八、二人の変態と、師弟の攻防
その頃、州大学の廊下を歩いていた橘真吾は昨日、身内数名の電話攻撃に合い寝不足を隠しもせずにフラフラと顔色が悪い状態で仮眠室から出て自身の研究室へと向かっていた。
第二研究室と掲げられた部屋の扉を開けた時、白衣のポケット内でスマホが鳴った。
取り出し送信元が、本家が運営する会社内からだと気がつくとニヤリと笑って、入室後扉をきっちり閉め出入り口に寄りかかった。
誰も入って来られないようにしてから電話に出た。
「もしもーし」
『おはようございます真吾様』
聞き覚えのある声に真吾は丸メガネの奥にある目を一文字にした。
「おや、その声は篠宮くんかな」
『はい!勇です。推しさしぶりです!』
「・・・・・君に推されてもね。困るし全然嬉しくないんだけど」
まだ若いこの秘書は代々橘に仕える一族の出で大学卒業してから間がない頃にその優秀さを買われ、最近まで代表の秘書をしていた。
が、引退した会長の秘書が代表に就いたため溢れた彼を現在会長が色々駒使いにしている者だった。
慎吾にとっても顔馴染みの使用人の子で、昔から真吾の後ろを着いて周っていたこともあり、この子のその性格は知っているが時々おかしな単語を使う。
久しぶりが推しさしぶりと言ったりするくらい、とにかくおかしな子という認識だった。
こんなおじさんを推しと言う時点で変な子確定だった。
『僕にとっては真吾様は神です!仏です!とにかく尊敬しています!』
面倒臭いのが会長に代わって連絡してきたな。
真吾は青筋を立てため息を吐いた。
「あ、そういうのもう良いから。用事があって電話してきたんだろう。何?」
『そうでした!実は昨日真吾様から推薦のあったインターン生のことでお聞きしたいことがありまして』
「ふーん、会長からの指示?」
『はい!なんでもあの亮介氏の婚約者様が問題を抱えていらっしゃると伺ったので、詳細を聞くようにと指示を受けお電話させて頂いた次第です!』
「その問題が何かは聞いてるのかい?」
『はい、なんでもストーカーに遭われているとか』
それまでとは違い低く遠慮がちな声色になった若い秘書の言葉に、真吾はニヤリと笑った。
会長がその事実を知ったと言うことは、読み通り杏樹は会長に臆さず話しかけたことを意味する。
そして彼女はその時に会長を試した。叔母同様自分のことも助けてくれるか知りたかったのか。
嫌違うな、叔母が恩人だと言う会長がこれからも付き合うに足る人物なのか試したか。
「そう、そうなんだよ勇くん。何せ彼女無自覚に人を惹きつけるものだからさ〜」
『わかりますー。昨日履歴書の証明写真見て僕も見入ってしまいましたから』
「あ、実物は見ていない?」
『残念ながら拝見には至りませんでした』
「あら残念」
『写真よりもお美しいですか?』
興奮気味に話す秘書に笑いが漏れた。
立っていた場所からソファに移動し、座って背面に腕を回した。
「見たらもっと惹きつけられると思うよ」
『それほどまでにですか』
「うん。まあでも彼女に会うにはこれからは難しいかもね。何せあの三田くんがフルスロットルに妨害してくるだろうから」
『・・・・あの亮介氏が・・・ですか?』
「信じられないだろうけど、事実だ。何せ彼女健気でね。あの三田くんの隣に並び立つためにかなり努力したんだよ。彼の能力が高いだけに隣に立つ自分が無能だと三田くんが馬鹿にされるだろう。自信を持って彼の横に立てるようにと三田亮介に追いつけ追い越せの精神で勉学にも励んでいたから今の彼女があるんだ。そんな彼女の努力を知っている三田くんが彼女を蔑ろにするはずないじゃないか」
『もしその話が本当なら健気すぎます!亮介氏が大事にするのも頷けます!』
「そうでしょう、そうでしょう。そういう話が好きな人多いだろうからじゃんじゃん話して上げてくれたまえよ」
『貴重な情報ありがとうございます!』
「お安いご用さ〜」
何せ今彼らの偽装婚約に水を刺されると本人たちはもちろん加担している我々も困る。
特に例の彼女が一番困るだろう。
中校生の頃から、かれこれもう十年ここに出入りしている気位の高い子。
兄と友にだけ人生を捧げたように邁進する彼女は、その年齢に似合わないほど当時から存在感があった。
念密にそして強かに罠を張った気高き女豹。
そんな彼女の思惑を軽く超え、状況が進み過ぎた今の現状はもしかしたら彼女の望むところではないかもしれないが、ごめん。
私は面白ければなんでも良い!
どのみち行き着く場所が同じなら引っ込み付かなくなるところまで引き上げてあげよう!
橘真吾、教授でありながら教え子であっても愉快なことに繋がるなら笑って面倒な所業を行なってしまう悪魔な性格の持ち主だった。
「で、ストーカーの何を聞きたいの?」
『加害者のことを知っておられるならその者の情報を教えてください。会長がわざわざ調べろと言われた以上、ただのストーカーではないと踏んでのことでしょうから、どこの誰かわかった時点でその動機背景を徹底的に調べるはずですから』
へえ、そこまでしてくれるのか。
これは思ったよりも使える。相手のことを知ったところで相手の思惑や背後で暗躍する人物を調べる時間は自分にはなかったから大変助かる。
真吾は相手が電話先で見えないのをいいことに細く笑った。
「もちろん判明したその情報は、こちらにも開示してくれるんだよね」
『はい真吾様は情報提供者ですから、そこは間違いなく』
「うん、そういうことならこちらからもお願いするよ。どこの阿呆が勝手なことしでかしたのかきっちり調べ上げてくれ」
『お任せください!』
真吾は加賀見杏樹の現在の住まいとして登録されている住所を、後で秘書のパソコンに送る旨を伝え、彼女の置かれた状況を説明した。
『それは・・・亮介氏も心配になりますね』
だから彼女を手元に置くのか。
と持論を展開している秘書に、都合がいいように噂してくれたまえと二枚舌でいいぞいいぞと笑った。
『情報提供感謝します!ところ真吾様、そろそろ橘の本社で働く気になりませんか?』
「ならねーよ。お前もしつこい!またな!」
電話を一方的に切るとふぅっと息を吐いた。
そして出入り口を気だるそうに見つめて口を開いた。
「もういいよ。来たなら入って来てもよかったのに遠慮して君らしくもない」
その言葉を聞いて入室したのは、顔を強張らせた杏樹だった。
その少し前
亮介は通いなれた通学路だったこともあり家を出て十数分後、迷うことなく一直線に州大学の駐車場に到着した。
「ありがとう亮ちゃん」
シートベルトを外してお礼を言った杏樹だったが、亮介もシートベルトを外しているのを見て首を傾げた。
「中まで送ってくれるの?」
「ここから橘教授の研究室まで誰にも会わずに移動できる秘密の通路があるんだ。アンに教えておくよ」
そんな通路あるの?なんで??
学校教員専用の駐車場から十段ほどの登り階段上にあったバスケットコートの奥まで移動した亮介は茂みをかき分け、まだ使えることを確認して後ろにいる杏樹の方に顔を向けた。
「最近使ってなかったから半分獣道みたいになっているが、まだ通れそうだ。アンの格好が少し気にはなるが、まあ大丈夫だろう」
そう言われて杏樹は自身を見下ろし、むむっと口を尖らせた。
今日の服は一果の置いていた服を拝借したため、これ以外の選択肢がなかった。
ツーピースのセットアップ品で上は白地に黒の大柄チェックのセーターシャツに下はグレーのロングタイトなマーメイドスカートだった。
そうは言っても亮介もスーツ姿で草むらに入るには不都合な格好だったが彼は気にしていない様だった。
綺麗目コーデなのにこの草むらを歩くのは確かに気が引けるが、誰とも会わないと言うなら行かない手はない。
どこにストーカー親子が潜んでいるかわからない以上、ここを進むしかない。
「行くぞ」
左手を差し出され、獣道といえど一本道で迷うとは思わないが草むらゆえに何が出るかわからない。
虫が苦手な杏樹はその手をしっかり握ると亮介に着いて草むらの中に足を踏み入れた。
ガッサガッサ音を立てながら進む亮介の後を、虫怖いと必死に着いて行っていた杏樹は疑問を口にした。
「亮ちゃんなんでこんな道があること知ってるの?」
「この道はな、俺が大学に通い始めた時に騒ぐ学生が多くてそれを見た一果がブチギレて、安全に俺が通れる新しい道を開拓すると言って枝切り鋏を持って作った道なんだ」
一果何やってんの!?
慄く杏樹をよそに亮介はさらに驚く話をした。
「それを見た橘教授も面白がって鎌持って参戦したんだ」
・・・・あの教授は。
面白いことには全力を注ぐ人であることを知っている杏樹は、でしょうね!と虚無った。
相変わらずガッサガッサ音を立てて進んでいた亮介が急に足を止めた。
「やるなら徹底的に。そう言って教授がここに関所を設けたんだ」
は?関所??
見上げた先にはどこか見慣れた壁が出現したが、思い出せない。
亮介が徐に背の高い草をかき分けた先に扉らしきものと南京錠が見えた。
スボンのポケットから鍵を出すと南京錠を開け扉を押し開いた亮介は振り返って安堵したように息を吐いた。
「もう何年も使ってないから南京錠が錆びてたらどうしようかと思ったが開いてよかったよ」
その前によく南京錠の鍵をまだ持ってたね。
脱力した杏樹に亮介はその鍵を握らせた。
「今後はアンがこの道を使うといい。そのためにこの鍵は渡しておくよ」
気持ちはありがたいが、今のままではこの道は使えません!
虫が怖すぎて一人では無理です!!
杏樹の表情である程度、事の仔細を理解した亮介は驚いた。
「・・・・無理?なんで?」
虫!虫!と草むらを指差す杏樹に、一果にはない感性に顎に手をかけた。
「虫がダメなのか?」
何度も頷く杏樹に、仕方ないと鍵は返してもらい「そのうちこの道整備するか」という亮介にもう一度何度も頷いた杏樹だった。
隠し扉は教授の第二研究室の真裏で、杏樹はどうりで見たことのある壁だと驚いた。
教授の研究室は目の前。ここからは関係者以外は立ち入り禁止であることから、ストーカーも来れない。
仕事もあるしお戻りくださいと、その場で亮介と別れた杏樹は第二研究室へとつながる建物入り口に向かった。
三階にある研究室前まで行って初めて教授が誰かと電話で話ししていることに気がついた杏樹は、なんとなく自分関連の話のような気がして扉すぐ横の壁にへばり付くと耳を澄ませた。
杏樹の気配に気がついたのか教授がその場から離れソファ辺りに移動したのを感じた杏樹は壁に背をつけ天井を見つめた。
その内容が自身のストーカー関連の話で、先ほど橘会長に情報を開示した影響だと即座に判断した。
そして教授の話す内容に感銘を受けた杏樹は、人と成りはどうであれ、やはりその頭の回転の速さや年の功なのか見識の広さに尊敬しますと口に出すことはないがそう思った。
自分が三田亮介を追いつけ追い越せとライバル視して勉学に励んで来たのは、目標があった方が自分の存在価値を証明しやすいかと思ってのことだった。
三田亮介はこの大学に留まらず、日本企業の全てが欲したほどの逸材。
そんな彼を超えることが出来れば一族の後ろ盾がなくとも優秀であると証明でき、私を軽んじ利用しようとする者に簡単には手出しが出来ないと思わせることが目的だった。
それと一族の力を借りずに自由に世界を飛び回る事が出来る、親がいなくても生きていけることを証明したい。
そう言う意味で早く独り立ちしたくて彼を勝手に指針にしただけだった。
その行動原理を私には不向きな恋愛に上手く結びつけ、彼の横に胸を張って並び立てるためにそう言う努力をしていたなどと話している教授の言い分に、今までカモフラージュで取り繕ってきた杏樹にはうってつけの設定だった。
その設定パクらせて頂きます!
と思っていたら、いつも間にか電話は終わっていたようだ。
盗み聞きしていることを教授にはやっぱりバレていたと入室すれば、教授に嫌〜な笑みを向けられた。
「今後の宿を確保するだけでなく婚約者が出来たって?」
はっきり言ってこの人にだけは知られたくなかったが、引率してもらった手前隠すのも無理があった。
この人のことだから面白おかしく受け取られるんだろうな。
そう思うと今日はあのソファに座りたくなかったが行かないわけにはいかない。
「ところで教授。さっきの電話、もちろん情報が入ったら私にも教えてもらえるんですよね」
杏樹は部屋中央にある応接セット前まで移動し、先に持っていた鞄をソファに置き教授を見下ろしながら言った。
こっちの土俵に持ってこようと同居云々の話から引き離なそうとしたが、相手は乗ってこなかった。
教授はうーんと悩む様な仕草の後「どうしようっかなぁ」とおどけた。
「質問に応えてくれたら共有しようかな」
誤魔化されてくれなかった。
ムスッとしながらソファに座ると腕組みした。
「何が聞きたいんです? 」
プイッと明後日の方向を向いて相手の土俵には乗らんぞと抵抗してみたが次の言葉にまんまと乗る羽目になる。
「もちろん同棲に至った経緯だよ」
「同居です!」
あ、と思った時には時すでに遅し。
相手の土俵に勢いよく乗ってしまい虚無った。
「な~んだ面白くない。恋は芽生えなかったの?」
「何故そうなるんです?」
教授の土俵の上には乗りたくなかったと項垂れ額に手を置いて言えば、不思議ちゃんを見るように怪訝な顔をされた。
「普通の子は三田くんを見れば誰でも一瞬で心を奪われる」
「普通の子であれば、ですよね」
項垂れたまま、あなたも知っているでしょう。と視線だけ教授に向けた。
「私は違います」
「うん、知ってる」
いい笑顔の教授に今度は杏樹が怪訝顔になった。
「それなら何故そんな質問を?」
無意味な事を何故聞くと教授を見れば相手もジッと澄まし顔で見つめてきた。
「実際彼に会って見てどうだった?」
次エピソードは、来週金曜日UP予定です。
よろしくお願いします。
訂正
体調不良で投稿をお休みします。
出来るだけ早く帰って来ますのでしばらくお待ち下さい。
よろしくお願い致します。記)2026.1/6




