【告知の章】
扉を挟み、彼らは対峙していた。互いに姿は見えなくとも、そこにいることは互いに理解し合っていた。これは何度目の対峙だろうか。「鷹ノ巣」で初めて会った時、互いに別々の道を歩んで行ったとばかり思っていた。だが、それは数奇な運命により、繋がってしまった。
何も知らずに運命に翻弄される者──
全てを知り、自らの運命に立ち向かう者──
二つあるはずだった道は、いつしか一つになってしまっていたことに気が付き、彼らは真実を求めてここにいる。
互いにしばらくの間、扉を睨みつけていたが、やがて、扉は誰かの手が触れることなくゆっくり開いていった。廊下にいたセフィーク達は少々驚いたが、部屋の中を見詰める。丁度、真正面にミティーが立っていた。その隣にはクライシュードと黄、そして青が立っている。
「お待ちしておりました」
意外なことに、ミティーは彼らを笑顔で出迎えた。それから丁寧に頭を下げて礼をする。
「少々…狭いですが、ご了承ください。
…廊下にいては話はできませんよ?中へお入り下さい」
今までの彼女からは考えられない程の丁寧な言動を、ティバロは怪訝に思った。
「……私に、聞きたいことがあるのでしょう?
ご安心を…。かような場所で騒ぎを起こす事など考えておりません」
ティバロの反応に気付いていたミティーは、そう付け足した。
「ホラ、後ろ詰まってんだから、さっさと入る!」
マティーナがティバロの背中をドンと押して部屋の中に入れると、セフィークがそれに続いて中に入った。そのままマティーナとライナ、そして、最後にユークが入り、扉を閉めようとする。しかし、扉は再び誰かの手が触れることなく閉じてしまった。
「おぉぅ!?」
「あ、お気遣いなく。お客人の手を煩わせるような事はありませんから。
椅子が足りないので、ベッドにどなたかお座りください。
お飲み物もご用意してあるので、どうぞ」
椅子にはティバロとセフィーク、そしてユークが座り、ベッドにはライナとマティーナが座った。ミティーは窓際の棚に置いてあった茶器に手を翳す。すると、その茶器は消え、皆が座っている椅子の近くにあったテーブルへと移動した。
「冷めないうちにどうぞ。少し落ち着いてからゆっくりお話ししますから」
再び笑顔を見せ、ミティーはセフィーク達を見渡した。想像していた展開との相違に、セフィーク達は戸惑いを隠せないでいる。ただでさえ今まで毛嫌いされていて、しかも、先程はティバロの剣に斬られてさえいるというのに、ミティーは嫌味や怨み言を言うわけでもなく、むしろ何事もなかったかのように笑いかけている。
「…あの…シューコアさん…?怪我の方は……」
出されたお茶をすすりながら、セフィークは控えめに訊いた。
「私には優秀な治癒魔法使いが付いてますから」
ミティーが青を一瞥すると、「勿体無いお言葉…」と言って青は頭を下げた。血で染まっていたミティーは服を着替えており、その元気な姿からはつい先刻に負った怪我のことなど想像できない。続く言葉が見付からず、セフィークまでもが黙り込んでしまった。
「やはり、あまり良い空気にはなりませんね。
それでは、私から簡単に今までの経緯についてお話します。
皆さんを巻き込まないようにと何も申し上げませんでした。
しかし、その所為で何が起きているのかも解らなかったことでしょう。
ご迷惑をかけたことを、初めにお詫び申し上げます」
左手を腹部の辺りに軽く添え、深く礼をするミティーに、ティバロは再び驚いた。
「これからお話しすることは紛れも無い『真実』です。
信じられない話であっても、どうか受入れて下さい。
あまり時間はありません。手遅れになる前に、全てをお話しします」
セフィーク達は顔を見合わせた。一体何が手遅れになると言うのか、解らなかったのだ。
「そして“ティバロ・オターカ”さん。
私に対する怒り、今しばらく抑えていてください。
もしも抑制できないと思ったら、進言してください。
あまり使いたくはないのですが、最終的な手段は残してあります。
……その怒りが必ずしも貴方の本心でないことは承知しております。
どうか、怒りに飲まれないでいただきたいのです。話が終わるまでは…」
皆が一斉にティバロを見詰める。当の本人である彼が一番驚いているようだ。
「…最終手段って何だよ…」
「貴方にとっては極めて安全で、簡単な方法です。
問題がある方法でもありません。ただ…私自身に抵抗があるだけです」
「っ…テメェの都合で、簡単じゃない方法を選ぶのかよ!」
既に怒りに支配されそうになっているティバロに、ミティーは目を伏せた。
「ティ…ティバロくん!落ち着いて!」
「問答無用で斬りつけておいて、楽しようなんて考えるな。
シューコアが受けていた痛みや苦しみに比べれば、どうってことないだろ」
クライシュードは溜息混じりにティバロへ言葉を返した。ティバロは言われて舌打ちする。
「あまり時間を掛けないように致しますから…。
何かご質問があれば、後ほどお答え致します。
…では、まずは周知の事をはっきりさせておきましょう。
私の名は“ミティー・フェン=シューコア”、“竜”を従える者です。
ここにいる黄と青は4匹のうちの2匹…。
私は祖先の血を色濃く受け継いでいました。
その為、幼い頃に4匹の“竜”の封印を解いてしまったのです。
家族はそれを周囲には知らせず、私を育ててくれました。
もし、周囲がそれを知れば混乱を招く事になると知っていたからです。
やがて、私は4匹の“竜”と共に旅に出る事にしました。
理由は…色々ありましたが、今は省かせていただきますね。
旅の途中で“黒の一族”と呼ばれる組織に遭遇しました。
“竜”の事を知っていた彼等と出会った事で、追われる身となりました。
“黒の一族”を束ねているのは“イヴル”という男です。
イヴルはひどく“竜”や“竜の血”に執着していて…。
目的の為ならば手段を選ばない、冷酷無比な男です」
脳裏によみがえる過去の光景に、ミティーは一度俯いた。
「私が“黒の一族”と初めて接触したのは5年前になります。
そこで、私はイヴルから“聖水”の話を聞きました。
死んだ人間を甦らせることのできる水…。
しかし、それは死んだ人間を魔物に変える悪魔の水でした…。
確かに傍から見れば生き返ったように見えます。
その実、生き返った人間はイヴルに忠実になり、体は様々な変化を始めます。
…この目で、変わっていくのを見ましたから、確かです…」
ミティーの傍にいた黄と青は互いにミティーから目を背けた。過去に起こった惨劇、それは今でもミティーを苦しめている。
「…イヴルはそれを見せた上で、私に言いました。
『“竜の血”さえあれば“聖水”は完璧なものとなる。我々に力を貸してほしい』
…勿論、そのような誘いは受けることはできません。
私は一度イヴルを退けると、姿を消しました。あらゆる方法を使って…。
現在までに、イヴルや手下とは何度となく戦いました。
知っての通り、イヴルは目的の為ならば手段を選びません。
だからこそ、私は他人との接触を極力避けて来ました。
自分の事が知られては、イヴルに見付かってしまう恐れもありますし」
確かに、セフィーク達は突き放されていた印象を受けている。だからこそ、こうして丁寧な対応をされていると違和感を覚えてしまう。
「色々と詳細もお話ししたいのですが、必要の無い話は省かせて頂きます。
その意味も含めて、ここからは皆さんの質問に答えていく形にしますね。
知りたいことが解って良いと思います。……クライスも含めて、ね」
ミティーはクライシュードを見詰めた。少し驚いた表情を見せた彼も、すぐに頷いた。
「じゃあ、俺から聞いていいか?シューコア」
「…さすが、早いね。何?」
苦笑するミティーに、クライシュードは「どうも」と笑みを返した。
「イヴルが言う所の“聖水”とやらは、生きた人間にはどう作用するんだ?
まぁ…大体の予想は付いているが…」
「予想付いてても、やっぱり聞きたいんだね…。
でも、それは彼にも関わってることだし、説明するよ。
生きた人間がそれを飲むと、まず、感情の抑制が効かなくなります。
その人が持つ欲望を、あらゆる手段を用いて叶えようと行動するんです。
これは初期症状です。ここで克服できれば、後の症状は発症しません。
次に表れる症状は全身の痛みと聞いています。
引き千切られるような激痛に襲われるらしいです。
ここまでなら、まだ助かる見込みはあります。
…でも、次に入ってしまうと手遅れになります。最終段階の…異形化です。
人間の姿に近いものも違う生物になったものもいました。
どちらにせよ、見た目に何らかの変化があります。
皮膚の変色や巨大化、骨格の変化、その過程で体の半分以上を失う事も…。
そして、そういう者は大概、機械で体を補われてしまいます」
人間が機械兵となるなど、聞いたことはなかった。それではまるで人体実験のようだからだ。ティバロはテーブルを強く叩き立ち上がった。
「俺は…そんなもの飲んだ覚えねぇよ!」
「それはそうでしょう。飲んでいたのならば、真っ先にそれを疑うはず…。
“聖水”は飲んだ人だけに症状が発生するわけではありません。
飲んだ人に触れるだけでも侵されてしまいますから…」
それではまるで何かの細菌に感染しているかのような言い方にティバロは眉を潜めた。
「特に、接触した相手の皮膚に症状が見られる場合は危険です。
皮膚に“聖水”の力が及んでいる状態では、その人に触れただけで…。
…フェニーシアさん…と言いましたか…。
彼女があなた方を訪れた時、貴方は“聖水”に侵されてしまったのです」