【襲撃の章】
青年は突然、信じられない発言をした。自分を雇えなどと言われても、ミティーは困るだけである。自分の身は自分で守れるというのに、あえて素性の知れない男と行動を共にする意味が解らない。何より、危険なことであった。
「そんな…急に言われても…。
それに、私と来たって、あなたの言う男達は現れませんよ。
私は…」
次の台詞を言いかけて、ミティーは青年の背後、遥か遠くで何かが光るのを見て口を噤んだ。その光は目を突くような眩しいものではなく、ミティーもよく知っている、魔法を放つ一瞬の光だった。そして、すぐにそれを立証するかのごとく、焔の塊が襲い来る。
右手を頭上にかざし、ミティーは焔の塊を睨み付ける。呪文など唱えている時間は無かった。もっとも、彼女に呪文など必要はなかったが。そして、次の瞬間、向かってくる焔の前に、水の壁が立ち昇った。それに焔が衝突すると、水が焔を包み込み、互いに消失してしまった。突然のことに、青年は驚いている。
言葉を失っていた青年は、ミティーの背後に迫る黒装束の男に気付くと我に返り、ミティーの腕を掴んでいた手を放し、剣を抜いた。そのまま、短剣を両手に持って襲い掛かってきた黒装束の男を、青年は躊躇なく斬り払う。
「…お前を狙っているな…。身に覚えはあるのか?」
地に伏して苦しむ男を足蹴にし、青年は肩越しに訊いた。だが、ミティーが答える前に、仲間と思われる黒装束の男が集団で現れると、青年は剣を一振りし、付着した血を払う。
「話は後だな…。お前は下がっていろ」
「…巻き込まれたくなかったら、今すぐ立ち去ることをお勧めしますよ」
動揺する素振りも見せず、ミティーは苦笑いを浮かべる。この言葉に、青年は失笑してしまった。
「笑えない冗談だ。
女一人を残して立ち去ることなんて、できるわけがない。
いくらお前が魔法を扱えるとはいえ、あれだけの数を相手にはできないだろ?」
もっともらしく返す青年に、ミティーは嘲る様な笑みを浮かべる。
「ここまで私が一人で来れたのは、魔法の力があるだけじゃないんですよ。
侮ってもらっては困ります。
…私としては他人を巻き込みたくないんですが…?」
二人がそんなやり取りをしている中で、黒装束の男達は互いに相槌を打つと、一斉に地を蹴った。
「…もう遅い!来るぞ!」
「やれやれ…仕方ないですね。
私はミティー・シューコア。あなたは?」
観念したミティーは自ら名乗った。ようやく前進したことで、青年は笑みを浮かべる。
「クライシュード・ミーヴルだ。…クライスでいい」
改めて剣を強く握り直し、クライシュードは正面を見据えて名乗り返すと、目前まで迫ってきた男達を睨み付け、敵をギリギリまで引き付ける行動を取った。さすが傭兵というだけあり、戦い慣れしているようだ。
そんなことを思いつつ、ミティーは先程の焔が飛んできた方向を見た。あれだけで攻撃が終わるはずはない。魔法を扱えるのが一人とも限らない。必ず次の攻撃をしてくるだろうと、神経を研ぎ澄ます。
すでにクライシュードは男達と剣を交えている。だが、斬り倒された男達が増えるだけで、苦戦する様子は全くない。四方八方から来る短剣の攻撃も、あるものは剣で払い、またあるものは体を捻ることで避けている。しかも、ただ避けるのではなく、必ず避けた先で攻撃を繰り出しているのだから、抜かりがない。
「!…おい!何をボケッとしてるんだ!」
誰もボケッとなんかしていないと答えたい気持ちを抑え、ミティーは右手を頭上に掲げた。すると、腕輪が白い光を放ち、更にその光が長い棒状を形作る。彼女がそれを握り、軽く振り下ろすと、淡く光り輝いていた棒状の物は銀色の槍へと姿を変えた。
「見た所、私の助けは要らないように思えたんですけど…?」
得意そうに笑顔を見せるミティーに、クライシュードは言葉を失った。今、彼女のしたことは明らかに、「魔法で物を作り出す」行動だった。彼にとっては初めて見るものであり、また、そんな魔法が存在していたことすら知らなかったのだ。
「物質化の魔法…。
貴様は紛れも無く、ミティー・フェン=シューコアだな!」
男の一人─恐らく一連の黒装束の男達を率いている首領格だろう─が憎々しげに叫ぶと、ミティーの表情が強張る。そして、次の瞬間、怒りを見せた彼女を取り巻くように強い風が吹き荒れた。
「『フェン』の名は捨てたの…!
私はあんた達が捜しているような人間じゃない!」
クライシュードには話が見えなかったが、まずは迫り来る敵を倒すことが先決だった。
「ククク…何とでも言うがいい。だが、我々は諦めない。
初めて貴様と会った時から、その力を欲していた。
再び見えることが出来て嬉しいぞ…!」
男は感極まったように語ると、両手に片刃の剣を持ち、襲い掛かってきた。
「…言いたいことはそれだけだな?」
真っ直ぐミティーを目掛けていた男は、彼女の前にクライシュードが立ちはだかることで、一旦立ち止まった。
「お前は…」
怪訝そうにクライシュードを眺め、男は鼻を鳴らした。
「俺が誰であろうと、お前には関係ない。…そうだろ?」
クライシュードがそう返すと、男は彼を睨み付けた。
「…何も知らずに戦っているようだな。馬鹿な男だ」
「どういう意味だ…?」
自分が見下されていると思い、クライシュードは男に剣を向ける。
「何も知らないという事が、どれほど残酷か解っていない」
嘲笑する男に、クライシュードは怒りを抑えることが出来なかった。素早く一薙ぎした剣を、男は高く跳躍してかわした。上空で男が指を鳴らし仲間に合図を送ると、待機していた男達が一斉にミティーへと向かって走り出す。
「っシューコア!」
クライシュードが男と話している間に、仲間はクライシュードから離れ、迂回してミティーの近くまで移動していた。それに気付くのが遅れ、彼は叫ぶが、当の本人は平然と槍を構えている。
「まだまだ注意力が足りないですよ。気をつけてくださいね。
そいつはこんな奴らとは比べ物になりませんから!」
彼に対して忠告までするほどの余裕を見せたミティーは、男達を凝視した。まずは正面から向かってきた一人の懐に入り、腹部を一突きすると、続いてそれを抜いた反動を利用して後ろから迫ってきた男を柄の逆端で突く。二人が同時によろめくと、一瞬周りを確認してから、槍を横に倒し、薙ぎ払う形のまま、彼女は一回転した。刃の軌跡は光を残し、やがて衝撃波となって男達を弾き飛ばす。
ミティーの戦う姿を横目で確認していたクライシュードは、驚きを隠せないでいた。流れるような動きにはさほど無駄は感じられない。
(あいつ…一体何者なんだ…!?)
彼はミティーがここまで戦いに精通しているとは思っていなかった。彼女が自分を「侮るな」と言った事を思い出し、彼はまさしくその通りだと息を呑んだ。だが、感心している暇など、彼には無かった。
「他人よりも自分の心配をした方がいいのではないか?」
男が左手の剣を強く振り下ろすと、クライシュードはそれを自分の剣で受けた。しかし、もう片方の剣が容赦なくクライシュードの足を狙って薙ぎ払われる。彼は後退するしかなかった。
「お前こそ、お仲間がみんなやられてしまうぞ…?」
少々押され気味でありながら、クライシュードは平然を装っている。思っていた以上に相手に隙がなく、彼は反撃の機会を窺いつつも、できないでいた。
「我らの目的は一つだ。
それを達成するためにはどれ程の犠牲が出ようが構わない」
冷酷な瞳でクライシュードを凝視し、男はそう吐き捨てた。
「目的…そのためなら手段は選ばない…ということか…」
クライシュードは苦笑いを浮かべ、一瞬の間の後、剣を一振りした。その一閃で男の持っていた片刃の剣は綺麗な切り口を残し、折れてしまった。
「なっ…!?」
「お前は俺の一番嫌いな人種だ。
…俺は嫌いな奴には容赦しない性質なんだ」
武器を失った男は悔しげに舌打ちすると、軽やかに後ろへ飛び退き、指笛を吹いた。
「…今日の所は引き下がろう。だが…我々は諦めない。
必ずや『竜の力』を手に入れてみせる!」
男の下に黒装束の仲間が集まると、男達は建物の屋根伝いに去って行ってしまった。遠くから狙っていた魔法を扱う者も、その気配が消えていることを、ミティーは確認していた。彼女の手に握られていた槍は、光に包まれその姿を消した。やがて、彼女は天を仰ぎ、小さく溜息をついた。