉くらいのバリアなら10発も当たればバリアは破られるらしい。
猿たちは一斉にテオドに向かって飛礫を放った。かろうじて見えるくらいの凄い速さだ。猿たちは数秒間隔で飛礫を次々に生成して飛ばしてくる。十頭が一斉にそれをやるのだから、テオドのバリアでも危ないかもしれない。
当然、テオドは飛礫を避けて逃げ回ることになる。そう思っていたが、テオドは一歩も動いていない。猿たちの飛礫は、テオドから数メートルのところで消えているようだ。
テオドのバリアに当たって飛礫が消滅しているのかと思ったが、それならバリアがもっと光るはずだ。バリアに当たっている飛礫は僅かしかない。どうなってるんだろ?
あっ、そうか。蜂落としのスキルを発動しているのかもしれない。テオドの魔法スキルで、自分に向かってくる何匹もの蜂を熱線魔法で叩き落とすのだ。おそらく蜂落としのスキルを応用して、飛礫に熱線を当てて破壊しているのだろう。熱線魔法を使うには魔力が〈50〉以上必要だ。残念ながら俺の魔力では使うことができない。
テオドは一歩ずつ猿たちに向かって歩き始めた。飛来する飛礫はまばらになっている。猿たちは動揺しているのか、魔力が尽きかけているのだろう。
猿たちが次々と倒れ出した。テオドが何かの魔法を放っているようだ。俺は低木の茂みに潜んでいるのだが、距離があるのと藪が邪魔をしていて、はっきり見えないのだ。
猿たちが倒されて、スロンエイブロードだけが残った。その間、この魔獣猿は手下の猿たちが倒されていくのを黙って見ていただけだ。よほど自分の攻撃力に自信があるのだろう。それとも鈍いのだろうか。
魔獣とテオドの距離は20メートルほどだ。突然、魔獣猿は両腕を高く上げて「ギャオゥー」と咆えた。耳元でスピーカーがサイレンを鳴らしたような大音量が響いて、頭がクラクラした。
この魔獣猿は声で攻撃してくるのか? いや、違うようだ。いつの間にか魔獣猿の頭上にはスイカ大の岩が20個くらい浮かんでいた。それが一斉に動き出した。一直線に飛ぶのではなく、曲線を描いて四方八方からテオドに向かっていく。
その軌道に規則性は無い。誘導弾のようだ。大半の岩は蜂落としのスキルで熱線に当たって砕け散ったが、何個かが擦り抜けてテオドのバリアに当たった。爆発音がしてバリアが光ったが、テオドはなんともないようだ。
魔獣猿は次々と岩を空中に作り出してテオドに誘導していく。しかし、テオドのバリアに当たるものは少ない。
ゆっくりとテオドが魔獣猿に向かって歩き始めた。魔獣猿はようやく相手が自分よりもずっと強いことに気付いたようだ。その巨体が一歩、二歩と後退りを始めた。
それを見たテオドは一気に魔獣猿に迫った。右手の剣が一閃したと思ったら、巨体が後ろにドンと倒れた。魔獣猿の右脚を切り飛ばしたのだ。魔獣猿は咆え声を上げて起き上がろうとしていたが、テオドに何かの魔法を当てられて動かなくなった。死んだのか?
「ダイル、いるか? こっちに来るんだ」
テオドが呼んでいるが、俺は体が強張って思うように動けない。テオドと魔獣たちの戦闘を間近に見ていて、自分が考えていた以上に緊張していたようだ。
なんとか立ち上がってテオドのところへ歩いていく。体の動きがギクシャクしているのが自分でも分かる。隠れて見ていただけなのに、恐ろしさのあまり体が強張ってしまうなんて、我ながら情けない。
「数頭ずつじゃなかったのか?」
俺は自分の弱さを誤魔化すようにテオドに皮肉を言った。緊張のためか声はかすれている。
「いや、すまない。猿たちを舐め過ぎたようだ。見張りの猿に見つかっちまって、群れ全体と戦っていたんだ。少しずつ数を減らして、ここにボス猿と残った何頭かを連れてきたってわけだ」
「群れは全部で何頭くらいいたんだ?」
「さぁ……、百頭くらいは倒したと思うが、分からないな」
「あんた、俺が思っていた以上にすごいな」
俺は素直に心からテオドの強さを褒めた。
「まぁ、おれはこの猿たちよりは魔力もスキルも戦闘の経験も格段に上だからな。勝って当然なのさ」
褒められてテオドはニヤついた顔をしていたが、表情をピキッと引き締めて俺に向かって言葉を続けた。
「いいか、ダイル。この戦いをおまえも見てたろ。基本的には魔力とスキルと戦いの経験で勝敗は決まるんだ。だから戦う前に相手の強さを知ることが一番重要だ。よく覚えておけよ。自分より強い相手に挑むな。どうしても強い相手に挑まなきゃならないのなら、勝つための作戦を練って、間違いなく勝てると確信してから勝負するんだ。分かったか?」
「あぁ、分かった……」
俺はテオドのことを勘違いしていたのかもしれない。テオドは大雑把でもなく、楽天家でもなかった。実力に裏打ちされた言動だったのだ。
「一つ聞いていいか? テオドって、魔力はどれくらいあるんだ?」
「うん? おれの魔力か? 普通はそんなことは聞かないし、聞かれても教えないが、まぁ、おまえならいいだろう。おれの魔力は〈920〉だ」
「凄いな。尊敬しちまうよ」
「おまえだって、今からロードナイトになるんだ。目の前のボス猿を殺せば、魔力〈100〉になれる。おれくらいになるのは普通の人間じゃあ無理だろうが、おまえは普通じゃない。何十年も掛かるだろうが、おまえがその意志さえあれば必ずできる」
このとき、テオドが無茶苦茶カッコよく見えた。そうだ。俺も強くなりたいという意志を持ち続けて頑張れば、必ずテオドくらいに、いや、それ以上の強いロードナイトになれる。きっと、そうなってみせる。俺は心に誓った。
「分かった。ところで、このボス猿はまだ生きてるのか?」
「あぁ。マヒの魔法で体が動かないだけだ。だから、おまえは剣でこの猿を殺すだけだ。それでラストアタックを取れる」
「でも、そんな卑怯と言うか、ずるいと言うか……、そんなやり方で魔獣を倒したって言えるのか?」
「どんな高位のロードナイトもみんな、初めはそうやってロードナイトになったんだ。おれだってそうだった。初めて魔獣に挑んで、自分一人の実力だけで魔獣を倒した者は誰もいない。おれが知るかぎりはな。だから遠慮なんていらない。卑怯でもなんでもない。これがロードナイトになる最短で最良の方法なんだ」
テオドの言葉に俺は頷いて、剣を右手に持って魔獣猿に近付いた。
魔獣猿は体がマヒしていても呼吸をすることと、目を動かすことだけはできるようだ。ギョロっとした大きな目が俺を睨んで視線がぶつかった。2本の大きな角があって、顔だけを見ると鬼にそっくりだ。その迫力に気持ちが萎えそうだ。
くそっ! 負けるか! 睨み返すと、魔獣猿は覚悟したように眼を閉じた。俺は獣臭さを我慢して、呼吸で上下する胸の上に這い上がった。
心臓の位置はここだ。俺は両手でつかんだ剣を静かに持ち上げて突き立てた。
あっ!? あれっ? 剣が刺さらない。というか、魔獣の剛毛と硬く分厚い皮に鋭い剣先が跳ね返されたようだ。
「魔獣は普通の剣では切ったり刺したりできないぞ。だが、おまえでもこのボス猿を殺すことができる。どうする? どうすればいい? 考えるんだ!」
テオドめ! こんなときにも教育か!?
さて、どうしよう……。この魔獣猿は全身が剛毛で覆われていて、どこも切ったり刺したりできそうにない。さっき、テオドは普通の剣では切れないと言っていた。ということは……。
「テオド、あんたは魔法が付呪されている剣を持ってるよな。貸してくれよ」
「ダメだ。たしかに、おれの剣なら魔獣でも切ったり刺したりできるが、貸すことはできない。おまえの鉄の剣でも殺せるぞ。よく考えてみろ!」
テオドめ、ケチだな! 魔法の剣を借りるのはダメとなると……、魔獣の急所の近くで鉄の剣でも通りそうなところを探せばいいんだよな。
心臓はダメだな、胸も背中も剛毛に覆われている。それ以外の急所っていうと……、うっ! 急所ピストン突きのスキルが頭に浮かんできた。その急所はダメだろう。また、あの悪夢が頭にチラつく。
あっ! 頭か! 頭の近くなら柔らかいところがあるぞ?
「目、耳、口の中、鼻の穴だ。一番確実なのは目だな。そこを突き刺せば、脳まで届くはずだ」
「そうだ。でも、小さな一点だ。剣で正確に突き刺すのは難しいぞ。もし、失敗したら、その刺激で魔獣猿のマヒが解ける可能性が高い。どうする?」
テオドのやつ! 絶対に楽しんでるな。
それはともかく、失敗してマヒが解けたりすると、今度はこっちの命が危なくなる。正確に剣先を一点に通すのは……。そうだっ! スキルがあった。その名も「一点刺し」だ。メニューで調べると、俺の魔力でも使える。
俺はそのスキルを発動した。ターゲットは魔獣猿の右目だ。今は目を閉じているが、目蓋の皮は薄いから問題なく剣が通るだろう。
スキルを発動すると、勝手に体が動き出した。右手に持った剣が正確に魔獣猿の右目を貫き、ズブズブと頭の中まで突き通った。これで脳を破壊できたはずだ。




