【遭遇の章】
どうにもタイミングの良いことというものはよくあるもので、誰かが意図的にその事象を起こしているのではと考えたくなってしまう。それが良いことなら問題はないが、悪いことだと、起こって欲しくはない。
現在、大通りで立ち尽くしている二組の冒険者達は、皆そんなことを考えていたことだろう。その大通りは、レストランからも宿屋からも程近く、昼間は人通りも多い。そんな人込の中から、互いに互いの存在を確認できるということは、互いに存在を意識していなければ出来ないことだろう。
ただ、そんなことなど、ミティーには関係なかった。どういう経緯にしろ、関わり合いたくなかった人達に会ってしまったのだから。それとは裏腹に、セフィークはこの偶然の再会を喜んでいる。
「すごぉい、偶然です〜。
あ、丁度良かったかもっ。さっきの事、聞いてみたら?」
セフィークは皆の方を振り向き、意見を求めている。
「…先を急ぐので、すみませんが…」
丁重にお断りしようとミティーが愛想笑いを浮かべると、ティバロはミティーの前に出た。
「おっと悪いね。ちょっと聞きたいことが、あるんだけど?」
「私は話すことなんてない」
煩わしそうな表情でミティーはキッパリと言い放つと、構わずティバロの横を抜けようと歩き出す。しかし、ティバロは剣を抜き、ミティーに向け、あくまでも通さない姿勢だ。
「…いい度胸してますね。街中で剣を抜くなんて…。
私は、自分に剣を向ける相手には容赦しないことにしてるんです。
早く収めた方が言いと思いますよ?」
口元にだけ笑みを残し、ミティーはティバロを睨んでいる。
「ティバロくん!駄目だよ!人に剣を向けちゃあ!」
ミティーとティバロの険悪な雰囲気に、焦ったセフィークが間に入る。渋々と剣を収めるティバロに、ミティーは小さく溜息を付いて通り過ぎようとした。
「ぁ…あの!
私たちさっき、…その、黒い魔法使い達に襲われたんです。
それで、何かご存知じゃないかなって…」
「黒い魔法使い達」と聞き、思わず立ち止まってしまったミティーは、仕方がなく振り向いた。
「…その魔法使い達と私に何の関係があるんですか?」
ミティーは冷静に聞き返す。傍にいたクライシュードもミティーの意思を尊重してか何も言わない。
「え…?それは…」
「『貴様らもあの女の仲間か』、あいつらはそう言った。
それに、特殊な魔力石を持ってるだろ?
特殊な魔法を放つときの光を、俺達は目撃してる」
困っていたセフィークを助けるように、ティバロはミティーを問い詰める。
「だから何?
私が魔法を放ったって証拠はどこにもないじゃないですか」
「君じゃないって証拠もないと思うけど?」
ユークがすかさず返すと、ミティーは溜息をついた。しかし、ユークの口は止まらない。
「別に、私達に害がなければ何も言わないんですよ。
でも、現に私ら襲われてるんです。
もし、関係があるなら、事情を聞く権利があると思うんですが?」
何かを聞き出すまでここは通さないという気迫で、ユークはミティーを睨みつけている。
「…何故、私だと思うんですか?
特殊な魔力石を持っているから?
でも、それなら、この大きな町にたくさんいる冒険者達かもしれませんよ?」
少しだけ口調が穏やかになったのが解ったのか、セフィークに笑顔が戻る。
「何となくですっ。どうしても気になっちゃって。
あ、でも、もし本当に違うならごめんなさい…」
ミティーはホトホト困り果てた様子でクライシュードを見つめる。
「…何故俺を見る…?」
無愛想に返す彼に、ミティーは項垂れた。クライシュードはお前の好きにしろと言わんばかりだ。
「……確かに、その魔法使い達は私を狙って来た奴らでしょうね…。
ただし、それが解ったのなら、これ以上私に近付かないことです。
変な詮索をすれば、逆に危険を伴います」
どうしてもセフィークには弱いミティーはついに白状してしまった。だが、それだけ言うと、彼女は一礼して去ろうとする。
「ちょっと待った!まだ話は終わってないぞ。
…俺達は被害者だ。
今後も襲われる可能性がある。それを何とかしろよ」
ミティーの肩を掴み、ティバロは強い口調で言い寄る。ミティーは彼が気に食わなかった。何が、と言われても答えられないが、どうも好くことができない。ミティーはティバロの手を力一杯弾いた。
「あいつらに襲われても、命があるのなら、心配ないですよ。
違うと言い続ければあいつらも諦めます」
あまりにも強い拒絶だったので、ティバロは少々驚いている。ミティーはそれを気にも留めず、彼の横を通り抜けた。
「…随分嫌っているんだな。
俺の時よりも酷いぞ、アレは…」
歩みの速いミティーの隣で、クライシュードが苦笑している。
「『荒れ鷹』は嫌い。
あいつらのせいで私は…私の家族は…」
俯き、口惜しげに歯軋りをするミティーに、クライシュードは目を背けた。彼女の身に何が起こったのかを知りたくとも、彼はすぐに問おうとはしなかった。第一、他人に興味はないし、深入りしようとも思っていなかった。ただ、自分が気になっていたことを辿って来たら、ミティーに行き着き、たまたま彼女と行動を共にしているだけなのだ。
「…今度は何も聞かないんだね、クライス?」
少し意外そうにミティーが訊いてくるので、彼は再び彼女に視線を移す。口元に笑みを浮かべている彼女の瞳は見ているだけで胸が痛むほど哀しげだった。
「何だ、訊いて欲しいのか…?」
それならいくらでも訊くぞと言わんばかりに言い返すクライシュードに、ミティーは首を振った。それと同時に、ささやかな彼の優しさに感謝すらした。
「いつまで一緒に行くか解んないけど、…そのうち話すね」
そう言って、彼女は弱い笑みを返す。それに対し、クライシュードは静かに頷いた。二人が町を出るまで、互いに言葉を交わすことはなかった。
呆然としていたティバロが我に返り、怒り任せに振り向いたときには、すでに二人の姿を確認することが出来なかった。ミティーが自分のことを良く思っていないのはティバロ自身、理解しているつもりだった。というより、他人を寄せ付けない印象を持っていた。だが、あそこまで怒りを露にされると、不愉快なもので、行き場のない怒りを抱え、彼は二人の去った方をひたすら睨み付けている。
「ティバロくん、大丈夫〜…?」
心配そうに顔を覗きこむセフィークに、ティバロは笑顔を見せる。
「全然、大丈夫!うっし、戻ろうぜ!」
全く気にしていない素振りを見せるティバロに、セフィークは安堵の溜息を漏らした。
「やっぱりあの人だったんだね。
あ、でも名前聞くの忘れちゃった…。うみゅ…」
失敗したなと肩を落とすセフィークを見て、ユークやマティーナが肩を叩いた。
「セフィーちゃん、大丈夫だよ。
あの人達も荒野に行くんだから、しばらくはこの町に滞在するはずだよ」
「そうそう!ユークの言うとおりだよ!セフィーちゃん!」
二人に勇気づけられ、セフィークは笑顔で大きく頷いた。
「うんっ、そだね。解っただけでも進歩だよね」
前向きなセフィークに、皆はうんうんと頷く。
「でも、あいつさ…銀髪のヤローと一緒だったよな。
セフィーちゃんの誘いを蹴ってあいつのとこ行ったんか?最低だな」
ティバロが銀髪の青年−クライシュードがミティーと共にいたことを思い出し、腹を立てていた。
「いんじゃない?別に強要させるわけじゃないんだしさ」
「ティーナの言うとおりだよ、ティバッち」
横からライナが口を挟むと、二人は目を丸くした。
「ティーナって…あたしのこと…?」
「だからティバっちってのやめろって!」
「えー?いいじゃんいーじゃん。こっちの方が可愛いし〜」
相変わらずマイペースなライナと二人のやりとりに、セフィークは笑った。
「せっかくだから、みんなのあだ名考えようか?」
「あ、いいかも〜」
ユークの提言にセフィークがはしゃいでいると、ライナも大きく頷いた。
「じゃあ〜、セフィークはセフィーちゃんでいいでしょー?
マティーナはティーナの方がいいと思うんだけどなー。
ティバロくんはティバッちで決定で〜、ユークは…ユーちゃん?」
有無を言わさず自分が「ティバッち」になることに、ティバロは猛反対したが、こういうときに男は弱く女には勝てないのであった。
「じゃあ、ライナは…レイナの方が良いって言ってたから、れーちゃん?」
「それならせーちゃんとかまーちゃんとかの方が良くない?」
マティーナとユークも乗り気であだ名を考えている。楽しければそれでいいと、セフィークは笑顔でそれを見守っている。5人は、ワイワイ騒ぎながら「鷹ノ巣」へと戻って行った。