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荒れ鷹  作者: 雷華
≪第5部 真実のもとに≫
31/38

【治癒の章】


—赤……もう、見慣れてしまった色…。


 ふと、喉が熱くなり、何かが込み上げて来る。それに耐えられなくなり、吐き出したそれも、赤い液体だった。その液体と腹部に走る激痛の関連性は考えるまでもなかった。呼吸は荒く、顔は痛みで歪む。

「シューコア!」

「ミティー様!」

「ミティー殿!」

三者三様の呼び方で彼女を呼ぶ声を耳にし、ミティーは赤く染まった右手を挙げた。声を出すと再び吐血してしまうだろうと、彼女は口を閉じている。手だけで三人を止めると、三人を一瞥し、ミティーはすぐに正面を見据えた。

 顔を青くしたセフィークが両手で口を覆っている。傍にいる三人も、呆然とミティーを、と言うよりもミティーのすぐ前にいるティバロを見つめていた。

「どうしました?それだけでは人は殺せませんよ?

 貴方も知っているでしょう?」

剣の刃先だけが体に食い込んでいる状態で止まったティバロの震える手を掴み、ミティーは笑った。だが、予想通り、彼女は笑ったはずみで吐血してしまう。ティバロはビクッと体を震わせた。

「私が憎いのでしょう?私を殺せば全て元通りになるのでしょう?

 ならば、何も躊躇うことはないはずですが…?」

「な…何故…だ…?お前…は…」

再び笑みを浮かべ、ミティーはティバロの手を強く握り、歯を食いしばった。

「!?何を…っやめろ!」

ミティーは剣を握るティバロの手を離さず、逆に自分の体を貫かせた。背中まで突き抜けた剣先から血が滴り落ちる。後ろで見ていた(コウ)が思わず目を背けた。ミティーは顔を上げ、ティバロに弱々しい笑みを見せると、苦痛に顔を歪め、その場に倒れた。ズルリと崩れ落ちるミティーの体からは剣が抜け、人形の様にミティーは動かなくなった。

「シューコア!」

クライシュードは静かにミティーを抱き起こす。血の気のない顔に触れ、眉根を寄せている。

「お前は…何を考えているんだ…!こんな…」

「…大…丈夫…だよ。だから…この方法は抵抗あるって…言ったんだけど…な…」

ゆっくりと目を開け、ミティーはクライシュードを見た。

「ちょっと…待っててね…。少しだけ、死んでくるから…」

「な…何を言ってるんだ!?少しだけって…」

クライシュードが聞き返すも、ミティーは最後に笑みだけ浮かべると、力無く首を倒した。呼吸もしていない。脈も弱くなり、やがて止まった。

「クライシュード殿、安心なされよ。

 しばしの間、ミティー殿は死んだことになるが、事が済めば戻ってくる」

黄が耳打ちしてくるが、クライシュードには何のことだか全く解らず、困惑するばかりである。死んだが戻って来る、そんな話は聞いたことがない。黄は立ち上がり、ティバロを睨み付けた。

「……気が済んだか?若者よ。お前は我が主の命をその手で奪った。

 これがお前の願望だったはずだ。叶って満足であろう」

「お…俺は……」

ティバロの手から剣が落ちる。カランと乾いた音が響き、彼は床に両膝を付けた。


交差する記憶——。


『俺は、「荒れ鷹」になって、世界を旅するんだ』


叶った夢——。


『フェニー、フェニーシア———!』


助けられなかった、大切なもの——。


—オレハナンノタメニタビヲシテキタンダ—



「…が…う」

ティバロがふと顔を上げて口を開いた。

「違う…違う!」

「ティバロ…くん…?」

眉を潜め、セフィークはティバロを見つめる。彼は両手を見つめ、悲痛な表情を浮かべている。

「俺は…こんな事をするために旅をしていた訳じゃない…!」

ティバロが叫ぶと、彼の手に付いていたミティーの血が発光し、やがて彼の体内に吸収されていった。続けて、辺りに飛び散ったミティーの血も、同じように光り出し、セフィーク達の体内へと入っていった。

「これ…は…?」

ミティーを抱き起こしていたクライシュードにもその光は入って来た。やがて、光が消え、パシンと何かが弾けるような音が聞こえたのを最後に、室内には静寂が戻った。

「……ぅ……ん…」

何が起こったのか解らずにいた皆は、一斉にミティーを見た。死んだと思っていた彼女は、目を開けると、体を起こした。

「フゥ……。…終わった…みたいですね…」

愕然としている皆を見て、ミティーは笑った。

「すみません、私は少し休ませて頂きますね。これは疲労が激しいので…」

立ち上がろうとするミティーを、クライシュードは突然抱き上げた。

「えっ!?」

「…お前は本当に…勝手なヤツだ…」

そのままミティーを寝台に寝かせ、クライシュードは小さく溜息を吐いた。

「あとは黄に聞くから、お前はさっさと寝るんだ」

「うん……ごめんね、クライス…」

ミティーはクライシュードに謝るとすぐに眠りに落ちてしまった。それを確認し、黄がティバロ達の方に向き直る。

「最後まで感情を抑制できれば、一番良い方法だったのだが…。

 『聖水』の力に打ち勝てるほどの者はそういない。致し方ないだろう。

 ミティー殿が行った事は『聖水』の力の意のままにさせる方法だ。

 増幅された憎しみや怒りを解放させ、達成した事により、現実に引き戻す。

 それに加え、ミティー殿はご自分の『血』の力をご利用された」

ティバロ達は顔を見合わせた。

「『血』の力…?」

「左様。ミティー殿は『竜』を従える者…フェン一族の血を受け継いでおられる。

 フェン族は元々、弱き一族。『竜』を護るに足る力を持っていなかった。

 故に『竜』はフェン族の中の、力ある幾人かに血を与えた。

 時と共に『竜の血』を濃く受継ぐ者は、少なくなっていったがな。

 その『竜の血』には『万病の薬』と噂される通り、様々な力がある。

 無論、『聖水』によって汚れた身を清める事も出来る」

「…汚れた身って…失礼な…」

マティーナが目を細めると、クライシュードは呆れた様子で返す。

「仕方がないだろう、本当の事だ。

 『聖水』に冒された奴の近くにいたんだからな。

 少なからず影響を受けていると思った方がいい。

 だからこそ、シューコアは全員を浄化したんだろう」

「あ、なーる」

ポンと手を打ち、マティーナは何度も頷いた。

「あ…あの、その浄化って、シューコアさんの血を使うんですよね?

 さっき、刺された時の血、全部消えちゃってますけど…。

 もしかして、あれを使ったってことなんですか?」

セフィークがミティーを見詰め、恐る恐る黄に訊く。

「そうだ。…もう傷は塞がっただろうが、失った血はすぐには戻らない。

 だからこそ、相応の休養が必要になる」

「黄、俺からも質問だ。

 シューコアは一度死んでくると言っていたが…。

 どういう意味だ?」

脈も呼吸も確かに一度止まったのを、クライシュードは確認している。魔法や蘇生法なども施す事なく、ミティーは生き返った。それについてはどういうことなのか。

「ミティー殿の持つ『竜の血』の作用だ。

 『竜の血』が一滴でも体に残っている限り、ミティー殿は死なない。

 ミティー殿の体は普通の人間と何ら違わないのだ。

 損傷が激しければ生命活動の維持が難しくなる。

 そのような場合は『竜の血』が肉体を正常な状態へ戻す」

聞けば聞くほど常識離れしている話に、クライシュードは返す言葉に詰まる。

「だが、先程はその血の力を利用したと言っていただろう?

 外と内とで作用が違うのか?」

「その通りだ。

 『竜の血』を持つ者は、外から『竜の血』の影響を受けることはない。

 だが『竜の血』を己の意思で他に作用させることが出来る」

「流れた血は…シューコアの意思で浄化に使われ…。

 血を流し過ぎたことで、シューコアは一度死んだ。

 そして、内にある『竜の血』がシューコアを蘇らせた…?」

起きたことをクライシュードが復唱すると、黄はゆっくりと頷いた。

「だが、血を流し過ぎ『竜の血』が絶えれば、シューコアは…」

「確かにそうだが、我々がそれを許すはずもなかろう」

例え主の意思だとしても、命に係わるような無茶を黙って通しはしない。青もその通りと頷いている。

「…ぁの…その…ご…ごめんなさい…私達…」

その時、黙って事情を聴いていたセフィークが呟くようにそう言った。それから慌てた様子で深く頭を下げる。そんな彼女に、ティバロは慌てた。

「セフィーちゃんは悪くないって!俺が…」

「そうだな。全ては貴様の心の弱さが招いた事だ」

黄でもクライシュードでもない第三者の声が響くと、皆はその声の方を向いた。そこには翡翠色の髪の青年がミティーを心配そうに見つめながら立っている。

(スイ)…」

「…黄、お前が良いと思っていても、俺は違う。

 ミティー殿をここまで追いやったこの男を、簡単に許すことなどできない。

 俺は俺なりのやり方でやらせてもらう」

クライシュードも、翠と同意見だった。一度ならず二度までもミティーを傷付けたティバロを、簡単に許せるはずがない。

「翠、お前の気持ちも解らなくはないが…あれは全て…」

「言わずとも解っている。だが、そうさせたのは『聖水』だけではない。

 ミティーは今まで…あれ程の苦行をくぐり抜けて来たというのに…!」

翠が握る両手の拳に力が入る。クライシュードは自分もその想いに引きずられそうになりながらも、それを抑えた。翠の肩に手を置き、彼が振り返ると首を振った。

「こいつも、何も解らない程バカなガキじゃない。

 だからこそ、ここに来た。真実を求めてな…。

 こいつはこいつで、俺達には解らない苦しみを味わってる。

 それ以上の責め苦は割に合わない」

クライシュードの言ったことは翠にも解ってはいた。だからこそ、行き場のない怒りをどうしようもできないのだ。

「テメェは過保護過ぎんだよ、翠」

さらに違う声が響くと、翠は振り向いた。赤毛の青年—(エン)だ。

「だが、お前も本当はこいつを殴りたくて仕方がないのだろう、炎」

翠は苦笑を浮かべながら炎を見つめた。

 ミティーと彼女に仕える竜、そしてクライシュード。セフィークにティバロ、マティーナ、ユーク、ライナ。「黒の一族」と関わってしまった一行が、宿の一室に集まった事を再認識すると、重苦しい空気の中で、クライシュードが口を開いた。

「…これで役者は揃ったが…改めての自己紹介はシューコアが回復してからだな」

「その方が良いでしょう」

(セイ)は頷くと、呆気にとられているセフィーク達に笑いかけた。

「お茶が冷めないうちに、小休止と致しましょう。

 色々と不安も拭いきれないとは思いますが、ご安心を。

 私達は主の命令が絶対です。丁重に迎えるよう、言い付かっております故」

説明を受けても尚、訳が分かっていない様子のセフィーク達にクライシュードは頭を抱えていた。これからどうなるのか、それは静かに眠るミティー、その人に託されていると言っても過言ではない。ゆっくり休んで欲しいと思う気持ちと早くこの状況を打破して欲しいと思う気持ちが入り交じり、クライシュードは複雑だった。

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