015 スキルの訓練に入る
フィルナから誤解されたままなのは嫌だが、俺は気を取り直してテオドたちと一緒に戦闘の後始末をした。海賊たちの死体はテオドとダリナさんが分解魔法で土に戻し、分解できない剣や防具などと一緒に土に埋めた。
俺はテオドの手伝いをしながらフィルナがロードナイトになったことを聞いた。あの海賊たちの中にロードナイトがいて、フィルナがそいつにトドメを刺したと言う話だった。
フィルナが得たロードオーブの魔力は〈50〉らしい。ダリナさんとテオドがそれぞれ探知魔法を使って魔力を測ったから間違いないとのことだ。
フィルナはそのロードオーブを体のどこかに埋め込んだ。これはロードオーブを無くしたり盗られたりしないための対策だ。自分の体内に埋め込むことはロードナイトであれば誰もが当たり前にやっていることだとテオドが説明してくれた。
ちなみにロードオーブを盗んだとしても他人が装着することはできない。そのロードオーブを装着できるのは、ロードオーブの本来の持ち主であるロードナイトだけだ。
そうだからと言って安心はできない。ロードオーブを失くしたり盗まれたりすると、ロードオーブから魔力を得られなくなってしまうからだ。つまり普通の人族と同じ魔力に戻ってしまうってことだ。俺も近いうちにロードナイトになるだろうから、そのときはロードオーブを失くしたり盗まれたりしないように注意しよう。
………………
夕暮れ時。俺たちはブリコット村へ続く野の道を歩いている。長い一日だった。遠くに村が見えてきた。村を囲む低い土塀の向こうに、木立の中に点在する茅葺の小屋が見える。どの家からも夕飯の煙が立ち昇っていた。
今、この瞬間だけを切り取れば、日本の、少し昔の、どこか田舎の風景、そんな気がした。ふいに懐かしさが込み上げて、鼻の奥がつんとしてきた。
でもここは日本じゃない。森に一歩踏み込めば魔物が闊歩する世界なのだ。
俺は後ろを振り返った。フィルナを見て自分の気持ちを奮い立たせようと思ったのだ。20メートルほど離れてダリナさんと一緒に歩いてくる。ロードナイトになっても、彼女に変わった様子は見られない。
フィルナがロードナイトになったので、明日からは俺たちと別行動をするそうだ。ダリナさんの指導でロードナイトとしての訓練に入るらしい。フィルナに先を越されてしまった。若干の悔しさはあるが、あいつはあいつ、俺は俺だ。
「そんな悔しそうな顔をするな。おまえもすぐにロードナイトにしてやる」
俺の気持ちを察したかのようにテオドが言った。俺はそんなに悔しそうな表情をしていたのだろうか。
「ありがとう。でも、その前にスキルの訓練をしておきたいんだ。スキルを使いこなせないと、酷い目に遭うことが身にしみて分かったからな」
「そうか。それならおれが練習台になってやるよ」
テオドが手助けしてくれるのはマジ嬉しい。
「それじゃ、明日から――」
「いや、その前にやることがある。おれたちは村を出るんだ」
村を出る件はテオドがダリナさんと相談して決めたそうだ。ダリナさんの話では、海賊たちはマイダール家の娘を捜していたらしい。つまり、海賊たちの狙いはフィルナだ。さっき殲滅したのは海賊の一部隊にすぎない。ほかの部隊や海賊の本隊もフィルナを捜しているはずだ。
ブリコット村へ向かった部隊が戻らなかったら、必ず別の部隊が探しにくる。そのときに俺たちが村にいたら、海賊たちは村へも攻撃を加える可能性が高いと言うのだ。村に迷惑は掛けられない。だから村を出ようと言うわけだ。
………………
翌日の早朝。俺たちは村を出た。村長には、村にしばらく滞在するつもりだったが事情が急遽変わってブライデン王国へ向かうことになったと話した。海賊に聞かれたら村長はそう説明するだろう。しかし実際に俺たちが目指すのはマリエル王国だ。村から道を西へ進むとブライデンへ行くが、マリエルへは真逆の東へ向かうことになる。海賊はきっとブライデン側へ俺たちを追っていくはずだ。これで少しは時間を稼げるだろう。その間に俺とフィルナは訓練をするのだ。
原野の中の道を進む。平坦な草原ではなく丘陵地帯だ。腰の高さほどの低木と笹で覆われた中に、人か獣が通った跡が続いている。それを辿っているのだ。右手側には数キロほど離れたところに低木越しに魔樹海が見てとれるから、進んでいる方角は間違っていないはずだ。
半日ほど歩いて比較的平坦な場所で腰を落ち着けた。ここはテオドが浮遊魔法で数百メートル上空へ浮かび上がって見つけた場所だ。笹藪で覆われていたが、テオドとダリナさんが風の魔法ですべて切り払い、土の魔法で一気に整地したのだ。100メートル四方の運動場ができていた。周りは低木と笹に囲まれていて、道からも数百メートル離れているから、上空から偵察しなければ見つからないだろう。
テオドはこの運動場の真ん中に石壁でできた2棟の小屋を作った。小屋を挟んで南側を俺たちの訓練場、北側をフィルナたちの訓練場とした。今日からこの場所が俺たちのベースキャンプとなる。
………………
その夜。俺はテオドからコピーさせてもらったスキルの解析をしていた。実はスキルが一種のプログラムであることが分かったからだ。
ソウルオーブのメニューでスキル一覧を開くと、それぞれのスキルに「プログラム」というボタンがあった。ヘルプで見ると「スキルのプログラム内容を修正できる」と書かれている。ソウルオーブの制御機構はそのプログラムを読み取って、オーブに組み込まれている人工知能が状況を判断しながらアシスト機能を働かせるらしい。
プログラムを開いてみると、古代語でスキルの動作や魔法の呪文らしきものが動作順にずらっと並んでいた。
ふむ。これはつまり、あれだ。テオドが何度も繰り返した動作をソウルオーブが記録して、それを自動的にプログラミングしたものらしい。俺は中学のときからパソコンでプログラムを作っていたからピンときた。基本的な発想は同じだ。
俺はそれを見て思い付いたことがあった。テオドと違って、俺は無詠唱で魔法を使える。もし、このプログラムの中にある呪文を無詠唱の魔法名に変更すれば、スキルの動作がもっと速くなるのではないか。
で、やってみた。夜中に一人で運動場に出て試行錯誤をした。その変更方法は簡単だった。魔法の呪文のところを魔法名に変えるだけだ。夜遅くまで、俺はその修正作業に没頭した。
翌日から俺たちは本格的にスキルの訓練に入り、フィルナたちはロードナイトとしての訓練に入った。
………………
7日目の朝。海賊は現れない。たぶんブライデン方面を探しているのだろう。
俺は模擬戦闘ではテオドの戦闘スキルを自在に使えるようになった。魔法についてもロードナイト用の魔法をすべて覚えた。と言ってもテオドに比べたらスキルのスピードも威力も正確性もまだまだ劣っている。スキルを高めていくためにはもっともっと反復練習が必要なのだろう。
それでもスキルを使えるようになったということで、今日からは原野で魔物との実戦で訓練する予定だ。俺の相手はテオドが見つけてくる魔物だ。
フィルナたちは俺たちとは別行動をしている。昨日から原野での実戦訓練に入っているようだ。いつになったら追いつけるのだろう。しかし、焦りは禁物。そう自分に言い聞かせている。
「今日から魔物を相手に実戦を始める。魔樹海に入るぞ」
朝、訓練に出かける間際になって、テオドが突然にそう言い始めた。
「え? 何を言ってんだ? 原野で魔物を探すことにしてたろ?」
スキルの訓練はやったが、いきなり魔樹海はムリだ。
「いや。考えたんだが、原野で魔物を探すのは時間が掛かってしまう。アイラ神様からはできるだけ早くおまえをロードナイトにするように言われてるから、予定をちょっと変えたんだ。魔樹海の方が圧倒的に魔物の数が多いからな」
「そんなことを言っても、俺はまだ魔物を倒したことがないんだぞ!? それが、いきなり魔樹海って危険すぎるだろ?」
「ダイル、おまえは意外に心配性だな。禿げるぞ!? 大丈夫だから、安心しておれに任せておけ」
いや、不安に思うのが普通だろ? やっぱりこの男は大雑把だ。しかし、今はテオドに従うしかない。
俺はやむを得ずテオドの後に付いて歩き始めた。1時間ほど草藪を掻き分けて歩くと川に出た。流れの幅は10メートルくらいで、歩いて渡れるくらいの浅い川だ。両岸は石がゴロゴロしているが、歩く分には支障はない。
「おれたちの狙いはスロンエイブだ」
歩きながらテオドは俺に作戦を説明するつもりのようだ。スロンエイブというのは飛礫猿のことだ。
「たしか、あんたも村長も飛礫猿は群れで行動するから近寄ったら危ないと言ってたよな」
「そのとおりだ。あいつらは百頭くらいで群れを作っていて、そのボスはスロンエイブロードだ。おれたちの最終ターゲットはそいつだ」
俺は頭がクラクラしてきた。テオドは百頭の魔物とそのボス魔獣を相手に戦うと言っているのだ。最悪のターゲット選択だ。
「無茶を言うな! あんたがいくら強くても、そんな数の魔物を相手にしたら勝てるわけないだろ!」
「心配するな。おまえは魔樹海に入らず原野側で隠れて待ってるんだ。おれがスロンエイブに気付かれないように近付いて、数頭ずつ引き離して連れてくるから」
そんなにうまくいくだろうか? テオドはよほどの自信家で楽天家のようだ。
………………
1時間ほど歩くと魔樹海から川が流れ出ている場所に着いた。
魔樹の森が魔樹海と呼ばれているのは、この森が上空から眺めると海のように延々と広がっているからだ。だが地上から眺めると、魔樹の森は左右にどこまでも続いていて、まるで巨大な壁のように見えた。魔樹の高さは100メートルほどもあり、太い幹が高層ビルのようにまっすぐ上に伸びている。その幹は半ばから上は枝葉に覆われていて、日差しを隠している。根元の地面は鬱蒼とした下草に覆われていた。
魔樹海の中は暗い。こちら側から魔樹海の中を覗き込むと、数十メートル先くらいまでは何とか見えるが、そこから先は全く見えない。
「テオド、ホントに大丈夫なのか? 魔樹海の中は真っ暗で何も見えないぞ? あんな所じゃ戦いはできないだろ?」
「心配ない。おれは暗視魔法が使えるから全く問題ない。おまえは、その辺の低木の陰に隠れて待ってろ。スロンエイブを連れて戻るからな。それほど時間は掛からないと思うぞ」
テオドはそう言うと、河原を走ってあっと言う間に魔樹海の中に消えていった。
仕方ないな。テオドの言うとおり低木の影に隠れて待ってるか……。
………………
1時間くらい経った。まだテオドは戻らない。眠くなってきたが、さすがにこの場所では居眠りはできない。たぶん……、居眠りはしてないはずだ。
………………
結局、眠ってしまったらしい。どれくらい経ったのか分からないが、魔樹海の奥から「キィーッ!」とか「ギャーッ!」とかいう鳴き声がいくつもいくつも重なるように聞こえてきた。たぶん猿の鳴き声だ。警戒なのか威嚇なのか、それとも悲鳴なのか、それは分からないが、テオドが猿たちと戦っているのだと思う。
しかし、あれは一頭や二頭の鳴き声ではない。数十頭か、あるいは群れ全体と戦っているのかもしれない。これはテオドが言ってた作戦と違うぞ? 何か手違いがあったのだろうか?
しかも、しだいに鳴き声はこっちへ近付いてくる気がする。明らかにヤバイ状況だ。テオドも魔物もその姿は全く見えず、猿の鳴き声だけがアチコチから響いてくる。不気味だ。
俺はいつの間にか自分の拳を力一杯握りしめていたようだ。それに気付いて、ムリヤリ手を開いた。俺は震えてない。大丈夫だ……、そう自分に言い聞かせる。
気のせいかもしれないが、少しずつ猿の鳴き声が減っている気がする。テオドが少しずつ猿たちを仕留めているのか、それともテオドが倒されてしまって猿たちが引き上げようとしているのか……。
不安が募るばかりだが、今は待つしかない。
突然、ズボッという音がして魔樹の枝葉の中からテオドが飛び出してきた。地面まで20メートルくらいある。そのまま落下した。




