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荒れ鷹  作者: 雷華
≪番外編 冒険の合間に…≫
36/38

【寒空の章】

本編で語られなかったエピソードを幾つか番外編としてあげておきます。

─1人は雪の降る夜に─

─1人は湖の凍る朝に─

─1人は雲の多い昼に─


3人はそれぞれの道を歩み始めた。

「ねぇねぇ、ユーちゃん達はいつから3人で旅してるの?」

船に揺られるセフィーク達は、船酔いにならないように何か話を始める事にした。その初めの台詞が、セフィークのこれだった。ユーク、マティーナ、ライナはセフィークと出会う前から3人で旅を続けてきていた。その3人の出会いについてを、セフィークは前から聞きたがっていた。クーオフクにいた期間は短かった上に、事件続きでゆっくり話もできなかった。そう考えると、ようやくできたゆったりできる時間がもてたのかもしれない。

「そか…。ウチらのこと、全然話してなかったもんねー。

 いいよー。別に、変な話じゃないし…」

一番、乗り物に弱いという話だったユークが、気晴らしに話してくれることになり、セフィークは年甲斐もなくはしゃいだ。

「ちょっと長くなったらごめんねー。んとねー…」

懐かしげに、ユークは話し始めた。「その日」のことを。



 旅に出た時の年齢も、旅をしている年数も、専門職も違う、そんな3人が出会ったのは、秋も終わりに近い寒い日の事だった。魔力石の中でも、黒魔道士に欠けてはならない黒水晶は、こんな寒い日に、ある特殊な場所で採れるという。ユークはその黒水晶を求めて遺跡の中へと足を踏み入れた。彼女は黒魔道士として、既に黒水晶を持っていた。だが、彼女が今、手に入れたい黒水晶は、100年に一度だけしか採れない、貴重な黒水晶だった。その100年に一度の寒い日が、その日に当ったのだ。

 魔力石にはそれぞれの属性に分かれたものと、黒水晶のような複合されたものがある。前者は、その属性の魔法しか唱えられないが、後者は黒魔道士の魔法─主に攻撃や敵の弱体化の魔法のほぼ全てを使用できる。前者のような属性の魔力石の長所

は、その属性における最高位の魔法が使用できるようになることである。もっとも、どちらを使用するにしても、その魔法を扱うには、それ相応の力が必要なのだが。

 秋や冬にかけては寒い日が続くこともあり、黒水晶がその手の店に数多く出回る。よって、大抵の黒魔道士はこの時季に黒水晶を買い求める。中には買わずに自ら採りに行く魔道士も少なくない。危険な荒野の遺跡の限られた場所にしかないが、さほど奥ではないので、魔道士1人でも充分採りに行ける範囲にあるからだ。

 しかし、ユークの目指す魔力石は、それらとは比べ物にならない程、奥深い場所でしか採れなかった。そんな危険な場所と知りつつ、ユークは奥へ奥へと進んでいく。足首まである長いローブを纏い、防寒対策に藍色のショールを羽織っている。それでも遺跡の中は陽が当るはずもなく、冷え込んでいて寒さが身に凍みる。

 何度目かの地下へ降りる階段に差し掛かった時、ユークは気配を感じて立ち止まった。当りは静まり返っており、風が吹き抜ける音だけが、不気味に響き渡る。それに混じって、風を切る音がすると、ユークは反射的に後退した。つい先程まで居た場所を、巨大な鎌が通過する。

─機械兵…Υ(イプシロン)…!

嫌な奴と出くわしたなと、ユークは舌打ちした。

 機械兵Υは螳螂型の機械兵で、両手が巨大な鎌となっており6本の足はバネが強く、高く、また遠くへ跳躍できる。動きもそれなりに俊敏で、機械兵の中でも強い部類に入る機械兵だ。接近戦に持ち込まれては、魔道士のユークには勝ち目がない。そう察したユークはすぐに呪文の詠唱に入る。

「“雷よ、天を轟かせ、我が敵を”……」

「魔法使っちゃだめー!」

突然の叫ぶような声に、ユークは詠唱を中断せざるを得なかった。その声の主は、Υの背後から現れ、短剣を手にしていた。イプシロンがユークに狙いを定めて動き出したので、慌てて短剣で斬りつける。Υはそれに反応し、鎌で振り払った。それを跳躍して避け、声の主はユークの前に着地する。

「…どういうことですか?魔法を使っちゃだめって…」

「ごめんごめん。ちょっちこいつに用ありでさー」

肩越しに振り返りながら、その人物は言った。どこからどう見ても女盗賊にしか見えない姿をしている。額にはバンダナ、膝まである網掛け式のロングブーツ、Tシャツの上に長袖だが、丈の短い、茶色のジャケットを羽織っていた。

「用ありなのは良いんですけど。

 魔法を使ってはいけない理由はないのでは…?」

寒さを紛らわすためにも、魔法の詠唱は良かったのだが、それを邪魔されて、ユークは少々不機嫌になっていた。

「それがありありなんスよー。こいつ、普通のΥじゃないんです。

 額のトコ、見てくれれば分かると思いますよ」

彼女に言われ、ユークは初めてΥを眺めた。すると、Υの額の辺りに、黒水晶が埋まっていた。

「っ…あれって…黒水晶!?」

「っそ。だから、魔法を打っちゃ駄目よん。

 倍返し食らっちゃうからねー」

水晶には、基本的に魔法を跳ね返す能力も備わっていない。だが、機械兵などに埋まっている時には、その能力が発揮されるのだ。魔力で包まれた特殊な体と、水晶が反響する形で、水晶は思わぬ能力を持ってしまう。

「…何でΥなんかに黒水晶が付いてるんですか!?」

「知らないよ!でも、あれ倒して、取れば何か分かるかもしれないし。

 とりあえず、魔法は厳禁でお願いします」

「了解です…。わざわざ忠告ありがとうございました。

 それでは、私は先を急ぎますので…」

ペコリとお辞儀をし、ユークは足早に地下へと折り始めた。

「ちょ…ちょっとちょっと!アタシを残して行く気!?」

「何を言っているんですか。

 魔法が使えないのに、魔道士がいても仕方ないじゃないですか。

 それなら、邪魔しないように立ち去るのが、筋ってもんじゃありません?」

一応、立ち止まり、ユークは彼女に声を掛ける。

「そ…それはそうだけどさ!」

「でしょう?では…」

「だから、待ってってば!いるだけでいいからさ!

 他に機械兵来るかもしれないし!ね!?」

何故か必死に訴えてくるので、ユークは眉を潜めた。

「…何か、他にわけでもありそうですね」

「うっ…。いや…ないけど…さ。

 ホラ、一応、1人じゃ心細いし…」

ユークは溜息を付き、降りた分の階段を昇った。

「一応、助けてもらったことですし…。

 他の機械兵が来たら困るということなので、ここにいますね」

「お!やったね!せんきゅ~」

簡単にお礼だけ言うと、彼女はΥに斬りかかった。短剣では威力が小さく、心許無かったが、彼女は攻撃すべき箇所を把握しており、威力がなくとも、確実にダメージを与えていた。ふとした瞬間に、彼女がΥとの間合いを取り、静寂に包まれると、どこからともなく足音が聞こえてきた。それは少しずつ近付いてくる。

「逃ーげーてぇぇー!」

「「はあっ!?」」

姿を現すと同時に、その人物は必死になって叫んだ。それは女の人で、薄茶色のズボンに、黄褐色の帽子の付いた服を着ていた。矢筒と弓を背負ったその彼女は、あっという間に2人の横を走り抜けて行ってしまった。

「な…何!?」

「何から逃げてるんだろう…?」

ユークが首を傾げながら向き直ると、彼女が走ってきた方向から、機械兵が群れを成して向かってくるのが見えた。

「いっ!?」

今まで狙っていた標的の他にも獲物が増えたと、機械兵達は2人に襲い掛かろうとする。慌てて2人も走り出した。

「こんなの、ありえないっしょ!」

「さっきの人、どこ行ったぁ!」

しばらく走っていると、前に先程の女性が座り込んで休んでいた。走り疲れ、ここで力尽きたのだろう。

「いたー!」

「ぅわぁっ!」

2人はそこで止まり、機械兵の群れに向かって立った。

「まずは、あの集団をどうにかしないとね!」

「え?え!?」

「魔法、跳ね返って来たら避けてくださいねー」

ユークはそう言ってロッドを突き出すと、迫り来る機械兵達を睨みつける。

「“我、不動の理より汝が力、見出す。ほとばしれ、全てを貫く雷よ”!」

ユークの持つロッドの黒水晶が紫色に輝き、そこから強烈な雷が放たれた。それは機械兵をいとも簡単に貫き、破壊していった。狭い通路にほぼ一直線に並んでいた機械兵にとっては、ひとたまりもない。通路に居た全ての機械兵が倒れると、雷は消滅した。幸いにも跳ね返す機械兵はいなかった。

「すっごーい!」

「…おかしいな…」

追いかけられていた女性が尊敬の眼差しでユークを見詰めるもユークは腑に落ちない様子で通路を見渡す。

「確かに…おかしいね」

短剣を構え直し、もう1人の女性は続けた。

「…Υがいない」

額に黒水晶をはめた機械兵Υの姿は、あの群れの中にはなかった。魔法が跳ね返って来なかったのが、何よりの証拠である。

「……あ!」

突然、ユークが思い出したように声を上げると、二人の女性は驚いた。

「ど…どうしたの…?」

「…ここって、ちょい複雑な構造じゃなかったですかね?」

嫌な予感がするとばかりに愛想笑いを浮かべ、ユークは2人に訊く。

「そうだったかも…」

「ってことは…後ろに回りこまれてる可能性もあるってことですよねぇ?」

ユークの言葉に、2人の女性は顔を見合わせて笑った。

「回り込まれてたらやばいかもねぇ」

「あ、知ってますぅ?ここって壁、薄いんですよぉ。

 で、すぐ隣も通路なんですよぉ」

弓を背負っている女性がやはり笑いながら言うと、3人は乾いた笑い声を響かせた。その時、突然、轟音と共に、壁を崩しながら巨大な鎌が姿を見せた。

「「きゃああぁぁっ!」」

思わず叫び、壁から離れる3人だったが、弓を背負った女性だけ、さらに奥の方へと逃げてしまった。当然、1人の方に狙いを定める。

「一匹ずつなら、私だって倒せるんだから!」

Υが壁を壊している間にできる限り離れ、弓を持ち、矢を構える。壁を崩し終え、通路の真ん中から真っ直ぐにその女性を睨みつけているΥ目掛け、彼女は矢を放った。一本目はΥの右目を貫いた。そして、素早くもう一本を射ると、今度は左目を貫く。中々に的確な弓術に、ユークは感心した。そして、三本目を構え、彼女は笑みを浮かべた。

「これで…終わり!」

彼女の手から離れた矢は、真っ直ぐにΥへと向かい、額の黒水晶に命中した。水晶は割れ、パラパラと床に落ちていく。

「あぁー!」

「え!?な…何々!?」

ユークが声を上げると同時にΥは床に伏し、動かなくなった。

「く…黒水晶がぁ…」

「何で水晶狙ったのさ!」

短剣を鞘に収めながら、その女性に問い詰める。

「何言ってるんですかぁ!

 ああいう機械兵は、黒水晶で動いてるから…

 あれを砕かなきゃ、倒れないんですよぉ!?」

少々間延びした口調で、彼女は言った。弓を再び背負い、ようやく一息ついたかのように、その場に座り込みながら。

「…そうなんですか?」

「そうなのです」

「へー…知らなかった…」

それならば仕方がないかなと、ユークは渋々諦めた。

「…ところで、何で追いかけられてたんですか?」

「え?あははははー…。

 …道に迷っちゃって、フラフラしてたら、いつの間にか大行列に…」

頭をかきながら、彼女はそう言った。ユークはそんな彼女に呆れ、肩を落とす。

「地図とか…持ってないんですか?」

「あるけど…見てもわかんない」

その言葉を聞き、頭を抱えながら、ユークは溜息を付いた。ここで時間を浪費している暇はないと、徐に立ち去ろうとする。

「あ、また!どこ行くのさ」

「…だから、先を急いでるんですよ。

 Υも倒したし、もういいでしょう?」

早く自分の目的を達成したいと、少なからず思っていたユークはそう言い放つと、答えを待たずに奥へと進んでいく。

「待ってよー。ここで会ったのも何かの縁だし、一緒に行こうよ。3人で」

「あ、いいかもぉ」

「勝手に決めないでくださいよ…」

2人が近付いてくると、ユークは目を細めた。

「もしかしたら、この娘がまた迷って、機械兵の大群引き連れて来るかもよ?

 それでもいいの?」

これ以上、無駄に時間を費やしたくなかったユークは、迷った末に、観念してしまった。

「…分かりました…。いいですよ。

 人数が多い方が、この先も楽だろうし…」

別に1人でも大丈夫だったが、ユークはとりあえず、そう言っておいた。2人の女性はとても嬉しそうに笑顔を見せる。

「やったね!アタシはマティーナ・アミカです」

「ウチはね、ライナ・ノークってゆーの。よろしくね」

「…ユーク・カーウィンです」


 この後、ユークは何度か2人の寄り道に付き合わされ、何度となく機械兵に襲われ、遠回りに遠回りを重ねて、それでも何とか目的の黒水晶は手に入れることができた。ユークとしてはそこに辿り着くまでに長くなったのは、連れのせいであったが当の本人達は、自分の事のように勝手に喜んでいる。それを見ていたユークは、何だか馬鹿らしくなり、黒水晶を懐に入れると、その2人と共に遺跡を出た。そこで、ユークが別れると言い出すかと思っていたマティーナ達は、逆にユークから誘いを受けることとなった。ここまで来たら、どこまででも行こうかと。それに加えて、二人を放置するのは、非常に危険だからと

笑いながらに付け足したのだった。


「…ってとこかなー」

「あははっ、おもしろーい」

セフィークはユークの話し方が面白かったらしく、終始笑いっ放しだった。

「ちょっと、ゆーちゃん、その言い方はないんじゃない?

 私らだって好きで遠回りしてたわけじゃないんだしさぁ」

「でも、それで、取りに行くのが遅れたのも確かだもーん」

笑いながら、ユークとマティーナは言い合っている。そんな笑える過去を持つ3人を、セフィークは羨ましく思った。


─自分には笑える過去などなかったのだから─


  生まれも、育ちも、年齢も─

  旅をしている年数も、旅の目的も─

  考え方も、性格も、専門としている職業も─

  何もかもが違う3人だったが、

  それはそれで、上手くいくこともあるのだろう。

  現に、この3人は今でも仲睦まじく、

  旅をしているのだから─。

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