【青空の章】
先程から、セフィークは面白そうにユークの話を聞いているが、俺はそんなことには興味はない。適当に聞き流しながら、俺は窓から空を見上げた。雲がところどころにあるも、良い天気だ。
─あの時と、同じだった─
その頃は、まだ荒野も関所等で区切られてなく、自由に出入りできていた。その分、荒野から来る機械兵達に襲われる村や街も多かったが。荒野から近い街ほど、襲われやすく、滅びやすい。2人の青年が辿り着いたのは、そんな街だった。寂れた街には人影も少なく、家屋は崩壊寸前のものが多い。家の窓は木板が打ち付けられ、人々は静かに、ひっそりと暮らしているようだった。天気が良いというのに、外に出ている人は疎らで閑静なものだ。
乾いた風が吹き、酒場の戸板がキイキイと音を立てて動き出す。町の入り口に立ち尽くしていた2人の青年は溜息を漏らした。ここまで酷い有様の街や村は初めてだったのだ。
「随分、荒れてるみたいだな…」
「これで人が住んでるっていうのがおかしいだろ、まず」
2人とも剣を腰に差し、大きめの袋─旅の道具が入っているものと思われるが─を肩にかけている。
「これじゃあ、宿も期待できないぞ。どうする?ティバロ」
「んなこと言ったって、近くにはもう街はないし、ここで我慢するしかないだろ」
ティバロは溜息混じりにそう言うと、歩き出した。日も暮れかけ、人はさらに少なくなる。ひとまず、酒場で宿の場所でも聞こうかと、ティバロ達が足を向けたその時、突然、町中に警鐘が鳴り響いた。人々は慌てて近くの家屋に入り、入り口を塞ぎ始める。二人は嫌な予感がし、荷物を酒場の入り口付近に置いた。
「…さて、どうする?アディ」
相棒であるアディに意見を求めながらも、ティバロは剣の柄を握り、スラリと抜いていた。
「やる気満々じゃないか」
口元に笑みを浮かべ、アディも剣を抜く。
「これが『依頼』だったら、もっと良かったんだけどな」
「ただ働きってのが気に入らないが、いい運動になる」
ティバロが楽しそうに剣を一振りすると、アディも頷いた。彼らはここ数日、移動のみで戦っていない。「荒れ鷹」の性分としては、何日も戦わない日々が続くのは苦痛だった。
遠くから機械音が少しずつ聞こえ始める。一匹や二匹ではない。かなりの数を予想させた。恐らく、機械兵達は日暮れになると街へ赴き、捕食するのだろう。
「…かなりいるな…」
目を閉じ、耳を澄ますティバロに、アディは苦笑する。
「大丈夫か?ティバロ。お前の腕、鈍ってんじゃねぇの?」
「お前こそ、弱っちく見えるんだから、無理すんなよ」
ティバロは目を開けると、何かに気が付いたように振り返る。それを怪訝そうに見詰め、アディも遅れて振り返った。そこにはフード付きのマントを羽織った女が家屋の間の細道に隠れていた。ティバロとアディの様子を窺っているようだった。
「おいアディ、入り口側、見張ってろ。ちょっと行ってくる」
「ほっとけよ。戦闘になったら構ってられないんだし」
「いや、この際だ。あいつに『依頼』出してもらおうかと…」
真剣にそう応えたティバロに、アディは笑い出した。
「ははっ。お前、マジかよ。いいぜ、行ってこいよ」
勿論、ティバロの意図としてはそれだけではなかったのだが、アディを説き伏せるにはそれで充分だった。
ティバロが女に近付いて行くと、女は慌てて奥へと隠れようとするが、彼はそれを許さなかった。女の腕を掴み、通りへと引きずり出す。
「コソコソと、何がしたいんだ?」
「っ…放してよ!」
ティバロの手から逃れようと女が暴れると、被っていたフードが脱げた。長い金色の髪が目の前で踊る。それは夕陽を反射し光り輝いて見えた。
「…もうすぐ機械兵の軍団がやってくる。
早く建物の中に入った方が賢明なんじゃないか?」
一瞬、その女性に見惚れたティバロだったが、すぐに注意を促す。もう間もなく機械兵がやってくるだろう。中には生命反応を感知できる機械兵もいるのだ。せめて建物の中に隠れなければ、助かる見込みは少ない。
「……私がどうなろうと、貴方には関係ないことだわ」
「関係ないかもしれないが、人が戦ってるすぐ後ろで人が喰われるのは見たくないんでね」
女は『喰われる』と聞いてピクリと反応を見せた。当然、怖いはずなのだから。
「男のくせに、か弱い女性を守ってやろうとか思わないの?」
「か弱い女性なら、今頃建物の中で震えながら蹲ってるだろ」
意地悪く笑みを浮かべるティバロに、背後から声がかかった。
「ティバロ!来たぞ!」
アディの、機械兵到来の知らせに、ティバロは肩越しに振り返る。先程よりも近くに聞こえる音で、ティバロはそれが間違いない事を確認した。視覚でも微かにそれを捉える事ができる。
「貴方達『荒れ鷹』でしょ?あいつらやっつけてよ。私を狙ってるの」
ティバロは女性の方に向き直った。眉を潜めているティバロに女性は続けた。
「2、3日前からずっと…。今までは逃げてこれたけど…。もうそろそろ限界だわ…」
「…狙われてる…?一体何やらかしたんだよ、あんた。
あいつらは誰かを特定して狙うような作りにはなってないはずだ。
…まぁいい。詳しい事は後から聞くことにするさ。
あんたは、俺より前には出るな。それと、上と、後ろに気を掛けていろ。
前は気にするな。俺が引き受けた。
ここから後ろへは機械兵を一体も出さない」
自信に溢れた表情で淡々と話すティバロに、女性は驚いた。機械兵の数は日を追うごとに増えていっている。その数を相手に2人だけで殲滅しようと言うのだ。
「…解ったわ。それと、私にはフェニーシアって名前があるのだけど…?」
「そうか…。俺はティバロ、あっちはアディだ。
離れて後ろを見張ってろ、フェニーシア」
ティバロは険しい表情のまま、真っ直ぐと前を見据えている。フェニーシアは解ったとだけ言うと、ティバロの傍から離れ、後ろを見張り始める。何度かティバロの様子を窺っていると、彼はスラリと腰に差してあった剣を抜き、機械兵が来るのをその場で待ち構えていた。その前にいたアディも、同じように剣を抜いて構えている。2人は依然、余裕の表情を見せていた。
辺りがすっかり暗くなった頃、ティバロは僅かに動く機械兵にその剣を突き立て、襲来した機械兵を全て倒していた。そして、ティバロが宣言したとおり、彼より後ろに機械兵が進む事はなかった。遠くの敵は彼の魔弾銃に倒れ、近付いた敵は残さずその体を切断されたのだ。それに加え、ティバロの前にはアディがいた。彼がほとんどの敵を斬り倒し、そこを越えたものの数は多くはなかった。町の入り口から離れたそこは、機械兵の残骸で埋め尽くされていた。2人の強さは圧倒的で、そのコンビネーションも目を見張るものがあった。彼らの動きには無駄がなく、小さな動きだけで多くの機械兵を倒していた。
そんな2人に始終驚かされ、フェニーシアと名乗った女性は唖然としている。「荒れ鷹」でもここまで強い者を、彼女は見た事がなかった。
「貴方達…随分と強いのね…」
この言葉に気を良くしたのはアディである。
「当たり前さ。俺達に敵う奴なんか、そうそういない」
「…さて、助けてやったんだ。お礼をもらわなくちゃな」
アディの自慢げな台詞を無視し、ティバロはフェニーシアに笑みを向けた。当然、何かしてくれるのだろう?と意地悪そうに答を待つ。
「あら、女性を守るのは、男の人の役目でしょ?
それに見返りを求めようなんて、ちょっと傲慢じゃない?」
つんと顔を背け、フェニーシアは折れようとはしない。ティバロは溜息をつくと、一歩前に進み出た。
「解った。じゃあ、勝手にもらうことにしよう」
「え…?」
「おい、ティバロ?」
フェニーシアとアディの声が重なる。ティバロは二つとも聞き流し、フェニーシアに近付くと、彼女の肩に手を置いた。訝しがる暇も与えず、ティバロは彼女に唇を重ねる。
「む……ん…!」
突然のことに、フェニーシアもアディも愕然としている。少ししてティバロがフェニーシアから離れると、彼女は我に返り、ティバロに平手打ちを食らわした。
「何するのよ!」
「ティバロ、ずりーぞ」
「そっちのあんたも、何言い出すのよ!」
ぎゃあぎゃあと煩い2人に眉を寄せながら、ティバロは置いておいた荷物を取りに酒場の方へと歩き出す。
「ちょ…ちょっと!人の話を…」
「おい、フェニーシア、あんたの家はこの町にあんだろ?
一日置いてくれよ。この分じゃ、宿なんかないだろ?この町。
それが礼金代わりってことで、な?」
ティバロのマイペースな態度に、フェニーシアは呆れた。すぐ横ではアディがそれはいいと笑っている。
「…っ…ふざけないでよ!何で私があんた達を泊めなきゃいけないのよ!
その辺で野宿でもすれば!?」
「安心しろ、とって食おうとか思わんから」
「誰があんたなんか泊めるものですか!」
「助けてやったろ?何なら、またここに機械兵を呼び寄せてもいいぜ?
俺ならできる。そんでもって、キミをその群れの中に投げ入れる。
…それが嫌なら、泊めてくれよ」
平行線を辿っていた口論も、ここで決着が付いた。ティバロの脅しに負けたわけではなく、これ以上何を言っても、彼らは泊まると言い張るだろうと思われたので、フェニーシアは無駄に足掻くことを諦めたのである。
それは、親友同士がまだ共に旅をしていた頃の話─。
それは、2人が別れる事になった元凶の話─。
それは、1組の男女の出会いの話─。
懐かしくもある過去の思い出に浸りながら、俺はまだ空を見上げていた。そんな俺の視界を、1人の女性が遮った。
「ティバロくん、何してるの?」
「っ…セフィー…」
「ユーちゃん達の話、面白いよ。ティバロくんも聞こうよ」
屈託のない笑顔を浮かべ、セフィークは俺の顔を覗き込んでいる。思わず、彼女の頬に手を伸ばした。
「ほぇ…?」
はっとして、すぐに手を戻す。俺は何を考えているんだ。こいつは彼女とは違う。全然違うじゃないか。
俺はセフィークから目を逸らし、立ち上がった。少し、頭を冷やした方が良いと思ったのだ。
「あいつらの話に興味はない。ちょっと外、出てるわ」
「え…?うん…解った」
甲板には大抵、クライシュードと青がいるが、あいつらは俺達と進んで関わろうとはしてない。俺が外にいても、構ってくることもないだろう。必要以上に絡んでこない、あいつらのそんな所は助かってる。
甲板には案の定奴らがいた。一瞬だけ俺の方を見たが、すぐに向き直る。クライシュードは遠くを見て、何か物思いに耽っているようだ。あいつでも物思いに耽ることがあるんだな。
今の俺は、セフィークをただ守りたいと思ってる。義務とかそんなんじゃなく、何か、守ってやらなければいけない相手のような気がする。これが愛とか恋とかいうものかは解らないがそれだけは言える。
果てしなく広がる海の上を、鴎が飛び去って行った。