【来襲の章】
それは、レストランまでの道のりを5人で歩いていた途上で起きた出来事だった。皆の上を、前触れもなく焔の球が飛んで行った。背後から迫った焔の球は、奇跡的にも当たる事はなかった。とはいえ、突然の出来事に5人は驚いた表情で振り返る。
「え!?い…今の…魔法!?」
セフィークが動揺していると、すでにティバロは剣を抜いていた。マティーナも得意の短剣を構える。ユークは次の魔法に備え、ロッドを手にした。しかし、セフィークとライナは食事だけということで、武器を部屋に置いてきてしまったので、戦うことができない。まさか町中で襲われるなど思っていなかったのだ。
「町中で魔法を放つなんて、どういう了見だ!?ったく…」
「ご…ごめん、私、杖置いてきちゃった…」
緊張が走る中、セフィークの言葉はティバロをとことん脱力させてしまう。
「あー…もういいから、後ろにいろ。絶対前には出んなよ?」
「は…はい…」
申し訳なさそうに謝るセフィークは、おずおずと下がった。
相手の魔法使いの姿がまだ見えない。だが、次の攻撃が来ると、ティバロは走り出した。先程とは変わって、氷の塊が飛んでくる中、彼はそれを避けつつ、魔法が放たれたと思われる地点を目指した。地を蹴り屋根を掴むと、反動を付けて屋根に登る。
一方、ティバロが避けた氷の塊はユークが焔の結界を張ることで防いでいた。マティーナも氷の塊が止むと同時に駆け出す。ティバロとは違う家屋の屋根に軽々と登り魔法使いを捜した。
「みんなすごぉい!」
自分達が狙われているにもかかわらず、セフィークはそんなことに感心していた。
次の瞬間、辺りをまばゆい光が包むと、皆は一瞬、その光に目を奪われた。だが、その光は差すようなものではなかった。魔法を放ったときの光とも違う。
「今のは…!?」
「!ティバっち!!いたよ!」
「誰がティバっちだ!誰が!」
変な呼ばれ方に怒りながらも、ティバロはマティーナの指す方を見る。そこには黒いローブを着た、魔法使いの集団がいた。どこかへ移動しているところのようだ。
ティバロは屋根の上を走り出し、魔法使い達を追い越すと、彼らの前に飛び降りた。
「…お前ら何モンだ?セフィーちゃんを狙いやがって…」
「貴様ら…貴様らもあの女…の仲間か!?」
「あの女…?セフィーちゃんのことか?ああ、そうだ」
魔法使い達はロッドを突きだし、呪文を唱える体勢を取る。だが、ティバロは剣を扱い、近距離戦を得意とするため、魔法使い達はどうあっても不利である。更に、魔法使い達の背後にマティーナが回り込み、退路を塞ぐ。
「…逃がさないよ。あんたらの目的は何!?」
「んなこたぁどうでもいいさ。
要は、こいつらをぶちのめせばいいだけだろ?」
剣を魔法使い達に向け、ティバロは口元に笑みを浮かべる。
「“雷よ、ほとばしれ”!」
魔法使い達が一斉に魔法を放つと、ティバロは走り出した。魔法に向かっていくのは無謀とも思えたが、ティバロは走りながら、うまく魔法を避けている。
マティーナも挟み撃ちにするべく、走り出した。ティバロは魔法使いの1人の懐に入り、剣を突き立て、それを後ろへ放り投げると、次の魔法使いに剣を振り下ろす。一瞬、ティバロは魔法使い達に笑みを見せた。更にすぐ傍にいた魔法使いを斬り払う。
マティーナは短剣ということもあり、深い傷を負わせる戦法ではなく、急所を狙った攻撃を中心にしていた。素早く魔法使いの背後に回り、首を切り裂く。他の魔法使いが恐怖に駆られ放った焔を高い跳躍で避けると、そのまま落下し、肩から腰にかけて斜めに切り裂いた。
残るはあと3人となったところで、遠くから指笛が聞こえて来た。
「ん…?」
「くっ…退くぞ!」
「あ!待ちやがれ!」
逃がすまいと剣を振るティバロだったが、魔法使いは風に身を包み、消えてしまった。
「一体何だったんだ…?」
辺りを見回し、ティバロは遠くの屋根伝いに黒い人影が走り去るのを目撃した。だが、それが魔法使い達と関係があるかどうかは解らない。魔法使い達の死体も消えてしまい、証拠は何一つ残されていなかった。二人は仕方がなしに、セフィークの元へと戻ることにした。
そのレストランは閑静で、食事に来ている人も疎らだった。宿屋同様、レストランにも同じように客が来ない。「荒れ鷹」が増加したことによって、武器・防具・道具屋等は繁盛しているが、生活に必要な食事や場所は提供されている為、宿屋やレストランといった施設は衰退の一歩を辿っている。
その状況下で、レストランの中が閑静でないはずがない。しかし、そこには久々とも言える客がいた。5人という人数は決して少なくはない。何かしら会話が生まれ、人気のないレストランにその声を響かせてもおかしくはないはずだった。だが、その場には不自然なほど食器の音だけしか響いていない。
黙々と食事を続けるセフィーク達は、浮かぬ顔で料理だけを見つめ、互いに視線を交わすことすらなかった。黒いローブを纏った怪しげな魔法使い達との戦いの後、一行は予定通り、食事をする為にこのレストランに入った。静かで落ち着いた雰囲気、美味しい料理、満足すべき条件は揃っていたのだが、皆はここで満足できるほど納得してはいなかった。
結局、一言も交わさぬまま、皆は料理を食べ終えてしまった。食器が片付けられ、代わりに皆の前には食後の飲み物が置かれていく。
「…さて、そろそろ話をしようじゃないか」
長い沈黙を破ったのはユークだった。柑橘系の飲み物の入ったグラスを手に、真っ直ぐにティバロを見据えている。
「何で俺を見んだよ…」
「『荒れ鷹』の中で、その名を知らぬ者はいないとまで謳われてるんでしょ?
その“ティバロ・オターカ”くんの意見を聞こうと思ってね」
不服そうに目を細めるティバロに、ユークは片時も目を逸らさず、答えた。
「…誰がそんな風に言ってるんだよ」
失笑するティバロだったが、こんな時には迷惑なだけだった。
「ま…いいわ。
とりあえず、あいつらはセフィーちゃんを狙ってた。
“貴様もあの女の仲間か?”って言ってたしな。
多分他にも仲間がいたんだろう。遠くから指笛が聞こえた。
それであいつらは恐れを成して逃げ帰って行ったってわけだ」
まるで自分の力を誇示するかのごとく、ティバロは言った。
「指笛…ああ、何か聞こえたね。
でもさ、ってことはその仲間も遠くで戦ってたってことでしょ?
で、そっちにリーダー核の奴がいた。
んで、何かがあって不利な状況になり、指笛で撤退の合図を送った…。
こう考える方がよくない?」
冷静に推理した結果を話すユークに、ティバロは頭を掻いた。
「あぁ?もしそうなら、そのリーダーが戦ってた奴って何なんだよ」
誰も答えられるはずもない問いを、ティバロはあえて投げかける。やはり、誰もが答えられず、再び沈黙が訪れるかと思いきや、マティーナが突然立ち上がった。
「もしかして…そのリーダーが戦ってる奴の仲間だって思われたんじゃない!?
“あの女の仲間か?”っていうのは、そっちで戦ってた奴の仲間かって意味だったんだよ!」
一番つじつまの合う意見を述べたマティーナに頷きながら、ユークはティバロを睨み付けた。
「…ってことは、君は“女”=セフィークと勘違いし、仲間だと答えたわけだよねぇ?
その結果、あの黒い魔法使いどもにも勘違いされてるわけだ」
セフィークとライナは三人の会話をただ聞いているだけしか出来なかった。話を聞いていても、その内容を理解するのにも一苦労である。
「ぁ…あのね、結局…あの人たちは何なの?」
セフィークは過ぎたことよりも、たった一つ、それだけが知りたかった。過ぎたことはどうにもならない。問題は、相手が何者で、何の目的を持っているのか、だった。
「この中の誰かの関係者でもないなら、確かなことは言えないけど─。
誰かの命を狙って動いている、ヤバイ奴ら、って感じじゃない?」
マティーナはそう言って、グラスに口を付けた。見る見るうちにセフィークが蒼白になっていくのが解る。
「元はといえば、ティバロくんが勘違いして答えるからいけないんだよ。
これでうちらが狙われたらどうしてくれるんだい?」
ユークの言葉に、皆の視線がティバロ一人に向けられると、彼はたじろいだ。
「な…何だよ。俺一人だけ悪者か!?仕方ねぇだろ!
あいつらは俺達を狙ってたんだし、“あの女”としか聞いてないんだぜ!?
女4人に囲まれてる俺が、ちょっと勘違いしたっておかしくない!
だから確認したんだよ『あの女ってのはセフィーちゃんのことか』って。
…まぁ…奴らは答えなかったけどよ。どっちにしろ、過ぎたことだろ!」
「その“過ぎたこと”で私らの命が危険に曝されるかも知れないんだよ!?」
逆上するティバロに対し、ユークがテーブルを強く叩いて立ち上がると、セフィークは怯えるように身を竦ませた。
「まぁまぁ、ユーク、落ち着いて~。
要するに相手の誤解を解いて、私らは関係ないよ~って解ればいいんじゃないの?
そしたら狙われずに済むわけだし」
ゆったりした口調でライナが言うと、ユークはひとまず座った。だが、ライナの発言は楽観的というしかなく、実際にそれで済むはずなどない。
「…で?どうすんだよ。
絶対、あれで引き下がるような奴らじゃないぜ。
性質の悪い、ヤなタイプだ。
本当に狙われてる奴を見つけ出して、関係ないことを裏付けてもらうか?
それとも、来る奴を片っ端から片付けるか?」
ティバロは後者の方を強調していたようにも思えたが、どちらの方法を取るにせよ、無茶苦茶な方法だということだけは確かだった。
「えぇ!?だ…だめだよぅ。そんなのぉ…」
困ったようにセフィークが返すと、ティバロは頭を抱えた。
「じゃあ、どうするんだよ?」
「見るからに怪しい奴らってのは解るよね。
もしまた来たら、その時は“あの女”とやらについて話してもらおうよ。
…どっちみち仲間、殺っちゃってるから話し合いは通じないかもしれないけどね~」
肩を竦めて首を振るマティーナに、ユークが溜息を付く。
「誰かさんのせいで、大変なことになったねー…」
「んだとっ!?」
ついに怒りを抑えきれなくなったティバロが立ち上がる。右手に作られた拳は、今にもユーク目掛けて振り下ろされそうだ。
「あ…あ、ティバロくん、落ち着いてっ」
うろたえながらも、セフィークがティバロの腕を掴むと、彼は小さく舌打ちして座った。
「ティバロくんだけが悪いわけじゃないよ。
あまりいじめたら可哀相だよぉ」
セフィークの哀れみの言葉は、ティバロには逆効果だった。何か虚しい気持ちになったティバロはガックリと肩を落とす。
「あ、あと、気になる点がもう一個あった!」
思い出したように、ユークが言うと、皆は首を傾げる。
「ほら2回目の魔法攻撃が来た後、一瞬辺りが光ったでしょ?
あれが何だったのか…」
「あぁ!何か光ってたね、そう言えば。
魔法じゃ…ないんだよね、きっと。何だろ?」
マティーナがポンと手を打つと、皆も思い出したらしく、考え始めた。
「案外魔法かもしれないよ?」
「えぇ…?ライナ、どういうことだい?
確かに、魔法を放つときにああいう光が放たれることもあるけど…。
あんな広範囲に渡って光ったりしないでしょ?」
魔法を扱うユーク、ライナ、セフィークはその事についてよく解っていた。例えば、魔法を放つ際に手をかざすと、その手を中心とした光の円─魔方陣が浮かび上がる。それが一瞬だけ強い光を放ち、魔法が発動するのだ。
「でもさ、私、聞いたことあるんだけど─。
特殊な魔力石を持つ魔法使いは、特殊な魔法が使えるんだって。
特殊な魔法だったらさ、あんな光を出すこともできるんじゃないかな~って」
ライナが相変わらずのゆったりした口調で話すと、セフィークは「へぇ…」と感心した。そして、何かが頭に引っかかり、首を傾げ始める。
「…あれ…?特殊な魔力石…?」
どこかで通常の魔力石とは違うものを見た気がして、セフィークはどうにかして思い出そうと必死になる。
「?セフィーちゃん?どうかした?」
ティバロが悩むセフィークの顔を覗き込む。だが、考え事をしている彼女はそれも全く気に留めない。そんな彼女の脳裏に、ある言葉が過った。
─これ、ここに付いてる石は魔力石なんです。
だから、私は魔法使い。残念だけど…。
「鷹ノ巣」で仲間を集めていたセフィークが、その誘いを断られたあの時、あの女性はそう言って自分の腕輪を見せてくれた。変わった武器だなとしかその時は思わなかった。しかし、今になって考えてみれば、特殊としか言いようがない。
「あの人だ!!」
突然、セフィークが大声を上げたので、皆は驚きのあまり、目を丸くしてしまった。
「あの人…?」
「ほら、私が仲間に誘った人!
あの人何も武器持ってなくて、腕輪に魔力石が付いてたの。
魔法使いなんだって」
皆が「あぁ、あの人か」と頷く中、ティバロはしばらく首を傾げていたが、武器の持っていないということから、登録した時に同時に出てきた女の事だと推測した。
「確かに、腕輪に魔力石が付いてるなんて、特殊だけど…。
それだけで決め付けるのはどうかと思うよ?
…何にせよ、今は何もできないね」
ユークはまとめる形で話を終わらせると、立ち上がった。皆も、確かにその通りだと思い、小さく溜息を付くと立ち上がり、レストランを後にした。