【疑惑の章】
「鷹ノ巣」から宿屋まではさほど遠くは無かったが、ミティーは遠回りをして街を回っていた。彼女にとって、これ程の大きな港町に来ることは久しかった。大通りには幾つもの商店が立ち並び、そこで売っている物の種類も多い。
ミティーは掘り出し物を探しては、店の前で物欲しそうに眺めることを繰り返していた。だが、決して買おうとはしない。彼女はお金が無いわけではなかったが、無駄に金を使うことをしなかった。それと言うのも、彼女の目的である、世界を見て回ることを実現するためでもあった。ミティーは一つの店をくまなく見てから通り過ぎる事を繰り返していた。商売する側は売り上げにつながらないので、残念そうに彼女を見送る。
そうして、どれくらいの店を通り過ぎただろうか。ふと、彼女は一際目を引く装飾店の前で立ち止まった。そこは派手な売り出しもしていなく、質素に運営しているようだったが、置いてある商品に、ミティーは目を奪われていた。装飾や宝石と言ったものには人を惹きつける力を持つものもある。その類だったのだろうか、ミティーは特に豪華というわけではない、竜のペンダントに魅入っていた。指先大の小さな宝石を竜が抱いているようなデザインである。竜が抱いている宝石は一つだが、それは赤・青・緑・黄と見る角度によって様々な色に見えた。
「…キレイ…」
ミティーはそのペンダントがどうしても欲しくなった。それほど高価なものでもなかったので、彼女は久しぶりに大きな町へ来た記念として買うことにした。店主に金を払い、嬉しそうにペンダントを首にかけると、ミティーは再び歩き出す。
─…それは我々のために買ったものか…?ミティー殿
彼女の頭に低く穏やかな声が響く。突然の声に、彼女は特に驚きもせず、そのまま歩いて行く。
─そう…なるのかな…?
みんながいるから…尚更惹きつけられたんだと思うし。
露店の並びが終わり、民家が点々とする通りに出る。点在する民家の間に何軒か店もあった。ミティーはそんな店のショーウィンドウを眺め始める。
─ミティー殿が買われた竜の宝石は、普通の人間には無意味なものだ。
我々を召喚できる一握りの人間にのみ、貴重な品…。
魔力石が魔法を補うのと同じく、竜の宝石は竜を呼び出す際の負担を軽減する。
それまで至って普通に歩いていたミティーは、その時初めて表情を変えた。
─魔力石と同じような効果があるの…?
ガラス越しに自分の姿を見つめていると、ガラスに映る自分の後ろに4人の青年が立っている。だが、実際の彼女の背後には誰もいない。
―簡潔に述べればそういうことだ…。
これで、我々も今まで以上にお前の役に立てる。
ガラスに映る翠色の波打つ長い髪を持つ青年が笑みを浮かべた。
―ありがとう…皆さんにはいつも世話をかけてばかり…。
ごめんなさい…。
悲しげに笑みを浮かべ、ミティーはガラスに軽く触れる。
―謝ることはございません、ミティー様…。
私達は貴方様の為ならば……。
澄んだ水色の真っ直ぐな長髪に、同色の瞳を持つ青年が困ったような表情で口を開いた。
「おい、お前…!」
水色の髪の青年は続きを言いかけたが、現実の声にミティーが振り向くと、口を閉ざし、ガラスに映っていた青年達も姿を消した。
「…はい…?…私ですか…?」
少し呆けた状態だったミティーは不意を突かれ、狼狽してしまった。
「そうだ。…今、ガラスに男が映っていただろう?
あれは何だ…!?」
声を掛けてきたのは、「鷹ノ巣」でミティーと同時に他の部屋から出てきた青年の一人で、荷物を持っていなかった銀髪の青年だった。彼の質問に、ミティーは困惑している。何しろ、あの4人の青年達はミティー以外の人間には今まで見られたことがなかったのである。それは気が付かなかったのではなく、青年達が特殊な存在であったがためだったのだが、今、目の前にいる青年には彼らが見えた。このことはミティーを大いに惑わす。しかし、正直に答える気など、彼女にはなかった。平静を装い、彼女は笑顔を見せる。
「男…って…通りを歩いてる人じゃないんですか?
それに…男が映っていたからといって、私に何かあるんですか…?」
もっともらしい質問で返し、乗り切ろうとしたミティーだが、青年は怪訝そうにミティーを見つめる。
「4人だ。その男どもがお前のすぐ後ろに立っていた。
…ガラスにはな。
だが、実際には誰も立っていなかった。
それに…お前と話しているように見えたが…?」
ミティーは彼が見間違えたのだと思いたかった。だが、数も、そして話していたことも見られていては否定できなくなってしまう。
「あの…?私が誰かと話していたように見えました…?
私はただ、店内を覗いていただけですよ…?」
苦しい言い訳だろうかと内心で考えながら、ミティーは迷惑そうに返す。だが、青年は諦めるつもりはないようだ。
「…俺は確かに見た。お前と関係ないはずはない」
「いい加減にしてください!
私とあなたが見た男達と関係があったとして、それがどうしたというんです!?」
頼むから放っておいてくれと言わんばかりに声を荒げて、彼女は青年を見つめた。彼の銀の短い髪が風に揺らいでいる。その瞳は漆黒で、まるで全てを見透かすような印象を受けた。
「…いや…以前、どこかで見たことのある奴らだった。
それだけだ」
更に思いがけない言葉を聞き、ミティーは無防備なほど正直な感情を表に出してしまった。それは、誰が見ても明らかに動揺しているようにしか見えない。そして、彼はそれを見過ごさなかった。
「やはり…俺の見間違いではなかったようだな」
「何を…言っているんですか…?
あなたの言ったような人達は私には見えなかったんです!
…失礼します」
しまったと心の中でぼやきながら、ミティーは早くこの青年から離れたかった。これ以上話しているのは危険だと感じたのだ。だが、そう簡単には解放してくれないらしく、青年は彼女の左腕を掴んだ。
「っ…何を…!」
「この俺を騙せるとでも思ったのか?
何を知っている…?あいつらは一体何なんだ!?」
それを聞きたいのはミティーの方だった。あの4人の正体を知っているわけでもないというのに、何故この人には彼らが見えたのか。そして、以前に見たことがあるということは、どこかで彼女、もしくは彼らだけと会っているのかもしれない。様々な疑問が浮かびつつも、ミティーにそれを聞くことはできなかった。
「私は何も知りません!
第一、知っていたとしても見ず知らずの人に話すことなんてないです!」
青年の手を振り解こうにも、さすがは男の力だけあり、ミティーに振り切ることはできない。
「…そうか…。それなら、こういうのはどうだ?
俺は旅の傭兵だ。俺を雇え。金はいらん」