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014 俺が殺るしかない

 海賊の斧が俺の頭を目掛けて振り下ろされてくる。スローモーションを見るようにその動きがはっきりと見えるのだが、俺の体はちっとも動いてくれない。


 突然、目の前がピカッと光って、俺はその衝撃でよろめいた。バリアだ。俺のバリアが海賊の斧を弾いたのだ。


 ヒャーッ、あぶなかったぁー。


「バリアなんざ、叩けば破れるって知ってるか!?」


 海賊はそう言いながら、ガン、ガンと何度も重い斧を叩きつけてくる。


 体へのダメージは無い。だが、バリアは体のすぐ近くに張り巡らされているから、斧が体に食い込んでくるような感覚に襲われる。その恐ろしさと、バリアから伝わってくる衝撃で俺は腰が抜けたようになって座り込んでしまった。


 ガンガンと響いてくる音と振動がすごい。振動はバリアのせいだけではない。今にもバリアが破れて、あの斧が俺の体を切り裂くのではないか。その恐怖で俺自身の体も震えている。それが自分で分かっているのだが、どうしようもない。怖いものは怖いのだ。


 しかし反撃しないと殺されてしまう。自分のバリアはいつ破れるか分からない。


 このまま殺されてたまるか!


 俺は海賊が斧を振り上げる瞬間、横に転がって何とか立ち上がった。


 重たい剣を振り上げる。俺は思いっ切り海賊の頭を目掛けて剣を打ち込んだ。しかし、剣が当たったのは相手のバリアだった。剣が当たった瞬間に相手のバリアが弱々しく光る。俺の攻撃が効いてないのか!?


「なんだ? ガキでもやらねぇぜ、そんなへなちょこ攻撃。ほらぁー、もっと当ててみろや!」


 海賊は笑いながら大きく手を広げている。


 くそっ! 完全に舐められてる。悔しいが、今の俺ではこの男と剣で戦っても勝てるはずがない。なにせ体力も経験も完全に劣っているのだから。どうする!? どうすりゃいいんだ?


 そうだ! テオドからコピーさせてもらったスキルがある。


 俺はソウルオーブのメニューを開いた。青色のMPバーの上に緑色のバーが表示されていた。なんだろ?


 そのとき、海賊が再び攻撃してきた。バリアが斧で叩かれた瞬間、緑色バーがガクッと減った。どうやらこの緑色バーはバリアの耐久度を現わしているようだ。今は半分くらいのところまで減っている。これがゼロになったらバリアが破れて俺は殺されるということだ。まるでHPバーだ。


 このままバリアが破壊されるのを黙って見てるほど俺もバカじゃないし、臆病でもない。一か八かスキルを使って反撃するんだ!


 スキル一覧を開いて、どれが使えそうか考えてみる。戦いの最中にこんな悠長ゆうちょうなことをしてていいのだろうか? 俺は頭半分でそんなことを考えながら、使えそうなスキルを探した。よし、これで反撃しよう。俺が選んだのは「回避&バリア破壊」だ。さっきフィルナにバカにされたような無様な間違いは絶対にしないぞ。


 こんなことをしている間にも打撃を受けていてHPバーは20%くらいになって点滅し始めた。同時に透明だった俺のバリアは淡い灰色に色が変わってきた。


 急がないとヤバイ! 俺は相手の海賊を睨みつけながらスキルを発動した。


 自分の口が何かの呪文を唱えている。いつもの活性化の魔法だ。その瞬間、自分の体が軽くなった。体がソウルオーブにアシストされてスキルに沿った動きを始めたからだ。相手の動きが急に遅くなる。いや、俺の動きが加速しているのだ。


 海賊は斧を振り上げたまま目を大きく見開いた。驚いたのか? 男の表情がスローモーションで歪んでいく。その間に、俺は海賊の背後に回り込み剣を何度も叩き付けた。剣が相手のバリアに当たるたびにピカッと光る。その輝度はさっきの攻撃よりずっと強い。スキルの発動で攻撃力が増しているのだろう。


 海賊は俺の攻撃を避けようと、体を捻って斧で剣を受けとめようとしている。しかし俺の体はそれよりずっと速い動きで海賊の背後に回り込んでいく。その間も繰り返し相手のバリアを攻撃していた。


 スキルが発動した後は、俺は全く攻撃を受けていない。逆に俺の攻撃は20発以上当たっているはずだ。今は相手のバリアも淡い灰色になって、耐久度が危険な状態になっていることを示している。そして……、俺が次の一撃を与えるとパリンという音がして海賊のバリアが消えた。


「ヒェッ!」


 海賊はその音に怯えた声を上げた。


 やったぞ! 逆転勝ちに追い込めたのだ。


 不意にスキルモードが終わり、俺の動きが止まった。


 あれ? どうなってるんだ?


 一瞬、何が起こっているのか訳が分からなくなった。


 急に体が重たくなった。いや、いつもの重さに戻っただけだ。


 魔力切れか? MPバーを見ると、魔力はまだ半分以上残っている。だから魔力切れではない。そうか……、スキル発動が終わったのだ。回避&バリア破壊のスキルは相手のバリアが破壊できればそれで完了ってことか……。当たり前だな。


 俺が突然攻撃を止めたことに相手の海賊も気付いたようだ。急いで呪文を唱え始めた。マズイ! バリアを張り直す気だ。


 俺は剣で突きを入れた。とにかく、呪文を中断させるのだ。


 海賊は斧で俺の剣を弾いた。呪文の邪魔はできたが、また、海賊は呪文を唱えようとしている。ずっと、邪魔をするしかなさそうだ。別の攻撃スキルを発動したいが、俺にもスキル一覧を開いて選んでいる余裕が無い。スキル名を覚えていればそれを念じるだけで発動できるらしいが、生憎あいにく、テオドが付けたスキル名なんて覚えちゃいない。


 いや、一つだけ俺が身を以って覚えたスキルがあった。そう、あのスキルだ。不安はあるが、もうこれしか打つ手が無い。


 俺はまず自分のバリアを切った。続けて、あのスキル名を念じてスキルを発動した。


 呪文を唱えて、体が軽くなって加速していく。右手に持っていた剣を捨てた。俺の動きに驚く海賊。その顔が泣きそうに歪んでいくのがスローモーションで見える。


 俺は海賊の背後に回り込んで、その大きな背中に体を密着させた。そして、海賊を後ろから羽交い絞めにする。数時間前にテオドに仕掛けた動きとほとんど同じだった。海賊の両腕は俺の腕でガッチリ締められていて海賊は身動きできない。


 やがて、俺の下半身が熱くなってきた。これはスキル発動のせいだから仕方ない。数時間前の痛みが消えているのが救いだ。


 魔力のアシストで体勢が変わっていく。俺の左腕と体全体を使って海賊の上半身を地面に押し倒す。海賊はうつ伏せになって尻を上げていて俺がその上に伸し掛かっている。海賊は身動きひとつできない状態だ。テオドのときと同じ体勢に完全に移行した。


「このクソガキ。なにをする気だ!?」


 海賊は予想もしない体勢になって、地面に顔を付けて喚き散らしている。


 やがて俺の右手が海賊の胸のあたりを探り始めた。このままいくと悲惨な状態になる。俺は心の中でスキルキャンセルを念じてスキルを中止した。


 相手の抵抗する力が一気に何十倍にも増えた。しかし、必死に押さえ込んだ。あと数秒間だけの我慢だ。


 俺は相手の胸をまさぐっていた右手を自分の腰のあたりに動かして、装着していたナイフを抜いた。アイラ神から護身用にもらったやつだ。


 今、こいつを刺さないと自分が殺される。わるいが自分の命を守るためだ。躊躇ためらう自分の気持ちをムリヤリ抑え込んで、右手のナイフを思いっきり男の背中に突き立てた。体重を掛けてそのまま押し込む。俺は急いで飛び退いた。


 男は「ギャー」という何とも言えない悲鳴を上げて、地面をのたうち回った。急所を外れたようだ。ナイフは男の背中に突き刺さったままだ。


「トドメを刺さないとダメだな」


 いつの間にかテオドがそばにいて、そう呟いた。


「いたのか? それなら、あんたがってくれよ」


「ダメだ。おまえが殺るんだ。この世界でおまえが自分の女を捜しに行くのなら、盗賊と戦って殺すことなどありふれたことだ。それを避けることはできないぞ」


 たしかにテオドの言うとおりだろう。この世界ではこれが当たり前なのだ。ここは俺が生きてきた日本ではないのだ。


 覚悟を決めろ! 俺は自分にそう言い聞かせて、落ちていた自分の剣を拾った。そして、地面でもがき苦しんでいる海賊に近付く。俺が殺るしかないのだ。


「た、たすけてくれ。なんでも、するから、た、たのむ……」


 俺が何をするのか分かったのだろう。海賊は痛みのせいか、恐怖のせいか、涙をこぼしながら俺に向かって拝むように言った。


 俺は黙って剣を振り上げた。海賊は地面に転がって震えている。


 俺は今、こいつを殺そうとしている。ここで躊躇うな。躊躇ったらダメだ。挫けそうになる心を無理やりねじ伏せた。


 男の首に向かって剣を振り下ろした。剣は男が動いたためか、肩に食い込んだ。男の悲鳴が俺の心に突き刺さる。だが、悲鳴など無視するんだ。


 男の体から剣を引き抜いた。


「心臓を狙え。突き刺すんだ!」


 もう一度、男の首を狙おうとしていた俺は、テオドの声にハッと気付いた。時代劇の影響からか、俺は何も考えず首を狙うことだけを考えていたのだ。


 のたうち回る男の背中にまたがって押さえ込んだ。俺も血まみれになるが、そんなことは気にしていられない。ここだな。両手で剣を持って、背中側から心臓があるところへ剣を突き刺した。体重を思いっきり掛ける。男は動かなくなった。


「おまえのせいで、この男は死に際に余計な苦しみを味わった。そして、おまえも辛い思いをした」


 そうだ。全部、俺のせいだ。俺が未熟なせいだ。俺は絶対に今のことを忘れない。もっともっと強くなるんだ!


「分かったよ、テオド。俺は死に物狂いで強くなるように努力する。だから、遠慮せずに鍛えてほしい」


 俺は立ち上がってテオドに頭を下げた。


「あぁ、分かった。それじゃ、一つ忠告しておこう。もう、戦いの中ではアレをするな! 教えているこっちまで恥ずかしくなるからな」


「そうよ! 海賊相手にアレをするなんて、呆れて言葉も出ないわ! 本当に発情したら見境が付かなくなるのね!」


 背後から声がした。フィルナだ。


「お、おまえ! いつからそこにいたんだ?」


「遠くから見ていたら、あなたが発情してる姿が見えたの。海賊にアレをしようとしてたでしょ! 相手のお尻から伸し掛かってるところを見たんだからね! それで、止めようと思って飛んできたのよ。でも、先にテオドさんに止められたみたいね?」


 また完全に誤解しているようだ。


「勘違いするな。俺は相手を倒すために、あの海賊を組み伏せただけだ」


「ホント? あなたは男と戦うときに、そこを膨らませるのね?」


 フィルナが俺の下半身を指さしながら言った。見ると、あのスキルの余韻が残っているのか、フィルナの言うとおり外から見ても分かるくらいの恥ずかしい状態になっていた。


 助けを求めてテオドを見ると、鼻の穴をヒクヒクさせていた。


 この日、俺は最大級のダメージを受けて、その場に崩れ落ちた。


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