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荒れ鷹  作者: 雷華
≪第5部 真実のもとに≫
34/38

【光輝の章】


—ミティー、やはり喚ぶか…!「竜」を…。


 イヴルは満足そうに笛を吹き続ける。一斉に始まった巨人の攻撃に、クライシュードは眉を潜めた。まるで彼女が何をするのかが解っているかのような動きが不可思議である。

 事実、イヴルは巨人達にミティーの詠唱を刷り込ませ、それが狙いの対象であることを学習させていた。3体の巨人の攻撃を受けては、さすがのミティーも詠唱を続けられない事も、承知の上だった。

「シューコアさんが狙われてる!ティバロくん!」

「解ってる!」

周りの男達を粗方片付けたティバロは、方向を変え、ミティーの傍まで走った。

「“雷よ、罪多き者達に裁きを”!」

巨人に雷が降り注ぐ。呪文を唱えたユークに、黒装束の男が斬り掛かると、マティーナがその男の背後に回り、首を切る。遠くから向かってくる敵は、大概をライナの弓が始末してくれていた。

 だが、現実としてクライシュードが一匹、ティバロが一匹、ユーク達が一匹、それぞれ巨人を相手にしているが、巨人は痛みすら感じない様子でミティーだけを狙おうとする。注意がミティーだけに向けられ、全く逸らすことができないのだ。

「何でこっち向かないのさ!」

苛ついたマティーナは無謀にも巨人の体を軽やかに登り、肩に立った。

「ま…まーちゃん、危ないよぅ!」

「いくらでかくても、人の形してるなら、頸動脈切れば…」

マティーナは巨人の首を観察し、切る場所を見極めると、短剣を構えた。素早い一振りが巨人の首筋に傷を付ける。思った以上に硬く、付く傷が浅い。何度も斬りつけていると、やがて硬い皮膚は切れ、次の一振りで血管が半分程切られた。そこから大量の血が噴き出す。

「ぅわっ」

マティーナは驚いた弾みに、噴き出した血に足を取られてしまった。

「あっ…」

「まーちゃん!!」

慌てて体を回転させ、巨人の腰の辺りまで落下したところで、マティーナは巨人の着ていた布を掴み、落下を免れた。それからは登った時と同じように、巨人の体を伝い、地面へと着地する。

「危ない危ない…」

首から血を噴き出しながら、巨人はおぼつかない足取りでミティーに近付いていった。だが、噴き出していた血の勢いが衰え始めると、蒼白な顔のまま倒れた。噴き出した血が雨のように降り、皆はその血を体に浴びた為、衣服が紅く染まり始めていた。

「まずは一匹!」

「なるほど…首か…」

やるなと、クライシュードはマティーナに感心していた。そして、クライシュードも「ブレイド」を構え、巨人の体を登り始めた。振り下ろされた手を伝い、肩まで上がると「ブレイド」を振り下ろす。緑色の液体を入れたままだったので、風が渦巻いた。その助けもあってか、巨人の首は綺麗に切断され、頭がズルリと落ちていった。遅れて体も地面に倒れる。彼は跳び上がり、倒れる巨人の肩から地面に降りた。

「残るは…」

「もう終わった」

ティバロが魔弾銃を構えたままでクライシュードに言った。振り向くと、ティバロと対峙していた巨人の頭がない。首には焼け焦げた後が見受けられる。

「…恐ろしい武器だな」

「テメェに言われたかねぇよ…」

ティバロは呆れながら「ブレイド」を横目で見つめた。

「最初からこうすりゃ早かったじゃん…」

口を尖らせるマティーナだったが、ひとまずは巨人を3体全部倒せたということで、改めてイヴルを睨み付ける。

「あとは…あいつだけ?」

ライナが辺りを見回すと、ユークは静かに頷いた。

「…だね」

ミティーの詠唱が終わる前に、イヴルを倒す事で全てが終わっても支障はない。皆は少しずつ見えてくる勝利の光にほくそえむ。

 イヴルの笛の音が止んだ。余韻を残しながらも、笛の音は消えていく。まだミティーの詠唱は終わらず、皆は一斉にミティーの方に向き直る。だが、次の瞬間、暗雲から黒い光の柱が降りてきた。イヴルの目の前に降り立った光の柱からどす黒く太い、毛に覆われた腕が伸びてくる。

「な…何だ!?」

両腕の次に頭が現れた。それは人間などではなく、牛のような顔をしている。目は鋭く、紫色に光り、頭には角が2本生えていた。

「…っ…もしかして…ミノタウロス…!?」

「え!ミノタウロスって…あの伝説の!?」

ユークが声を上げると、マティーナはそれに反応し息を呑む。

「ミノタウロス…」

セフィークは見たこともないその巨大な怪物を前に、何故か冷静だった。その巨獣─ミノタウロスは遂にその全貌を見せる。足や腕は筋肉質で太く硬い。先程までは持っていなかったが、右手に斧を持っていた。それを受ければ、人間などひとたまりもないだろう。


─やっぱり…ミノタウロスだったんだ…。


ミティーは逸る気持ちを抑えながらも、慎重に詠唱を続けた。

「行け、ミノタウロス!我らに刃向かう者どもに制裁を与えるのだ!」

持っていた横笛をミティー達に向け、イヴルは勝ち誇った表情でミノタウロスに命令する。それに呼応し、ミノタウロスは歩き出した。巨獣の足が見えない床に付く度に大きな揺れが起こる。

「ちょっ…と、やばいかな…?」

引きつった笑みを浮かべ、マティーナが呟く。

「バカ言ってんじゃねぇよ」

弱気なマティーナに呆れながら、ティバロは溜息を吐いた。

「お!さすがティバっち!あいつも倒せるんだね!」

「まさか。あんなん相手にしてたら、こっちがもたねぇだろ。

 俺が言いてーのは、『ちょっと』じゃなくて、『かなり』やばい状態だって事だよ」

開き直ったように言うティバロに、皆は頭を抱えた。

「どっちでもいいよ!それより、こっち来てるってば!」

焦る皆を横目に見ながら、クライシュードは「ブレイド」を構える。

「!クライスさん!?」

「お前らは危なくなったら逃げろ。

 …俺とシューコアだけでも何とかなる」

クライシュードはそれだけ言うと、ミノタウロスに向かった。皆は我に返ったように、その言葉を復唱していた。


逃げる─。


何もせずに、無理だと言って逃げ出すのは誰にもできることであり、ましてやこの状況下に置かれては逃げる手段が利口かもしれなかった。だが、仮にも恩人とも言える二人を置いて逃げるなど、どうして言えるだろうか。

 クライシュードが斬りかかると、ミノタウロスは斧を振り上げた。彼の頬を巨大な斧がかすめていく。思っていたよりも動きが速く、クライシュードは驚いていた。ミノタウロスの目が怪しく光り、狙いをクライシュードに定める。ミノタウロスが振り下ろす斧を避けようと彼が後方に飛び退くと、ミノタウロスはそれを追って踏み出した。連続して斧を振り下ろし始めるミノタウロスに、クライシュードは逃げの一手だった。次々と振り下ろされる斧を避けながら反撃の期を窺うも、隙がない。

「止まれ!」

「なっ!?」

突然の声に驚き、クライシュードはつい足を止めてしまった。勿論、それを見逃すはずもなく、斧は振り下ろされた。間に合わないだろうと思いながらも後ろに飛ぶと、背後から銃声がした。ミノタウロスの斧はクライシュードの寸前で止まり、すぐに胸の辺りまで戻る。その斧に氷の槍が当っては砕け散っていった。

「…ティバロ…?」

「1人でいいトコ取ってくんじゃねぇよ。俺にも少しは回せ」

表向きの理由はどうあれ、ティバロは確かにクライシュードと戦う意思を見せていた。

「…突然声を掛けるな。あれで死んでいたらどうしてくれるんだ…」

呆れるクライシュードに、ティバロは笑った。

「カッコよかっただろ?俺。クール系って感じで」

「言っていろ。斧に潰されても知らないぞ」

「クール系はそんな死に方はしないんですねぇ」

ふっと笑みを浮かべ、クライシュードは再び「ブレイド」を構えた。

「……当然、覚悟はできているんだろうな?」

「何の覚悟だって?」

「死ぬ覚悟に決まっているだろう」

「はっ!誰も死ぬつもりなんかねぇよ。お前こそ何弱気になってんだ?」

ティバロの言葉にむっとしながらも、確かに弱気になっていた自分に気が付く。

「!…みんな、後ろに下がって!」

何かを察したセフィークが咄嗟に叫ぶと、皆は顔を見合せた。丁度、ミノタウロスの攻撃が来たので、ひとまずミティーの傍まで退避する。

「もっと下がって!危ないよ!」

「せーちゃん?どしたの?」

マティーナの袖を掴んで後ろに下がろうとするセフィークに、皆は首を傾げていた。だが、次の瞬間、彼女の行動は正解だったことを、皆は知った。

「“…我が身に流れるその証を以って我が力を解放する”!」

ハッとして振り向くと、ミティーの詠唱が終わり、光が彼女を包んでいた。その光は彼女が右手を掲げると、天へと昇っていく。イヴルの喚んだ暗雲に、ミティーの発した光が飛び込んで間もなく、強い光が放たれた。それは暗雲を吹き飛ばし、空を明るく染める。夜の闇の中で、その光は優しく辺りを照らした。

「おぉ…!いつ見ても美しい…」

イヴルは感極まった表情を見せ、その光だけを見詰めている。

「…何も危なくないんじゃ?」

「ぅうん…これからだよ…」

まるでこれから何が起きるかを知っているかのようなセフィークの口振りに、ティバロは眉を潜めた。

「セフィーちゃん?…何が起きるんだ?」

「『竜』が…降りて来る…」

何故、セフィークがそれを知っているのか、皆には解らない。

 上空に留まっていた光はやがて一つの形を作り上げていった。大きな翼と長い尻尾、そして2本の角が生え、首が伸びていく。それは4匹の竜よりも大きく、また、どの竜の姿にも似ていなかった。

「でかっ!」

「うん、おっきぃ〜」

マティーナとライナはその大きさに圧倒され、それ以外に言葉を発することはなかった。ユークとセフィークは深刻そうな表情で「竜」を見つめる。

「これが…『竜』の最終形態なのか…!?」

「らしいな」

それが形作られても、光は消えることはなかった。と、突然ミノタウロスが雄叫びを上げ、その巨体で飛び上がる。驚くことにミノタウロスは「竜」と同じ高さまで飛び上がったのだ。そこでミノタウロスは斧を振り下ろす。だが、「竜」の光に阻まれ、弾き返されてしまう。その一撃だけでミノタウロスは落下して行った。浮かぶことができるわけではないようだ。

 今度は「竜」が息を吸い込み、雄叫びを上げる。その声は畏怖を感じさせなく、心地よい音を響かせていた。

「あれが…声…!?」

「もっと凶悪なイメージあったのに…」

驚くユークに対し、マティーナは何故か期待を裏切られたように肩を落とした。

 その時、落下してくるミノタウロスに、皆は一抹の不安を覚えた。あの巨体が落下した時の衝撃に、この地面は耐えられるのだろうかと。忘れそうになっていたが、ここは街の上空に創られた戦場であり、その強度は皆が知るはずもない。創ったミティー本人しか、それが解らないことだ。

「…もしかして、ヤバイ?」

「もしかしなくても、ヤバイ」

「降ってくるよー!」

呆けていたユーク達は我に返って慌てふためく。セフィークは大丈夫なのかミティーに問い掛けようとしたが、振り返ったそこに彼女の姿はなかった。

「…あれ…?シューコアさんは…!?」

「!?…っシューコア?」

クライシュードもそれを確認すると、辺りを見回した。だが、彼女の姿はその舞台の上にはなかった。クライシュードはハッとして空を見上げる。

「まさか…!?」

「今更気が付いたのか。ふっ…何も知らないということは、めでたいことだ…。

 そう、あの『竜』がミティーなのさ!そして、俺はこの時を待っていた。

 …幾重にも張り巡らせた網に、ようやく掛かったという事か」

イヴルの笑みに、クライシュードは眉をひそめる。

「網…だと?」

「あぁ…『お前』もその一つだぞ?」

「な…」

絶句するクライシュードを見て、イヴルは苦笑した。

「お前は何故記憶が無い?そして、何故『ディアシス』の『遺品』を持っている?」

イヴルの口から「ディアシス」という名が飛び出したので、上空の「竜」─ミティーは狼狽した。が、落下中のミノタウロスを野放しには出来ず、皆の頭上に新たな「床」を作る。皆から見れば、それは天井のようなものになった。

 ミノタウロスが落下した衝撃でそれも壊れ、ミノタウロスは再び皆の前に立ちふさがる。安心したのも束の間、イヴルが合間を置いて続きを話し始めた。

「お前の話は最後にしよう。ミティーの心の整理が付くまで、だな。

 『フェニーシア』と『ティバロ』は説明するまでもないだろう?

 いい具合にミティーが喰らい付いてくれた。感謝しているぞ」

人の心に土足で入り、荒らしていくイヴルのこの発言に、ティバロは魔弾銃を構え、引き金を引いた。が、ミノタウロスがイヴルを庇い、弾を弾く。

「っ…野郎…」

「昔の想い人との再会、中々の演出だと思うが…」

「サイテー…何てヤツ」

マティーナがそう吐き捨てるのを確認し、イヴルは笑みを浮かべる。

「人として『盗賊』をしている奴が何を…」

「『盗賊』じゃなくて『トレジャーハンター』っていいなさいよ!」

「そうそう…『黒水晶』は大切に使ってるのかな?」

次から次へとイヴルは標的を変えていく。今度はユークに狙いを定めているようだ。

「まさか…Υ(イプシロン)もあんたの仕業なの!?」

「黒水晶を核に使った機械兵の試験にうってつけの機会だった」

その話が見えたのはユークの他にマティーナとライナだけだった。

「その後の旅も、楽しくなって良かったじゃないか」

「うちらが出会うのも…ここまで来るのも…全部計算の上だって言うの…?」

顔面蒼白のライナに返って来たのは、イヴルの冷酷な笑みだけだった。

「この中で唯一『竜』の召喚を先読みした『セフィーク』についても話さなければな。

 とぼけた仮面の裏に、とんでもないものが潜んでいるものだ」

確かに、「竜」を喚ぶ為の詠唱が終わる時を告げたのはセフィークだった。誰もが互いの素性を知らず、また深入りする事無くここまで来たおかげか、今の今まで疑問にも思わなかっただろう。

 荒野へ向かう理由の不自然さ、無謀とも言える白魔法使いの一人旅。知らぬ存ぜぬを通せば、ただの天然な性格なのかと思ってしまう。

「ディンスの中でも、最小の軍事力と罵られてしまうイソロッパスという国。

 もしこの国が『竜の力』を手に入れたとしたら…面白いと思わないか?」

ミティーが上空からセフィークの顔色を窺うと、彼女は顔面蒼白の状態で立ち尽くしている。それ以上は止めてくれと、懇願するようにイヴルを見詰めていたのだ。

「本名『セフィーク・イソル=クーシオ』…この国の若き王女サマだ。

 ははっ、お前ら『頭が高い』と思わないか?

 何も知らずに今まで一般人として接してきたのだ。畏れ多い…」


「ふざけんな」


イヴルの言葉を遮り、ティバロは口を開いた。イヴルはやや不機嫌そうにティバロを睨み返す。

「要するに、俺達が『竜の力』を中心に集まってるって言いたいんだろ?

 だったら何だ?お前が俺達をそうさせたってか?」

「そうだ。全ては今日この日の為。二重三重の仕掛けをしたというわけさ」

鼻高々に言うイヴルに、皆は口を噤んだ。それが怒りか驚きかまでは解する事が出来ない。


「…いつからだ?いつからが『始まり』だったんだ?」


ようやく口が動いたのはクライシュードだった。最後に残された「ディアシス」の話を前に、彼はまず聞くべき事を投げかけた。

「ミティーと出会ったのが全ての始まり…。

 …そして、唯一つの『誤算』がこれから話す『ディアシス』という男の存在だ」

『イヴル…「ディアシス」以外は全て、アンタが仕組んだ事?』

高くも低くも無い、頭に直接届くようなその音は上空にいるミティーのものだった。自分はイヴルと出会ってから、一本しかない道を歩いてきたとなれば、この数年間は何だったというのか。そう思うと、ミティーは今すぐにでもイヴルの口を塞ぎたかった。

「俺は『役者』を舞台─クーオフクに揃え、開幕のベルを鳴らしたまで…。

 ここへ来るまでの間の事など、俺の範疇ではない。

 だが、この街に足を踏み入れ、荒野への許可証を申請する時からは俺の手の中。

 友好的だっただろう?『クーザック・サティーア』という審査員は」

ミティーの胸がざわざわと騒ぎ始めた。「出来る限り力になる」そう言ったクーザックの顔など、既に忘れている。だが、彼は利用できると、ミティーは心のどこかで思っていた。

「彼も、俺の配下だ」

利用できるどころか、寝首を掛かれるかもしれなかった。色々な街を歩き、人を見る目も付いてきたと思ったが、それがただの過信だと、ミティーは思い知らされた。

「ではそろそろ、最後の役者の話をしようか」

ミティーの心は既に掻き乱されていた。平静を保っているように見えるが、保つだけでも精一杯の状態だ。そこに一番の問題点が挙げられているのだから、彼女を取り巻く仲間達も気が気でない。

「ただの通りすがりの男に過ぎないはずだった。

 ティーンクを焔の赤で染めたあの日、奴は偶然その街にいた。

 名を『ディアシス・ソイデューク』といったか。ふん、名などどうでもいい。

 奴は未曾有の大災害を受けたティーンクからミティーを助け出した。

 それだけなら問題など無かったものを…奴はミティーと共に歩むことになった。

 そして、ひょんなことから『竜の血』をその身に受けたのだ。

 それを知り、俺は奴を呼び出し、殺す事にした。『竜の主』は1人で十分だからな」

ミティーと竜達は痛む心に苦悶していた。「ディアシス」の結末を考えるのは容易な事だからである。

「だが、ただ殺すだけでは何の解決にもならない。

 奴が突然、姿を消したと解ればミティーは必ず捜しに行く。

 ならばそれを逆手に取るまで…。新たな『役者』の飛び入りというわけだ。

 俺の任務を受け奴を殺害し、泳がせる。

 それに選ばれた最後の『役者』は『クライシュード・ミーヴル』─お前だ」

一瞬の沈黙の後に、クライシュードは自分の両手を見詰めた。


「俺が…ディアシスを……殺した…?」


茫然自失の状態で、クライシュードは呟いた。ひどい頭痛が彼を襲う。その事実を必死に探せど、自分の中に該当する記憶はなかった。

「そうだ」

「…まさか…俺に『竜』が見えたのは…」

「奴の血が少しばかり入ったからだろう。

 結果として、ミティーに近付く布石となったのはうれしい誤算だ」

「俺が…お前の配下にいた…だと…?」

「昔は、な」

あまりの真相と激しい頭痛にクライシュードは頭を抱えた。上空のミティーは愛しい人の死と仲間の正体に絶句している状態である。「竜」を取り巻く光が、不規則に揺らぎ始めている。

「奴の血を受けたお前は、その浄化の力によって『聖水』からは逃れられた。

 だからこそ、お前は俺に剣を向けることが出来る。

 あぁ、記憶を失ったのは偶然だったが、結果としては上手くいったから問題ない。

 …この後については、私の知った事ではない。好きにするがいい。

 だが…もう元の関係には戻れないだろうな、クライシュード」

ミティーと共に行くと決めたのはクライシュードだった。そして、そのクライシュードにミティーを頼むと言ったのは、彼女を護るはずの「竜」だった。この関係はクライシュードの記憶がないからこそ、成り立っていたはずだ。

 その関係の均衡は、イヴルが告げた言葉で、脆くも崩れ去ろうとしている。「竜」が認めたディアシスを殺したと解れば、彼らはクライシュードを敵とみなすかもしれない。例え、クライシュードがディアシスに次ぐ「竜」が認めた人間であっても関係ないだろう。


「…話は終わったかー?」


緊迫する状況下だというのに、ティバロの声は飽き飽きしているように聞こえる。

「女1人の為に、よくそんな大袈裟な事考えるもんだな。脱帽するよ。

 けどな、アンタがどうしようが、こっちはちゃーんと自分で考えて行動してんだよ。

 そう仕向けるための伏線を張ってそれに掛かったって、頭ん中までは動かせない。

 ここに来る過程なんて、結局どうでもいいんだよ。

 あるのは、ここにいる全員がアンタをぶちのめしてやりたいって感情だけだ。

 俺達は仲間さ。誰が何と言おうと、な。

 そうだろ?竜になったお嬢ちゃん」

ティバロがミティーを見上げて言うと、ミティーの不安や恐怖が少しだけ和らいだ。過去に何があろうと関係ない。ただ同じ目的の下に集まった彼らは、自分を仲間だと言ってくれている。自分がこの事態を引き起こした元凶であるにも関わらず、だ。

 何を恐れていたのだろうかと、ミティーは天を仰いだ。ディアシスとクライシュードのことはまだ心の整理が追い付かない。少なくとも、ディアシスのことは自分でもそれを想定していたのだろう。ディアシスの持ち物をクライシュードが持っていると知った時から、少しずつ認め始めていたのかもしれない。だからこそ、自分を失い、力が暴走することもないではないか。竜の力をいまだに制御出来ている自分は、昔とは違う。何より、この場にいる「仲間」は自分を恐れず、受け入れてくれた。それだけで、戦う力が湧き出てきた。


『ありがとう…』


戦うことに、迷いは無い。自分を仲間だと言ってくれた皆に報いるためにも、イヴルとの決着を付けなければ。ミティーは自分に言い聞かせ、イヴルを睨み付けた。

「互いの素性とか、ここに来た理由とか、もうどうでもいいさ」

マティーナも自分を取り戻していた。

「誰かさんが仕組んだゲームも、もう終わるしねー」

ユークは苦笑しながらイヴルを見ている。

「まずはー、この戦いをー、終わらせないとー」

相変わらずの口調で喋るライナにマティーナは笑っている。

「そうそう、それにセフィーちゃんが何者でも、俺は構わないし」

ティバロも笑いながら、セフィークを見詰めていた。そのセフィークは依然として口を塞いでいるが、戦いさえ終われば話す機会などいつでも取れる。そう思い、皆はあえて何も言わなかった。

『イヴル、もう終りにするよ。私は今度こそ、アンタを倒す…!』

自分を信じてくれた仲間の為に、そして何より、ディアシスを弔う為に。

「…良かろう。だがミティーよ、お前にその力を扱えるか?」

そう言いながら、イヴルは両手を広げた。ミティーは何をするつもりかとイヴルを睨み付けるも、彼の姿は消えてしまった。代わりにミノタウロスの体が黒い光に包まれる。

 『竜』を見上げると、小さな光が『竜』の体から離れ皆の方へと向かってくる。それと同時に、『竜』は下降し始めた。

『ミティー!お前はそれを制御できない!

 制御すれば、力は衰え、最大限の力を発揮できないはずだ!

 その状態でこの俺を倒せるのか!?』

ミノタウロスから、イヴルの声が発せられた。『竜』の中にミティーがいるように、ミノタウロスの中にはイヴルがいるのだ。

『…今の私は昔の私ではない…。これで、何もかも終わらせてみせる!

 「竜」は私と共にあるのだから!』

下降していた『竜』の光が次第に強くなる。ミノタウロスを覆う黒い光もそれに応じて強くなっていった。あと少しでミノタウロスに接触するだろう距離まで、『竜』は詰め寄っている。

 皆はある種の覚悟を決めていた。『竜』とミノタウロスの力がぶつかり合えば、この戦場ごと吹き飛んでしまう恐れがあることも、十分に理解しているつもりだった。

 『竜』とミノタウロスが接触し、強い衝撃が皆に伝わった。力のぶつかり合いにより地面は大きく揺れ、やはり割れていく。その揺れの大きさに、皆は体勢を崩してしまった。

 次の瞬間、今までで一番強い光が辺りを包み込む。その光に包まれながら、皆は崩れた空の戦場から落下していくのを、その身に感じていた。光で周りが全く見えない状況だったので、落下しているという事実だけが皆には理解できた。


—だが、その後の事は、全く、覚えていなかった—


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