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荒れ鷹  作者: 雷華
≪第4部 悲しみと憐れみと憎しみと…≫
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【起床の章】

『何で“竜の主”がこんな所にいるんだ!

 お前のせいで俺の女房は…子供達は!畜生ぉ!』

『あんたなんかいなけりゃ、こんなことにはならなかった!』

『何ですぐに投降しなかったんだよ!

 そうすりゃ、俺達は無事で済んだんだ!

 自分の身可愛さに、村人が危険に曝されたんだ!』

『“竜”なんて…恐ろしいものを従えてる悪魔の子よ…!』

『お前も人間じゃないんだろ!だから俺達を見捨てたんだ!』

『俺達の村を…家族を返せ!!』


 ──返せえぇぇぇ!


聞こえるのは罵倒の数々──。

その覚悟はあったけれど、予想以上に酷いものだった。

大人はまだ良い。

見境がないのは、むしろ子供の方だった。

『お前のせいで姉ちゃんは壊れたんだ!

 お父さんも死んじゃったんだ!

 お前が…お前が死ねばよかったのに!』

『近寄るな化け物!知ってるんだからな!

 背中を斬られて、普通なら死んで当然なのに生きてるなんて人間じゃない!

 母ちゃんがそう言ってたもん!』

『お前、何やっても死なないんだろ!?

 親父の受けた痛み、お前も受けろよ!』

石を投げられるのは毎日の事で、気にも留めていなかった。でも、それは少しずつエスカレートして行き、村の広場で見せしめとばかりに集団で殴られることもあった。味を覚えた子供達は根拠のない噂を信じて、刃物を手にするようになった。

『親父の仇!村の恨み!』

振りかざされた刃物を叩き落す。子供が簡単に刃物を手にしてはいけないと忠告するつもりだったが、その抵抗を相手は良く思わない。刃物を拾うと、そのまま斬り上げる。刃は頬をかすめ、微かに血が流れる。

『お前なんか生きてる価値ねぇんだよ!』

言葉の暴力は、どんな刃物よりも鋭い傷を心に作ることができる。それでも、涙は流さなかった。


 蹴られても、殴られても、斬られても…──。

 10歳の子供とは思えないほどの精神力で、やり過ごした。


「───っ!」

飛び起きた彼女の顔は蒼白で、汗に濡れていた。荒い呼吸は悪い夢を見たことを物語っている。揺れる焚き火の向こうに、心配そうに見守る一人の青年が座っていた。

「大丈夫ですか、ミティー様…。

 うなされていたご様子だったのですが…」

そこにいるのは人間ではなく「竜」だったが、人間よりも人間らしい者達だった。

「っ…大丈夫です。心配しなくても、私は…大丈夫です。

 ありがとう、(セイ)…」

彼はミティーの言葉にただ悲しげな表情を返すだけだった。呼吸を整えて、ミティーは再び口を開いた。

「もう、お休みなさい、青。

 ここは私が結界を張り、安全ですから、見張りはいりません」

「っ…ですが!」

「青」

強い意志を持った瞳が青の行動を制限する。「竜の主」としての強い力の宿った瞳に、青は逆らう事などできない。これが、10歳の少女だと、誰が信じようか。

 村を追い出され、ミティーが旅に出てからすぐに、彼女はある事を、竜達に告げていた。それは──

『私は今まで主としての自覚がなさすぎたんだね…。

 肝心な時に何もできなくて、結局、周りに迷惑かけちゃった。

 だから、私は今日、この瞬間から…

 「竜の主」として皆さんと接していきます。

 皆さんも、私を主として見てください。

 私の命令なしに、竜はもとより人の姿でも現れないように。

 …そういうことで、お願いします』

竜の主としての自覚が足りなかったと嘆くミティーに、竜達はそんなことはないと反論した。しかし、彼女の意思はやはり、変わることはなかった。

 それからというもの、ミティーは必要以上に“竜”に頼ることがなくなった。旅を始めてすぐのことだったので、移動も、宿の手配も、戦いも、彼女一人でこなしていった。戦いにおいてはまだ慣れない面もあり、時折見兼ねた“竜”が助けに入る。ミティーはその度に、自分の不甲斐無さに落胆した姿を見せた。それでも、経験を積むことで、ミティーはすぐに戦い慣れし、助けなど要らなくなってしまう。

 そんな彼女のめざましい成長は、竜達にとって喜ばしくも悲しいことだった。それは、何時しか彼女の表情から、無邪気な笑みが消えたからである。


 ミティーが15になった年に、旅先で機械兵を倒したお礼として、彼女は不思議な魔力石を貰った。特定の属性に傾くことの無いその魔力石は、元来から持っていた彼女の力を増幅させた。格段に上がった彼女の力は、多くの人間を救う事ができた。だが、当然の事ながら、彼女が名を明かす事はなかった。

 そんなある日のこと、彼女はふと立ち寄ったアビットという街で、嫌な噂を耳にした。

「知ってるか?イソロッパスのティーンク、やばいらしいぜ」

「何がやばいんだよ」

その日の宿を取る為に立ち寄った酒場付きの宿屋で、ミティーは家族の住む町の名を聞いた。良い噂は聞きたいが、悪い噂は聞きたくない。これ以上、家族が苦しむ事は、ミティーにとっても辛い事なのだから。

「何とかって組織の奴等が街を荒しまわってるんだと!

 すげぇやばい組織らしいんだが…

 街を荒らしてる理由ってのがまた怪しいんだ」

「やばい組織…?」

「死んだ人間を生き返らせたり、化け物を作ったりとか…。

 そいつら、伝説の“竜”がいるってんで暴れてるらしいぜ」

他愛もない噂話と流せるほど、その話は現実離れしていた。

「ははは!“竜”なんて…いるはずないだろ?

 そのやばい組織っての、頭がやばいんじゃないのか?」

「理由はどうあれ、街が荒らされてるのは本当みたいだぜ」

「また、気性の荒い『鷹』サマの横暴だろ」

そう、普通の人ならばここで笑い飛ばして当然である。だが、ミティーにしてみれば“竜”の話が出て来た時点で、黙ってはいられない。火のない所に煙は立たないのだから。

 ミティーは急いでティーンクへと向かった。少々遠い道のりだったが、可能な限り魔法を使って移動した。そして、5年ぶりに、ミティーは家族のいるティーンクへやってきたのだ。とは言っても、一日と過ごさずに去ったこの街に、愛着はなかった。ただ、家族の無事を確かめたいから、戻って来たに過ぎない。無事を確認するだけなら、家族と顔を合わせずに行うことはできるだろう。そう思いながら、ミティーは街の門を潜る。

 ティーンクは至って平和で、噂がどこから沸いたのか解らない程、穏やかな日常を刻んでいた。胸を撫で下ろし、神経質になり過ぎたかと、すぐに街を出ようとするミティーの前に、黒装束を纏った男達が現れた。

「こんにちは。可愛い旅人さん」

一人だけ、顔を布で覆っていない男が笑顔で話しかけてくる。

「こんにちは」

子供なら笑顔で騙せると思っているのかと、ミティーは不快になりながらも会釈した。

「ほぉ…我々を見ても物怖じしないとは…

 肝の据わっているお嬢さんだ。

 その年で一人旅をしているだけのことはある」

本題に入らず、自分達の正体も明かさないとあっては、疑ってくれと言っているようなものだ。ミティーは苦笑を返す。

「それとも…一人旅を装っているだけで、本当は仲間がいるのかな?

 例えば、普段は姿を見せない─現すことができない『もの』が」

そう来たかと、ミティーは心の中で大きな溜息を吐いた。

「その街その街で一緒に戦ってくれる人を捜してますから」

口元にだけ笑みを浮かべ、ミティーは当り前のように言った。

「それはそれは…、ご苦労なことだな」

「別に……苦と思ったことないです。

 特に用件がないのであれば、先を急いでよろしいでしょうか?」

あまり探られないうちに、ミティーは退散することにした。男は一瞬だけ眉を潜めたが、すぐに道を開け、ミティーを通す。何事もなくティーンクを去れる、そう思っていた。

「ミティー、ミティーでしょ!?」

突然の呼び声にミティーは驚いたが、振り返ることなく、他人の振りをした。

「お前を呼んでいるのではないのか?」

「私はミティーなんて名前ではありません。

 人違いをしているのでしょう」

肩越しに振り返り、男にそれだけ言うと、ミティーは足早に門を抜けようとした。何しろ、ミティーにはその声に聞き覚えがあったのだ。だからこそ、早く去らなければいけない。

「ミティー、私がわかんないの!?ヤーティだよ!?」

ヤーティ・フェン=シューコア。それはミティーよりも3つ年上の実の姉だった。

 この5年の間に、ミティーは変わっていた。背や髪も伸び、顔つきも少しだけ大人びて来ている。服装はまだ新しいローブに、長旅を共に過ごしてきたであろう裾がボロボロになり始めているマントを羽織っている。その姿は冒険者らしい風格を見せてきていた。それでも、血のつながったものを騙すことはできない。

「待ちなさいってば!ミティー!」

ヤーティの声がすぐ傍で聞こえ、次の瞬間、腕を掴まれた。不意にミティーは振り向こうとした。


─だめ!振り向いては…いけない…!─


どこからか声がする。自分の。

何かを拒絶する、畏怖の篭った声。


恐らくミティーは振り向いたのだろう。しかし、彼女の目の前には赤が広がるばかりで、何も見えない。


ただ、赤い世界が、そこに、広がっていた──。


甦る悪夢。

泣き叫ぶ子供、襲われる人々、襲う者達、そして──


『ぃやああぁぁぁぁぁっ!』


パリンと何かが割れる音がした気がする。

景色がガラス細工のように簡単に割れ、崩れ落ちていく。



「…ん?あぁ、気が付いた?」

─ここはどこ…?

「ここは俺が泊まってる宿だ」

─…あなたは誰…?

「俺?俺は“ディアシス・ソイデューク”」

─私…一体…?

「俺も何があったのか知らないんだけどさ。ずっと寝てたし。

 ただ、何か街がえらい事になってるよ。

 家は燃えるは竜巻は出るは地震は起こるはでさー。

 挙句の果てに洪水まで起きたんだよ。

 どうなってるんだ?一体」

─それは…

「…にしても、あんた運良いよ。

 あれだけヤバイ状況で、よく倒れてるだけで済んだよ。

 しかも無傷だしさ」

─また…だ。

 私のせいでこの街も…被害に遭った。守れなかった…。

「……あんた何言ってんの?

 あんたなんかに何ができたって言うのさ?

 あんた一人で守れるわけないじゃんか。自惚れんなよ!?

 俺はあんたとは初対面だし、どんな風に育てられたかも知らない。

 けど、あんたもガキだろ?

 ガキは所詮ガキで、何にも出来なくて当り前なんだよ」

─っ…そんな…私は…ただ…。

「いいからガキはガキらしく寝てろ!

 …で、お嬢ちゃん、名前は?」

─………“ミティー”

「ミティー?呼びにくいから“みぃ”でいいな。

 一人で旅してんの?」

─………。

「あー…わけあり、ね。んー…どうしたもんかなぁ。

 何かあんたさ、黒い奴等に狙われてるみたいだし。

 しばらく一緒に行こっか?」

─………。

「何か言えよ。言わなきゃわかんないだろ!?

 じゃなきゃ…頷くとか首振るとか」

─……お母さん…お父さん…お姉ちゃん…。ごめんね…。

「ハァ……。オラ、休め。見張っててやっから」


久しぶりに触れた人の温かさと、再び起こった悲劇に、ミティーは涙を流した。



「…シ…ア。……シュ…コ…。シューコア!」

何度目かの呼びかけで、彼女は目を開けた。ゆっくりと瞬きをしてから、顔を横に向ける。そこにはクライシュードが不安そうな表情で、彼女を見詰めていた。

「………クライス?」

「シューコア…、やっと目を覚ましたか…」

安心したように俯くクライシュードにミティーは首を傾げた。

「どうかしたの?」

「っどうかしたの、じゃないだろ!?お前、斬られたんだぞ!」

再び顔を上げたクライシュードは明らかに怒っている。

「………あ、そっか。私…斬られたんだっけ…」

「ご無事で何よりです。ミティー様」

クライシュードの後ろに立っていた(セイ)がミティーに声を掛けると、ミティーは柔らかく微笑んだ。

「ありがとう、みんな」

「……大丈夫か?」

「うん。もう平気」

それはクライシュードの期待していた答えではなかったが、あえて彼は「そうか」と頷いた。深入りしてはいけないような気がしてしまい、彼はそれで会話を終わらせたのだ。

 クライシュードはミティーが宿に運ばれてしばらくして戻って来た。その時も、ミティーは眠りながら涙を流し、時としてうなされていた。肉体的な傷よりも、精神的な傷の方が深く大きい。それを心配しようとも、ミティーが自ら話してくれるはずはない。それも解ってはいたが、クライシュードには悔しかった。何も知らず、何をしてやれることもなく、ただ心配だけを募らせていく状態が。

「……やっぱり、何も聞かないんだね。クライス…」

「そうやって、聞いて欲しそうにするな。

 話したくないことなら、尚更だ」

ミティーは小さく頷き、いつものようにただ謝るだけだった。

「…謝るな。今回は『おあいこ』ってことにしておこう」

「え?おあいこ…って…どういうこと?」

眉を潜めるミティーに、クライシュードは咳払いをしてから、改めて口を開いた。

「恐らく…もうすぐ、ここにさっきの奴等が来るだろう」

一瞬、部屋の空気が凍りついた。

「先程の…?ミティー殿を斬り付けたあの男達のことか?」

「…そうだ」

クライシュードはいいわけをする素振りも見せず、竜達に罵倒されるのを待っていた。

「やはり…来たな、ミティー殿」

「えぇ。これで来なければ、困るところでした」

一人、話の見えないクライシュードは訝しげにミティーと(コウ)を見詰める。

「どういうことだ…?」

「私が斬られたのはちょっと誤算だったけどね。

 あの人達が、私の所に真実を聞きに来ると思ってたから。

 結果的にきつく当たっちゃったけど。

 手遅れになる前に来てくれるなら良かったよ」

ミティーがセフィーク達を誘引していた事など知るはずもなく、クライシュードは自分のした事が良かったのか悪かったのかすら解らなくなってしまった。

「ん…?ちょっと待って。

 何で…クライスは、あの人達が来るって解ってるの?」

「……黄、全部話していいのか?」

「クライシュード殿に任せる」

念の為に、クライシュードは黄に許可を取った。嫌な役回りになることは変わらないかと、クライシュードは溜息を吐いた。彼らが来る前に、簡単に話だけしておくことになり、クライシュードはミティーが眠っている間のことを簡潔に話し始めた。

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